「結人ー、風呂行かないのかー?」
「あー先行って、後から行く!」
ベッドの脇でソワソワする俺はヘンに慌てた様子で返事をしてしまって、そんな俺に不思議がる一馬と英士はそれでも「まぁ結人がおかしいのはいつものことか」なんて言いながら着替えとタオルを持って部屋を出ていった。
俺がおかしい?と少々カチンときたが、今はそんなことに反論している場合ではなくて、二人が出てったドアを見届けるとまた正面向いて座りなおして、カバンの中に目を落とした。
そしてそのカバンの中から、そっと携帯電話を取り出した。
買ってもらったばっかで、まだ誰の名前も登録されてない新品そのもの。(画面に透明シール貼ってあるし)
ポケベルよりも普及している昨今、流行り物好きの結人君としては誰よりも先取りせねば、とせがんで買ってもらったのだ。この選抜合宿でお披露目してやろうと持ってきた。なんと英士にも一馬にも教えてない徹底振り。
そしたら意外にもいるいる、ケータイ持ってるヤツ。俺が一番だと信じていたのに、侮りがたし選抜メンバー。
「来てますよーに・・・」
そう、ケータイを両手の間に挟んで、顔の前で拝んでみた。
メールが来てれば画面にあのメールマークが表示されてるはずだ。(説明書を読んだ限りでは)
そして、俺のこのケータイのメルアドを知っているのは、今はまだ、ただ一人なんだ。
今朝、母さんに「メモしておいていきなさい」と言われたことすら忘れたフリして家を出てきたんだ。
一番最初のメールも、一番最初にこの電話で喋る相手も、だって決めてた。
だって、まだメール来てなかったらここで誰にもメルアド教えらんないし。(教えたら決まってメルアド交換になるだろ?そしたらすぐに誰かがメール送ってくるかもしれないだろ?)
・・・だから俺はそんな思いで手を開き、その小さな画面を願いを込めてそぉっと覗き見た。
「・・・あ、」
メールマーク!画面の上にペカッと小さな四角い手紙の形をしたメールマーク!
だ、から初メールだ!練習終わった後にすぐのケータイに「ケータイ買った!初メールはちゃんへ〜^^」と送ったのだ。メシを食ってる間もずっと気になってて、返事きてるかなってニヤニヤしてたら英士に気持ち悪いって冷めた目で蔑まれた!(ほっとけあの鉄仮面めっ)
とにかく、メールマークを見て俺の心は清々しく晴れ渡り、ドキドキ逸る期待を止めることなくボタンを押した。
なんて書いてあるのかな。合宿がんばってね、とかかな。結人スキ!とかだったらどーしよ!
「・・・・・・」
なんて、ドキドキこの上なく浮かれていた俺の頭と目と指を、メールボックスの中身は一瞬で凍りつかせた。
記念すべき初メール受信は、電話会社からのメールアドレス変更通知だった。
「うがぁっ!なんっだそりゃ!」
ぽーんとケータイを放り投げてしまって、慌ててキャッチする。なんとか床に落ちる前に受け止めた。
せっかくの新品に傷がついたらダイナシだ、まだ着信どころかメール受信すらしてないのに。(あんなのは初メールのうちに入らん!)
「もー何やってんのー?送ってから1時間経ってるしー」
仰向けにドサッとベッドに倒れこみケータイを睨むけど、睨んだところでメールを受信するわけでもない。
早くー早くー。念仏のように呟きながらベッドの上で手足をばたつかせて、ゴロゴロ転がってメールを待った。
なんで来ないの?普通メール見たらすぐ返さない?
それともなにか、俺はすぐメールを返すほどの存在でもないってことか?
俺はあれでも送信ボタンを押す前に20分くらい迷って迷って、決死の思いで初メールを送ったというのに、あいつはケータイを携帯してないんじゃないか?ケータイの意味ねーし!
「あーあ、」
なんの傷もない。記録もない思い出もない、新品携帯電話。
持ってるヤツを見てた時はメールとか楽しそうだなーって思ってたのに、想像以上にこの小型機械は人の心を惑わせるようだ。手軽に言葉を交わせる代わりに、存外淋しさが増す。
「・・・はぁ、アホらし」
こんなオモチャに振り回されて。
ポイと枕の上にケータイを放り投げて起き上がった。ケータイは枕の上でボスッと軽く跳ねて、その反動で隣のベッドとの間へと落ちていってしまった。ああもう、なんでわざわざそこへ落ちるかな!
多少イライラしてるせいか、落ちていったケータイを救出してやる気にはならなかった。
さっきは傷ひとつ付くことすら恐れたのに。
カバンから着替えとタオルを取り出して、風呂から帰ってきたら助けてやるよ、と俺はドアに歩き出した。
・・・すると、どこからか小さな、篭った音楽が聞こえてきたのだ。
俺はバッと後ろを振り返って、その音の出所を耳で探し、またベッドに戻っていくとやっぱりベッドとベッドの隙間から聞こえてきているのに気づいた。
「俺のケータイじゃん!」
持ってた服とタオルを放り投げて急いでベッドの隙間を覗いた。されどベッドの隙間は狭く、その上二つ並んだベッドは重くて動かない。今もなり続ける音楽に、意味もなく「待ってくれ〜」と懇願して必死に手を伸ばした。
指先であのツルツルした表面を感じ、さらにぐぐっと指を伸ばしてなんとかケータイに触れる。
狭い中で指先を器用にケータイの下に滑り込ませると、なんとか持ち上がってよっしゃ!と手を引き抜いた。
助け出したケータイに「ゴメンよ〜!」と愛撫して画面を見ると、そこにはまたあの、メールマークを発見した。
もう余計なメールはこないだろ、いくらなんでも2度は期待を外さないだろ。
そうして俺はまたドキドキと真ん中のボタンを押す。
「・・・、」
メールボックスを開くと、長めのアドレスの下の件名の部分に、「」という名前を見た。
合宿お疲れさま!いつ帰ってくるの?
あさってのHRはレクレーションなので
結人がいないとうちの班は勝てません。
早く帰ってきてください。
でも合宿がんばれ!
・・・自分でも、なんて単純なことかと呆れそうになる。
待ってる間は死ぬほど長くて、この電波の向こうを思うと気が逸って、
返事がないと勝手に推測して落ち込んで、こんなのいらねーやとまで思うのに。
のメールを見ながらすぐになんて返事を打とうかと考えていると、また一つ改行の下に文章を見た。
これだけ打つのに1時間
かかっちゃったよ!(/ω\)
「はっ」
それでもやっぱ、返事がくれば、それは世界一の宝物になってしまうのだから。
もうこれは、俺の宝物に決定してしまったわけだから。
さぁて、なんて返そうかな。
とりあえず帰る日にちと、合宿の出来・・・は学校で会って話せばいっか。
メールで言うこと。メールだから、言えそうなことを、足りない頭で必死こいて考えた。
帰るのは4日だけど
学校は月曜からだ。
レクだからって負けんなよ!
「・・・」
本当はもっともっと、言いたいことはあって、でも指はボタンの上で彷徨うばかり。
いくらメールの力を借りたとしても、結局俺の心の内は打てなかった。
はーあ、と大きな息を吐きながらまたベッドに寝転がって、天井を仰いだ。
たった3行のメールに、気がつけば15分かかってた。はは、バカくせー。
・・・でも、やっぱりどうしても、メールでなんか言えなかった。
それはやっぱり、ちゃんと口で言うことに意義があると、思った。
だから今はまだ、心の中でだけ繰り返すのだ。
何度も何度も、それこそこの思いが見えない電波になって届くんじゃないかというくらい、強く。
バカみたいに繰り返した
すき
すき
すき
すき すき
すき
すき
すき
すき
すき すき
すき
すき
すき すき
すき。