その遺志継ぎし、粉雪一片








B A M B I N A

追悼
But the world isn't allow to know it.













厳重な警備の中の門をくぐり出て、白んだ空を見上げふぅと溜息を吐くとおかしいくらい息が白くなって、長く感じた城での禁固生活もやはりただの五日間だったのだと自覚した。季節は変わりなく冬だし、空からは絶えず粉雪が吹いているし、城下の街は静かに生活を繰り返しているし、相変わらずの平穏だし。

いや、そうでもないか。普段ならそこにある城の存在を視野に入れていながらも、もうそれは当り前のものとしてさして意識されていないはずだけど、今の民たちは城の前を通り過ぎる時には必ずと言っていいほど目を向けて、小さく囁き合う。

西の大佐が反逆を起こしたそうだ。今、捕まってるんだってよ。
また西の軍人か…、一体何をしたんだ?
若い大佐だったからな、地位に溺れたか、誰かにそそのかされたんだろうよ。
いつかは何かしでかしそうな男だったよ。大佐ともあろう人間が…。


「・・・」


帝国は、西の大佐の反逆罪とその行く末の話題で持ちきりだった。道を歩けば配られた号外の新聞が風に吹かれ前を横切っていく。西といえば、数十年前にも反乱を起こした軍人がいたのだ、年配の民にとっては、またか・・・という話。

羽織のコートをギュッと握りしめて歩を進める。
道路を行き交う車や列車の間を縫って一路、西へ。


列車を乗り継ぎ見慣れた街並みの地域まで戻ってくると、なんら変わらない町の風景がそこにあった。そして城の周りの街以上に、軍人の姿が目に付いた。大佐が捕まり、それ以下の軍兵たちも城の徴収されているせいで他の各区域の軍人たちが代わりにこの町にいるようだ。

町は変わりなくいつもの生活を繰り返しているように見えるけど、城の周りに住む民たちの様子とはどこか違って見えた。この地にも当たり前に大佐逮捕の号外は出ただろうに、その新聞が煽りたてるように張り出されることはなく、風に吹かれてどこかから流れてきた新聞が家の軒下に引っ掛かっていたりすると、通りすがった民はそれを拾い上げくしゃりと掌に収めて静かに歩いていく。

町にも人にも、動揺が広がっているように見えた。
他の民たちのように嘲笑うでも、知ったかぶりするでも、罵倒するでもなく。
冷たい風にその口を堅く閉ざすかの如く。


「お前、それは国家への反逆行為と取るぞ!」


町からは離れている屋敷に向かって、あまり周りの目に触れずに歩きだそうとすると、商店が並ぶ一角で大きな物音とともに張り上げられる声が冬の冷たい地面に反響した。往来を行きかう人々が足を留め目を向ける中、英士もついそのほうへ振り向くとそこには「EAST」ではない襟章をつけた軍人たちが数人、おでん屋の偏屈爺と名高い老人を囲んで何やらもめているのが見えた。


「反逆だぁ?お前ら他所のもんがこの土地の礼儀も知らずにでかい顔をするからそうなるのさ。この土地じゃ軍人だろうと親方だろうと、一銭も払わずに食い物にありつけることなんてないのさ。この土地に来たからにはこの土地のしきたりに倣いな」
「ちっ、煙草ひとつにも金とりやがるし、気分の悪い町だぜ」
「町のせいにするんじゃねぇ、お前さんが甘ったれてるだけだ」
「なにぃっ?」
「上着脱いじまえばどこの誰か分かりもせん童が、立派な服着て鼻高くするもんじゃねーぜ。この町じゃ軍人も金持ちもないのさ、でかい顔したけりゃ帝にでもなるんだな」
「なんだぁ言わせておけばジジイっ!」
「おいやめとけ、行くぞ」


店先から歩きだす軍服を着た男二人は、周囲から注がれる視線を振り払って去っていく。大層腹を立てている一人が店先の積み上げられた木箱を蹴りとばして歩いていく。やれやれと鼻先で溜息を吐く老人は店の中から出てくると散らばった箱に手をつけ、それと同時に周りに住む町民たちも箱を拾い上げた。


「おやっさん、あんまりあいつらを煽るとしょっぴかれちまうぜ。あいつら、この土地のもんだってだけで見境なくでかい態度とりやがる」
「ふん、躾のなってねぇガキに怒鳴って何が悪い。この町の人間はそうやって育ってんだ」
「はは、ちげぇねぇ。俺たちもよくおやっさんに怒鳴られたもんなぁ」
「お前らなんざ俺からすればまだまだ子供だ」
「あ、ひでぇ!俺もう3人の子持ちだぜっ?」


わははと笑い声が上がる一帯は、冷え切った町の空気を温かく溶かすよう。おでん屋の前から帰っていく町民たちの間からそんな様子を見ていた英士には、町は静かに冷えていてもこの土地特有の昔ながらの温度はしっかりと残っているように見えた。この土地を仕切る大佐がいなくなっても、町は何一つ変わらない、か。

そんな人々の隙間からおでん屋の店主と目が合ってしまった英士は、すぐに目を離し歩いて行こうとした。だけどその背中を呼びとめた声は、おでん屋の店主で、それをきちんと聞きとった英士はまた足を止め、静かに振り返る。


「そうか、城にいたのか。そりゃご苦労だったな」
「いえ」
「この町にも他所の軍人がうようよいやがる。あいつの息のかかった奴らは反抗分子とみなされて全部しょっ引かれたって話だぜ」
「ここの人たちにも被害が?」
「いいや、町の連中は賢いもんさ。何も知らねぇで通してる。実際、俺たちは何も知らねぇしな。しょっ引かれたやつらだってすぐに帰ってくるさ。お前だってそうだったろ」
「・・・」
「誰も奴の真意なんて分からねぇのさ。誰も奴の本性を知らねぇ。ただテメェが捕まった後で足がつきそうな奴はあてにしちゃいねぇことは分かる。何も信じちゃいねぇ。相変わらずいけ好かねぇ野郎だ」
「大佐の罪はどのように知らされてるんですか?」
「詳しいことは何もねぇさ、賊と手を組んで城の船を襲ったとだけだ。真相は知らねぇが、城の言うことは誰もあてにしちゃいねーよ。地位や名声を欲しがるなら反逆なんかしねぇだろ、金が欲しいなら他にいくらでも方法はあるだろ。テメェの持ってるもん全部投げ捨てて、そんなちいせぇことして何になる。何も言わねぇ城のほうが怪しいってもんだ」
「・・・」
「この地だってなぁ、ちょっと前は軍人が好き勝手往来する町だったんだぜ。さっきみてぇな輩も大勢いたさ。だが奴が大佐になってこの町に来てから、町のもんの軍人の見方は変わったのさ」


店主は滲み笑いながら、パイプを咥えてぷかりと煙を吐き出す。
その香りは、屋敷にしみついた匂いと同じ。


「奴はなぁ、タダでメシ食ったことなんてねぇんだ。町の連中が軍人にビビッてお代は結構ですなんて言うのが当たり前だったのに、金を払わず出てこうとした部下を、あいつはしょっ引いちまったんだぜ。信じられるか、自分の部下をよ」
「想像つきます」
「最初はみんな目ん玉丸くしちまってよ、どんな良心的な大佐かと期待したもんだが、罪人にはそりゃあもう容赦ねぇときたもんだ。盗人を街の真ん中で、女子供が泣き出すくらいなぶったこともあったなぁ。余計ビビッちまって町のもんは遠巻きにしか奴を見なかったが、この辺じゃそうそう悪いこと出来ねぇって、みんな安心したもんだ」


町を行き来する人々。どこへ行っても今一番持ちきりの話題にも、どこか口を閉ざしているような。
ここだけ変わらず、毎日を今までと同じように暖かく笑い過ごしているような。


「奴がいなくなって、ここの連中には少なからず不安が広がってる。また元の町に戻っちまうんだろうなって。だけど俺たちは変わらねぇのさ。軍人だろうと、メシが食いたけりゃ金を払う。そんな当たり前の権利を主張して生きていくのさ。国が町を食いつぶすなんてあっちゃならねぇ。この町でタダでメシが食えるのは生き方を知らねぇ子供だけなんだよ」
「子供?」
「おやっさん!」


店先で話す二人の元に、木箱を持ったまだ幼い少年が駆けこんできた。
この真冬にもシャツ一枚とボロボロの靴の少年は手に持っていた箱を店の前に置き、すると店主は立ち上がり、煮上がった鍋の蓋を取りたまごとこんにゃくと大根を串にさすと少年に差し出した。受け取る少年はそれをすぐさま平らげまた走り去っていく。少年が置いていった箱の中には大根やごぼうやれんこんが詰まっていた。


「あのガキも前にうちのおでんを食い逃げして奴に捕まったクチだ。あんなガキにも殴る蹴るで目も当てられねぇ。だけどそうすると街の連中が逆に奴を非難して子供を助けようとするだろ?すると、じゃあ誰がこのガキの責任を持つんだってことになる。そしたらもう、町のみんなで持つしかねーじゃねぇか。あいつはああやって町のもんから用事を言いつけられてはそれでメシにありついてるのさ」
「・・・」
「奴は子供だろうと容赦なくしょっ引いちまう。けど捌くのは国でも法でも、奴でもなく、ここの連中なんだ。けど、そうだろう。生き方を知らねぇガキを法で裁いたって何の役にもたたねぇ。今日食うものすらままならねぇガキどもに与えてやるのはその場限りのメシじゃねぇ。生きてく知恵なんだ、この先の長い人生のな。この町のガキどもはこの町の住人で育てる。そうすりゃ親なんざいなくても、人は育つのさ」


今も、変わらない町の様子。活気ある町並み、人々の笑い声、温度のある空気。
大佐がいようといまいと。


「変わらないことが俺らの弔いなのさ。ここは奴が作った町だって、隠れて主張してやるのさ」
「隠れて・・・?」
「ああ、それが賢い生き方ってもんだろ」
「・・・」


国の法を守って死んでやることなんてないと、抗って抗って生きてきた少年時代。
国はでかいもんだ、歯剥き出しに反抗してどうする。そう、生きる知恵を身をもって培い実行してきた、短い生涯。

大勢の人々に嘲笑され、いつしか消えていくだけのその称号も、ここでは一人の人として、その意思を尊んでくれる。

この町では。
数少ない人たちだけは。


「まったく、よく分からねぇ野郎だったぜ。奴はな、タダでメシ食ったことはなかったが、金を払ったことも一度だってなかったんだぜ」
「え?」


立ち上がり腰を叩く店主は、口に咥えたパイプをポンポンとひっくり返し中の灰を地面に落とす。苦味を噛み締める口の中で笑ってる様にも見えた。ぐつぐつ煮込まれた鍋の中は冷えた空気の中にもわりと白い湯気とおいしそうな香りをとどろかせ、往来を行く人たちの足を止めさせる。


「気に入ったのか知らねぇが、ここに来るたび食ってきやがってよ、金払いやがれって言ったらあいつ、食い逃げ捕まえたんだからチャラだろなんて言いやがった!」
「・・・あの人らしいな」
「はっは!それ以来あの野郎、この町で捕り物するたびうちに来てな、今度はスリ捕まえたぜ、ケンカ止めてやったぜって言いに来てはおでん食ってきやがった。子供かってんだ、まったくよぉ」


この店主の響きわたる笑い声がそれほど珍しいのか、向かいの店や往来をゆく人たちが物珍しげに店主に目を寄せてきては、おやっさんどうしたんだと賑やかに声をかけてくる。何でもねぇよと細い目に涙すら浮かべて、パイプをまた口に咥え煙を吐き出し吸い込んで、うまくいかずにむせ上がって。


「俺にとっちゃ、あいつもこの町の悪ガキどももかわんねーよ、口ばっか達者でなぁ」
「・・・」
「まったくなぁ・・・、若造が、年寄りより先に逝っちまうもんじゃねぇよ、バカ野郎がなぁ・・・」


ごほごほ、ごほごほ、小さな咳を繰り返して、細い目にうすらと涙を滲ませる店主は口端を上げたまま、何度も咳を繰り返して。


「・・・」


城では大佐のことを散々聞かれ、狭い個室で怒鳴られ続けて気が変になりそうだった。
だけど耳を閉じるのも口を閉じるのも慣れたことだったから、なんとかやり過ごせた。

場所が変わるたび、人が変わるたび、見方が変わるたび。
貴方は顔を変えて現れる。
貴方をよく知る人を集めてしまえばきっとそれは驚くほど少ないのだろうけど、でもその意思は確かに、息づいて残る。

この小さな町ひとつ。

このちっぽけな人ひとり。

この暖かな、雫ひとひら。











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