中2の夏。
全国大会が終わって、でもすぐに始まる新チームのために一週間しか休みの無い俺の、短い短い夏休み。
暑い中でっかいカバン担いで家に帰ると母さんがいて、しばらくすると兄貴も帰ってきて学校の話とかサッカーの話をして、久しぶりの我が家を少々他人行儀に過ごしていた。家は正月以来だから、8ヶ月ぶり?成長期の俺を見ては兄貴が「俺よりでかくなるな」と怒る。そーんなこといわれたって自分じゃどーともできませーん。

久しぶりの我が家には話題が溢れていた。父さんに白髪が生えただとか、母さんがパートに行きだしただとか、いとしの愛犬がどこかの犬をはらませてしまっただとか。
でも一番のネタは、母さんが含み笑いしながら持ってきた雑誌にあった。


「ちょっとこれ見てよ」
「なに?」


それは、よく美容室とかに置いてある女向けの雑誌だった。
母さんは結構服とかアクセサリーとかが好きで、を着せ替え人形みたく扱ってはあれやこれやと買い与えてた節がある。兄貴がいて、かわいい双子が生まれたかと思えば片っ方は男で、母さんは「女の子二人がよかった」と俺たちが小さい頃から散々言ってたのだ。(ふつーグレるよそんなこと言われ続けたら)
そんなこんなで、の部屋の洋服ダンスは俺と兄貴を合わせた以上に豊富。店でも開けるんじゃないかってくらいだ。だから小学校時代のはここらじゃ「おしゃれさん」で通ってた。母さんはそれを自分の手腕だと自慢げに高笑いする。
でも昔こそ大人しく着せ替え人形をやってたも、年々自分のシュミが出てくるようになったのか、ヒラヒラした服を買ってくる母さんに「嫌だ」と反発してよく二人で格闘してたのだ。それもここ最近じゃ母さんが折れての趣向に合わせだしたようで、二人の関係はいい方向に向かってるようだった。


「ここよここ」
「うわ、何これじゃん」
「ふふー、かわいーでしょーすごいでしょー」
「何だよこれどーしたのさ」


楽しそうに含み笑う母さんの話は、俺たちが2年になる境の5ヶ月前の春休みまで遡る。俺は短い春休みは家に帰ってこなかったからこの話題に乗り遅れてたらしいけど、兄貴にとったらもう耳ダコだそうでどっかに行ってしまった。
そしてその春休み、母さんはと二人で東京に買い物に行ってたそうだ。そしたら街中でカメラを持った人に声をかけられてが写真を撮られたんだそうだ。それが、これだ。結構有名なファッション雑誌なのだけど、がそこまで乗り気でない顔で一人で写ってる。それも結構でっかい枠で。こりゃあ母さんの燃えるおしゃれ心をくすぐるには十分すぎるネタだ。


「でねでね、この前この雑誌の人から電話がきてね、読者モデルで雑誌に出ませんかって電話がきたのよ!」
「うっそ!マジで?そんなとこまでいっちゃったの!?」
「そーなのよ!すごいでしょかわいーでしょモデルよモデル!」
「はは、母さんテンション高すぎ。でもは嫌がってんでしょ」
「それがそうでもないのよ」
「ええー、うっそだー」


あのが、こんな雑誌に姿をさらしたことですら嫌がってそうなのにモデルなんてするわけナイナイ。
の性格は俺がいっちばんよくわかってんですー。


「今度また写真撮りに東京行くしね!もちろん母さんも行くわよ!」
「うっそマジで言ってんの?が?かーさんがまた無理やりやらせてんじゃないの?」
「そんなことないってば。前から何かしたいって言ってたのよ。部活もイマイチ熱中できないらしくてね、誠二みたいに何か打ち込めるものが欲しいって」
「俺みたいって、なんだからそんなのどーだっていーのに。それでモデルなんてやるって言ってんの?らしくねーなぁ」


または、俺に何か追い詰められてるんだろうか。
は昔からそうだった。俺がどんなに気にするなっていっても些細なことを人や物と比べては気に病んでしまう。周りを見すぎるんだ、は。

、本当はどう思ってんのかな。本当にこんなのやりたがってんのかな。早く話を聞いてやらないと。
ちょっとでもやる気のあるうちにやらせるのよ!やっぱりやめるとか言わないうちに!
とか言っちゃってる母さんに押し切られる前に。


「で、は?」
「いっちゃんとプール行ったからそろそろ帰ってくるんじゃない?」
「マジ?俺も行きたかったー」
「デートに兄弟がついてきてどーすんのよ」
「デ、デートぉ?」


がったーん、と椅子から立ち上がると太ももをテーブルで打った。あいたた、俺の黄金の脚が・・。


「なにそれ、聞いてないよ俺!」
「まぁー、あのがそういうことわざわざ言わないでしょ」
「ちょ、いつから!?マジで付き合ってんの!?」
「付き合ってるのかは知らないけど、最近よく二人ででかけるのよね」
「なっ・・・。そ、その程度で付き合ってるとか言っちゃったら母さん、アンタ古いよ」


そりゃあ中2にもなれば?俺の周りにだって付き合ってるヤツの一人や二人いますよ。
先輩たちにだってよくそんな話聞くし、小学校のときに比べれば格段に増えたと思うよ。
かく言う俺だって自慢じゃないがバレンタインのチョコは結構貰うし告られたことだってあるよ。

だーからってアータ!うちのに限ってアータ!!
しかもいっちゃんて!ご近所すぎっ!


そう、母さんに根掘り葉掘り聞き出そうとしてるのに母さんてばもう何十回見たやらな雑誌を見つめるばかりでちっとも俺の話を聞いちゃいない!(ダメだこの人、もう自分の世界だ)

すると、玄関のほうで「ただいまー」との声がした。
その声を聞きつけて耳を大きくした俺は、もう母さんなんてほったらかして玄関に滑りながら走った。


「ちょっと!俺きーてないよ!」
「あ、いたの誠二、おかえり」


リビングのドアを開けるなりそう叫んだ俺を、サンダルを脱ぐは振り返りながら見た。


「・・・」
「聞いてないって何が?」


サンダルを脱いで廊下に上がって、そう聞くは、なんか、違った。
そりゃ断然俺のが上だけど、背も伸びてて、他の同じ年の子に比べたら、高いほうだろう。
昔からやせっぽっちだったけど、やせっぽっちなんていう言い方は、似合わない感じで。
髪も伸びてるし、化粧、かな。してるし。

てか、はこんな、俺に自然にやさしそーに、微笑まない、よ。


「何かたまってんの?」
「や・・・」
「アンタまた背ぇ伸びた?どこまででかくなるのよ」
「・・・こそ」
「そーなんだよねぇ、なんか伸びるんだよねここんとこ。センパイより高いのってやりにくいよねー」
「そうだね」


ほのかに肩や頬を焦がしてるは、話しながらリビングに入っていって、母さんに「日焼け止めつけなさいって言ったでしょ!」とかなんとか、怒られてた。そんな母さんに苦くも笑うは、本当に、母さんの夢をいやいや聞いてるような感じはしなかった。


「誠二」
「え」
「何してんの、入らないの?」


ドアを開けて待つは、クーラーの利いてるリビングの中へと俺を呼ぶ。
俺はああと思い出すように足を進めるのだけど、言おうとしてたことは全部、忘れてた。
てか俺にドア開けてくれるとか、待っててくれるとか、いつからそんな気の利く子になったのさ。


「なんか、じゃない」
「は?」
「いやだ、ー、元に戻ってよー!ー!」
「は???」


俺の言うことがまったく判らないらしいは、首を傾げて俺を見つめてた。
だって、なんかじゃない!
なんていうか、コロコロと坂を転げるうちに四角いものが丸くなるみたいな、世間ずれしてくみたいな!
そう、普通によくいるやさしい女の子と一緒だ!

そーでなくともうちのはかわいーんだ!
でもそんな明るい子じゃなくて、俺がいないとあんま周りと打ち解けないから今までは大丈夫だったんだ。
それがこんな普通にやさしかったり気の利く子になっちゃったら、どこの変な虫がたかってくることやらだ!


「ダメだよ!そんなのダメ!元に戻って!!」
「意味わかんないから」
「嫌だよー、いかないでー!」
「もう知らんお前」


ふいっと俺を放って2階に行ってしまうを追いかけて、しつこくしつこくダメだと言い続けた。
だから何がダメなのか主語をつけろ!!とは怒るけど、そんなのうまく説明できないよ!
できないけど、なんかよくわかんないけど嫌だ!!


のバカー!」
「はあ!?」


ああ、ダメ、

神様、時間を戻してー!













孵化する



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