短い夏休みで帰省してる誠二が珍しくいる朝、味噌汁のいいにおいで目が覚めた。
なんで朝ごはんのにおいがこんなとこまでしてくるんだ?と寝ぼけた頭を起こしたら、なんでかすぐそこに誠二の背中があった。部屋の真ん中の小さいテーブルにごはんと卵焼きと味噌汁とお茶を2セット置いて味噌汁をすすってたのだ。

何してんの。てかなんでわざわざあたしの部屋でごはん食べてんの。何持ってきてんの。
眠気でちょっと不機嫌な調子で言う私に誠二は「いいからごはん食べなさい」とお父さんみたいな口調で言い返した。朝っぱらからワケのわからん誠二に引っ張られてなぜか二人でそこで朝食を食べる。

誠二の奇行はそれだけで終わらなかった。
トイレに行きたいといえばトイレまでついて来て(中にまで入ってこようとしたからさすがに蹴り出した)、顔を洗いたいと言えば1階の洗面所までついてきて後ろでジッと睨むように待ち構えてる。


「何なのアンタ。何がしたいの」
「お構いなく」


・・・まったく意味がわからない。(構うわボケ)

私は今日友達と出かける用事があったから着替えなきゃ、と部屋に戻るとやっぱり誠二はついて来て、部屋のど真ん中にどさりと座り込む。めちゃくちゃジャマなんですけど。そしてやっぱり不機嫌な顔でずっとずーっと睨むように見てくる。本気意味わかんないんですけど。

まぁ、誠二がバカで意味不明なのは今に始まったことじゃない。
そう無視しきって着替えて髪も整えて日焼け止めも塗って荷物まとめて出かけの準備をしていた。


「どこ行くの?」
「ん?買い物」
「誰と?」
「友達」
「ともだちって誰」
「アンタ知らないよ、中学校の子だもん」
「俺も行く」
「嫌。アンタすぐいなくなるもん」
「俺が一緒じゃダメなわけ?」
「駄目」


誰が好き好んで兄弟連れて買い物なんて行くんだ。
二人で行くならまだしも、友達と行くのに誠二連れてくなんてありえないだろ普通に。


「ねぇ、それっていっちゃんじゃないよね」
「は?いっちゃん今日野球の試合でしょ。きのう言ってたじゃん。ああ、アンタなんか不貞腐れてて聞いてなかったか。アンタあんな態度やめなよ、いっちゃんだから笑ってたけど他の子だったら絶対嫌に思われるから。あんたってホント勝手。ホント変わんない」
「いーじゃんべつに」
「あんたそれでよく寮なんてやってられるよね」
「うちは実力主義だもん。誰も俺になんて勝てないもん」
「最低」
「・・・」


あーあ、コイツの学校生活がリアルに想像ついて思いやられる。
きっと人前じゃにこにこ普通に生きてんだ。メンドくさいことはさらりとかわして良いとこだけとってってケラケラ笑って生きてんだ。人の気も知らないで。

カバンに財布を入れてドアを出て行こうとすると、誠二が今度はドアに背をついて座り込み始めた。


「ちょっと、どいてよ」
「イヤ」
「何なの。何がしたいの」
「フン」


フンじゃないよガキ。
あーウザイ。とてつもなくウザイ。


「どけって言ってんでしょ」
「イヤって言ってんでしょ」
「どけっ」
「べーっ」


ああああーウッザー!なんなのコイツー!!

無理やり誠二のシャツを引っ張ってドアの前からどかそうとするけど、私より10センチは高いだろうコイツがそう軽々と動かせるはずも無い。ガキ丸出しのクセして図体ばっかでかくなりやがって!


「なんなのアンタ!本気ウザイっつーの!」
「そーだ、プール行こ。プールにした」
「勝手に行けっ!」
「何言ってんのも行くんだよ。水着用意しな」
「行くかバカ!でかけるって言ってんでしょ遅れるじゃん早くどいてよ!」
「アイス買ってあげるから」
「いらんっ!」


殴ろうが蹴ろうが誠二はドアの前で強固な守りを固めるばかりで一向に退く気配が無い。
それどころか、だらだらと床に寝そべって「プールいいなぁー」とすでに頭はきらめく水の中だ。
何なのこいつは。成長の兆しナシどころか突飛さに磨きがかかってる。(ウッザー!)


「もーほんとジャマっ!さっさと学校帰れ!」
「・・・」


誠二の顔が少し、本気になったけど、そんなの無視して全力で誠二を押してドアノブに手をかけた。
そうすると誠二は私のその腕を取ってまた邪魔してきて、ドアを開けさせない。


「離して!」


本気で苛々してきて、その手を振り払おうとした。
払おうとしたんだけど、引こうが振ろうが、誠二の手が、解けない。


「・・・、」


ちょっと前までなら、本気で力を入れれば振りほどけてた。
なんなのこいつ、なんでこんな力強いの。なんでこんな、適わなくなってんの。

誠二がぎゅと握る私の腕が赤く腫れてくる。
誠二がもっと力を入れれば払うどころか動かすことも出来なくて、


「・・・なんなの、離してよ」
「イヤ」
「・・・・・・なんなの、・・・」


我が侭も意地悪も頑固さも、昔と何も変わってないのに、
その手だけがどうしても、動かせない。

動かせない。


「・・・、・・・」


ぽつりと誠二の口から私の名前が毀れた。
誠二の目の前で腕を掴まれたまま、私が涙を落としてしまったから。


その声も、昔と何も変わらない。


、ごめん、痛かった?」
「・・・」
「ごめん、もうしない、もう痛くしないよ、ごめんね」
「・・・・・・」


途端にやさしくなるのも、私にばかり弱いのも、泣かれることが怖いのも、何も変わってない。
ぎゅっと抱きしめる腕の強さも、泣き止むまで撫で続けるその手も、押し付けるその体も、何も。


ただやっぱり時間は流れてて

私と誠二は別の生き物で


「・・・イヤだよ、誠二・・・」
「え?なに?なにが?」
「いかないでよ、変わってかないで・・・、イヤだよ誠二・・・・・・」
「・・・」


またぎゅっと、誠二が力を込めた。
ぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう、痛いくらいに抱きしめた。


先に変わったのは、のほうだ・・


誠二がそう、かすれる声で小さく呟いた。


世界が明るく広がって、空と地面が出来て、別々の身体を貰った。
言葉を覚えて、走り回ることを覚えて、人と出会うこと別れることを覚えて、気がつけばこんなに成長してて、

誠二は男。私は女。
性別を与えられてたことに、当たり前に気づいてて、判ってなかった。


何でも一緒だった時が遠いよ、誠二・・・














天使猟区






(未来が怖いよ、わたしたち)

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