空から冷たい空気が下りてくる真冬。 先輩たちの代が終わって、俺たち2年が中心の新しいレギュラーが発表されて新チームが動きだした。 少年のかく語りき 一番気になっていたのは新しいキャプテンで、みんなで誰かなーって噂してて、実力的に藤代じゃね?なんて声も聞こえてたけど、俺は絶対それはないと確信してた。だって、誠二がキャプテンなんかになったらこのチームどうなると思うよ。絶対纏まるものも纏まらないね。 ・・・なんて思ってたら、とんでもないことが起きた。 夢にも思わなかった、監督直々のキャプテン就任命令。 前が渋沢さんだっただけに俺の心は焦りまくりで、いまだにキャプテンなんて、信じられない。 「あれ、誠二いないじゃん」 練習にみんなが集まりだした頃、グラウンドでボールを蹴ってる連中の中に誠二の姿が見えない。 中には俺がキャプテンだってのが納得いかないヤツもいて、ちょっと俺、今足場の悪い空気にいるんだ。 でもそんな俺の様子をきっと動物的勘か何かで悟ったんだろうあの野生児が、最近やけに俺の傍にいて周りの密やかな声から遠ざけてくれていた。あいつはあいつで、バカっぽく見えて変に鼻が利くヤツなんだ。 「あ、いた」 白い息を吐きながら、グラウンドを囲むフェンスの向こう、校舎沿いの道をたったか身軽に走る誠二を見つけた。ジャージの上着のポケットに両手突っ込んで、その手首にビニール袋をぶら下げてる。そしてなんかやけに楽しそうで、るんと鼻歌でも聞こえてきそうなくらい軽やかに跳ねて走ってる。 「誠二、どこ行ってたんだよ早くしろよー」 「おー、ちょい待ち!コレ置いてくるからー」 俺の呼ぶ声に足を止めた誠二は俺に手を上げて、その上げた手にぶら下げてたビニール袋を持って叫んだ。誠二に近づいていってはっきり見えたそれはコンビニの袋で、中には本が入ってるみたいだ。 「練習前だってのにコンビニ行ってたの?何買ったの」 「ん?へっへー、見たい?見たい?」 「だから何が」 フェンス越しに話す誠二は、へへーと気持ち悪いくらいに笑ってた。気持ち悪。ゲラゲラ笑ってるのはいつものことだけど、今はなんだかいつも以上にデレデレと笑ってる感じだ。 誠二は袋の中身を俺に見せようか見せないでおこうかと焦らすようなことを言ってて、俺がべつにいーよと素っ気無くグラウンドに戻ろうとす驍ニ待てー!と引き止めて「もっと見たがれよ!」と今度は怒り出した。だから、何なのお前は。 「で?なんなの?」 「へへー、あんねあんね、」 「藤代君」 誠二ががさりと袋から中身を取り出そうとしたら、突然後ろから声をかけられて誠二は振り返った。 俺も誠二越しに見たけど、確か、誠二と同じクラスの子じゃなかったかな。 その子が「ちょっといい?」と緊張した面持ちで手招きして、誠二はなにー?と軽く答えた。 「あの、ちょっと、向こうに」 「なに?用事?」 「うん、あの、話したい事があって」 その子は明らかにそわそわしてて、俺の目から見ても「ああ、これは」と分かった。 ああでも、誠二に分かるかなー。誠二ってその手のことに鈍感だと思うから、はっきり言ったほうがいいと思う。 だってほら、誠二ってばこんなあからさまに呼び出そうとしてる子を前にしても「ここじゃ駄目なの?」なんて言ってるし。ここまで鈍感だとかわいそうだよね、逆に。 「誠二、聞かれたくない話なんだよ、行ってやれば」 「俺べつにタクに聞かれたく話なんてなーんもないよ」 「いや、誠二がじゃなくてさ・・」 駄目だコイツ。コイツに乙女心を分からせようって方が無理ある。(や俺もそんなのわかんないけどさ) 女の子も困っちゃってるし。可哀想に。 「話って、告白とか?」 「えっ」 誠二がはっきりとそんなことを言うもんだから、女の子同様俺まで驚いて目を大きくしてしまった。 デリカシーもなくいけしゃあしゃあとそんなことゆーんだから、ほんとこの子が可哀想。 「そーゆー話ならゴメンだけど、俺誰とも付き合わないから」 俺より数センチ背の高い誠二の後姿が、フェンス越しに立ちはだかっていた。 俺は正直、ビックリしてた。さっきはいきなりなんてこと言うんだと少々ビックリしたくらいだけど、今度のは本気で驚いた。だってまさか、疎いと思ってた誠二の口からそんな台詞が出ようとは、思わなかったから。 「あ、じゃあ、うん・・・ごめんね」 「うん、ゴメンな」 女の子がちょっと泣きそうな顔で、でもがんばって笑って去っていく姿が痛ましかった。 でも誠二はそれを見送ることもなく、俺に振り返るとまたあの気持ち悪いほどの笑顔を見せて、袋からがさがさと中身を取り出した。 「じゃっじゃーん、コレなーんだ!」 「え?」 誠二が取り出したのは、ファッション雑誌だった。 俺はあまりの誠二の普通さに一瞬ついていけなくて、それが何かをはっきり理解するのに時間がかかっちゃったのだけど。 「前にチラッと言ったじゃん?が雑誌に載るかもしれないって」 「・・・ああ、双子の妹」 「そう!それがこれに載ってんだってさー。あー見たいけどドキドキする!」 「・・・」 その時俺は妙な、違和感を感じたんだ。 今まで誠二のこと、サッカーバカだとか単純だとか子供っぽいだとか思ってたんだけど、この時なんだか、それが大きな間違いだったような、ズレを感じた。目の前でデレデレ笑ってる誠二の顔はいつも通りなのに、あのさっきの子の空気を一瞬で読み取って、その上あんな平然と躊躇いなく一刀両断して、もうそれすら忘れた様子で別の話に盛り上がってる。 「っあー緊張するー!後でゆっくり見よーかなー今見よーかなー!」 誠二がガキ過ぎるんだろうか。 恋愛ってモンにまったく興味がなくて、ただ鈍感に人の気持ちを遮断したんだろうか。 そうかもしれないんだけど、でも、なんか違う感じもする。 「なぁ誠二」 「あーやっぱ今見ちゃお・・・、え?なに?」 「今の子、同じクラスだろ?気まずくならない?」 「ああ、でもしょーがないじゃん?聞いても聞かなくてもそれは一緒だし」 「どうせ付き合わないってこと?」 「うん」 「なんで?」 「なんでって、べつに好きじゃないから」 「随分あっさり決めるんだね」 「だって付き合うって、好きな子とするもんじゃん」 そうあっさり言う誠二は、無垢な子供に見えて、でも崇高な大人にも見えて、余計に分からなくなった。 目の前で訝しげな目をする俺にも気づかずに雑誌を開いてぎゃあぎゃあ言ってる姿は完璧いつものバカっぽい誠二なんだけど、でもなんか、もっと奥に何かありそうで、・・・でもやっぱり分からない。 「はは、やっぱには向いてねー気するなーこういうの」 「妹、載ってたの?」 「うんほらココ。かわいーだろー?ダンチだろー?」 「・・・初めて見た。誠二の妹」 「あーそーだな、今度会わせてやるよ。実物はもーっとかわいーからな」 「誠二って、兄バカ?」 「バカとはなんだ!だってどー見てもかわいーだろ?うっかり惚れちゃうだろ?」 「かわいいけど、誠二のは大半が贔屓目だと思う」 「が可愛けりゃそれで良し!!」 でも雑誌を俺に見せて気持ち悪く笑ったりいきなり怒り出す誠二は、やっぱりいつもの誠二だし、俺の思い過ごしかとも思う。浅いやら深いやら、バカに見えてすごいヤツなような、・・・掴めないヤツだ。 こんな誠二と恋愛しようって子はすごく大変だと思うけど、 まぁ俺には関係ないから、どうでもいいか。 |