開け放した窓から風が吹き込んで、束ねられたカーテンの裾がバタバタと暴れていた。そのくらい今日はなんだか風が強い。テレビでは台風が近づいているといっていたから、その影響だろう。


「うわひっでぇ!てか赤ばっか当たりすぎだろ!」
「へっへーん、見たか俺の強運!」
「運を自慢すんな!」
「いっちゃん後ろ後ろ!」
「うっわ・・、あーっ!」


窓からドアへ、廊下へと吹き抜ける湿気た風に乗って、止まることのない騒がしい声が階下まで響いていた。小学校のときはその声も日常だったけど、誠二が武蔵森へと行ってしまった中学からはパタリとなくなっていたから、懐かしい騒がしさでもある。


「早く代わってよー」
「待て待て、まだ決着ついてないんだから」
「もーズルイ、早くー」
「あと1回だけ待って!俺のジュースあげるから」


さっきからずっと前のふたりがテレビにかじりついてになかなか順番が回ってこない。ぶすりと頬を膨らまして誠二のグレープジュースを飲むとテーブルの下に転がっていた携帯電話が音を鳴らし、はそれに手を伸ばした。


「・・・うわー」
「なに、だれ?」
「んー、学校の人」


そういうとはコップを置いて立ち上がり、廊下に出るとドアを閉めた。抜け道がなくなると風は部屋の中でぐるぐる回って、カーテンも大人しくぶら下がってる。


「また先輩かな」
「先輩って?」
「あの電話。夏休み前に携帯番号聞かれてたまにかかってくるんだってさ」
「なにそれ、先輩って男?なんで教えちゃうんだよ」
「先輩だし聞かれたら断り辛いだろ。俺も付き合ってんのかって聞かれたことあるし、目ぇつけられてんのかもな」
「目ぇつけられてる?イジメか!」
「そっちの目じゃなくて」


ははっと笑う誠二はコントローラーを握りながら、ゲームと一緒に体も動くからコードがパタパタと床を叩いていた。騒がしさが落ち着いた部屋で二人、隣に並んで画面を見つめる。


「気にならないの?大人になったな誠二」
「はー?」
「だって小学校の時はさ、ちょっと誰かがのこと好きって言っただけでケンカしに行ってたじゃん」
「あー、あったなー」
「運動会も遠足もクラス違うのにの隣ふんだくってさ」
「だってほら、あの子人見知りだから。知らないやつと一緒じゃ行きたがらないんだもん」
「嘘つけ。5年の社会見学にはうっとおしい!って思いっきり言われてたじゃん」
「えーそーだっけぇー?」


ケラケラ笑ってゲームを進めていると誠二の動かすキャラがゴールを通過して勝ったーとコントローラーを手放した。


「それにしても長いな。まだ電話してんのか?」


そういう誠二は座ったままドアまで体を引きずってドアを開けた。また窓から風が吹き抜けるカーテンがバタバタと音をたて、すぐそこの廊下でたどたどしく相槌打ってると目を合わせる。


「こら!そんな電話早くきりなさい!」
「ちょっと、」
「はっきり言ってやりなさい私には心に決めた人がいますと!」


誠二は廊下に響く大声で叫びバタンとドアを閉めた。そしてまたずるずるとテレビの前まで体を引きずり戻ってきて、さぁもう一戦とコントローラーを握る。


「誠二ー、あんなこといったらまた怒るよ」
「そーか?嫌なら嫌って言ってやったほーがいいじゃん。相手だって結局付き合えない女に電話かけてたってしょーがないしー」
「・・・なんか、武蔵森いって誠二、変わったなぁ」
「どこが」
「付き合えない女とか、言うこと違うもん」
「まーあっちは恋愛だの告白だの渦巻いてるからなぁ。そーゆー環境に慣れちゃってるかも」
「さすが東京だな。誠二も告白されたりすんの?」
「まぁ時々」
「もしかして彼女できたとか?」
「まさか。キョーミない」


子供の頃からずっと同じように騒いでいた、こいつだけはいつまでも変わらないと思っていた幼馴染だけど、東京に行って1年ちょっと、随分と大人になってしまっていた。こうして遊んで騒いでるうちはいつかのままなのに、恋愛なんて口走る顔は、すっかり知らない人のよう。


「なんか、に彼氏でも出来たら怖いな、誠二」
「なんで?」
「めちゃくちゃ騒ぎそう。俺を倒してから行けー!とか言いそう」
「べつにしないよそんなこと」


ぽつり、ゲームの音や風の音のほうが強いくらい小さく誠二は呟く。


「じゃあ祝ってやれんの?」
「必要ないじゃん。俺は彼女なんて要らないし、にも彼氏なんて要らない」
「駄目だ、まだ誠二が離れする日は遠いな」
「何言ってんのいっちゃん、俺ら一生離れないよ」
「一生って」


誠二は画面を見つめたまま


に彼氏なんて要らない。たとえいっちゃんでも要らない」
「・・・」


まっすぐ前を向いたまま、いつもの調子で画面を見つめたまま、だけど誠二は聞いたこともないような声で言う。


「・・や、俺はないよ、そんなの」


咄嗟に、笑いを交えて取り繕うように言うと、誠二は「そ」といつもの軽い笑顔を見せた。思わず止めてしまっていた手をまた動かして、ゲームを続ける。

すると後ろでドアが開き、がどこか疲れた顔で戻ってきた。ふぅと元いたところに座り込んで、携帯電話をごろりと床に転がす。


「ちゃんと断ったのか?大体な、簡単に電話番号なんて教えるんじゃアリマセン!お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えはアリマセンよ!」
「うるっさいなぁ。てか次私でしょ?なんでまたやってんの」
「お前がどこの誰かも知らない男とベラベラしゃべってるからでしょーが!もう携帯取り上げるぞ!そんなことのために買ってあげたんじゃアリマセン!」
「ウザイ。ほら代わってよ」
「俺代わるよ、トイレ行ってくるから」


そうにコントローラーを渡し場所も譲った。


「お前なー、クッパとかいかつすぎるだろ」
「これが1番速いんだもん」
「もっとピーチ姫とかせめてヨッシーとかだなぁ」
「うっさい始めるよ」


窓からドアへ、風に煽らればさばさとカーテンが揺れる部屋で、ゲームを始めたふたりはまたぎゃあぎゃあと騒ぎ夢中になっていった。
そうして仲良く隣あってる二人は、今まで見てきた小さい頃の背中のままだ。二人ともコントローラーをパタパタ振り回して、ケンカしながら笑い騒いで。

も今じゃ大人になってしまったのか、誠二がいないせいか、こんなにもはしゃぐ姿は見なくなって、特に学校じゃ静かな優等生のようだ。誠二の前でだけはようやく自由になる。

誠二も同じように笑ってる。さっきまでのクールな口ぶりが嘘のように。今まで見てきた誠二だ、この明るさは誠二のものに間違いない。
なのに、突然見せたさっきの顔も、誠二で。今まで気づかなかったけど、あんな顔をしながら大人びたことを言うようになってしまったからには、いろんなものを見て聞いてしてきたんだろう。

でもの前ではそんな顔を微塵も見せない。
ケラケラ笑って、ちょっかい出して、押し合って叩き合って、いつもの双子のまま。今までどおりのふたり。

なんだろう、この違和感。
この二人が隣同士座ってゲームに熱中する姿は今まで何度も見てきた光景なのに、その中に混ざれていたのは唯一二人の友達である幼馴染の自分だけだったのに、なぜだか、もう、あの中に混ざれる気がしない。同じように騒いでいたって、あの頃とは絶対に何かが違う気がした。


「いっちゃん、どうしたの?トイレ突き当たりだよ」
「うん、分かってる」
「バカ当たり前じゃん、いっちゃんだよ?」


笑い返して、開きっ放しのドアから部屋を出た。パタリとドアを閉めると湿気た風は閉ざされて、廊下には気だるい暑さだけが漂って、ドアの向こうからは変わりない二人の声が階下まで響く。

窓から見える雲ひとつない爽快な青空。ガラスの向こうじゃ風が雲を吹き飛ばす勢いで荒れ狂ってるのに、見えてる青は深く遠くまで透き通っていた。

空が綺麗に見えているのも、安全域だからこそ。
一歩外れてしまえば何が襲ってくるか分からない。
台風が近づいているから。

とにかく、自分がいまいる場所は安全で無害なところらしい。






タイフーン静







(なんか、笑って釘刺された気分だ・・・)
1