窓から見える外は真っ暗で、今自分がどこにいるのか、どこらへんを飛んでいるのかさっぱり分からなかった。行きの飛行機は昼だったから街とか海とか見下ろせて楽しかったのに、今は真夜中でその上雲が多いからまったく何も見えない。時々下のほうでピカッと光が見えるんだけど、それはこの機体のもので、身を乗り出させといてなんだという気になる。 「今どのへん飛んでんすかねーキャプテン」 「藤代、もうキャプテンはやめろよ」 「あ、すんません。長年のクセで」 「時間的にはあと2時間くらいで着くけどな」 「あと2時間て、夜の11時じゃん。もちょっとマシな時間にしてくれてもいいのに、クリスマス終わっちゃうよ」 夜の空を飛び続けること数時間。離陸の浮遊感も豆粒みたいな街の景色も去り、機内食も終えてあとは日本につくまでの長い時間をやり過ごすだけ。日本を発ったときはみんな飛行機に浮かれて楽しんでたのに、帰りの機内はみんな疲れているのか、ほとんどが寝静まっていて誰の話し声も聞こえない。でも別に疲れてない眠くもない俺は時間を持て余しながら、無理やり替わってもらった窓側の席で腕時計を見つめた。すると、隣の渋沢さんが同じように俺の時計を覗き込んできた。 「もう日本の時間に合わせたのか?」 「合わせたんじゃなくていじってないんすよ、ずっと日本のままでつけてたから」 「ずっとつけてたのに日本の時間のままだったのか?意味ないな」 「だって俺はみんなと一緒に動いてるから時間なんかどーでもいーじゃないすか。日本の時間分かってたほうが、今起きた頃かなーとか今メシ食ってんのかなーとか思えるし」 「はは、彼女か?」 「ザッツラーィ!」 へへーと笑ってやると、渋沢さんは自分で言っておきながらきょとんとした顔を向けてきた。 「へぇ、藤代に彼女か。大人になったもんだ」 「ちょっと、どーゆー意味すかソレ」 「中学でも高校でも藤代にそんな話聞いたこと無かったからな」 「まーねー」 そりゃ武蔵森ん時は寮に缶詰だったから、なかなか会える時間がなかっただけ。でもそれはそれでよかったと思う。だってもし四六時中一緒にいられたなら、たぶん俺サッカーにばっかり明け暮れること出来てなかっただろーし。(まぁその分今はあんまできてないけど。大丈夫、俺天才だからちゃんと代表にも選ばれてる。) 「なになに、藤代に彼女だってー?」 「あれ、起きてたの若菜」 「おー元気マンマンなのに英士も一馬も寝ちゃってさー。なぁ彼女ってどんなー?プリとかないの」 背もたれてる座席の向こうから若菜がひょっこり顔を出して丸い眼を見せてきた。どうやら若菜もこの静かな機内で暇を見て余してる組らしくウキウキした声で聞いてくる。 「お前の妹ってモデルなんだろ?もしかして彼女もモデル?」 「あれ、なんで知ってんの?」 「だってどっかの雑誌に載ってたじゃん」 「あー、アレなー」 数ヶ月前、週刊誌に今住んでるマンションの前で隠し撮られた写真が載った。まぁおそらく世間においしくいただかれそうなネタを探してたんだろうけど、俺はまさか自分がそんなのに狙われるほどスーパースター(あ、自分で言っちゃった)になっていたとは思いもよらず、しかもいつ撮られたのかさっぱり分からなかった。 いきさつはともかく、俺が住んでるマンションに女の子と一緒に入っていく現場を激写され、しかもその一緒に写ってたのがモデルとして知名度を馳せているだったからマスコミは余計に飛びついてしまって、試合も無い練習の日にいきなり記者に囲まれ問い詰められたのだ。 「怖いぜーマスコミ。一緒に写った写真見せられてさ、付き合ってるんですか、一緒に住んでるんですか!?ってすげぇ質問攻め!付き合ってるも何も妹だってーの。だから載せんのやめてくれって言ったんだけど載っちゃったんだよなー」 「いーじゃん、仕事増えんじゃねー?」 「いやぁ、うちの子はそんな仕事のとり方は納得してくれないからさ、もうめちゃくちゃブチギレられたよ。5日くらい口きーてくんなかったもん。俺のせーじゃないのに・・・ぐすっ」 「っはは、プライド高ぇーなー」 「ほんと、プライドの塊のような子だよ、もちょっと弱っちくてもいーのにな・・・」 あの時ののキレようときたらほんとハンパなかった。俺らが双子だっていうことは別に隠すことじゃないし隠してるわけでもなかったから知ってる人は知ってることだったけど、高校卒業と同時に一緒に住んでも俺もより仕事に熱中していった矢先のことで、は不本意にも雑誌のトップを飾る回数も雑誌の本数も増えたのだ。 しかしそれを得とは思ってくれないのがあのプライドの高いお姫様で、口利いてくれなかったのはおそらく5日どころじゃなかったし、ごはんも作ってくれなかったし、仕事が舞い込めば舞い込むほど機嫌は悪くなるし。(あのかわいい笑顔は大嘘だ。女って怖い!) でもそれよりも何よりも! あの時は指一本たりとも触らせてくれなかったんだ!それが一番辛かった!! 「まぁそれも考えよーによっちゃラッキーなんじゃねーの?」 「考えようって?」 「だってそこで騒がれときゃ実際彼女がいよーがお前ぜんぜん騒がれてねーじゃん。いいカモフラージュじゃん」 「・・・あー、まぁねぇー」 そりゃ間違っても家の中まで写真に撮られることはないから、ある意味、ラッキーといえばラッキーなのかなぁ・・・。 「妹はともかく彼女は?やっぱモデル?」 「あー、まぁなぁ」 「マジでー?いーなぁ、お前妹使って合コンとかしまくってんじゃねーのぉ?俺も呼んでよ!」 「若菜大阪じゃん。てか彼女いないの?」 「おま、いまバカにしたなっ?いたら合コンなんか頼まねーよ!」 静かな機内で若菜の声が響くと、後ろでぼそっと「結人また別れたの?」という郭の声が小さく聞こえた。 「なんだよ英士、寝たフリして聞いてやがったな?」 「結人、自分の寝言で起きたことない?」 「あーあるある。ってそれがなんの関係あんだよ!」 「声がでかいってことだよ、うるさくて寝れやしない」 「あ、一馬まで!この寝たフリコンビめがっ」 どうやら後ろの二人が若菜の騒がしい声で目を覚ましたようで(というか見渡せばほとんどが起きてしまってる)、若菜は頭を引っ込めて二人の元へと戻っていった。そしてそこで今度は若菜の彼女と別れたいきさつが大声でされていてその声がまた後ろの二人の安らかな眠りを妨げる。 「藤代ー、合コンなら俺も呼んでやー」 「俺も呼べ藤代!」 「だーから合コンなんてしてないってー。そんなのうちの子してくんないから」 「じゃあ紹介だけでも!な!」 「鳴海、目が本気すぎるって」 「チカちゃんに殺されんぞー」 「うるせー黙ってりゃわかんねーんだよ!」 「無理無理、ここにおる全員が証人やでな、取材で会うたら絶対チクるでー?」 「なっ、お前らこの裏切り者!」 いつの間にか静かだった周りがほとんど眠りから覚めていて、静かだった機内は少しずつ騒がしさを大きくさせていった。腕の時計を見るとあっという間に時間は過ぎていて、そろそろ日本に着く時間を差している。 でも窓の外はまだ真っ暗だ。たとえ街の明かりが見えるほど低く飛んだとしても、おそらくこの天気じゃ何も見えないだろう。せっかく今頃街中では赤や緑の飾りつけやイルミネーションがわんさか世界を賑わせているんだろうに。 「せっかくクリスマスなのになんも出来なかったなぁー」 「日にちが変わるまでには着くさ」 空飛ぶ鉄の塊は冬の夜を切り、星も街明かりも隠す雲の中を最高速度で地上に降りていく。 「・・・あ、」 そんな中、真っ暗で何も見えない窓ガラスに、ぽつぽつと白い細かな雪が当たり始めた。 「見てよキャプテン、雪っすよ雪!」 「だから藤代、キャプテンはよせって」 「もうキャプテンは俺の永遠のキャプテンです。すげーっすね、ホワイトクリスマスだ」 「下でも降ってるかな」 「あそっか、空だから下より寒いんすね。じゃあ降ってないかもしれないんだ。記念に写真とっとこ」 デジカメを取り出し大して綺麗でもない窓に当たる雪を撮ってると、隣で渋沢さんはふと笑っていた。 東京じゃきっと溢れるイルミネーションに人々が盛大にクリスマスを楽しんでいるんだろうけど、ここは真っ暗なだけの空の上。クリスマスらしいものといえば機内食についてた小さなケーキくらいだ。なんだか俺だけクリスマスから取りこぼされたみたいでせつない。 「なにしてんのかなぁー、さみしがってたらどーしよ。てか俺が今日帰ってくること忘れて遊びにいってたらどーしよ!男と一緒だったらどーしよ!」 「はは、ベタ惚れだな」 「ったりまえっすよ、死ぬほど好きっす」 細かい雪は霙のように固まって窓を叩く。このガラス一枚向こう側はきっと恐ろしく寒いんだろう。初めて二人だけで過ごす予定だったクリスマスは、そんな寒い中でも手を繋ぎながらキラキラ光る街中をまるで極普通のカップルのように寄り添い歩くはずだったのに。 「待っててよクリスマスー・・」 もっと早く飛び降りて飛行機。 こんな雪降る夜は、きっと俺たちにもみんなと同じ幸せをくれるはず。 この雪も下まで連れてって。 まるでサンタクロースのように空から舞い降りて、極上の今日をあげたいんだ。 俺は何も見えない地上を見下ろして、想う。 きっとも、何も見えない空を見上げて想ってる。 分かるんだ、俺たち何もかもが同じだから。何もかもが同じで嬉しくて、せつないから。 早く会いたい。会ってこれでもかってくらい抱きしめたい。 こんな夜だから、ぎゅうぎゅうと抱きしめて、あたたかく眠りたい。 ゆきふるよは、 逢いたいせつなさも愛しく抱いて、俺たちの距離を大きく包み込む。 俺たちに残されたたった数時間のクリスマスを、優しく見守っている。 X'3 ゆきふるよは、 |