机の上の二枚の紙を見つめていた母は、首を横に振りながら深い深いため息をついた。 そんな母の前で正座をさせられているのは、双子の片割れ・誠二。 母が誠二に目を合わせると、誠二はほのかに浮かべていた笑みをさらにニヘ、と緩ませた。 そんな誠二にまた母は深く長く息を吐いて肩を落とす。 「きのう勉強したの?今日テストあるって知ってたんでしょ?」 「えーあー、知ってたけどー、忘れてたってゆーかー・・・」 「しなかったのね」 「でもほら、きのーは日曜だし!」 「だから?」 「勉強は休みの日じゃん?試合だってあったしさー」 「試合だったからいつもより早く帰ってきたわよね?」 「えーあー・・・」 目をあっちにフラフラこっちにフラフラ泳がせていると、母にぺチンと広い額を叩かれた。 その額を撫ぜながら、誠二は「来るぞ来るぞ・・・」と心の中でつぶやく。 「はちゃんと勉強してたでしょ?だからこんな点数が取れてるんでしょ」 「ソーデスネ」 「みたいな点数取れなんて言わないよ、でもこれはねぇ・・・」 「ソーデスネ」 「普段予習なんてしないんだからテスト前くらいちゃんとしなさいよ」 「ソーデスネ」 「いいとものお客さんかアンタは」 ソーデスネ! ケラケラ笑いながら言ってやると、案の定また額にベシッとはり手が飛んできた。 さっきの3倍は痛かった。(アイタタ・・・) 「ちゃんと答えわかってるの?」 「うん」 「答え書いただけじゃないでしょうね。同じのやって100点取れる?」 「え?そーれはー・・・」 「武蔵森行ったらねぇ、もっと勉強大変なのよ?サッカーだけじゃないんだよ?」 「わかってるよー」 「にちゃんと教えてもらいなさい。夜テストするからね」 「ええー」 母は二枚の紙を誠二に託すと、煮立った鍋が呼んでいる台所へと入っていってしまった。 誠二は手元に残った二枚の紙を見つめ見比べると、確かにダブルスコアどころの騒ぎじゃない。 どんなにがんばっても100点以上はありえない勉学のテストで点数が10倍違うとはどういう状況だろうか。 あいつがこんな点数を取るから俺が怒られるんだ! 二枚の紙をぐしゃっと丸める誠二は口唇を尖らせながらどしどし階段を上がっていった。 ついこの前までは誠二との二人の部屋だった広い部屋は、今では誠二と兄の部屋になっている。 そして兄の部屋だった個室はの一人部屋になったのだ。 誠二はすっかり棒状によじれた元二枚の紙をポンポン投げながら、そんなの部屋のドアを開けた。 「ちゃーん」 「んー?」 ドアを開けながら間延びした声をかけると、は振り返りもせず生返事を寄こした。 それもそのはず。目の前のテレビ画面を食い入るように見つめるはゲーム中だった。 「あーなんだよ、俺も呼んでよー」 「誠二怒られてたじゃん」 「そんなん知らん知らん。コントローラー貸して!」 「待って!これ勝ったらね」 「ヤーダ早く消して!」 「あー!」 を力ずくで押しのける誠二は必死に闘っているキャラを無視してリセットボタンを押した。 自分がゲーム中にこんなことされたら確実に怒るくせに、誠二は兎にも角にも自分がやりたい気持ちを抑えられないのだ。 その後本当に双子による戦闘が行われ、そうして落ち着いて座りなおして、二人は仲良く並んでコントローラーを握る。 「だからぁ、がいい点ばっかとるから俺にとばっちりがくるんだ、よ!」 「あんたが勉強しないのがダメなんで、しょ!」 「大体理科のテストで100点なんてバケモンだぞ、あんなの一生役に立たないのー、に!」 文句を言い合いながらも技を繰り出し、意識はすっかり画面の中。 対戦系のゲームにおいて双子はもうコンピュータ相手では楽に勝ててしまうほどの実力を持っていた。 いつでもコンピュータよりずっといろんな手を使ってくる対戦相手がすぐそこにいるのだ。 自然とその腕は二人揃って上がっていく。 「大体さ、俺サッカーだったらはっきり言っての10倍はうまいよ?なのになんで俺だけ怒られるんの?」 「サッカーはしなくても怒られない。勉強はしなきゃ怒られる」 「ずっこいよなー。そもそも俺よりずーっとゲームばっかしてんのになんで100点なんか取れるわけ?」 「せーじがサッカーばっかしてる時に勉強してるからだ、よ!」 「あ!・・・くそぉー、もっかい!」 「へっへっへ」 誠二だって友達とゲームをすれば全戦全勝できるくらいのレベルなのに、には勝つか負けるかといえば負けが多い。 こんなにもゲームばっかやってるヤツがなんで100点なんか取れるんだ、と誠二はまたブツブツつぶやく。 誠二の足元に転がる、本来の目的だったはずのねじれたテストは後へ後へと追いやられるばかりだった。 「勉強なんてサッカー選手なっちゃえばカンケーないのにさー。なんでしなきゃなんないのかなぁ」 「サッカーは数学的スポーツだってゆーじゃん。頭良いにこしたことないんだよ」 「カンケーないない!俺テストで0点取っても試合で2・3点取れる自信あんもん」 「でも武蔵森って勉強も出来なきゃダメなんでしょ」 「そーなんだよ!なんだろうね、文武両道って」 「そのための寮なんでしょ」 「じゃあも武蔵森いこーよ。は勉強、俺はサッカーで立派に両立できんじゃん?双子は二人でひとーつ」 誠二の操るキャラから必殺技が発射され、画面がキラキラと輝きだす。 まぁならラクーにはね返すだろうけど。 そう思って見ていたのに、技は思いのほか完璧に決まってしまった。 技が決まり、のキャラのHPがガクンと減って瀕死状態。 しかしまだ試合は続いているからさらに攻撃を仕掛けようと誠二はコントローラーを動かす。 でも、のキャラが動かなかった。 「どした?」 コントローラーの線を辿るようにに目を移すと、は画面を見たまま手を下げた。 「どしたの」 「あたしべつに、勉強好きでやってるんじゃないよ」 「へ?」 「誠二はサッカーやって、中学も決めてずっとやってこうとしてるんだからいいじゃん。あたしはただ他にすることないから勉強してるだけ。誠二がサッカーしてる間に勉強して、誠二が勉強してる間にゲームしてるだけなの。やりたいことある誠二より時間あるんだもん、勉強くらい出来て当たり前じゃん」 「何怒ってんの?」 「なんで、武蔵森いこーよなんて言うの。なんで誠二のサッカーの為に都合いいように私がついてかなきゃいけないの」 「冗談だよ、本気で言ってないって」 「冗談で、そんなこと言わないでよ。いつも誠二は何したって笑って許される、ずるいんだよ誠二は」 誠二にはの言う「ずるい」が分からなかった。 でもの声は確実に”いつものあの時の声”だ。 時々が誠二に対して堪えきれない不満を漏らす時、こんな風に辛そうな、自分でも止められない声を出す。 「?」 「・・・」 「、泣いてんの?」 誠二はの顔を覗き込んでその肩に手を置くけど、顔を伏せるは誠二の手から逃げるように背を向けた。 「俺が武蔵森行こうって言ったから?もう言わないよ、ごめんね」 「・・・」 「俺がサッカーばっかやるから?武蔵森行くから?じゃあ行かないよ俺、やめる」 「・・・」 そっとが顔を上げると、すぐ傍に誠二の大きな目があって、それはそれは心配そうに見つめていた。 ・・・嘘ばっかりだ。 そんなこと誠二はするはずも、出来るはずもないのに。 口ばっかり。許してもらうことばっかり。私が泣き止むことばっかり。 なんで泣いてるかも分かってないくせに、何を苦しんでるかも分かってないくせに、ほんとそういうとこが・・・ 「ムカつく」 「ええっ、なんで!」 ムカつく。ムカつく。 そうやってご機嫌とって、すぐ笑って、でも結局自分の思いが通ることを知っている。 俺とは一心同体だもん。 のためならなーんでも出来るもーん。 すぐ、そうやって、 「誠二なんて、武蔵森行っちゃえ」 「え?いーの?」 「二度と帰ってくんなバーカ!」 「はあ?もーワケわかんなーい」 バカ。バカバカ。 私のためにご機嫌を取って、私のために嘘をつくのに、でも結局はどこかへ行ってしまうんだ。 誠二は誰にも嘘なんてつかない、正直者。 それはただ、私のためにだけ吐く、嘘。 私の前でだけ誠二は、救いようのない嘘吐きだ。 やさしい嘘吐き (怖いんだ、その、取り留めのないやさしさが) |