ぬくぬく、春の陽気が窓から刺す。
身体はあったまって、頭の中は火照って、眠気が誘われて、
あふ・・・。自然と口から眠気の象徴が抜き出て行く。


「これかわいくない?」
「あーカワイイ、やっぱ今年はドットが来てるよね」
「でもこれもカワイイー。が着てるからかな」


きゃいきゃい、教室の中では女の子のお決まりの台詞が飛び交う。
「かわいい」「かっこいい」「新しい」「欲しい」
彼女たちが毎日厭きもせず繰り返すのはオシャレやテレビや男女の話ばかりだ。

机に頬杖つく誠二は、涙を浮かべた目をそんな彼女たちのほうへと流すと、その彼女たちの中心で開かれている一冊の雑誌に目をつけた。
見覚えのある雑誌。それもそのはず。それは誠二が毎月、友達に怪しまれてでも買いに行く若い女の子用のファッション雑誌。その雑誌も発売前日に先取りで買いに行ったばかりだ。

まだ春だというのに、もう夏を先取りする雑誌内世界は青い空の下でカラフルな水着と白い素肌を曝け出している。髪もアップに上げて水が肌を流れて、本物だか偽物だか、白い砂浜の上で眩しい笑顔で。
いつもならが雑誌に出ていれば自慢して回るほどウキウキしている誠二だったが、今月はそうはいかなかった。ぶす、と口を尖らせて雑誌から目を逸らし、眠気の飛んでしまった頭を無理やり机の上に寝かしつける。


「ねー藤代ー」


そう、寝付いたばかりの誠二を呼ぶ彼女たちの声。
んー?と誠二は頭を上げて彼女たちに振り返った。


「ねーちゃん出てるよー、この水着チョーかわいーねー」
「こういうのってさぁ、カワイイって思ったらその場で買えちゃったりするんだよねー、モデルって得だよね」
「ほんとに?ねぇ藤代、このちゃんと同じ水着買えないかなぁ」
「・・・」


こっちの気も知らずに彼女たちは雑誌をわざわざ誠二に向けてを指差す。
誠二は彼女たちに気づかれぬよう精一杯心の中で口を尖らせた。


「知らないよ、そもそも最近会ってないし」
「え?春休みは?」
「会ってない」


言い切って会話を終了させる誠二は、眠気のせいにしてまた机の上に頭をゴンとつけた。ちょっと勢い良く伏せすぎて痛い・・。

春休みといえば宿題もない幸せな、しかも今回は中等部から高等部へ渡る春休みだから練習もないというハッピーハッピーイェイな連休だった。だから冬休みからそう長い日は経っていないけどウキウキで家に帰っていった。
なのにはといえば、連休こそ仕事のしどきだ、と連日東京へ通う毎日。いつもとは逆の二人の居場所は毎日すれ違い通しで、こんなことなら帰ってこなきゃよかった!と嘆いたのだった。

そうして春休みは明け、久しぶりにセンパイたちとの練習が始まって、夏の大会に向けてがんばってるとこだ。がモデルをやりはじめた雑誌もいつもどおり買いこんで、が出てるとこだけとっておく。こんな時ばかりは妙なマメさを発揮していた。もちろん今月も買いに行き、さぁ今度はどんなかわいさを発揮しているのかと思って開いたらば、

”今年はコレがくる!夏まで待てないおススメ水着特集!”

思わず雑誌を落とした。

み、水着って!どこぞの青年誌じゃあるまいし!
うちのはまだ15才ですよ!誰の許可とってうちのかわいいをこんな肌丸出しで雑誌なんか載せてんですか!キー許せん!全国中の雑誌を買い占めてやりたいがそんな金がなーい!


「藤代ー、今月ちゃんの出てる雑誌水着特集なんだって?見せてよー」
「見せるかー!!」














「誠二」


日が暮れた薄暗い空の下、駅の改札の前で座り込む誠二は後ろからやってきた声に反応して頭を上げた。
明るい改札のほうから少し急いで歩いてくる、は深く帽子を被って顔を隠すような出で立ちでニコリと笑った。


「何そのカッコ」
「電車の中で声かけられちゃって、ちょっと騒がれたから隠れてたのー」
「騒がれた?そんなに顔覚えられてんの?」
「最近ときどき声かけられる」


学園からほど近い駅。が撮影所から帰る途中でたまにこうして仕事帰りに会うことがある。
もっとも、それは毎度誠二から言い出すばかりでから言ってくることはほとんどないのだけど。


「いつもこんな遅いの?危ないじゃん」
「でも今はあったかくなったからマシだよ。冬なんて日が暮れると寒くて死ぬからね」
「そーゆーこと言ってんじゃないの。あったかくなるとね、変なヤツも増えるんだから」
「なにそれ。じゃあわざわざ途中下車なんてさせないでよ」


帽子をとって前髪を整えるは、そんなことを言う。
ぷくり、誠二は頬を膨らませ、ふてくされてふいっと背中を向けた。


「で、どーしたの?なんか用?」
「なんで?」
「なんでって、用あるから呼んだんじゃないの?」
「よーがなきゃ呼んじゃダメなんデスカ」
「そーは言ってないけど。寮出てきていいの?ちゃんと言ってきたの?」
「まさか。練習後は出ちゃいけないもん」
「じゃあ早く戻りなよ、怒られるよ?そんなことで出場停止とかくらったら笑うよ」
「ヘーキだもん、俺ってばチョー期待された一流選手だから」


へぇ。
そう質素に答えられて誠二はまた膨れた。

は最近こんな感じ。いや、最近というか熱中できることを見つけ、それが波に乗り始めてから。
前まではうまくできないとか大変だとか先が見えないとか散々言ってたのに、今じゃ割りと頻繁に雑誌に出て人気も出ているようで、街中を歩いてて声もかけられるようで。

だからだ。
自分の人生に夢中になると、他のヤツの人生なんてどーでもいいんだ。


「俺ね、今年も代表行けそー」
「去年行っといて今年行かなかったら怒るよ」
「簡単にゆーけどね、大変なことなんだよ?スゴイことなんだよ?」
「わかってるよ」


いーや分かってない!
分かってるならもっと他の女の子みたくスゴーイ!とか言って目をキラキラさせるべきだ。
がんばってね、応援してるからねって、他の誰よりも励ますべきだ。


「選手権も勝つし、選抜も代表も生き残るよ。もう今すぐプロになったってやってけるくらい」
「どーしたの?」
「俺絶対プロなるからね。もう世界中からきゃあきゃあ言われるくらいのチョースター選手になるんだから」
「うん、ガンバレ」
「気持ちがこもってない!」
「なんなのよ、何が言いたいの?」
「何がって、」


だから・・・


「・・・仕事、楽しい?」
「うん」
「ずっとやってくの?」
「まぁ、仕事がもらえれば」
「でもそーゆーのって、ずっと仕事あるわけじゃないんだよね」
「うん。でももうすぐで専属になれるかもなの」
「・・・」


誠二はまた不服そうな顔をして、視線を散らす。


「・・・今月の見た」
「ああ、あれ。水着は初めてだったもんね、ちょっと恥ずかしかった」
「かわいかったよ」
「ありがとう」
「・・・でもさぁ」
「うん?」
「水着はさ、べつにヤラシー意味じゃないけど、・・・そう、見るやつは見るんだし・・・」
「それは仕方ないんじゃない?見る人まで選べないし」
「そーだけど」


でも嫌なんだもん。いくら女性誌だとしても、気分よくない。
そもそも雑誌に出てること自体もう嫌だ。

・・・モデルなんか、やめちゃえばいい。
そうやってどんどん勝手に知らない世界に行ってしまうなら、その羽を剥ぎ取りたくなる。
ついこの前までは、俺が先へ行ってしまう、戻ってこない気がするって泣いてたのに


「今ちょっと、昔のの気持ちが分かる気がする」
「昔って?」
「・・・」


薄暗い世界で、に足を向けてコツンとその肩に額を倒した。
春の生ぬるい空気の中で、擦り付けるようにぐっと押し付けて、世界を狭めて、ここだけは誰も入ってこないで、って。


どこにも行かないで
いつでも会えるとこにいてよ、俺から目離さないで


「誠二?」


すぐ耳元からの声が届く。
そんなからすと顔を上げて、間近で見上げているの目を見た。
薄く光り始めた星が、瞳に入りこもうとしてる。


そのまま、小さく首を傾げるの額に、静かに口唇をつけた。








・・・誠二が軽くチュ、とキスをしてくることは今まで何度もあった。
誠二にとっては抱きつくこともキスをすることも、大きな愛情の現われだ。

でも高い位置から降ってくる誠二の口は、額に落ちて、目に落ちて、頬に落ちて、
まるでさんざめく流星群のように幾つも降り注いだ。

なんなの?と離れようとはするけど、その仕草は止まらず、数は増えて、離れている時間のほうが少なくなって、だんだんと愛おしむような仕方が繰り返された。


「ねぇ、誠二」


その体を押し離して顔を見上げると、誠二はその大きな手で頬を覆って、今度は口に、その口唇を降らせた。


「・・・」


一瞬意味が分からなくて、押し離したほうがいいのか、抗ったほうがいいのか、
でも誠二はぐっと力をこめて離さなくて。


今の誠二は、誰だか分からない。


・・・でも、なんで、とは思わなかった。
本当はずっとずっと奥のほうで、気づいてた。


見え隠れしてた。

この、深すぎる愛情・・・


「誠二」
「・・・」
「ねぇ、誠二、」


誠二の胸のシャツを掴んで押し離そうと力をこめるけど、腕を掴む誠二の手は絶対に離したがらず、ぎゅと力が入り続ける。締まって、痛みすら覚えて、


「せいじ、・・・」


全力でぶつける誠二の感情が、小さななど飲み込むように縛り付ける。
言葉なんて確かなものは何もない。でも、誠二のことならわかるべきだったのかもしれない。


今わかるのは、誠二の目に宿る光が、

絶対にどこへも逃がさない

と、刺すように求めているということだけだ。
















君のの中の億の





(星がこんなにくすんで見えたのは、初めてだった)
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