「すげー、俺サインとか貰っとこうかな」
「え、そんなの持ってないよ、そんな大それたものじゃないから」
「いやいや、自慢になるよー」


部屋の中はいつもの5倍は人がひしめいて、息苦しささえ感じられるほどだった。周りの部屋のヤツはもちろん、同級生もセンパイも、噂を聞きつけて押し寄せてきたようだ。なんでこの狭い部屋にそんなに人が大勢いるのかというと、・・・がいるからだ。


「ねぇねぇ、モデルの友達とかさ、いっぱいいる?合コンとかできない?」
「えっと、出来なくはない、かな」
「マジ?!」
「もーやめてくださいよ、いやしーッスよセンパイたち」
「んなこといって藤代、前に合コンしたそーじゃねぇかよ」
「な、なぜそれを・・」


寮というのはどうしてこうもいろんなことが筒抜けになってしまうのか。以前クラスメートにどうしてもと頼まれてのモデル仲間と一緒に合コンをセッティングしたことがあった。絶対に誰にも言うなと言っておいたのに、モデルの子と合コンしたことを黙ってられるほどの大人はここにはいない。


「ほらほら、騒ぐとバレるから出てってくださいよ!お前らも!」
「ちぇ。じゃーちゃーん、考えといてねー」
「早く出る!」


部屋の中からみんなを追い出し、バタンとドアを閉めて鍵をかけた。まぁったく、普段学校内から出れないからみんな鬱憤が溜まりまくってるんだ。ほっといたらすら食い荒らされかねないよ!


「ったく、どっから沸いてきたんだか。今回はタクにすら言ってなかったのに!」
「ああ、竹巳君元気?」
「元気だよ」


ブツブツブツブツ。文句が止まらない誠二は狭い部屋の中をストレスの溜まったライオンのようにグルグルと歩き回った。


、トイレとか大丈夫?」
「うん。でも顔洗いたい」
「電気消えてからでいい?」
「うん」


夏休みに入って、それはもう目一杯仕事のかき入れ時だと連日東京に来てるらしいは、帰るのも面倒だとホテルに泊まったりすることもあると聞き、誠二はじゃあ学校に来いと呼びつけたのだった。本当は女どころか部外者ですら禁制なのだけど、誰にも内緒にすれば大丈夫だろうと誠二は高をくくっていた。 まぁ、案の定やってきたが寮に入る前からその情報が漏れて寮生である部員たちはたかってきたのだけど。
メイク落としのシートを瞼の上にあてマスカラを落とすを、誠二はじっと見ていた。
荷物だってカバンが二つと紙袋を一つ。もう昔のように手ぶらでどこへでも行ける年ではないらしい。いつの間にこんなにポーチにぎっしりと詰まった化粧品を持ち、手際よく化粧するようになってしまったんだろうか。
・・・まぁそんなこと、今更、か。


、それやらせて」


ベッドを背に足を伸ばして座っているの足をまたいで、誠二はの目の前に座ると、その手からシートを取って瞼にピタリとつけた。マスカラ、アイライナー、グロス、チーク、ファンデーション。数枚のシートを使って丁寧に拭い取っていく作業は毎日のことなら大変そうだが、初めての誠二にはなかなか楽しい作業。

女の子は大変だなぁ。

メイクを拭いながらの鼻先でつぶやくと、顔を誠二に向けて目を閉じてるはふふと笑った。次第に見慣れたの顔が浮かび上がってくると、その顔を誠二はまたマジマジと見つめる。化粧なんかしなくても十分カワイイ。このほうがらしい。
顎を軽く手で支えて、仕上げのように頬を拭いながら誠二はため息をついた。鼻筋も通っていて、目も大きいし睫も濃い。肌も白くてきめ細かくて、口唇は薄くシャープで。完璧じゃん。よりかわいい女の子なんてこの世にいやしない。

目を閉じて任せているの顔をじっと見つめる誠二は、その口唇にそっと口をつけた。
パチッと目を開けたの目に飛び込んできたのは、ずっと近くにいる誠二の揺れる睫。
反射的に口を引くけど、誠二はその大きな目でじっと見つめ、もう一度顔を近づけた。


「誠二、」


口唇が触れる前には誠二の胸に手を突き立て、近づいてくる誠二を止める。


「なに?」
「そういうの・・・、やめてよ」
「なんで?」
「普通しないよ」
「普通って?」
「兄妹なんだから、あたしたち」



きゅ、と、誠二の視線が細まる。目の前で呟く誠二の声は低く胸に響いた。
誠二の右手がの首を握りこむように纏わりつき、そのぬるい温度が喉に滲む。


「俺がを好きなのは家族としてでも兄妹だからでもないよ。わかってるでしょ」
「・・・」
「はっきり言おうか?」


鼻先で大きな目を光らせる誠二の手がくっと強まって、指が首の皮膚に食い込む。
その掌で、瞳を揺らすのこくっと呑む息の通りを感じた。


「俺とやりたい」
「・・・」
「出来るよ、俺」


ぞわり、一瞬で全身の毛穴が開くほど皮膚が逆立った。隙間などないほどまっすぐ見つめてくるその強い目に、寸分の冗談も含んでいない。首に添える手にぐと力が入って、左手で髪ごと頭の後ろをぐいと引き寄せると誠二はまた噛み付くように口を押し付け口をつけた。


「や、めてよっ、」
「あんま声出すと聞こえるよ、隣に」


そんな言葉にがビクリと身を止めると、誠二はふと笑った。
そして顔を上げさせてまたキスをする。
体の間で腕を伸ばそうとするの力なんてないに等しい。歯止めが利かなくなった感情を止めることなくにキスを繰り返した。

力ずくで押し付けるあまり、口唇に痛みが走る。脚の上に誠二が乗って、すぐ後ろのベッドで逃げ場もないは、重ねて降るキスがひたりと耳の後ろにあたると大きく肩をすくめた。

そのとき、鍵のかかったドアがコンコンとノックされた。その音を聞いて誠二ももドアに目を移す。ドアの向こうから「藤代?」と声がかけられて、誠二はの腕を引っ張って立たせるとベッドのふとんをめくってその中にを隠した。床に散らばったカバンや荷物を机の下に隠し、ノックが続いているドアの鍵を開ける。


「いたのか。どうした、鍵なんかかけて」
「もー眠かったんで」
「どうした、体調でも悪いか?」
「そんなんじゃないッス」


気がつけば消灯時間が過ぎていて、廊下の電気は消えていた。見回りの先生に適当に答えてドアを閉めまた鍵をかけ、パチンと部屋の明かりを消すと中は廊下同様真っ暗になる。暗闇に慣れない目でベッドまで戻るとふとんをめくり、静かに息を潜めていたにもう大丈夫と小さくかけた。

伏せていた体を起こすは真っ暗な中で、誠二のかたちをした影に目を上げる。
そののすぐ前に誠二が座ると、は体を引いて壁に背をつけた。
あ、と思うけど、それよりももっとずっと傷ついた、闇に光る誠二の目。


「・・・ねぇ、嫌なら、俺のこと殺してよ」
「・・・」


暗い中ではよく見えない誠二から発せられるその声は、こんなに近くにいてようやく聞こえるくらい小さくて、拙い。


「俺、自分じゃ無理。止められないし、止めようとも思わない。駄目だとも思わない」
「・・・」
「ねぇ、これって駄目なの?


の前で、誠二は深く深くシーツに目を伏せる。
首がもたげて、そのままころりと落ちてしまいそうなほど。誠二らしくない姿勢。
そんな身体を支えている腕の先で、拳がぎゅとシーツを握りこむ。


・・・忘れられない記憶がある。
それは、まだ物心もつかないときにはもっと明確に感じていたものだった。絡み合うように、溶け合うように、元はひとつだったこの心。身体までも繋がってるように感じられて、まるでひとつだった。

なのに、時間が経てば経つほど二つの身体は離れて、心も別の場所で育って
あの時のままずっと一緒にいたいのに・・・


生きることは、離れることだ。
同じところで生まれても、別の場所で死ななきゃいけないんだ。


そんなの


「ずっと一緒がいい。俺とは離れちゃ駄目なの。死ぬまでふたつでひとつなの」
「・・・そんなの、おかしいよ」
「ほんとにそう思う?」


些細な間もなく切り替えされて、そっと誠二に目をやると誠二も伏せていた目を上げていた。暗い部屋に窓の外の僅かな明かりが滲んで、その目を光らせる。


「そう思ってんの、俺だけ?本気で俺のことおかしいって思ってんの?」
「・・なに」
だって本当は同じように思ってるだろ。だから俺が怖いんだろ」
「・・・・・・」


怖い

誠二が・・・?


はいい子だから、お利口なことしか出来ないんだ」
「・・・やめてよ、」
「俺がおかしいって言うならだっておかしいんだよ。俺とは一緒なんだから」
「やめてっていってんの、バカじゃないのっ?」
は自分の欲しいものも欲しいって言えないもんね。俺が欲しくて堪らないくせに、普通の人ぶって生きてたいんだ」


ドンッ!

降りかかる言葉を閉ざそうと、は近づいてくる誠二の胸を目一杯の力で押し離した。それでも自分よりずっとしっかりした誠二の身体が、精神が、揺らぐことはない。誠二は抗おうとする腕を掴んでその身体をどっと押しつけ倒した。ぎしっときしむベッドの上で、見下げるはぎゅと唇を噛んで目を合わそうとしない。


「俺にしか触らせないくせに」
「・・・、」
「触られるのも見られるのも、ほんとは気持ち悪いんだ。分かるよ俺、伝わってくるもん。の考えてることなんて全部」
「やめてよ、どいて、」
の欲しいものなら何でもあげる。俺の身体だって心だって、心臓だってあげる」
「やめてっ・・・」
「だからの全部を、俺にちょうだい」


ギリッと握り締める腕は血管が途切れてしまいそうなほど、
暗闇で浮かぶ目は刺して穴が空きそうなほど、
脆く崩れる部分から、それでも欲は湧き上がって再生を繰り返す。


それを“壊れた”とは言わさない。
だって、元々ひとつだったものを引き離したのは、「生」だった。
別々のまま歩いて、別々の場所で朽ち果てるというのなら、無理やりにでも元のひとつに戻してやる。


「いや、誠二、や、だっ・・」
「・・・」


沸き起こる、欲情。
今までは誤魔化すわけではないけど、幼さゆえに判らないものとしてた。

でももう間違いなく自覚してしまった。
対象に入れてはいけないはずの、華。


・・・、・・・・・・


押し付ける口から熱い息と一緒に毀れ出てくる、慣れた名前。でも、知らない名前みたいだった。見慣れた顔も触り慣れた身体も知らない人みたいだった。見えてる景色も突き抜ける感情も何もかも、知らない世界。それでもこの思いは、この手は、止まらない。


大事にしてた記憶すら捨て去ってもいいよ。


生きるでも、死ぬでもなくていい。
遠い記憶の中の、海のように穏やかに包む光の中で、ずっと一緒にいた時のように

硬い糸で、つぎはぎだらけで、

あの頃に、戻るんだ・・・












いうら、

(ただすきになっただけなのに)


1