「一緒に住まない?
「・・・え?」


夏の蝉が、いつもどおりうるさい中で誠二が言った。
フローリングの床で横になっている誠二はゲームのコントローラーを持って、クッションを胸の下に挟んでテレビを見つめている。もう何十回もし尽くしたゲームを飽きもせずに繰り返す。もう敵が出る位置どころかクセすら覚えてるから簡単だ。あっという間に画面が進んでいって、その面をクリアしたところで誠二は振り返ってに目を合わせた。


「住むって、いつ?」
「学校卒業したら。も東京出てくだろ?じゃあ一緒に住めばいいじゃん」
「・・・」


もうすでにプロ契約を交わした誠二がこのままずっと東京で生活するのは決定。
も、このまま仕事を続けていきたいと思っているから高校卒業したら東京に行こうと思っていた。
でも、それって、・・・


?」
「ん、」
「嫌なの?」
「そうじゃないけど、」
「けど?」
「・・・」


小さなテーブルの上に広げたテキストに視線を落としたまま言葉を詰まらせるを見て、誠二はまた目をテレビ画面に戻した。ゲームを進めてビコビコとボタンを連打する。


「べつにさぁ、同じ東京に行くんだから、俺たちが一緒に住んだって誰も疑問には思わないんじゃないの」
「ん・・・」
「俺はプロなるし、だって仕事はあるんだし、誰に迷惑かけるわけでもないんだし」
「・・・」
「まぁ俺はが仕事なんてしなくてもいーんだけどね、べつに」


誠二はこのまま東京で生活をする。も卒業すれば東京で本格的な仕事がしたい。
向かう場所が同じなら、生活や金銭的のことを考えて兄妹で一緒に住むというのも自然なこと。誰が見ても、誰が聞いても、極自然に受け止められること。


・・・本当に?

いつまで?いつまで一緒に住んで変じゃない?
いくらなんでも、ずっとずっと兄妹で一緒に住み続けるのは変じゃない?

私たち、いつまで一緒にいて変じゃない・・・?


「あー死んだ」


画面が黒くなって、誠二はぽーんとコントローラーを手放した。
そのままゴロンと寝転がって天井を仰いで、ふと息を吐くとまたに目をよこす。
は考えてることを悟られまいと考え込んだ顔を消して、それでも誠二にどんな顔を向けていいか分からずに目の前のテキストに目を落とした。そんなに何を思ったのか、誠二はガバッと起き上がるとのすぐ隣まで来てぐと間近まで顔を近づける。


「またその顔してる」
「え?」
、ずっとその顔してる。俺が帰ってきてからずっと。それとも家ではずっとそんな顔してんの?」
「・・・」
「余計変だよ。俺と普通に喋らなかったり会わないようにするの」


・・・誠二が短い夏休み入って家に戻ってきて、はずっと不安定だった。
そうそう休みのない誠二に家族となかなか話をする時間がなくても、帰ってくれば誠二はちゃんと家族に混ざれる。だってずっとこの家に住んでるんだから普段はもっと普通だ。母とだって父とだって兄とだって、普通に顔を合わせられるし話も出来る。

・・・でも、誠二と、この家でどう過ごせばいいのか分からなくて。
誠二とどう顔を合わせれば、どう話せば、どんな顔をして家族の前にいればいいのか。


「・・・」


怖い。
どこからこの気持ちが、この状態が、お父さんやお母さんに漏れてしまうかもしれないこの状況が、そこはかとなく・・・怖い。


「・・・」


一向に浮いてこないの表情に不満そうな顔をする誠二は、突然寝転がっての膝の上に頭を置いた。


「ちょ、誠二」
「ん?」
「やめて、どいてよ」
「いーや」


どかそうとしても立ち上がろうとしてもどかない誠二は、ずしりとの足の上に身体を乗せ雑誌を取って見始めた。
こんなところ見られたら・・・
そう思って急いで誠二をどかせようとすると、下から母の呼ぶ声がした。
階段を上がってくる足音がする。部屋に来る。
なのに誠二は、急き立てても無理やりどかせようとしてもそこから全く動こうとしなかった。


ー」


呼ぶ声と同時に母がドアを開けた。
は焦った顔で母に目を向けるけど、誠二は変わらず平気に雑誌を見上げたまま見向きもしない。


「誠二、アンタも宿題しなさいよ。の邪魔するんじゃないの」
「あーい」
、携帯下に置きっぱなし。鳴ってたよ」
「うん、ありがと・・」


母は携帯電話を渡して、そのまま部屋を出ていった。
全身が冷や汗で急冷される。煩く叩く心臓で苦しい胸を押さえ、詰まる息を飲み込んだ。
その間もずっと、誠二は膝の上で寝転がったまま雑誌を見上げてる。


「ね?なんでもないでしょ」
「・・・」
「このくらいさ、俺いつでもするじゃん。何ビビってんの」


・・・ずっと喋っていることくらい、ずっと一緒にいることくらい、今までずっとずっと当たり前にしてきた。
今までも今も何も変わらずに映っているはず。
分かっている。気に病みすぎていること。
だって、


「・・・誠二はいつもいないじゃない、こうやってたまに帰ってくるだけで、いつもいないじゃない」
「ん?」
「私はずっとここにいるんだよ、毎日お母さんと顔合わせてるんだよ。私は誠二の話が出るだけですごく気が重くなる。お父さんもお母さんもお兄ちゃんだって、顔見てるだけですっごく、重くて苦しくていっぱいになる」
「・・・」
「怖いよ、もし、分かっちゃったらどうしようって・・・、こんな・・・」
「・・・」


く、と込みあがってきた思いで、目の前が鈍る。
の声が細く揺れたのを聞いて、誠二は雑誌の下からを見上げた。
ばさっと雑誌を頭の上に放り投げ誠二は起き上がり、背を向けたまま立ち上がって、


「じゃーもういいよ」
「・・・」


もう、いい・・・


ピタリと止まった涙目でが誠二を見上げると、誠二はくるりと振り返って見下ろした。
すっと高い位置から降ってくるその視線は、静かに怒っているようで、不満が篭っている。


「俺母さんに言うよ。卒業したらと東京で暮らして、ずっと一生と二人で生きてくって」
「・・・え」
「俺たち愛し合ってるから。普通の恋人同士みたいに二人で暮らすって。分かってくれなくてもいいよ、勘当されたっていい」
「何言ってんの、待ってよ、」
もそのほうがすっきりするよ。それでいーじゃん」


の前を通り過ぎてドアに手をかけようとする誠二を、掴み止めた。


「そんなの駄目だよ、やめてよ」
「なんで?じゃあ何、ずっと我慢しろって?いつまでそうしてりゃいいの?父さんと母さんが死ぬまで?」
「誠二、・・・」
「俺嫌だよ。それじゃあ俺何のためにとやったの?が欲しいからじゃん、とずっと一緒にいたいからじゃん」
「・・・」
だってそう思ってるからそんな悩んでんだろ、だったらそのほうがよっぽどすっきりするよっ」


目の前で気持ちを曝け出して投げつける誠二の声に、ビクリと心臓が怯えた。
形振り構わない誠二のまっすぐな思いは、僅かでもの中にも居つく思いだった。
誠二はいつも、が怖がって出せないものをまっすぐに、躊躇いもなく出す。
でもそれは決して無茶でも我侭でもなくて、すべてはそれらを出せないのために、いつでもその役を買って出てくれてたんだ。


誠二はいつでも、私のために生きていた


怒りのほとばしる誠二の背中を、はぎゅと抱きしめた。
のために我を忘れて行動をする誠二を止めるのは、なんだ。
そんな誠二をわかって、も生きてきた。


「ごめん誠二、ごめん」
「・・・」
「ごめん・・・」
「・・・・・・俺だって、」


抱きしめる背中の奥で、誠二の細い声が振動で伝わってきた。
揺れる背中は、涙を伝えた。


「俺だって、母さんたちのこと考えりゃ、苦しくだってなるよ」
「うん」
「傷つけたくないし、悩ませたくないし、がっかりさせたくなんてないし」
「うん」
「でも俺、黙ってることは出来ても・・・、嘘つくのは嫌なんだよ・・・」
「・・・うん」
「いつか、言わなきゃいけないときがきたら、俺は絶対に自分の口で言う」


の腕を解いて振り返る誠二は、そのいつだってまっすぐな目をじわりと滲ませて、
でも絶対に、零しはしないと。
ただ強く、強く、先を照らす光を宿して


「ずっとといたいんだよ・・」


心の奥でだけ、泣いた。


頷き返すの、頬に降る涙に手を添える誠二はそっと、きっとこれから何十回とするだろう、涙味のキスをして、過去も未来も今ですらもを閉ざして、精一杯近くにと寄り添った。


・・・たとえ真夏の太陽が許そうと、世界の十字架が許そうと、私たちは、私たちを作り出した人を思い浮かべては、ずっとこんな痛みにさいなまれ続ける。
それでもこの手を取ることをやめないことを、我侭だと、愚かだと、定義付けられても仕方ない。

私は誠二で、誠二は私で。

二人は同じ場所から同じ時に生まれてきたはずで
全ては過ちだと分かっているけれど

この先、近くも遠くも光が見えずとも、目の前にある瞳が光を宿しているうちは、

傍らの永劫を、繋ぎとめるしかないんだ。












なみいろのキスをして


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