怖い

怖い


もう、ここにいたくない




「起きろ柾輝」
「・・・」


柾輝の頭の下の枕を抜き取ると、突然夢の世界から現実へ引き戻された柾輝は薄く目を開いた。まだ何が起きたのかわかってなさそうだ。


「・・・なに、なんでいんの」
「起きろっつってんの。学校行くぞ」
「はぁ?」


答えつつもまだ頭は寝てる柾輝は、ごろんと壁側に寝返って枕元の目覚まし時計を手に取った。針はまだ6時前を差している。なんだよ、こんな早く学校行って何しようってんだよ。ふわ、と欠伸をしながら柾輝はまたうずくまって寝だす。


「いーから起きろよ、サッカーしようぜ」
「・・・」
「まーさーき!」
「ぅるせぇなぁ〜、なんなんだよこんな早く」
「何でもいいだろ、相手しろよ」
「やだ」


一向に目を覚まさない柾輝と格闘し、数十分後ようやくベッドから引きずり出した。「なんでいつもいつもお前はこうズカズカと・・・」と、なんかブツブツ言ってたけど、どうでもいいそんなの。


「お母さんの味噌汁サイコーだね。たまにはいーね、こーゆー純和風な朝ごはんもさ」
「あらそう?そうやっておいしそうに食べてくれるとうれしいわぁ。柾輝なんて今まで一回だっておいしかったなんて言った事ないんだから」
「親不孝者だよね」
「まったくよねぇ」
「お前ら何徒党組んでんだよ」


家で食べ損ねた朝ごはんを柾輝の家で貰い、それでもまだまだ早い時間に柾輝と家を出た。制服を着てる奴なんてまだ数えるほどしかいない電車に乗って、学校へ向かう。


「ったく、まだ朝練だってはじまってないっつーのに」
「お前大会にレギュラーで出たくないわけ?言っとくけどうちのディフェンダーのメンツじゃお前レギュラーはまだまだ無理だよ」


トトン、トトン、揺れる電車の心地よいリズムがまた柾輝の眠気を誘う。ドアにもたれかかりながら、柾輝はまたふああ、と大きく口を開ける。


「・・・で、何」
「は?なにが?」
「お前が言い出さないから聞いてやってんだろ、どうしたんだよ」


・・・思わず笑った。
昔から柾輝はこんな奴だった。年下のクセに、妙に度量が大きいっていうか、察しがいいというか、理解が深いというか。俺、こういうヤツに弱いんだよな。


「似てるよ、お前と
「は?さん?」


どこが?きょとんと柾輝は首をかしげた。
お前が考えてもわかんないよ。そう笑うと、柾輝は「あっそ」と顔を背けた。


「・・・なんか、家にいられなくてさ」


電車の音がうるさくて、柾輝は一度何?と聞き返した。


「俺今まで、どんな顔してあの家にいたのか、わかんなくなった」


ごつ、とドアの窓に頭をつけると、額に硬い窓が張り付いた。


「やばい。俺、・・・本気やばくなってきた」
「何が」
「もう俺、あの家にいると、何するかわかんない」


鼻につ、と刺激がこみ上げて、窓の外に顔を背けた。


「俺、・・・が、・・・好きなんだ・・・」
「・・・」


俺の小さな小さな言葉は、騒がしい音と雑踏に紛れて、不確かなものとなってこの世に舞い降りた。

それでも不思議なことに、今まで口にした事のなかったこの想いを、言葉として発した瞬間に、俺の心の中でその想いはよりはっきりと、形を成していったのだった。


もう、吐き出さなきゃ、体の中から張り裂けそうだった。
でも間違っても、他の誰にも、ましてや本人になんて、言えなかった。

口にしちゃいけない想いだって事くらい、わかってる。
抱いてはいけない想いだって事くらい、わかってた。


「俺、間違ってるよな、気持ち悪いよな・・・」
「・・・」


怖くて、怖くて、たまらない。
そう、思われる事に。

でも恐れているのは、嫌われる事じゃなくて、好きになってもらえるなんてハナから思ってないから。

家族という抜け出せない鎖で結ばれている、生まれた時から決められた運命において、縁も絆も切ることのできないこの、一生続く関係をひきずりながら、に、遠慮されたような、一歩引かれたような顔で、見られたくないんだ。


「・・・まあ、普通で言えば、そうなるだろうな」


柾輝の言葉に、びくっと体を震わせた。
気持ち悪い。
そう、思われることが、一番、怖い。

柾輝相手でさえ完全にビビってる自分が、馬鹿馬鹿しくて悔しくて情けなくて、電車の振動でそれを悟られなかったことが、せめてものプライドを保った。


「好きになっちまったものは仕方ないとか、そんな慰め言う気ねーよ。好きなら何でもいいなんて思わねーし」
「・・・」


そうだ。慰めなんて、吐き気がする。
俺を元気づけるためのあたたかい言葉なんて、反吐が出る。そんな言葉を浴びせられるくらいなら、殴り飛ばされたほうがマシだ。

他の誰でもない俺が、俺自身を許せない。自分が気持ち悪くて仕方ない。だって、実の姉弟だぞ。血のつながった紛れのない、生まれた時からずっと一緒だっただぞ。


「でも、そう思ってたわけじゃないけど、そう言われてもあんま驚かない」
「・・・」


柾輝の抑揚のない、あまりに自然な声と言葉に、目を大きくして振り返った。


「だってお前、どう見てもありえなくらいシスコンだぜ?昔っから」
「は・・・」
「自覚なかったのか?俺に言わせりゃ元々十分異常だったぜ」


そ、そうだったのか・・・


「まぁ、悪いけど、わかってはやれない。適当に、いーんじゃないのとは言えない。でもだからってべつに俺がお前を否定するとか、避けるとか、そういう事にはなんねーよ。お前のことだからもう十分ひとりで悩んでんだろうしな」
「・・・」


電車は俺たちの降りる駅に入って、プシュとドアが開く。


「いつもそうだよお前は。悩みきった後にしか言わねーんだから」


そう、ぼやくようにこぼして降りていく柾輝を見ながら、その後をついて歩いた。


わかってはやれない。理解は示せない。
けど、否定もしない。

十分だった。


ああ、ほんとこいつって、


「やっぱ似てるよ、お前と
「惚れんなよ」


ドカッ!
うしろから、腹立つ背中を蹴りつけた。











 

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