Would END 夏休みが過ぎても、まだまだ暑い夏だから。 世間はいつまでも、その開放感を引きずるから。 「ねぇ、翼君、付き合ってよ」 「・・・」 「お願い、翼君じゃないと、駄目なんだもん」 どんなに叶わぬ想いだろうと、届かぬ想いだろうと、少し勇気を振り絞るだけでそれを言い出せるような奴に、何も言うことはない。 「俺はあんた要らない」 「・・・」 「あんたのこと別に好きでも嫌いでもない。どうでもいい」 人の心に何がどう突き刺さって、どんな言葉で傷つくのか。今まで散々憎まれ口をたたいてきたせいか、わかるようになってしまった。 嫌いだと、叫ばれるより怖い。 無、と言う感情。 「椎名ぁ、お前これで何人目だよ。池内泣きまくってたぜー?」 「女子がすげー騒いでんの。えげつないフリ方したんだって?さすがのお前のファンクラブも引いてたぜ」 「あっそ」 授業が終わって下駄箱に行くと、廊下に座り込んでたクラスの奴らが楽しげに待ってましたと出迎えた。これだから節操のない女は嫌いだ。フッた途端に学校中に知れ渡る。 「お前なんで彼女作んないの?もしかしてもうすでにいるとか?」 「えー誰?誰?他のガッコ?」 「椎名の彼女とか見てみてぇー!」 こいつらは俺がわざわざ答えなくても、勝手に騒いで勝手に答え作って馬鹿騒ぎしてる。たいそう楽で良い。求めるばかりの女よりずっと。 「でもいっつもテキトーに当たらず触らずでフッてんのに、どーしちゃったの?ご機嫌ナナメ?」 「ナナメどころかむしろ逆立ってるね、最近のこいつは。手つけらんねー」 靴箱を取り出そうとすると、靴の上に手紙が乗っかっていた。取り出して見てみると薄ピンクの封筒にどう見ても女の字で「椎名君へ」と書かれてる。 「うわ、ラブレター?ひでーフリ方しても早速これだよ!」 「世の中不公平だー」 どうせ、くだらないことが書いてあるんだ。放課後どこどこへ来てくださいとか、ずっと好きでした、とか。開けると、案の定そんな内容。くだらない。 「あ、いた!椎名!」 でかい声で下駄箱に現れ、一緒にいた奴らの間をずかずかと抜けてきたのは同じクラスの女だった。何故だか怒った顔つきで、目の前まで近づいてくる。 「あんたまた振ったんだって?断るにしてももっと言い方ってものがあるでしょ、池内さん泣いてたよっ?」 「・・・」 同じクラスになって、同じ班になって、ただのクラスメートよりはよく喋ったりしてた奴だった。キャアキャア言ってくる他の女みたくベタベタしないし、一人は仲のいい女がいたほうが何かと楽だったから。 「あーだめだめ、今こいつスゲー機嫌悪いから、近寄んないほーがいいよー」 「機嫌悪いの?なんで?」 でも俺は知ってる。俺がこいつをちょっと特別扱いすると、こいつは影で喜んでること。みんなの前で名前を呼んでやると、誇らしげに笑うこと。こんな文句を言いつつ、俺が誰とも付き合わないことを、誰よりも願っていること。 「聞いてんの?椎名」 人が帰ろうと靴を履いてんのにいつまでもぎゃあぎゃあ言うもんだから、俺は手の中の、あの手紙を、真ん中からビリっと破った。 「わーお、やっちゃったよこいつー」 「ちょっと、何それ、まさか手紙?なんてことすんの!」 その紙切れをまた千切って、千切って、何回も千切って、 「やめなってば椎名!」 細かくなったその紙切れを、そいつに投げつけた。 きゃ!と顔を背けて、その俺の行動に周りで笑ってた奴らも驚いて笑いを止めた。無様に切り刻まれた紙キレがハラハラと床に落ちていって、完全に色を落とした目で俺を見るそいつに、無思慮に目を向けた。 「調子のんなよ」 夏の空気が開放から、閉鎖へ向かう。 「お前俺の何になったつもりだよ、馴れ馴れしい」 「・・・」 次第に泣きそうな顔をして、いや、もう泣いてたか。 どうでもいい。とにかく無視して昇降口を出ていった。うしろから追いかけてきた奴らが、ちょっとやりすぎじゃねー?と引きつった笑いをしてた。 でも人間、機嫌が悪いと全てがどうでもよくなるもので、俺の脳はもうそんな出来事、忘れてもいいと判断した。 この世の女、全てがむかつく。 こんなにも鬱陶しいほどに他人が周りにひしめいていて、どうでもいいこいつらが俺とレンアイしたがって、 どうして 本当に欲しいものは、・・・ ずっとこのまま、この鑓を胸に刺したまま、ただ時が経つのを待たなければならないのか。ただ時間をかけることで想いを風化させて、この体が朽ち果てるまで? ならもういっそ、消えてしまいたい・・・ 「椎名ぁ、世界史のヤマ教えてよ」 「知らないよ、自分でやれよ」 「自分じゃ外すからお前に聞いてんじゃん」 近くの駅から乗った電車の中には、時間帯的に学生もサラリーマンもひしめいていた。部活も大会を前に忙しくなる、その前にテストでしばらく休みだ。 俺としては大学に行くわけじゃあるまいし、テストなんてどうでも良かった。国立も代表遠征も合宿もさっさとはじまればいいのに。サッカーばかりやってたほうが楽だ。何も考えなくていい。 「お前はいーよなぁ、サッカー選手なら数学も理科も社会もカンケーねーんだし?」 「じゃあお前もなれば、サッカー選手」 「もっと無理だ!」 「っはは、てか椎名はその数学も理科も社会も俺らよりできてるし」 「なんて無駄な!その頭俺にくれ!」 こいつらの馬鹿もいいもんだ。気が紛れる。テストなんて最悪。部活もできないし勉強もしなきゃならないから、家に帰らなきゃいけない。 最悪。 「おー見て、なかなかの美人だね」 「お、ほんとだ、美人だね」 「なー椎名、あれどう?」 揺れる電車の中で、周りの話題に興味も示さずに外を見ていると、肩を掴まれて無理やり見せられた。どーでもいいよそんなの、と言いながらふと目に入った、座席に座って本を読んでる女に、視を吸い取られる。 ・・・だった。 「学生かな、働くお姉さま?」 「私服だとわかんねーな。でも、大学生っぽくね?」 「おお、いいね〜」 「・・・」 一方向を見ながらコソコソ話すそいつらから離れて、窓の外に目を戻した。 家でもひたすら顔を合わさないようにしてる。逃げてる。あれ以来。 ああ、早くここから出たい。 「あ、立った。次降りんのかな」 「・・・」 は、まだ俺たちが降りる駅には早いのに席を立った。 家に帰るんじゃ、ないのかな。 そしたらは、斜め前に立っていた妊婦に席を譲っただけだった。妊婦に笑いかけるは、かばんを背負いなおして、ドア側のこっちに歩いてくる。そうなるともちろん、俺に気付いて足を止めた。 まともに顔を合わせたのは、あの日以来だった。 はやっぱり一瞬遅れて、でもふわりと笑って、 「翼」 ・・・そんな、名前ひとつで、俺の体を流れる血は目まぐるしく活性してしまう。さっきまであんなに堅かった体が、拒絶していた空気が、一瞬で溶けてゆく。ほだされてゆく。 「なに、椎名知り合い?そうならそうとなんで言わないの!」 「・・・るせぇよ」 「なに、まさか彼女っ?こんなキレーな彼女いたらそりゃあ他なんてどーでもいいわな!」 小さく耳打ちで騒ぐこいつらを見て(ばっちりにも聞こえてるって。馬鹿。)は遠慮がちに微笑む。その笑顔にまた馬鹿なこいつらは、おお、なんて小さく歓声をあげた。 「弟がお世話になってます」 そしてそう、は小さく頭を下げた。 なんて単純なことか。 その言葉ひとつで俺の頭からスーっと血の気が引いた。 「え?弟?あ、おねーさん?なんだそーなんだ!」 「そーならそうと早く言えよ椎名!」 「・・・」 もう駄目だ、俺。逃げていても、顔も見たくない、なんて思っていても、結局完全に拒絶することなんて、出来てない。あの日の、あの時の事で、もしかしたら、少しはが、俺のことをそういうふうに、想ってくれるかもなんて、 馬鹿みたいな期待してた、自分に反吐が出る。 「そんな世話なんて!俺らなんて弟様には毎日迷惑かけっぱなしなんで!」 「そうそう、テストのヤマ教わったり」 「それさっき断られたし!」 「おっと!!」 馬鹿な笑いを取るこいつらを前に、はくすくすと笑っていた。まるで家族の顔。友達に囲まれる弟を見れてうれしい、とでも言いたそうだ。 「・・・やめろ」 電車の走る音に混ざって、それでも俺の声を一番最初にちゃんと拾ったのは、皮肉にもだった。 「こんなキレーなおねーさんいたらそりゃー理想高くもなるよなぁ」 「うんうん、さすが椎名家の血って感じだな」 「やめろって言ってんだよっ!」 駅に入って騒がしかった電車で、タイミング良いやら悪いやら俺の声は響いた。 「どうした、椎名」 「やめろよ、そんな顔するなっ」 「翼・・?」 「姉貴ヅラすんな!!」 開いたドアの向こうは降りる駅じゃなかったけど、もう、限界で、この狭い空間から抜け出したくて、姉としてここに存在しているをもう見ていたくなくて、また俺は、逃げるように電車を下りていった。 「翼っ・・」 その俺を、は当たり前に追いかけて、ずっと俺を呼んで、 「翼!」 「・・・っ」 こないで こんな俺を見ないで 俺だって、俺だってね、普通に、一生 と、姉弟でいたかったんだよ・・・ |