Would END


(下)











「翼・・・!!」


うしろから聞こえる。が俺を呼ぶ。
やめて、俺を見ないで、こんな自分を見られたくない。


「っ・・・」


なのにこの足は全力じゃない。ちっとも本気で逃げてやしない。
足は前に、想いはうしろに。
俺に、のいない世界になんて行けやしないんだ。つっぱねてみても、そっぽ向いて見せても、結局俺は、がなだめてくれるのを待ってるんだ。

俺を見て、俺だけに微笑んで、俺を抱きしめてよ・・・

隠れた目の奥で、ずっと叫んでた。


「翼っ・・」


の手が俺を捕まえた。ふたりして肩で息をする。
気持ちが高ぶってる俺と、走り慣れてない

でも怖くて、怖くて怖くて、振り向くことなんてできなかった。


「あ、あのね、翼・・・」


それでもわかる。の声が、困っていること。
だって、だもん・・・

そんなに、困らないで。俺を傷つけまいと、俺に同情して、そんなに困ってるのに、まだ、俺を大事にするの・・・


「離せよ」
「翼・・」
「俺と顔も合わせたくないだろ?喋りたくもないだろっ?」
「何言ってんの、そんなこと」
「気持ち悪いって思ってるだろっ?」


がビクリと身を堅くして、息を飲んだ。

やっぱり、気付いてるんだ。俺のこの、知られたくなかったこの積年の想い。
ずっと押さえ込んできた、この衝動。


「あの、翼、とにかく、帰ろう?ね・・・?」
「・・・」
「翼、お願いだから・・・」


それでもは、姉であろうとする。
俺をあの家に戻そうとする。


「いやだ、帰れるわけない、帰りたくないっ。もう嫌だ、家も、も、俺を苦しめるばっかりだっ!」
「翼・・」
「なんで俺だけ、俺ばっかり・・・、好きで弟なんかに生まれてきたんじゃないのにっ!!・・・」


もう俺は限界だった。いや、限界なんて、とうに超えていた。
どんな常識を並べたって、きれいごとで包んだって、本当は、本当の俺は、もうを、姉としてなんて見れなくなってた。

この体が俺のものである限り、である限り、俺たちが姉弟として存在している限り、取ってはいけないその手が、ぬくもりが、

俺は、欲しくて、たまらなかった・・・。


「もう、家にいるのも、といるのも、苦しくてたまらないんだ・・」
「・・・」
「もう俺、今までどおりになんて顔できないよ、父さんにも母さんにも、にもっ・・・」


ただただ、この体さえ違えば、恋と呼べるはずだったこの気持ち。


「・・・ずっと」


小さい頃から、ずっと


「好きだった・・・」





はらはら、はらはら、
夢の中でだけ咲いた花は、虚しい空に舞いあがった。


ただ、それだけ・・・


ささやかでちっぽけな願いだった。


「・・・翼・・・」


は、俺を傷つけることなんて、できない。俺を拒否したり、拒絶したりなんて、絶対にできない。

その、果てない優しさが、慈悲深さが、

俺を駄目にしたんだよ・・・


・・・」


苦しそうな顔。
ああ、なぜ、こんな気持ち生まれなければ、俺たち、ただの天使でいられたのにね・・・

ずっと、あの頃のままだったら、よかったのにね・・・




にそっと手を伸ばした。は、逃げなかった。
そうやっては俺を否定できないから、俺はをずっとこの腕の中に入れておける、なんて錯覚に自惚れてたんだ。

きゅっと、抱きしめる体は小さかった。俺よりも小さかった。
抱きしめてきたはいつでも俺より大きくて、俺より小さくなった頃にはもう、近づくことさえできなくなってたから。


ごめん

ごめんね

好きになって、・・・


「ごめん、・・・」
「・・・」


・・・大切な人を思いやって、自分の翼ひとつ折れないなんて。


ぽとり、の頬に涙がおちた。

美しい羽は、我侭な翼と相成りて、ひらり、空に堕ちた。











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