LOVE Telephone












「うん、ちゃんとやってるよ。それなりに」
『本当に?何か困ったことないの?足りないものは?』
「大丈夫だって、そんな心配しなくてもさ」
『心配するわよー、そうでなくても一人暮らしなんて初めてなのにそんな遠いところで・・・。ちゃんと生活出来てるの?言葉通じてる?』
「はいはい、出来てるって」


母さんの心配性は、家を出て3ヶ月経った今でも変わらない。
といってもこの19年間、いつものことだけど。


『ねぇ、一度そっちに行っていい?もうお母さん心配で心配で・・・』
「いいけどさ、せめて父さんが長期休みに入ってからにしなよ。父さんほったらかしてまで来ることないから」
『そうなのよねぇ、じゃあ・・・夏休み?お父さんゴールデンウィークも休みないみたいだし』
「相変わらず忙しいんだね」
『でも心配してるわよ?一度お父さんがいるときに電話してらっしゃい』
「ああ」


家を出て、国を出て、まったく新境地での生活とサッカー。慣れない生活に戸惑いはあれど、そんな事を心配してるほど俺の生活はヒマじゃなかった。
日本人だと言うこと、この体格。周りに認められるには、とにかく実績を出すしかなかった。言葉の壁、いかにして自分の持つポテンシャルを周りに理解させるか。


『サッカーは?調子どう?』
「うん、まぁそこそこ」
『ちゃんとチームの人と交流できてるの?話できてる?』
「大丈夫だったら」


それでも、やめるわけにはいかない。自分の力を認めさせなきゃ、ここに来た意味がない。そう、自分を奮い立たせる。


『あ、が帰ってきたわ』


それでも時々、自分じゃ起き上がれない時があって


ー、翼よ。電話代わる?』
『翼?』


どうしようもなく、声を聞きたい時がある。


『もしもし?翼?』


ああ、この声が、聞きたかった


「うん」
『元気?』
「うん」
『どう?ちゃんと生活してる?』
「うん」
『言葉話せるようになった?ちゃんと勉強してる?』
「してるよ」


国を超え、海を越え、電話越しにクスリと笑うとは「なに?」と聞いた。


「さっきから母さんと同じこと言うからさ」
『だってお母さん毎日翼の話するから、うるさいくらいよ』
「目に浮かぶよ」


クスクス、今度はが笑った。
その顔が目に浮かぶ。


『じゃあちゃんと出来てるのね。足りないものない?』
「・・・ある」
『何?』


が、いない。


「ねぇ、こっち来てよ」
『え?いつ?』
「いつでも。あー、出来るだけ早く」
『何かあったの?』
「そうじゃないけどさ」


ただ、会いたいだけなんだけどさ・・・


『お母さんも行きたいってうるさいから、そのうちみんなで行くと思うよ?』
「・・・」


はまだ、俺の姉さんだ。
離れてると、ますますいつも姉さんだ。
このまま離れてると、もうずっと、このままになってしまう気がする。


、会いたい」


声がこんなに近くにいるのに、ぬくもりも影も感じるのに、


「会いたいよ・・・」


たった3ヶ月。まだたった3ヶ月しか経ってないのに、もう、長い間会ってない気がするよ。

だって、こんなに離れたの初めてじゃん。生まれて初めてじゃん。
会いたくて会いたくて、が側にいないと、もう心配で、また俺、の中で、かわいい弟になっちゃってないかって。だって、さっきから母さんと同じことしか言わないんだ。


ズルイよ・・・


『あのね、翼』
「・・・」
『翼?』
「・・・うん」
『お母さんが、心配だからアンタも翼のところに行きなさいって言うのよ』
「・・・」


ピタリと地球が止まったような気がした。
世界から音が消えて、景色が消えて、がまるで、すぐ隣にいるような


『大学くらいあっちにもあるでしょって、無茶言うわよね』
「・・・それで?」
『それで・・・、あたしも、そっちに行こうかな』
「・・・」


それでもこの世はまさか、止まってしまうことなんてなくて、俺も、も、この丸い星にくるくる、乗っている。


『ダメ?』
「だ、ダメなわけ・・、え、本当に?いいの?」
『うん』


俺は頭が真っ白で、口を閉じることすら忘れて、思わず椅子から立ち上がった。


「本当に?来るの?こっちに住むの?」
『あ、でもやっぱり大学変わるのはアレだから、こっちで卒業資格だけ取ってそれからになるけど』
「え?なにそれ、いつ?」
『うーん、夏休みくらい、かな』
「ええ?まだ3ヶ月以上あるじゃん・・・、もっと早く取れないの?」
『単位とか出席日数とかはもう大丈夫なんだけど、研究室とかあるし』
「それこそこっちでも勉強できるじゃん!もっと早く来てよ、っていうか今すぐ来て!」
『無理だったら』
「だってそんな長いこと待てないもん」


受話器の向こうでが困ったように笑う。
でも俺は、もう気持ちが有頂天で、自分で何喋ってるのかもわからないほど、心と頭がちぐはぐになってしまっていて・・。

だって、がくる。とまた一緒に暮らせる。うれしすぎて、満たされすぎて、他の雑事や心配事なんて、吹き飛んでしまうよ。

ああ、待ち遠しい。早く、その日が来て欲しい。その日まで飛んでしまいたい。



『ん?』
「ありがと」


には訳がわからなかったようで、何が?と受話器の向こうで言っていた。でも俺はくすくすと笑うばかりで、答えてやれなかった。


俺は、わかってる。俺がここまでを欲さなければ、きっと俺たち、こんな風にはならなかった。はきっと、俺と違って、一生でもその気持ちを封じ込める事が出来ていた。


俺のために壁を飛び越えてきてくれたこと、俺の想いを受け入れてくれたこと、そこにいてくれること、俺の前で笑ってくれること。

ないはずだった夢の世界。
すべてのものに感謝したい。


今まで散々間違いだと思ってきたけど、俺、と同じ世界に落とされて、のいるこの世界に生まれてこれて、本当によかった。

姉弟でよかったとは、きっと一生思えないけど、生まれてきてよかった。


・・・」
『ん?』


詰まった想いが電波に乗って溢れ出そうだったけど、こらえよう。

その耳に直接言えるときまで・・・












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