逆隣の席の真田が休み時間に突然言ってきた。


「遊園地?」
「ああ、タダ券手に入れてさ。知ってるだろ?瀬田三の若菜結人。あいつの知り合いがそこのオーナーでさ」
「ああ・・・、瀬田のサッカー部の・・・」


知ってるも何も、瀬田第三中学校の若菜結人君は、私の親友・千秋の想い人。
前にサッカー部の練習試合で瀬田三のサッカー部が来たときに、千秋がその中の茶髪の男の子に一目ボレしたのだ。それ以来、その彼と親しいらしい真田を伝って、千秋は若菜結人君の情報を聞き出していた。


「いや、あいつはサッカー部じゃないんだけどうちの学校と練習試合って聞いてあの日だけついてきたんだよ」
「なんで?」
「俺とダチだから」
「へぇ」


だから真田は千秋の気持ちを知っていて、その千秋と親友であり、真田と同じクラスである私も、自動的に細々とその輪に入っていた。


「俺結人連れてくるから、も森野誘ってこいよ」
「いつ?」
「来週の月曜、創立記念日で休みだろ?結人はテストの最中だから昼からならオッケーだってさ」
「テストの最中に遊園地?いいの?その人」
「いーんじゃね?どうせ勉強しないよあいつは」
「ふーん」
「俺ら土日は別でサッカーがあるから普通の休みの日は無理なんだよ。俺と結人が一緒に休みなんて貴重なんだぞ?その日逃したら次はないって森野に言っとけ」
「・・・いいけど。それ、私も行くの?」
「いきなり二人きりじゃ結人も森野もやりづらいだろ?」
「千秋は喜んですっ飛んでくと思うけど。そして私ピアノあるんだけど」
「帰ってからやれそんなもん。一日サボったくらいで腕落ちるなら才能ないと思って諦めろ」
「何様なの、アンタ」


真田はクラスではさほど目立たないクセして態度のデカイヤツだ。しかしまぁそんなことは口に出さず、私は真田の提案を一応、隣のクラスの千秋に伝えに行った。答えはまぁ、目に見えていたけど。


「マジ?!行く行く!チョーうれしい!!」
「・・・でもその日は私、ピアノのレッスンの日だからさ」
「だから?」
「・・・。」


聞いた私がバカでした。


「だけど、なんで私までその若菜君とやらと、真田と一緒に遊園地行かなきゃなんないの?」
は真田嫌ってるもんねー」
「べつに嫌ってはないけど。あの偉そうな態度が気に入らないだけで」
「それ十分嫌ってるって。まぁいーじゃん!若菜君と遊園地に行けるなんて超ハッピー!」
「・・・。」


有頂天の千秋にはもう何を言っても無駄だ・・・。
そうして、翌週の月曜日に私と千秋は真田とその若菜君と一緒に遊園地に行くことになった。

現地集合ということで、私と千秋は一緒に電車に乗って遊園地まで行った。
門前につくとすでに真田と噂の若菜君はもう来ていて、千秋はパーカーにジーンズという爽やかな若菜君にキャアキャア声を上げ喜んでいた。


「どーもー!若菜結人でーす」


明るい笑顔と挨拶で迎えてくれた若菜君はとても気さくな人で、千秋ともすぐに仲良くなってくれた。これだけでも今日は来た甲斐があったというもの。そうしてみんなで客足の乏しい平日の遊園地に入っていった。

前を歩く千秋と若菜君は和気藹々と話してる。
二人はどうも波長が合うようで、話題も耐えないようだった。


「千秋ちゃん絶叫系大丈夫?」
「うん、大スキ!」
「おれも!じゃああれ乗ろうぜ。あ、ちゃんも大丈夫?」


目の前にある大きなコースターを指さして、前の若菜君が私にも振り向いた。
うん、と口を開きかけて、だけどその若菜君の少し後ろで千秋がジッと私を見つめていた。その大きな目で何を訴えているか、大体想像がつく。


「あー、私、ダメなんだ。待ってるから行ってきて」
「そうなの?じゃあ違うのにしようか」
「いーよ、お前ら二人で行ってこいよ」
「一馬もいかねーの?じゃー行こっか千秋ちゃん」
「うん!」


真田の後押しを受けて、二人はジェットコースターに向かって走っていった。
二人を見送った真田は「あっちで待ってよーぜ」と自動販売機の前に並ぶテーブルを指差す。千秋のためとはいえ、いきなり真田と二人で取り残されるのも、どうしていいか分からずやりづらかった。


「どれ?」
「え、いいよ。自分で出すよ」
「いーよジュースくらい」


もう一度どれ?と催促する真田は紅茶を買ってくれた。
真田が意外と気が利くタチだとは、新しい発見だ。


って東京生まれじゃないだろ」
「え、なんで?」
「ときどき言葉に訛りが混ざってる」
「うそ、分かる?」
「そんなには酷くないけど、前にふと思った。どこ生まれ?」
「神戸。それでもこっち来たの幼稚園の時だよ?」
「関西弁は抜けにくいって言うしな」


思えば真田とこんなに話すのも初めてに近かった。同じクラスとはいえ仲がいいわけじゃないし、千秋が真田に寄っていかなければきっと、ずっと話す事もなかった人だろう。3年になって初めて一緒のクラスになった真田は、周りの子が何かと騒ぐから目立つ奴ではあったけど、私にはなんの接点もない人だったし。


「真田は若菜君となんで友達なの?瀬田三て結構遠いのに」
「結人とは小学校の時からサッカーのクラブチームで一緒なんだよ。俺らヴェルディユースに入ってて、今は東京選抜とか日本代表とかもあるけど」
「へぇ。代表ってすごいの?」
「すごいって言うか・・・大変な事なんだぞ?日本中でサッカーのうまい奴をかき集めた中の11人だぞ?」
「ふーん」
「ふーんって、ワールドカップ見なかったの?今回はすごく盛り上がっただろ」
「うち誰もサッカー見ないから」
「・・・あ、そ」


私にはサッカーに関する知識は全くなく、ましてやそんなシステムなんて知るよしもなかったから気のない返事をしてしまった。真田にとってはそれが結構ショックだったらしい。


「おーい、お待たせー。次どこ行く?」
「絶叫系はお前ら勝手に行ってこいよ」
「じゃあメリーゴーランドでも行く?」
「行かねーよ」


しばらくしてジェットコースターから戻ってきた若菜君と千秋と再び合流して、真田と若菜君は仲良くたたき合いながら歩いていった。
若菜君と話す真田は学校にいる時とは全然違って見える。学校ではあんなに大げさに喋ったり笑ったりするとこ見ないし、むしろカッコつけてる感じだけど、若菜君と一緒にいる真田は、あんなに無邪気な顔をする。
今まで見ていた学校での真田は、単に人見知りが激しいだけで、カッコつけてたわけではないのかも、と思った。

その後、激しい絶叫系は乗れなくなってしまったが、私たちは片っ端から乗り物を制覇していった。空いてる遊園地はどこへ行っても並ばず乗れて、快適だった。遊園地をぐるりと一回りして、次に私たちは遊園地といえばこれだ!とゲームコーナーに入っていった。

いろんなアトラクションゲームが並ぶ建物の中で、真田と若菜君は野球やバスケットのゲームはあるのになんでサッカーはないんだと憤慨していて、二人は本当にサッカーが好きなようだった。


見てー、若菜君が獲ってくれた!かわいいでしょー?」


千秋が若菜君に取ってもらった景品のぬいぐるみを私に見せに来て、ぎゅっと抱きしめた。もう二人はすっかり仲良くなっていた。傍から見ていても若菜君はとても千秋と似たところがあると分かる。若菜君の気持ちは分からないけど、うまくいくんじゃないかなと思えた。


「あ、ほんとだ。かわいいね」
「結人、これ何の景品?」
「あそこのバケツにボール入れまくるヤツ」


簡単だったよーと言う若菜君の言葉に触発されたのか、真田はそのゲームに向かっていった。時間制限内に大きなバケツに小さなボールをとにかく入れまくるというゲームで、だけど真田はなかなか景品にありつけないでいた。真田はボールの力の加減、角度や高さを調整するものは得意らしくポンポンとクリアしていくのに、こういう力任せというか、とにかく量産しなきゃいけないゲームはとても苦手なようで、後ろで若菜君に大笑いされていた。


「もう諦めなよ真田、いくら使ってんの」
「結人に出来て俺に出来ないわけあるか」
「出来てないし」
「うるさい。次は出来る。気がする。」
、次あれやろー」
「どれ?」


負けず嫌いなのか諦めが悪いのか、真田は異常なほど熱中する。
だけどそんな真田に飽きたらしい千秋に引っ張られて、私は真田の隣から連れ去られた。


「千秋、若菜君とけっこう仲良くなったね」
「うん、若菜君チョーいい人だもん。ますます好きんなっちゃった」
「そ、良かったね。来た甲斐あったじゃん」
も真田といー感じに見えるよ、楽しそーじゃん」
「は?私は関係ないでしょ、チィに付き合ってきてるだけなんだから」
「だって来る前はずっと仕方ないって感じだったけど、今は楽しいでしょ?」
「そりゃ、折角来てるんだし」
が真田とくっついちゃえばまた4人で来れるなー。それって楽しくない?」
「自分の都合いいように話まとめるのやめて」
「あはっ、チョー嫌そうな顔!やっぱ真田の事嫌いなんだねー」


千秋がケラケラ笑って両替機の前でお金を崩していると、受け皿から100円玉が落ちて転がっていった。私はその小銭を追いかけて拾い上げ、そうして顔を上げたとき、すぐ前には真田が立っていて、私を見ると真田は更に私に近づいてボンっと何か柔らかいものをぶつけてきた。


「見ろ、獲れただろ?」
「・・・」
「ん?」
「や、ああ、出来たんだ、良かったね」
「あれー、これあたしのと色違う。こっちもカワイイ」
「やらねーぞ」
「いらないもーん。ねぇ若菜君、アレやろー!」


真田にべっと舌を出して、千秋はさっき出来なかったゲームに若菜君を引っ張っていった。その二人にまた私と真田は取り残されて、だけど私は、今真田を見ることが出来なかった。


「これやるよ」
「え?」
「俺が持ってたってキモチ悪いだろ」
「だったらさっき千秋にあげれば良かったのに」
「森野は結人が獲ったやつがあるだろ」


ほら、とぬいぐるみの入った袋を真田が突きつける。
ありがとうと言うと、真田は小さく返事をして若菜君たちのほうへ歩いていった。

大丈夫みたいだ。真田には、聞こえなかったようだ。
真田の少しうしろで、私はほっと息をついた。



最後はやっぱアレでしょーと、陽が暮れてきた夕空に向かって若菜君が指を差したす。霞んできた空をバックに大きな円状に光る観覧車。6人乗りの大きな観覧車は1周20分もあると書いてあった。入口にかけていく私たちは順番を待つ列に並んで、ぬいぐるみを引っぱり出し写真を撮りながら順番を待った。


「若菜君も一緒に撮ろーよー」


私たちよりうしろで真田と喋っていた若菜君を呼んで、千秋はしっかりツーショット写真を獲得する。笑顔でピースする二人の姿は、とても初めて会ったようには見えず、すっかり仲の良い友達になっていた。

カメラで遊ぶ私たちに次第に順番が回ってくる。
荷物を持ってゆっくり流れる観覧車に乗り込もうとすると、後ろから腕を掴む力に足を止められて、振り返るとすぐ後ろに真田が私の腕を掴んでいた。


「え?」
「俺たちは次」
「え、なんで?」
「お前今日の目的忘れたのかよ」
「・・・ああ」


そうだ、いつの間にか4人で楽しんでしまっていたけど、今日は千秋と若菜君を会わせる為に来たんだった。前を歩いていく若菜君と千秋はゴンドラに乗って、ドアを閉められるとバイバーイと手を振って流れていった。


「え、じゃあ真田と乗るの?」
「イヤなのかよ・・・」
「や、べつにそういう意味じゃ・・」


ただの、確認の意味で、ですよ。
すぐに次のゴンドラがやってきて、ドアを開けられると私と真田はそれに乗った。
前を行くゴンドラでは、外を眺めたり写真を取って遊んでいる千秋と若菜君が見えた。


「なんか似てるよねあの二人。若菜君いい人だし」
「お前、ほんと森野のこと好きな」
「え?」
「今日だって本気で森野の為に来たんだろ?ピアノ休んでまでさ」
「休めって言ったの、真田じゃん」
「俺が言ったからそうしたのかよ」
「違うけど」
だって絶叫系乗れないわけじゃないんだろ」
「ああ、うん。わかった?」


向かいに座ってる真田は、なんだか不機嫌というか、テンションが低い。
私からふいと目線を背けて、それからは黙ってしまった。
今日一日一緒にいて、今までにないほど話して、堅苦しい空気はなくなったと思ったのに、真田はなんだか急にそっけなくなってしまった。真田はよくわからない。


「・・・」


ゆっくり上っていく観覧車の中で、真田は黙ってしまったまま。いよいよどうしていいか分からない。ゴンドラの中は広かったから窮屈な感じはしないけど、真田と2人で観覧車に乗るなんて気まずいに決まってる。

時折見える千秋たちは楽しそうに笑っている。
けど、私たちは会話どころか空気すら重くて、ゴンドラの揺れる音が響いた。


「あ、もうすぐてっぺんだ」


何か考えてるのか、真田はずっと口に力を入れて、だけど何も話さない。
私はどうしていいか分からなくて、観覧車が半分回ったてっぺんに近づいたことに気がついて、そう話しだした。


「観覧車って同じ速さのはずなのに昇ってる時より下りてる時のほうが速い感じするよね。気持ちかな」
「お前、なんで俺のこと嫌いなの」
「え?」


千秋たちの乗るゴンドラがてっぺんから移動していって、ようやく私たちの乗るゴンドラが一番上に行きつこうとしたとき、真田はやっと口を開いたかと思えば突然そんな事を言い出した。


「え、なんで、そんな事ないけど・・」
「さっき言ってただろ」
「・・・や、あれは・・・」


やっぱり、真田はあの時の千秋との会話を聞いてたんだ。あの時、一度は聞かれてしまったと思ったけど、真田は何も言わなかったから聞こえなかったんだと思った。


「俺、お前に嫌われるような事した覚えないけど」
「や・・違うよ、あれは千秋が勝手に言ってただけで、」
「・・・」


真田はまだずっと視線を足もとにしたまま、私の言い訳を聞いてはいても、聞き入れてはくれないような顔をしてた。私も、どう弁解すればいいのか言葉に詰まって、そんな私と向かい合って、真田もまた黙ってしまった。


「ごめん、本当にそんなんじゃないから」
「・・・」


どう言っても、真田は伏せた目を上げてはくれない。

そりゃ少しは、嫌煙しているところがあった。でも今日で随分と真田への印象は変わって、表面だけで見て決め付けてしまっていたんだと気づいた。

真田はこんなに仲のいい友達がいて、大事に出来て、友達の為に動けて、その友達と一緒のときはとても楽しそうにするんだと分かった。


「ごめんね、私ほんとに、真田のこと嫌いじゃないよ」


それだけは確かに思った。
ちゃんとしたことは言えないし、持っている気持ちを全部言葉で表現するには、とても難しくて出来ないけど、それだけは本当に、思った。

私の言葉はちゃんと届いているのか、真田はまだ顔を上げてくれない。
私はずっと真田を伺うように覗きこんで、真田の目線が上がるのを待った。

・・・すると真田は、ふと顔を上げ、私を見た。
あまりに近くで目が合ってしまって身を引く、けど、真田はその私の腕を掴んで、私をジッと見たままぐいと引き寄せて、


「えっ・・・」


顔を近づけ、キスをした。


「・・・、やっ」


突然の事で理解は出来ていなかったけど、反射的に真田を押し離した。
確かに触れた口を押さえて、真田を見ると、真田もどこか自分で驚いてるような顔をしてて、だけど、それでもグッとその顔を引き締めた。


「な、何するのっ」
「何って・・、キスしただけだろ」
「だけって・・、最低、何考えてんの?」
「お前の事だよ」
「は?」
「俺が森野の為にこんな事するかよ、森野誘えばお前も来ると思ったから誘ったに決まってんだろ」
「・・・なにそれ、千秋のこと、利用したって言うの?」
「なんでもするよ、お前が俺のことちゃんと意識するなら誰だって利用してやるよ!」


勝手な言葉を吐く真田に、私はカッとなってしまって、衝動的に真田をひっぱたいてしまった。

篭った空間に、パチンと軽い音が響く。


「な・・・」
「本気さいてい!人の事なんだと思ってんのっ?」
「だからってひっぱたくか普通!」
「叩かれるような事するからよ!」
「キスしただけじゃねぇかよ!」
「だけって何よ!」
「だけだろうがよ!」


意味が分からない、分かりたくもない。
何でこんなことされて、しかも開き直られなきゃいけないの?
もう1秒も真田と向かい合っていたくなんかなくて、私は出来るだけ真田から体を離して一刻も速くゴンドラが地面に着くのを祈った。上るより速い、と思ってたゴンドラはやっぱり同じ速さでしかなくて、こんな時ばかり遅く感じる。

近づいてきた地面には先の下りていた千秋と若菜君がいて、私たちのゴンドラもようやく、20分の浮遊を終えてドアが開けられる。

私はカバンを掴んで、笑顔で迎えてくれたスタッフもすぐそこで出迎えた千秋と若菜君さえも素通りして、出口へと駆け下りていった。突然走り去る私に、千秋がどうしたの?と驚いて追いかけてくる。何事かと若菜君も驚いて、あとから降りてきた真田を掴んだ。


「おい一馬、何したんだよお前!」
「・・・べつに」
「何キレてんだよ。どうした、ほっぺた押さえて」
「・・・殴られた」
「なぐられたぁっ?」


私たちが走っていったあとで下りてきた真田の、少し赤くなった頬に若菜君が素っ頓狂な声を上げた。


「くそーあいつ・・・、女に殴られたのなんか初めてだ」
「殴られたって、本気で何したんだよお前・・」
「べつに・・・、キス、しただけだよ」
「・・・。そりゃー殴られるわ」
「殴るか普通、女だぞっ?」
「女だからだろ?」
「女に殴られたなんて恥だ!くっそー・・・」
「順番間違えた一馬が悪い!謝るなら今だぞ?」
「・・・」
「そこまでするんなら本気なんだろ?だったら早く謝ってこいよ。まだ間に合うって」
「・・・間に合うかな」
「諦めんのかよ、らしくねーじゃん!」


どん、と若菜君に背を押され、真田は考え込んだ後、走り出した。
暮れなずんでいく夕方の遊園地はより人が少なくなって、広い敷地が目立つ。
あたりにぽつぽつと照明が灯されて、明るい遊園地は夜の顔へと変わっていった。


「ねぇ!どうしたの、何があったの!」
「私先に帰るから、千秋は若菜君と一緒帰っておいでよ」
「何言ってんの、それどころじゃないじゃん!ねぇ、真田に何かされたの?」


後ろから追いかけてきた千秋がようやく私を捕まえて振り向かせる。
だけど私はとても顔を上げられず、この胸に詰まった感情が何なのかもわからずにひたすら力を込めていた。


「あいつ、最低。千秋のこと、利用してたって言った」
「あたし?あたしべつに利用されてないよ」
「今日ここに連れてきたことが利用されたことなの、あいつは千秋を若菜君に会わせるために誘ったんじゃなかったの!」
「じゃあ何の為?」
「・・・それ、は・・・」
「それは?」
「・・・あいつ、千秋を誘えば私も来ると思ったって。千秋が若菜君好きなの知っててそんな事したんだよ?」
「なんだ、やっぱり真田はが好きだったんだ」
「やっぱりって・・・」
「やっぱりだよ、見てて分かるじゃん。っていうかあの真田が、あたしの為に遊園地行こうなんて言ったってほうが気持ち悪いよ。あいつ今まであたしのことすっごい鬱陶しがってたのに。真田がのこと好きなら大納得じゃん」
「そ・・・」


そんな、真田にも直接言われていない事を、千秋にあっさりと言われると、かなり複雑な気分だ。 私はもう、何がなんだか分からない。頭の中がこんがらがってしまって、上手く心が落ち着かない。


「あたしはべつに利用されたとは思わないよ。こっちだって若菜君に会えて嬉しかったんだし。それ言うならあたしだって真田利用して若菜君と遊んだようなもんじゃん」
「な、なんでそんなに、いい方に考えられるの?」
がこだわりすぎなんだよ。それで真田にキレちゃったの?真田カワイソー」
「なんでっ?」
「だって真田はそこまで言ってんのに、は真田がどうじゃなくて、あたしのことで真田に怒っちゃったんでしょ?そりゃあかわいそうだよー」
「・・・」


真田が、かわいそう?
私が、悪い事した?


さ、ほんとに真田が自分のこと好きかもってまったく考えなかったの?好きでもない子と観覧車なんか乗るわけないじゃん」
「だから、そこから仕込んでるんじゃん!」
「だーからそういうところがこだわりすぎなんだってば。もー、そーゆーとこニブいんだからなぁ、あたしはまた真田にキスでもされたかと思ったよ」
「っ・・・」
「え、されたの?マジ?ちょっとヤルじゃん真田ー!」
「な何いってんの、あいつ、人に・・キスしといて、キスしただけじゃんって言ったんだよっ?」
「うらやましぃー、あたしもキスされたーい」
「あんたね・・・」


頬を染める千秋に呆れていると、その千秋のうしろから走ってきた真田の姿が見えた。真田が私たちの元まで走ってくると、千秋も振り返って「やっと来た!」とずっと掴んでた私の手を離す。

息を切らす真田は、またじっと私を見てくる。
だけど私は真田を見れなくて、また私は、そこから逃げ出した。


「あ!もー!ほら真田、早くおっかけろ!」


足早に離れていく後ろから千秋の声がして、私はもっと早く足を動かした。


「待てよ、!」


後ろから近付いてくる足音と重なって、真田が私を呼ぶ。
また腕を掴まれて、真田は私の前に立ち少し息を切らせて私を見下ろした。
だけど私を見た真田は、ビクリと驚いて私の腕を掴む手の力を緩めた。


「な、何泣いてんだよ、そんな泣く事かよ」


真田は私の、まだこぼれるでもないジワリと滲んだ程度の目を見て慌てる。
私は、泣くものかとぎゅうっと口を引き締めて、絶対に真田を見上げなかった。


「離して」
「お前、俺のこと嫌いじゃないって言ったじゃん」
「嫌いじゃないとは言ったけど、好きなんて言ってない!」


ガン、とショックを受ける真田の力は更に緩むけど、
だけど真田はまたぎゅっと顔を引き締めて、ゆっくり口を開く。


「・・・それでも俺は、好きだったんだよ、ずっと」


負けじと、覚悟を決めた真田がしっかりとした口調で言葉をこぼす。
だんだん視界は暗くなっていくけど、目の前の真田は、夜に溶けなかった。


「昼休みに、お前のピアノ、いつも聞いてた。ずっと話したいって思ってた。でもお前、俺のこと知らないし、同じクラスになってもぜんぜん話せないし、なんか、俺のこと避けてるっぽかったし・・・。そしたら森野が結人のことで寄ってきて、そのうしろにはお前もいて・・・」


言いにくそうに、恥ずかしそうに、真田は私の知らないことをひとつひとつ言葉にしていく。それは観覧車の中での私と同じで、ちっともまとまってなくて、きれいでも丁寧でもなくて、・・・だけどそれがより、真田の心の中を映した。その少し弱い声色は、どことなく謝っているようにも思えた。


「お前が俺の事なんとも思ってないのは、知ってるよ。でも俺は・・・ずっと好きで、ちゃんと言う気だったけど、・・・お前が、顔近づけるから・・・」


真田は少し頬を赤らめて、言葉を濁してうつむいた。
でもすぐにぐっと意思を固めて顔を上げ、またまっすぐ、私を見る。


「俺は、お前が好きなんだよ」
「・・・やめてよ、そんなの」
「ずっとが好きだったんだよ、お前がいいんだよ」
「やめてってば・・・」
「俺、謝らないからな、何もなかった事になんかすんなよな。っつーか、俺を見ろよ!」
「や・・」
「お前じゃなきゃキスなんかしねぇよ!」


見たことのない、真田の勢いにたじろいで、私はずっと真田から顔をそむけた。
だけど真田はそんな私の腕を引っ張って、また無理やりに、不躾に私を抱きしめた。


「やだ、やめてっ」


真田の力は強くて、押し離そうにもちっとも離れてくれなくて


「離して、私は好きじゃない!」
「俺は好きだ」
「好きじゃない!真田なんか好きじゃない!」
「好きだ!」
「・・・・・・も、ヤダ・・・」


そのままずっと、真田は私を離さなかった。
痛いくらいに抱きしめて、押し離そうとする私の腕も構わずに、ずっと好きだと言い続けた。

陽が落ちた空は薄暗く、煌々と遊園地を彩る明かりが灯されていて、きっと私たちの周りは綺麗なイルミネーションだったんだろうけど、私たちはお互いしか見えない距離にいて、お互いしか頭に入らない距離にいて・・・

真田はずっと、私の力がなくなるまで、私を離さなかった。

その時をただ、ゆっくりと廻る観覧車が待っていた。









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