結人が相手をマークしてボールをカットする。
英士が全体を見て前線にボールを送る。
二人がいたからこそ、俺はサッカーも、他のいろんなことも、楽しいと思えた。
ほんと、いろんなことを教えてくれた。
プロになることを諦めても、サッカーを続けてきたことは無駄じゃなかったと言えるように、今日は最高のサッカーをしよう。

フィールドを走っているときは、俺たちいつまでも出会った頃のまま、純粋に喜んで、悔しがって、それが楽しくて快感で仕方なかった。まさか自分からサッカーやめるときがくるなんて思ってもみなかった。


「真田、今日は強気だなー。彼女でも見に来てんのかー?」
「バーカ」
「よし、勝てるぜ今日はー!後半ももっと攻めてこーぜ!」


試合は順調な運びで前半を終える。
ベンチに引いていく途中、フィールドを囲むフェンスの外に目を止めた。


「どうしたの?一馬」


足を止めた俺に気づいて、英士も俺の視線の先を見る。
そこには一台の車が止まっていて、その前にはがいた。


・・・」


体、大丈夫なのかな・・・。お母さんも一緒みたいだから、安心だけど。
俺はに向かって手を上げた。それを見て、も小さく返した。


「なんだよ真田、やっぱり彼女かこのー!」
「いてっ」


メンバーに殴られてベンチに入っていった。

見てろよ。ちゃんと、見てろ。
これが俺の全てだった。まだたった数年だけど、人生そのものだった。
だからちゃんとお前に見ていて欲しいんだ。

最後の試合は3対0と圧勝した。俺も2点に絡んで、いい試合だった。


「真田君、ちょっといい?」
「はい」


控室に向かう途中で俺は監督に呼び止められ、その監督のうしろにはスーツの男の人が立っていた。


「ビッグニュース!真田にスカウト来たってよ!」
「うっそ!どこっ?」
「レイソル!」
「マジかよー!まーあいつ今日張り切ってたし結果も残したしな」
「・・・」
「何だよ郭、喜んでやれよー」
「先越されたなー若菜」
「・・・」


俺は、監督にも、スカウトの人にもよく謝って、誘いを断った。
話を聞いても、言い出しにくくなるだけだと思った。
いや、俺が迷うだけだ。

全力で自分に言い聞かせないと、駄目なんだ。
ほんとは、スカウトも嬉しくて、まだ全然諦め切れてない。
サッカーにかけてきた思いは計り知れない。
そんなにすぐにかき消せるものじゃないんだ。

だからこそ、今は乗り越えるべきとき・・・。


「一馬・・・」


ひやりと冷える廊下に座り込んでいたら、結人の声が降ってきた。
頭を上げるとそこには結人と、英士もいた。

なんか俺、落ち込んだり壁にぶち当たったりするといつもこうやって俯いちゃってさ、そして頭を上げると、いつもお前らがそこにいるんだよな。

大丈夫・・・、俺にはふたりがいる。俺の分も夢を叶えてくれる、お前たちが。
そうだ、がまだいるはず。
早く会いに行かなきゃ・・・


ユニフォームから着替えて控え室を出て、がいたほうへ走った。
フェンス沿いの芝生に座っていたは俺に気づくと立ち上がって、俺はのすぐ目の前まで歩み寄っていった。


「体、大丈夫なの?」
「うん」
「よくお母さん許したな、心配してるだろ」
「ううん、もう大丈夫だもん」
「お前もう大丈夫禁止。二度と言うな」


芝生の坂で俺より目線の高いがふと笑った。
久しぶりに見る、こんな顔。


「・・・」


俺は視線を下げて、のお腹に手を伸ばして、触れた。


「英士に聞いた」
「ごめんね、言えなくて」
「いや」


俺はたった1日。は何日も抱え続けた。
俺がバカだった。ちっさくて、ガキで、どうしようもない。


「ごめんな、何も気づかなくて。お前に考えさせてばっかりだよな。俺がもっと、ちゃんとしてりゃ、お前だってこんなになるまで一人で抱え込まないよな」
「違うよ、一馬はそのままでいいの。悪いところなんて何もないよ」
「・・・」


また、そんな事を言う・・・
もう、愛しくて愛しくて、つくづく、泣きそうになる。


・・、子供、産もうよ」
「え・・・」
「俺、もっとしっかりする。ちゃんとした大人になって、お前も子供も守るよ。学校辞めて働いてもいい」
「え、働くって、サッカーは?」
「・・・いいんだ」


サッカーは、プロじゃなくても出来る。
俺はと、との未来のほうが、大事。


「大変なのはわかってるよ。お前は学校も卒業出来ないし、やりたいことも出来なくなるし・・・。でも、一緒に耐えて欲しいんだ。俺がその分支えるから、もっと強くなるから。俺もうお前に、傷ひとつ付けたくないんだよ」
「・・・」
「な、そうしようよ。俺たち、ずっと一緒だろ?」


の手を取ると、はじわり滲む瞳の中に俺を入れたまま、唇を噛み締めた。

・・・きっと、はお母さんに言われただろう。
子供は諦めようと。
そしてたぶんも、それを覚悟してただろう。
でなきゃ俺にこんなに穏やかに微笑むことが出来るだろうか。

溢れそうな涙ごとを抱き寄せると、ぽとり落ちた涙が俺の首に伝った。
手のひらいっぱいに握ったの小さな弱い手。
今まで怖い思いをさせた分、寂しい思いをさせた分、辛い思いをさせた分、強くしっかりと掴みとめた。


「・・・ダメだよ」
「・・・」


こくり、息をのみ込んで、耳元で聞いたの言葉に俺は顔を上げた。
何度も落ちてくる涙を拭いながら俺を見るは、無垢に笑って・・・


「一馬はサッカー選手になるの。そう決まってるの」
・・」
「やめるなんてダメ。そんなの無理だよ、一馬にはやめられない。今はそんな風に思ってても、絶対後悔する」
「・・・そうかもしれないけど、でも俺が悪いんだ。俺のせいでこうなったんだから俺が・・」
「一馬のせい?そんな言い方やめて。責任取るみたいに言わないで。そんな一馬ならいらないよ、一緒にいる意味ない」
・・・」


なんで・・・


「産もうって言ってくれて嬉しかったよ。一馬がそうしようって言うなら誰に反対されてもそうする。私がんばれる。でもサッカーはやめちゃダメ。やめるくらいなら子供は諦める」
「でも、そんな俺だけ・・・」
「一馬だけじゃないんだよ。一馬の夢はみんなの夢なんだよ。私から夢とらないで、一馬のサッカーのことばかり考えてこれまで悩んできたの。一馬にそう言って欲しくなかったから言えなかったの。だから、やめるなんて言わないでよ」


なんで、お前はこんなにも・・・


「一馬はね、サッカー選手なるの。これからいっぱい活躍して、今日みたいにいっぱい点取って、代表に選ばれて、みんなに期待されるスター選手になるの。それで、子供にサッカー教えてあげて、優しくてカッコいい、素敵なパパになるの。ねぇそれって、サッカーやめるよりずっと大変で、幸せだと思わない?」
・・・」
「私、もう何も怖くない。もっと早く一馬に言えば良かったって思えるくらい、悩んでたのがバカらしくなってきちゃった。だって一馬はこんなに私を思ってくれる。それだけで幸せだよ」


は、今にも溢れ出す感情に飲み込まれそうな俺の頬に、そっと手を添える。
ポロポロ涙を落として、それでも幸せそうに、嬉しそうに、笑って。


「俺・・・、サッカー続けてもいいの・・・?」


そんなを見ていたら、堪え切れずに溢れた涙が、の手に流れた。


「・・・バカね」
「っ・・・」


包み込むように笑うの前で、堪え切れずに涙を落とした俺は、とても強い人間なんてものにはほど遠く、それどころか本当にガキみたく、に寄り添い泣くばかりだった。

どうして、お前は、こんなにも俺を想ってくれるんだろう。

俺がどんなに愛しても愛しても、全然足りないじゃんか・・・


「・・・あ、」


俺はふと思い出して、涙を拭いてから離れた。


「さっきスカウト来た。柏の・・・」
「本当?」
「うん、でも俺、断っちゃった」
「え、バカっ。なんでそう思い込み激しいかな、今からでも頼んでおいでよ」
「ん・・」


俺は顔をしっかり拭いて、に押されて建物の方へ走っていった。
入口の手前でこっちを見てた結人と英士に、もう一度話聞いてくると言い残して中に入っていった。


ちゃーん、体だいじょーぶなのー?」


その俺と引き換えに結人と英士はの元へ近づいて、も二人に寄っていく。


「正直やめるって言い出したときはどーしよーかと思ったけど、あー良かった!俺らじゃやっぱヘタなこと言えないからさ、もうちゃんだけが頼みの綱で!」
「でも一馬、大丈夫かな・・・」
「大丈夫でしょ、監督がどうにかしてくれるよ」


英士がそう言うと、は安心するように笑う。
英士の言葉には不思議と信じられる力があるんだ。

俺は監督にもう一度話をさせてくれと頼み、すぐに先方と連絡を取ってくれて、後日またその話をしに来てもらうことになった。俺が言い出さなくてもまたオファーかけに来るつもりだったというのだから、もったいない話だ。
事情は知らないけど、と喜んでくれた監督にも迷惑をかけたが、かわいい彼女ねと言われたときは見られてたのか!とかなり恥ずかしかった。

監督と話し終えて、すぐにまたみんなのところへ戻った。
の周りを英士と結人が囲んでいて、なにやら楽しそうだった。


「お、おかえりパパ〜」
「!」
「どうだった?」
「ああ、なんとか大丈夫そう」
「そっか!良かったなー」
「結人は喜んでる場合?いい加減決めないと進路ないよ」
「はっ、そーだった!!」


それでも自分のことみたいに喜んでくれる結人は、ほんとにいいヤツなんだ。
結人だって絶対大丈夫。すぐに進路は決まるはず。


「でもまぁ、何はともあれ一件落着?ここらでいっちょパーっとやりたいね!一馬のサッカー復帰記念とベビー誕生記念!」
「復帰って言っても1日も離れてないけどね」
「しかもまだ生まれてねーし」
「細かいことはいーんだよ!なー男の子かな、女の子かなっ。俺は女の子がいーなー。ねぇ触ってい?触ってい?」
「触るなっ!」
「触ってもわかんないよ」
「でもいるんだから気持ち違うじゃん?パパですよーなんつって」


冗談が過ぎる結人の頭を思いっきり殴った。
こんな空気は、久しぶりだった。
笑ってふざけて、いつもしてたはずの当たり前を、いつの間にか忘れてた。


「でも産むの決めたんなら、これからもっと大変になるよね」
「そうだな。とりあえず親たちの説得だな」


そう、俺たちはそんな事をしている場合ではなく、今も車で待っているののお母さんに話しに行かなくてはならない。そこで二人とは別れて、俺たちはずっと待ってくれてるお母さんの元へ行った。

俺は反対される事など百も承知で、話すら聞いてくれない事を覚悟していた。それでもわかってもらえるまで話していく気持ちだった。俺の気持も、の気持も、何度でも何度でも。

そう思っていたのに、思いの外お母さんは落ち着いて俺たちの話を聞いてくれた。
俺の親も含めて、後日改めて話し合おうということになった。

今日は俺の母さんも試合を見に来ていて、知らない間に挨拶していたらしい。そこで何を話したかまでは知らないけど、家に帰った後でやっぱりサッカーはやめないと言うと母さんは心底喜んでくれたし、子供を産みたいと言うと、いろいろ言いたいことを我慢していただろうけど、両親とも、分かってくれた。

俺たちは迷惑かけっぱなしで、本当にどうしようもない子供だ。
俺もいつかこんな風に子供に手を焼く日がくるのかな。
いろいろ考えれば苦労は山のようにあるはずなのに、その日、俺の心の中は不安よりも期待で詰まっていた。まだ見ぬ未来に笑みしかこぼれなかった。

も今頃、お腹を撫ぜながら俺を思ってくれている。
そうだったらいいなぁと、胸いっぱいに膨らませて、眠りについた。














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