あの青すぎる空とでっかい太陽見てると、夏って感じ。 「聞ーて英士、俺スッゲーの!テスト始まる前に教科書チラッと見たらそこがバッチシそのまま出たんだよ!」 「良かったね」 「アレのおかげで補習は免れたね!」 「結人の事だからそれで調子付いて他でミスってそうだけどね」 「っはは、ミスるほど他のも出来てないから大丈夫!」 「偉そうに言う事じゃないね」 「もう前にみたいに補習のたびうち乗り込んでくるようなマネだけはすんなよな」 「へっへっへ、プロ行きが決まった今こんなもん恐れるに足らずだ」 「プロ行く前にちゃんと卒業してよね」 季節は7月。1学期の期末テスト真っ最中。 俺と英士が廊下で話していると、ヤマが当たったらしい結人が騒がしく走ってきた。 何とか無事みんなしてプロ行きも決定した幸せな夏。 英士と結人と話しながらも俺はずっと携帯電話を手にメールを打っていた。 今日はちょっと、大事な日なんだ。 「ちゃんあれきり会ってないけど、ベビーどーなの?順調?」 「うん、でも最近ずっと体調最悪」 「あー、ツワリってやつ?」 「らしいな」 夏になって、の中にいる俺たちの子は3ヶ月目を迎えていた。 ここのところ、その”ツワリ”で体調が悪いは学校も休みがちだ。 「夏休みまでは通うんだっけ。体調悪いんじゃそれも辛いんじゃない?」 「ああ、実は今日で最後なんだよ」 「え、学校行くの?」 「うん、マジで辛いらしい。きのうも行ったけど、ずっと寝てて話すのも無理な感じだった」 「うわーそんなに?たいへんだなぁ」 「すげー大変だよ。なんも食べたくないってゆーし、食べても、匂いだけでも吐くし。また2・3キロ痩せたんじゃないかな」 「おいおい大丈夫かよ、増やさなきゃいけないんだろ?」 「つわりがひどい人はこの時期ぐっと体重落ちちゃうんだってね」 「だからってちゃんはアレ以上痩せたらヤバくね?誰かさんが苦労ばっかかけるから」 「おい、そりゃあ誰の事だ」 「はは、まぁまぁ。つかなんでツワリとかあんだろーな。子供産むのに気持ち悪くならなきゃいけない理由はなんだ?」 「さぁ」 「な、神秘だよなぁー」 の妊娠が発覚して、未知の世界へ足を踏み入れた俺たちは全てが新鮮。 結人なんて、俺がの話をするたびにこの「神秘だなー」を連発する。 「きのうさ、病院で撮ってきたお腹の中の写真見せてもらったの」 「ああ、あのよくテレビで見るやつ?どうだった?」 「よくわからんかった」 「なんじゃそら」 「何がなんだかって感じ。なんてアヒルのくちばしみたいだとか言ってたし」 「そりゃそうでしょ。まだちゃんと人の形にもなってないじゃないの」 「ん、1センチか2センチくらいしかないって」 「へぇー、3ヶ月目でもそんなもんなんだ」 俺たちは廊下の窓辺でノンキに話しているけど、今はテスト期間中だ。 見渡せば他の奴らはみんな教科書やノートを開いて最後の悪あがき中。 俺は次の歴史はそこまで焦るほどではないし、英士は今更あがく必要なんてない。 まぁ、もっとも不安なのがここにいるけど、その結人も英士に最後のヤマを教えてもらっている。が、どうも気が散って仕方ないようだ。 「ちゃん、学校やめたら本格的にママになっちゃうんだな。お前もがんばれよー?」 「だけどさ、はつわりとかあって病院も行っていろいろ自覚出来るけど、俺ははっきり言って何も実感ないし、何していいかわかんないんだよ」 「おいおい何言ってんだよ、つめてーな」 「だってほんとそうなんだもん。が気持ち悪いって言っても、何してやればいいかわかんないし。それどころか俺の前で吐きたくないから部屋出てけとか言うし。なーんの役にもたってないよ、俺」 「はは、パパカタナシだなー」 「全くだよ」 「でも本当、支えてあげなきゃ駄目だよ。ちょっとしたことで不安になるって言うし、ストレスためると最悪流産とかあるらしいし」 「おま、怖い事ゆーなっ」 「てかなんでそんな詳しいわけ?お前」 「いろいろネットで見た。妊娠の過程とか、出産日記とか」 「さっすが英士。一馬、これだよこれ!パパの仕事はこれ!」 「だってうちパソコンねーもん」 「買え!」 俺たちはいろんな話もするけど、やっぱり一番に上がるのがこの話題。 だけどこんな話をするのは絶対に俺たち3人だけのときだけで、学校には伏せておく事にしたから学校でこの話をする時は周りに細心の注意を払わなければならない。他の友達にも言えないし、こう見えても小声でやっている。 「てゆか、ちゃん今日で学校最後なんだったら迎えにいってやれば?」 「ああ、行こうと思ったんだけどさ、学校でも体調悪くなったりしてるから、なんとなくバレてんだって」 「え、妊娠してんのがっ?」 「それはやりにくいだろうね」 「ああ、学校側からも聞かれてさすがに話したらしいよ。だから大変な事になるから来ないほうがいいって」 「そっかー、そりゃ行ったらカッコウのエモノだな」 「めくりめく好奇の目。コワ」 「だよなぁ」 「でもそれでも来てくれたらうれしーんじゃね?」 「そーかな」 「そりゃそーだろー、カッコいーじゃん。もう制服デートもできないんだしさ」 「そうかなぁ。どう思う?英士」 「いいんじゃない?」 「お前、俺だけの意見じゃそんなに不安か」 結局大した勉強もせずにチャイムが鳴り、俺たちはそれぞれ教室に戻っていった。 来てくれたらうれしい、か。 なるほど。 の学校は今日までが1学期の期末テストで、昼で学校も終わったそうなんだけど、は気分悪くてきのうも学校を休んだし、その分のテストを受けてから帰るらしい。もうあまり成績は必要ではないというのに、丁寧なやつだ。 テストが終わった後も、友達が待っててくれたようで、俺の学校が終わった頃も友達としゃべってるからまだ学校にいるとメールで言っていた。 の妊娠は、最初は冗談程度だったのがの体調不良が激しくて次第に真実味を帯びてきて、今では小さな騒ぎになってしまっているらしい。周囲の噂や好奇の目にさらされてストレスになってないかと心配したけど、同じ学校には森野がいたし、他の友達もかばってくれるから大丈夫だとは笑っていた。 こんな時にちゃんと守ってやれないのがすごく情けなく感じるんだけど、に言わせれば「同じ学校だったらもっと大変だったから、これでよかった」だそうだ。 いないほうがいいって、俺ってとことん役立たずだ。 「・・・」 他校と言うのは、そうでなくても居心地が悪いものだけど、たかが校門に立ってるくらいでそこまでジロジロ見ることないんじゃないかと思う。夏だから制服だってシャツだし、ズボンの色と柄が違うだけでどこも大して変わらないと思うんだけど、立っているだけで通り過ぎる生徒たちがかなりの確率で俺に目を留めてくる。やっぱ、目立つか?・・・たぶん、俺のうしろから見えているリボンが余計に目を引いているんだろうけど。 一応には今から行くとメールしておいた。 いきなり行って入れ違ったり、余計に目立ってしまうのは避けたいし。 来なくていいって言ったのに、とから返ってきたメールは質素に見えて、嫌がってんのかなと思ったが、最後には待っててと入っていたから、安心した。 校門でからの連絡を待っていると、学校に入っていこうとした車が俺の前でゆっくり止まって窓を開けた。車の中から覗いたのはのお母さんで、そう言えばがお母さんが迎えに来てくれるんだと言ってたのを思い出した。 「こんちはす」 「一馬君、来てくれてたの?あら、そんな花まで持って」 「はは、ヘンかなって思ったんだけど」 「喜ぶわよきっと」 「そうですかね」 実は、駅で別れた結人に花でも買って行けばといわれ、ちょうどここに来るまでの道中に花屋があったから、ショーケースにあった小さな花束を買ってしまったのだ。理由はどうあれ自主退学。そんな日に花もどうかと思ったが、卒業式の気分で渡せと言われた。きっと喜ぶからと。 俺もう、が喜ぶという言葉に敏感になってしまっていて、花を買うのも持って歩くのも恥ずかしくてたまらなかったけど、が喜ぶと言われればやってみようかと思ってしまう。俺のバカも慢性的になってきた。 お母さんが運転する車と一緒に校門をくぐり昇降口前まで行くと、しばらくして校舎の中から友達に囲まれたの姿が見えた。周りの友達がそれぞれにの荷物を持ってくれてるようで、荷物が全てなくなってしまったんだろう、一人手ぶらなが靴を履き替え、俺に気づいた。 は俺を見て笑ったけど、照れくさいのか、ぎゅと口は閉じていた。 「体は?」 「大丈夫」 「そ」 やっと小さく口を開いたの頬はほんのり赤かった。 体調悪くて、じゃないだろうけど。 「うっわー花だ花、真田キッザー!」 「!」 そしてその俺の後ろからの何倍もある音量で、森野が俺の何気にカバンで隠してる花束を目ざとく見つけ声を張り上げた。それを聞くと他の周りの友達も俺のうしろを覗き込んでうわーと歓声上げて、一番回避したかった状況になってしまう。 「まーったアンタはカッコつけちゃってー」 「うるせーなお前は」 「つかどーせ来るなら若菜君連れてこい!」 「なんでお前に気ぃ利かせなきゃなんねーんだよっ」 もー、森野のせいで恥ずかしさ倍増だ。(覚えてろよこのアホ) 結局バレてしまっては渡さないわけにもいかないから、の胸にポンとそれをあげた。 「卒業・・じゃないけど、退学オメデトウ」 「ふふ」 「笑うな」 「アンタ退学って、もっと他に言い方ないわけー?」 「黙れ」 その後しつこくからかってくる森野を恥ずかしさ紛れに蹴ってやった。 それからの荷物を全部受け取り、車に乗せてと一緒に車に乗り込んだ。 が友達と最後の別れをすると車は校門をくぐって学校を後にした。 は友達に別れを惜しまれて、ずっと笑顔だった。 その光景は俺も、なんだか嬉しかった。 妊娠がバレてどんなに居心地悪い学校生活を送ってるのかと心配してたから、のことをちゃんと理解して守ってくれる友達が森野以外にもこんなにいてくれたことが、嬉しかった。 きっといろんな噂もされただろうし、いろんなことを言われたかもしれない。 それでもは出来るだけ学校に行こうとしてた。別れを惜しむ友達がいた。 それを目の当たりにして、俺はまた少し申し訳ない気分になった。 これでも一応、森野にも感謝はしている。 死んでも口にはしないが。 「今度病院いつ?」 「来週の水曜」 「俺も行く?」 「ええ?いいよこなくて」 「なんで」 「恥ずかしいから」 「それ言うなら俺のが恥ずかしいっつーの」 俺も一緒にの家まで行って、荷物をの部屋まで運んで片付けを手伝った。 「今日は気分いいのな」 「うん、気分転換になったし」 「そっか、良かったな」 「うん」 「ごめんな」 「ん?」 「こんな早く学校辞めることになっちゃってさ」 「しょうがないんじゃない」 「そーだけどさ」 「ありがとうね」 「なにが?」 「今日、来てくれて」 「あー、いや、うん」 「嬉しかったよ」 「・・・ほんとに?」 「うん」 「そっか」 「うん」 「じゃあいいや」 「ふふ」 が窓辺に小さな花瓶を置いた。 俺があげた花を挿した。 「これからずっと家だもんな。たまにはどっか行ってもいいんだろ?」 「うん、もうすぐつわりも落ち着くんじゃないってお母さんが」 「そっか。でもまぁ俺も夏休みに入ったら合宿とか大会とかあるから、ジッとしててくれたほうが安心」 「そうだね」 「俺に出来る事はするから、何でも言えよ」 「どうしたの?なんかカッコいいよ」 「いつもだろ?」 「あはっ」 「そこ笑うとこじゃねーって」 本当に今日は気分良さそうだった。きのうはマジで死にそうだったのに。 やっぱ友達と会うのは気晴らしにもなって、良いことなんだろうな。 片付けにひと段落すると、手を止めたは俺の傍まで来て肩に頭を寄せた。 は外ではまず懐かないし、むしろ素っ気無いし、家にいてもどっちかといえば俺が寄ってくばかりだから、こんな風にたまにそっと寄り添われると、かなり嬉しい。 「あ、俺汗臭い?」 「ん?んー、大丈夫」 「臭いんだ・・」 「ふふ、でもやじゃないから平気」 「・・そっか」 は匂いにひどく敏感になっているから、そういうところからでもすぐ気持ち悪くなる。明日からは風呂入って干したての服でも着てくるか、とを抱きながらベッドを背にじゅうたんに座りこんだ。 「なぁ、ほんと何でも言えよ。俺もなんかしたいし、じゃなきゃ俺おいてかれそうでさ」 「なんで?」 「お前一人でいろいろ感じれて、ずるい」 「なにそれ。じゃあつわり代わってよ、ほんと死ぬよ」 「代われるなら代わってやりたいよ・・」 「うそつけ。サッカー出来ないよ」 「・・・サッカーないときだけ」 「調子いいなぁ!」 俺の肩に頭を倒し体を預けるが笑ってぺしんと俺の胸を叩く。 口数が増えて声の調子が上がってきて、ようやくが俺に甘えだす。 包み込むように腕を回して、お腹に手を添えてると、何の心配も不安もない顔でが俺の中にいる。 「さっきさ、学校でみんなが荷物運んでくれて、車に乗せるの手伝ってくれたじゃない?」 「ああ」 「あのとき、一馬みんなにお礼言ってた」 「お礼って、頭下げてただけじゃん」 「うん。でも嬉しかった」 「そうか?」 「うん。一馬のそういうとこ好き」 「・・・どういうとこ?」 「ヘンに真面目くさいとこ」 「そりゃーホメてんのか?」 「ホメてるじゃん」 「くさいってあたりホメてねーだろーよ」 俺は、こんな近くでなんでもない話をしていられる今が、好き。 こんな俺に大事な体を預けて目を閉じる、お前が好き。 まだ何の実感もないし、が背負ってるものの半分も代わってやれないだろうけど、の周りにあるいろんなものがを助けてくれてるんだとしたら、俺はその全部にありがとうと言いたい。 父親の実感、なんて、まるでないけど まだまだ当分沸かないんだろうけど いろんなものが有り難く、幸せに見えてきた 今日、この頃。 |