言うぞ。
言うんだ。


「最後に、図書委員はこのあと委員会あるから忘れないようにねー。じゃあこれでHR終わり。またあした。気をつけて帰りなさいね」


今日こそ、絶対に言うんだ。


「ばいばーい、またあしたなー」
「部活メンドーイ」
「遊びにいこーぜ、どこ行く?」


教室を出てくみんなと同じようにカバンを持って立ち上がるあいつに、今日こそ・・・


「バイバーイ
「バイバイ」
っ」


友達に手を振ってるを逆隣の席から呼び止めると、だけじゃなくその友達の多くまで俺に注目してしまう。声が大きすぎたか・・・?


「・・・なに?」
「今日、あの・・・」


あれだけ頭の中で言う言葉を選びコレだというものを作り上げたのに、いざが目の前で俺に振り返ってると、頭の中はすっきりと真っ白になってしまって、言葉なんて吹き飛んだ。


「あの、今日、や、今、一緒に帰れる・・・?」
「・・・あたし、今から委員会なんだけど」
「いいんかい?」
「さっき言ってたでしょ、図書委員は委員会あるって」
「あ・・・、ああ、委員会・・・。そっか・・・」
「ごめん」
「や、べつに」
「じゃ、またあした」
「ああ・・・」


そうして、は少しずつ俺から離れていった。

今日も、撃沈・・・。


ー!」


がいなくなった直後に、隣の教室からでかい声で森野がやってきた。


「あれー?あ、真田、は?」
「・・・委員会行った」
「委員会?そんなのやってたっけ。じゃーあしたでいっかぁ」
「・・・なぁ森野」
「なに?」
「・・・」
「なによ」
「俺たちって、付き合ってんのかな・・・」
「はぁ?」
「だって、全然一緒に帰ったり、とか、外で会ったりとかないし」
「あったりまえじゃんそんなの。何言ってんの?」


ゲラゲラ笑い飛ばして言う森野の言葉に、俺は多大なショックを受けた。


「てかなんでそう思ってるわけ?言ってるでしょーあたしが好きなのは若菜君だって!」
「・・・あ?」
「大体なーんであたしが真田と・・」
「っばぁーか!!誰がテメーとって言ったよ!だよ!」
「あ、?あーそうだよねー、ね」
「ったく、このバカ女が」
「なによちょっとしたかわいい勘違いじゃない!で、がなんだって?」
「だから、あいつは俺のこと、何だと思ってんのかなって・・・」
「何って、なんだか知らないうちにホレてきた人?」
「・・・」
「冗談冗談。そんなの直接聞けばいいじゃん」
「でもあいつ、なんとなく俺のこと避けてるっぽいし」
「そりゃあ無理やりキスされちゃあねぇ。それで嫌われてないって思ってるあたりがオメデタイよねぇー」
「・・・」
「や、冗談冗談」


・・・あれから、1ヶ月が経った。
周りはもうすぐ夏休みだなんだって浮かれてるのに、俺は付き合っているのかいないのかもわからない女にまともに口も利けないでいる。
夏なんか・・・嫌いだ。


「あ!」


密やかにヘコむ俺を無視して、森野が突然パチンと手を叩き大声を張り上げた。


「いー事考えた!」
「いい事?」
「ちょっと耳貸しな」
「なんだよ」


なんだか悪そうな顔をする森野が俺を手招き耳打ちをした。


その1時間後。


「ゆーと!」
「わ!一馬っ?」


あの後すぐ電車に飛び乗り結人の家まで来た俺は、玄関先で口笛吹きながら自転車で帰ってきた結人をとっ捕まえた。いるはずもない俺の登場に結人は自転車ごとこけそうになりながら俺にどーしたんだと聞いてくる。


「頼む!付き合ってくれっ!」
「はぁ?」
「いっしょーのお願い!」
「ちょっと待てって、どーしたの」
「頼むよ結人、お前じゃなきゃ駄目なんだよ、頼む!」
「俺じゃなきゃって、そりゃ一馬が俺にホレてんのはよ〜く知ってるけどな、だからって付き合うとか・・」
「は?」
「もー困っちゃうな〜」
「・・・お前も森野もバカ?そーゆー意味じゃねーよ!来週の祭りに付き合えって言ってんだよ!」
「祭り?」
「うちの近くの神社であるんだよ、夏祭り。で、森野がそれにお前を誘えって」
「千秋ちゃんが?それでお前わざわざ誘いに来たの?」
「そーだよ」
「・・・はっはーん。さては千秋ちゃんにちゃんを誘ってやるから俺を連れてこいって言われたんだろ。お前まだ自分でちゃん誘えないわけ?なっさけなぁ〜」


結人はなめきった目で俺を蔑むけど、今の俺は何も言えない。


「で、いつなの?夏祭り」
「え、来てくれんの?」
「まぁ愛する一馬の頼みだしなぁ」
「結人・・・!」
「全部一馬のオゴリね」
「・・・」
「ああ〜楽しみだなーっと!」


・・・とにかく、夏祭りだ。



まだ日は明るいが、赤ちょうちんで飾られた神社周りに人は次第に集まってきて、和気藹々と祭りらしい雰囲気が漂っていた。


「この雰囲気がいいんだよねー。この祭り!て感じ?」
「・・・」
「良かったな、今日練習早く終わって。何食おうかなー、ハラへってるからガンガン食えるぞー」
「・・・」
「一馬、聞いてる?」
「・・・え、なに?」


うしろで結人がずっと何か言ってたみたいだけど、俺はそんなことより森野がちゃんとを連れてくるかが気になって気になってしょうがなく、きょろきょろ人ごみの中ばかり見ていた。すると、しばらくして多くの人の波に乗るようにして、歩いてくるふたりを見つけた。それもなんと、


「おーカワイー、浴衣じゃーん。ラッキーだね、一馬」
「・・・」
「一馬?」


近づいてくるふたりは揃って浴衣を着ていて、仲良さげに笑い合いながら歩いてきた。結人が真っ先に駆け寄っていこうとするけど、でも俺は、なんだか足が動かず。するとそんな俺たちを見つけた森野が「あ、若菜君だー!ぐうぜーん!」と手を振って駆け寄ってきた。


「ぐーぜん?」
「ひっさしぶりだねー若菜君!元気だったぁー?」
「え?」
「もーチョー偶然!せっかくだし、一緒に回ろうかぁー。ねー」


そう、くるりと振り返る森野のわざとらしいフリに、は思いっきり疑いの目を向けていた。
これは、もしかせずとも、・・・


「まま、お祭りなんだからいっぱいいたほーが楽しいじゃん?ねー若菜君!」
「え?ああ、そーだねー!」
「ねー真田!」
「え、ああ、・・・」
「あたしおなか空いてるんだー、なんか食べよーよ」
「俺も俺もー。祭りといえばやっぱたこ焼き?」
「いーね〜」


森野と結人は先陣切って石段を駆け上がっていった。そのうしろで取り残された俺とは、あの二人のペースについていくことも出来ず。


「・・・よぉ、」
「・・・」


おいおい森野、お前、さっさと逃げんじゃねー!


「千秋ちゃん、ちゃんに言わなかったの?俺らが来るってこと」
「だって真田がいるなんて言ったら行かないって言うと思ったからさぁー。無理やり連れてきたところで浴衣なんて絶対着てくれないだろーし。でもあたし着たいし」
ちゃんてやっぱ、一馬のこと嫌いなんじゃないの?」
「んー、そうでもないと思うんだけどなぁ。嫌いっていうか、無理だったら逆にもっと素直だと思うの」
「でも嫌いじゃなくとも好きではないとか・・・」
「それは・・・わかんないけど・・・」


森野と結人はなにやらコソコソと話しながら前を歩く。俺たちは何とか歩き出し森野たちの後ろについていっているのだけど、未だ会話のひとつも繰り広げられなくて、こっそり俺たちに振り返ってる二人に気づいてなんだよと言うけど、ふたりはニヘッと笑ってまた前を向いた。


「なんもしゃべってないね」
「うーん、最高に不機嫌な顔をしてる・・・」
「うーん・・・」
「あ、たこ焼き!」
「あ!ほんとだ、食おー!」


森野と結人はたこ焼きの店を見つけると、俺の呼び止める声も聞かずに2人で走っていって、すっかり俺たちは引き離されてしまった。俺にどうしろというのだ。困ってしまった俺は、苦し紛れににたこ焼き食べるかと聞いてみたけど、は黙って首を振った。明らかに不機嫌だ。これを俺にどうしろと言うのだアイツは・・・。

たこ焼き屋の前で並ぶ結人たちを待ちながら、俺は手持ち無沙汰に辺りを見回していた。それでも頻繁にに目を向けて、必死にどうしようかと考えていた。


「・・・ねぇ」
「え、なに?」
「こういう、予定だったんだよね?」
「え?」
「4人で行こうっていう」
「あ、ああ、森野がお前連れてくるから、俺に結人を誘えって」
「やっぱり」
「聞いてなかった・・・んだよな、やっぱり」


はまだ不機嫌な顔でこくりと頷いた。森野のヤツ、連れて来るだけ連れて来ておいてこの気まずい後処理を俺に押し付けるなんて・・・。


!ほらいつまでもそんな顔してないで、たこ食べるー?」


森野と結人がたこ焼きを持って戻ってきて、にたこ焼きを1個差し出すけどはまた首を振った。


「いらないの?じゃあ何がいい?わたあめあるよ」
「なーんでも言っていいよーちゃん。今日はぜーんぶ一馬のオゴリだから」
「え、マジっ?」
「んな訳ねーだろ!なんで俺がお前にオゴらにゃなんねーんだ」
「なによ、だーれがを連れてきてあげたと思ってんのおー?」
「お互い様だろ!」
「まぁまぁ一馬、俺カラアゲ食いたい!」
「あー行くー!」


そうしてふたりはまた食い物めがけて走っていった。 まったくあいつらは、食いモンにつられてはぐれかねないな。 走っていくふたりに呆れてそう言葉を漏らすと、隣でがふたりを見て笑った。

笑った。

・・・でも、は隣の俺に気づくとすぐに笑いを止めて、また堅く口を結んでしまった。


「・・・行こうか」


見失ってしまったふたりを探しながら、俺たちも一緒に歩き出す。次第に多くなってきた人の波は押したり引いたり、歩くのさえ困難で両脇に並ぶ店なんて近づけない。そんな中森野たちを追いかけて、俺たちははぐれないように後ろのに何度も振り向きながら進んでいった。


、大丈夫か?」
「うん・・・」


そうは言っても、ふらふらと下駄で歩くは人に押されて歩きづらそうだ。
なんとか歩きやすいようにしてやりたいんだけど、どうすればいいのかわからなくて。


「あっ・・」


そうすると、は正面から歩いてきた人と肩をぶつけて持っていた巾着を道の脇に落としてしまって、巾着はコロコロ転がって草の中へと落ちていった。はそれを取りにいこうとしたから、俺はの腕を掴んで止めて草の中へ下りて、薄紅の巾着を取って戻り草を払いながらに渡した。


「はい」
「ありがとう・・・」


はまだちょっと引いた顔で、でもちゃんと、俺を見上げた。
今日初めて、まともに俺を見てくれた。


「どこ行ったんだろうなあいつら、はぐれたかな」
「ん」
「どーする?探す?ていうか俺もハラへったな、なんか食べる?」


何がいい?と聞くと、は周りを見渡し「あれがいい」と向かい側にある店を指差した。
いろんな色の袋が並んだ、わたあめの店。


「こんなもんでハラがふくれるか!」
「だって好きなんだもん」
「まぁ確かに祭りでもないと食えないけど」
「うちに昔あったの、これ作る機械」
「マジ?こんなの作れんの?」
「おもちゃなんだけどね、ちゃんとわたあめが出来るの」
「じゃあいつでも食えんじゃん」
「もうどっかいっちゃった」
「意味ねー」


それから俺たちは、近くでいろいろ食べものを買いつつ、どこへ行くこともなく座り込んでしゃべってた。森野と結人は発見できないけど、俺たちはなんだか急に固まった空気が解けて、俺もも普通にしゃべって笑った。 久しぶりだった。とこんな風に普通に、長く話すのは。

も笑ってる。楽しそうだ。
ああ、かわいいな。
良かった。


「あ、ー」


俺がごみを捨てにから離れていると、は数人の男女の団体に声をかけられていた。よく見ればどれも知った顔。同じ学校のやつだ。


も来てたんだ。誰と?千秋?」
「あ、うん」
「千秋は?あ、いいなぁ浴衣カワイイ」


は友達に囲まれて、俺は戻るに戻れなくなった。
だってたぶん、は俺にそこに現れて欲しくないだろう。


「千秋はどこ行ったの?」
「あー、どっか行っちゃって」
「うそ、はぐれたの?じゃあ一緒にいく?途中で見つかるかもしれないし」
「ううん、いい。ここで待ってるから」
「いーじゃん、行こうよ。こんなとこでひとりでいてもつまんないじゃん」


は友達に手を引かれていく。
その途中で、ふと俺に振り返り目を合わせた。 そしてその足を止める。


「ごめん、大丈夫だから」
「でもー」
「・・・あの、ひとりじゃ、ないから・・・大丈夫」


は言いにくそうに、でもちゃんと、断った。
俺はそのに近づいていく。


「あれ、真田じゃん。真田も来てたの?」
「あ、ほんとだー。真田君もひとり?」


俺を見つけて声をかけてくるみんなの前で、俺はの手を取った。


「ひとりじゃない。ふたり」
「え?」
「じゃあな」


そうして俺はの手を引いて、人ゴミの中に歩いていった。


「真田・・」
「・・・」


手を掴んだままどこへ向かうわけでもなく奥へ奥へと歩いて行って、ふと気づき急いでいた速度を緩めた時には周囲にあまり人はいなく出店もチラホラとしかなくなっていて、つい外れまで来てしまっていたらしい。


「・・・」
「・・・」


ちいさな社まで来てしまった俺たちは、足を止めた。 俺はに振り向けなくて、でも暗がりの空の下、手も離せなくて。


「・・・ごめん」
「え?」
「あんなこと言ったら、誤解されるな。悪い・・・」


つい言ってしまったことに、俺は今更ながら後悔してきた。
でも、俺を見て足を止めたは俺を見て、言ってくれたんだ。
ひとりじゃない、と。


「いいよ・・・」


手の先から、が小さく言った。
に振り向き見ると、は俯いて、ためらいがちにゆっくり目を上げる。 それでもはちゃんと俺を見た。 どこか不安げで、恥ずかしそうではあるけど、それでもその目に俺を嫌がってる気持ちは、なかったと思う。

心臓がうるさい。


「なぁ、、俺・・・」


ほんとうに。ほんとうに。
いつからかは分からない。けど、生まれたときからだって、思いたいくらい。
ほんとに、ほんとに、


「本気で、おまえのこと好きだから・・」


繋ぐ手が堅くなる。この手をもう、離したくなくて。他人になんてしたくなくて。何もなかったことにしたくなくて。 他の誰かと一緒じゃいやだ。周りにいる一人じゃもういやだった。
お前の中に、たったひとつの居場所を、俺に作って。

繋いだ手を辿るように一歩、歩み寄る。は少し緊張するように身構えるけど、その手を、離しはしなかった。

精一杯、どこまでも、溢れ来るこの気持ち

届け



ドォォオオン!!・・・



空が光ったかと思ったら、身体を響かせるほどの爆発音がして俺はの目の前で目を開き止まった。互いの目に光が反射して、俺たちは空を見上げた。空から火花が落ちて、また火球が上がり、空に大きな花が描かれる。


「・・・」


きれいだけど、きれいだけどもさ・・・
なんてお約束に無慈悲なんだ・・・!


「ふ・・・」
「・・・」


目の前でが笑った。なんにも邪魔されないような柔らかさでふわり、涼しい風の吹く夏の夜みたいに清々しく、かわいく、笑った。


「・・・笑えない」
「ふふ・・・」

笑えない。笑えないけど。
が笑うなら、何でもいいや。



「あ、いたー」


遠くから夜の風に乗って甲高い声が届き、振り返ると森野と結人がやっと俺たちを探し当ててやってきた。


「やっと見つけたー。ずっと探してたんだよ?」
「うそつけ。どーせ食いたくってたんだろ」
「まーそうとも言う。はなんか食べた?ていうか楽しんでた?」
「うん」
「ほんと?真田にまたヤラシーことされなかった?」
「おい」
「信用ならないんだよねー、前科持ちだから。ねー


がちょっと笑うから森野はなになに?と不思議がっていた。
まぁ、何もなかったといえば何もなかったし、信用無いといわれれば、否定も出来ない・・・。

でも、いいんだ。もう急ぐ必要なんてどこにもない。これから俺たちはいつだってふたりだ。
どれだけでも同じ時間を過ごせる。同じ思い出を増やせる。
だったら、今しかないこの気持ちも大事にしようじゃないか。

俺たちは4人でずっと、夜空に散る花を見上げていた。









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