桜の花咲き乱れる頃、旅立ちの春。
俺にとってもプロとなって、特技と趣味だったサッカーがこれからは仕事、ということになる。まさに第2の人生。旅立ちのとき。

そう、旅立ちのとき・・・

「ちょっと、一馬ジャマ」
「・・・」

俺を足で押しのけて、はダンボールを組み立ててガムテープを貼る。

「ほら一馬、これに服詰めなよ」
「ああー・・・」
「雑誌は?置いてく?」
「ああー・・・」
「もーいつまでも落ち込まないでよ、あーうっとおしい」
「妻が冷たい・・・」

げしっ・・・
じゅうたんに視線を落としている俺の背中を今度は蹴りやがった。
こいつ、子ども生んでより一層態度がでかくなりやがった。(思ってたとおりだ!)

「さっさとしてよ、片付かないじゃん。もう来週には行くんだからね?」
「・・・」

子どもを生んで、やっとは退院し家に帰ってきた。
結人も、英士も、もう引っ越していってしまって、俺たちはプロになることによって別々の道を歩みはじめたのだ。子供の頃からの夢が叶ったんだ。それは晴れ晴れとした別れだった。

それはいい、それはいいよ。めでたいことこの上ない。
でもさ・・・

「なぁー、やっぱお前もこいよー」
「だから、もう少ししたら行くってば」
「なんで、俺たちもー家族じゃーん・・・」
「しょうがないでしょ、お母さんたちが総出でそのほうがいいって言うんだから」
「ああ〜・・・」

子供を生んで、俺たちやっと籍も入れて、ちゃんと3人で家族となった。
しかしそんな感慨に浸っている暇などなく、俺は千葉に引っ越さなければならない。もちろん家からじゃ練習場が遠すぎるからだ。
それはずっと前からわかっていたし決まっていたことだからそれもいい。

でもなぜ!なぜに俺はひとりで行くんだ?!
嫁も子供もいるというのになんで俺はひとりで旅立たなきゃいけないんだ?!

答えは簡単。子供を生んだばかりで何もわからないと俺をふたりで生活させるのは心配すぎる、という家の言い分からだ。しかも俺は新境地でさらにサッカーに打ち込むことになるからそのほうがいい、とうちの親も賛同しやがった。

だから、せめて赤ん坊のいる生活を少しでも慣れてから、それから俺の元に行けばいい。ということになった、らしい。
らしいって、そうだよ、俺はその場にいなかったよ!
俺のいないとこでとんとん話が進んでたんだよっ!
なんでだ!父親なのに!!(プロ祝い&出産祝いとかいって結人たちと遊びに行ってたのは俺だけど!!)

「鬼だ・・・親と子を引き離すなんて、みんなそろって鬼だ・・・」
「父親いないって思っちゃうかもねー」
「・・・!!」

あははっておい!そこ笑うとこか?!

「ねぇ一馬、これ何?」
「ぁあっ?」

うしろのの声に振り返ると(不機嫌ぶってみたけど効果はなかった)は部屋に転がっていた小包を手に取った。封の開いた航空便の箱だ。

「ああそれ?ユンが送ってきた」
「・・・ああ、英士君の従兄弟」
「そう」
「なんなの?中身」
「スプーン」
「スプーン?」

ユンから送られてきた祝いの品。中には豊富な祝い金(しかも現ナマのまま!このスーパースターめっ)と銀のスプーンが3つ入っていた。

「なんか、生まれた赤ん坊に銀のスプーンくわえさせると幸せになるんだってさ」
「へー素敵」
「でさ、それ家族3人分だと思うだろ?こないだ電話かかってきてさ、それは赤ん坊にくわえさせるものなんだからあと二人生めってことだよ、とか言ってんの」
「ああ、なるほどね」

キラキラ光る銀の小さなスプーンを手にとって、はふふっと笑った。
友達とはいえ、人に幸せを願われるというのは、なんともうれしいことだ。これが、親心というものか。同じようにうれしそうに微笑んでいるに、ダンボールをどけて近づいた。

「あと二人だって」
「いやぁ、もうしばらくはいい」
「でも一人じゃさみしーじゃん?」

俺もひとりっこ。は今でこそ兄ちゃんがいるけど、元々はひとりっこ。
ひとりっこ率が高い俺たちとしては、やっぱり兄弟は多くいたほうがいいと思う。

「そーだなー、2歳くらいになったら考えようか」
「まだまだ先じゃん」
「あと、一馬の年俸が1千万超したらね」
「そこかよっ」

手を伸ばせばがいて、他人の俺たちを血でつなげてくれる子どもがいて、あんな薄い紙切れだけど愛を誓って、そんな幸せを分かち合える家族は、多ければ多いほどいいと思うわけだ。

俺たち今この上なく幸せだ。
それを、もう世界中にだって振りまきたい気分だ。

「静かだな」
「寝てるんじゃない?」
「よく寝るよな」
「それが仕事だからね」

今日は子どもも一緒にきてる。
普段はの家にいるから、たまにこうして俺の家にも連れてきてくれるんだ。きっと今頃下では母さんがベロベロにかわいがってることだろう。

「ちょっと一馬」

べしっと、に回す腕をはたかれた。でもそんなこと、なんてことはない。

「早く荷物まとめちゃおうよ」
「んー」
「ほら、ダンボール組み立てて」

まぁまぁ、ここは少し休憩でもして、のどかな春の陽気にあおられて、愛を奏でようじゃないか。そうでなくても禁欲生活を強いられたこの間、父親になろうとも俺はまだまだ18歳の青少年です。

「ちょっと、できないからね?」
「なんで?」
「まだできないの。生んだばっかりだから」
「えええー?」

思いっきり怪訝な顔をする俺の額を、は笑って叩いた。
まぁ、いいや。抱き合ってるだけで、今は我慢する。
だってこの先俺たち、人生が尽き果てるまでこうして寄り添うんだから。

「二人目は、女の子がいいなぁ」
「結人君も言ってたしね」
「あいつはどうでもいい」
「名前つけてあげないとまた怒ってくるよ?」
「しらないよ。てか自分で作ればいーじゃん」

ぽかぽか、1年ぶりの春の陽気。
一年前もこんな春の日に桜を見ながら、英士と結人と「今年で高校生活最後かー」なんて言ってたな。あんなにいつも一緒にいた英士と結人と離れて、がらりと生活は変わってしまうけど、それでも俺たちはこれからもずっと一番の友達で仲間。

そして、これから何があろうとも俺とは、一生一緒。
たった一枚のあんな薄い紙切れが、こんなにも効果を発するとは、信じられない。実は子供ができたことよりもあの結婚届のほうが、俺たち結婚したんだなぁと実感させてくれた。

「指輪、もう少し待っててな」
「うん。1億くらい稼いでからでいいよ」
「1億?!桁上がってるんですけど」
「ダイヤにしてね」
「さてはお前、金目当てで結婚したな?」
「そーんなことないよ〜」
「うそくせっ」

ぽかぽか、部屋に漂うぬくもり。部屋中に散らかった荷物も忘れて、春の日光に当てられたふかふかのベッドの上で寝そべる。窓の外からは鳥の声が聞こえて、下からは母さんが作ってるんだろう、ごはんのいい匂いがしてきてる。

すやすや、きっと俺たちの子も静かに寝てることだろう。
窓から差し込む陽気の心地よさにつられていつの間にか寝てしまった、俺たちと同じように。





春、流れる






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いちゃこらいちゃこら、お前ら他所でやれ!(笑)
「出産後」というリクエストでしたが、”いまだ子供を実感できない一馬”は表せませんでした _| ̄|●(ごめん)
6500打キリリク、瑞希さんありがとうございました。

 

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