俺は、いつもと同じ毎日を過ごしているだけだった。 いつもと同じように学校に行って、練習行って、英士も結人もいて。 何が、間違っていたんだろう。 どこが、間違っていたんだろう。 『練習が終わったら電話して。』 練習が終わって更衣室で着替えてる最中、光ってる携帯電話が目について手に取ってみると、からそうメールが来ていた。なんだろう、何かあったっけと思い返してみるけど、思い当たらない。 「一馬、ラーメンでも食ってかねー?」 「ああ、ちょっと待って。に電話するから」 「アララ、この寒い中お熱いこって」 高校生になった俺たちは、3人揃って同じ学校に進学した。おかげでとは別の学校になってしまい、選抜・代表と年々忙しくなるサッカーでなかなか会えない日が続く。それでも、俺たちが付き合い始めた夏からもう1年ちょっとが経つ。 「?うん、今終わった。どーした?」 練習場から出て行く途中、隣で聞き耳立ててくる結人を押し退けながらに電話をかけた。電話に出たは小さな声で、今練習場の近くまで来てると言った。それを聞いて小走りに外へ向かい周りをぐるりと見渡すと、は練習場入口の前の電話ボックスの傍にいて、英士と結人と別れると俺はの元まで走っていった。 「、どーしたんだよ」 「ん・・」 「うわ、いつから待ってたんだよ、冷えきってんじゃん」 はこの寒空の中どのくらい待っていたのか、手先から口唇まで真っ白く冷えきっていた。髪も頬も冬の風に晒されて、俺はの手を取ってぎゅっと強く握った。 と会うのは1ヶ月振りくらいだった。電話やメールはあっても、やっぱり実際会うのは違う。学校が別々になってからは中学の時みたいに毎日一緒というわけにはいかなくなったし、特に今は俺が代表の合宿を目前に練習がきつくなってる時だから、余計に。 本当は毎日だって会いたい。 だからこんな風に会いに来てくれると、ものすごくうれしかったんだ。 「とりあえずどっか行こうぜ。寒いだろ」 「あのね・・・、話、ある・・・」 「話?なに?」 は、白い息を漏らしながら俯いて、少し震えてた。話があると言ったその口は、開きかけては止まり、また少し動いては息詰まって、ひどく、言い難そうだった。すぐそこまで出掛かっているのに、言葉にならないというような。 「・・・なんだよ、どうしたんだよ」 そんな顔して話があるなんて、嫌な風にしか考えつかないじゃないか。 「・・・とにかくさ、どっか行こ。寒いし、うち行こうか」 何とか空気を和ませようとちっとも平気そうじゃない笑いを無理やり出して言うけど、は一度首を振った。 「な、。行こ」 の冷たい手を握りなおして歩き出した。 が俺に言おうとした、話を、少しでも引き伸ばそうとした。 でもは、の足は先に踏み出さなかった。 「・・・別れたい、一馬・・・」 小さく小さく、冷たい口からそれはこぼれた。 「・・・え?」 「別れよ、一馬・・・」 「何言ってんだよ」 は震えた口をぎゅっと閉ざし、弱い目から涙をにじませた。 「なんだよ、なんでそうなんの?なんかあった?」 何を言ってもはまともに俺の問いかけには答えず、どんどんと涙を溢れさせた。でも俺は、泣くにやさしくかける言葉は浮かばなくて、だって、が別れたいなんて信じられなくて・・・ 「一馬がいて、でもそばにいないのが辛いよ・・」 「そんなの、俺だって一緒だろ?お前だけじゃねーよ」 「私、一馬がいない時は一人でも大丈夫だった。一人でもちゃんと、生きていられた。でも、一馬がいると・・・、私どんどん弱くなる・・・。一人でいられなくなる・・・」 「いいじゃねーか、一人でいなきゃ駄目なのかよ・・・、そりゃ最近はちょっと会えないけど、だったらこれからは練習終わってからでも会いに行くし、休みの日はずっと・・」 何とか引き留めたくて、何でも言った。 の腕を強く掴んで必死に言うけど、は苦しそうに、また首を振る。 「なんかあったのか?不安になったって言うなら出来るだけ会いに行くから、」 「そんなの、いつか重たくなるよ」 「ならねぇよ、俺はお前が、・・・お前じゃなきゃ、駄目なんだよ・・・」 ぽたぽた、の涙は止まらない。 の口が、考え直した言葉をくれない。 「ごめん、一馬・・・」 「、」 「ごめんね一馬、ごめん・・・」 「聞けって、なぁ」 「ごめんね・・・」 俺の手から、が離れていく。 待って、とまたの手を掴むけど、は俺の手から離れていった。 「なんでだよ・・・」 待って、待って、 「、やだよ、待てよ!・・・」 追いかけて、捕まえれば良かったのに。俺の足はまるで冷たい地面から襲ってくる冷気に絡め取られて、一緒に凍っていくようだった。 「っ、待てよ、やだよっ・・!」 ギリギリ動く口がどれだけ叫んでも、は振り返ってくれない。 一度足を止めかけるけど、振り切るように遠ざかっていった。 小さくなっていく背を見ながら、俺の足は完璧に壊れてしまった。 凍り付いてしまった。 いくら叫んでもは俺の前に戻ってきてはくれなかった。今までが俺の声に振り向かない事なんて一度もなかったのに、もうと同じ時間を共有する事はない、それを痛く知らしめるように、は俺の前から消え失せた。 チャイムの音が鳴って、ばたばたと階段を下りていく足音がした。 「英士、おせーよ」 「一馬は?」 「部屋にいる」 夜更け、結人の家に英士がやってきた。 が俺の前から消えた後、かばんの中の携帯電話が鳴って結人からメールが届いた。その内容は覚えてないけど、結人の名前を見た俺は結人に電話をかけた。何を言ったかはよく覚えてないけど、結人が何も言い出さない俺に必死に声をかけてた気がする。 その後結人が練習場まで引き返してきて、俺の前まで来て何度も俺を呼んで「何があった?」と繰り返した。でも俺は、自分でも何が起こったのか分からなくて、ただ、泣いてるだけが頭の中にいて、何も分からなかった。そんな俺を結人は引っ張って、家まで連れていった。 「一馬、どんな様子?」 「もうぜんぜんだめ、なんも言わない」 「彼女と何かあった感じ?」 「うん・・・、あそこまでヘコんでるからには、たぶん、別れたんじゃねーかな」 結人と英士が階段を上がって部屋までやってくる。 ドアが開く音がして、隣にふわりと覚えのある匂いを感じて 「一馬」 英士の声がした。 そっと顔を上げるとすぐそこに英士がいて、その後ろには結人もいて 「なに情けない顔してるの」 「英士・・・」 俺の顔を覗き込んで英士が呆れるような、悲しいような、溜息を吐いた。 「ま、こんな時はブワーッとぶちまけてスッキリしよーぜ!」 そう大きく明るい声で、俺たちの前に結人がドンと缶を置く。 「結人・・・」 その時俺はやっと、以外の誰かを頭の中に入れられた。 「大体一馬はなー、昔っからモロすぎんだよ!フラれたくらいでなんだ!女なんてちぎっては捨てちぎっては捨てだなぁ!」 「誰に向って言ってるの。無理に決まってるでしょ」 「・・・るせぇな・・・」 時計の音が響くくらい静かな部屋で、洗いざらいしゃべったら少し楽になってきた。こうしてみると、俺たちってほんとにバラバラだなって思う。 「でもさー、なかなか会えないから辛いってのも分かるけど、それってお互い様なワケだし、ちょっと自分だけって感じするなー俺は」 「そんなヤワな感じに見えなかったけどね、彼女」 「・・・」 の話をされると、また思い出して涙が出そうになるけど、二人にのことを言われると、俺は少し落ち着いて、考えられた。 「は、幼稚園の時に事故で、親亡くしてんだよ」 「え、そーなの?」 「家の庭にトラックが突っ込んできて、庭にいた自分をかばってお父さんもお母さんも、目の前で死んでいくの、見てるんだ」 「・・・」 自分を抱き包む大きな腕。顔を真っ赤に染めながら、笑って、だいじょうぶ?と繰り返し口が動いていた。ぐったりと重く動かなくなった父親と、その後病院に運ばれて亡くなった母親と、・・・たった一人残された。 その後親戚に引き取られて東京に来たけど、ショックで口も利けず、小学校に上がるまでずっと病院に入っていた。 「それは、ひどいな。信じられない」 「うん、想像つかない・・・」 がそんな話を俺にしたのは、付き合って、半年以上経った後だった。 その時の俺は、その話を聞いてショックを受けたけど、でも小さく、が俺にそんな話をしてくれるのは、俺を信用して、頼ってくれるようになったからだと、心の中で喜んだ。 それほどまでに、はいつも、どこか俺に遠慮していた気がしてた。 「高校上がる前、と遊びに行った時に俺が信号見てなくてバイクとぶつかりそうになった事があったんだよ。俺は何ともなかったんだけど、その時あいつ、立ち尽くしたまま意識とんじゃって・・・」 「それって、どういう・・・?」 「何か、思い出しちゃったんじゃないかと思う。昔のこと。だから俺、思ったんだ。はまだ、親が死んじゃったこと、納得しきれてないのかもって」 「もう、10年以上前のことなのに?」 「うん・・・。あいつはいつも、危ない感じがしてた。今の親に対しても、俺が自分の親に対する態度と全然違って、やさしいっていうか、家族って感じじゃなくて、わがままとか全然言わなくて」 「俺なんてわがままどころか、たまにひどいこと平気で言うしな」 「でも普通はそうじゃん。あいつはきっと、わがままとか言ったら周りが離れてくとか思ってるんだ。あいつ何でも一人で出来るようになりたいっていつも言ってて、でもそれって、いつ一人になっても大丈夫なようにだよな。急に周りの誰がいなくなっても大丈夫なように、何でも出来るようにならないとって・・・、だからあいつ、いつも淋しそうでさ・・・」 「・・・」 「だから俺、絶対、ずっとと一緒にいるんだって、・・・」 だけどは、俺にそんなこと、望んでなかったのかな。 俺がずっと傍にいることなんて、 「でもそれが余計にあいつを悲しませちゃうなら、こうなった方が良かったのかもな、やっぱ・・・」 ずっと傍にいれないなら、安心出来ないなら、 今すぐいなくなってほしいって、思ったのかもしれない。 「いーヤツだな、お前って」 「・・・は?」 「ほんと、いーヤツ」 「なんだよ、やめろって」 そんなことない。 だって俺は結局何の役にもたてなかった。 二人こそ、ほんといいやつだ。 こんな俺にいつも付き合ってくれて。 いつかお前たちが、今の俺みたいに不安定になる時が来ても、俺も絶対、同じところにいたい。 誰かのために何かがしたい。 誰かの頼りになれる人間でありたい。 ・・・ただそれが、やっぱり、のためでありたかった。 |