「彼女どうなの?」 「だいぶ良くなってるよ。もうほとんど元通りじゃないかな」 「そっかー、良かったな一馬!」 俺は毎日サッカーの練習を終えてからの家に行くのが日課になっていた。 の家は学校から帰る通り道だからそれほど苦ではない。 それに何より、はだいぶ笑うようになったし、顔色も良くなっている。 医者の先生も、もう大丈夫じゃないかと言っていた。 それを聞いて俺は、とても満たされた気持ちになっている。 「でも毎日通うのは大変じゃないの?練習終わって彼女の家寄って、家に着くの11時くらい?」 「まーな。でも仕方ねーっつーかさ、行かなきゃ泣くからさー」 「なんだようれしそーに。一馬が会いたいだけだろ!」 「そーとも言う」 「でももうすぐ大会も始まるし、アンダー17の選考も始まる。あまり無理が続くとそのうちガタがくるよ」 「大丈夫だよ。自分の体調康管理くらいちゃんとやってるって」 「どうだか」 「大丈夫だってば、じゃーまたな」 途中の駅で英士たちと別れて、別の路線に乗り換えての家に寄る。 それが最近の俺の毎日だ。 「何これ、動物占い」 「千秋が置いてった。学校で流行ってるんだって」 「あー、前に結人が言ってた気がする」 「一馬ひつじだってさ。冷静で客観的な判断が得意で、でも寂しがり屋で一人でいられない。人に頼られるとうれしくて世話を焼いてしまう。あはは」 「は、狼?個性やオリジナリティーを大事にする変わり者。人と同じが嫌いで集団行動が苦手。人付き合いから食事の仕方までこだわりを持っていて、朝言った事と夜言った事がまったく違う気分屋。あー、その通りだな・・・」 「そーかなぁ」 「あ、相性最高だって。でも俺がひつじでが狼なんて、俺食われそーだな」 の部屋で他愛のない話をして、1時間ほどで俺は帰っていく。 それでも日に日にの顔が元気に色づいていくのが分かるんだ。 元通り、とまではいかないけど、が笑ってればもう、それでいい。 「また明日な」 「ん・・」 「そんな顔すんなよ、また明日来るから」 「ん」 帰ろうと立ち上がると、は明るさを落とした瞳で俺を見上げる。 ドアを開ける前に、俯くにキスをした。 離れるたびにこんな顔されたら、キスひとつじゃ足りないくらいだ。 「しなきゃ良かった」 「え?」 「離れたくねー」 「・・・」 「笑うなよ」 俺の肩に口を押し当ててはクスクス笑う。 そんなにまた一度キスをして、後ろ髪引かれる思いで部屋を出て行った。 「久しぶり一馬君」 「あ、先生」 1階に下りていくと、リビングに先生がいた。 もう前ほどは頻繁に来なくなったから先生と会うのも久しぶりだった。 「ちゃんとはどう?」 「だいぶ明るくなったし、ちゃんとやってます」 「そ、良かった。いつもこのくらいに帰るの?家に着くの何時くらい?」 「タクシーなんですぐです。今から帰れば11時半・・くらいには着きます」 「毎日来てるの?体は大丈夫?サッカーの練習大変なんだろ」 「そうでもないです、ぜんぜん平気ですよ」 「あまり無理しないようにね」 先生と話していると、おばさんがタクシーきたわよと教えてくれて、俺は玄関を出た。その日家に着いたのは11時40分。タクシーの中で寝てしまって、運転手に起こされた。家に帰るのが遅いといっても、いつも家にいた時と寝る時間はそう変わらないし、自分の部屋にいる時間にの家にいるだけの話だ。 風呂に入ってベッドに入るととても充実した気分になる。 ももう、寝たかな。 「・・・うわ、ヤベ!」 翌朝、寝起きの目で時計を見ると7時半過ぎ。 その時刻にはっきりと目を覚まして飛び起きた。完璧遅刻だ。 急いで準備して家を飛び出て、学校に着いたのが8時40分。 運悪く遅刻取り締まり週間でこってり叱られた。 「一馬大丈夫?顔色良くないよ」 「寝過ごして朝メシ食いそびれたからさ。ハラ減ったー」 「大丈夫かよ、保健室行くか?」 「んー、や、大丈夫」 教室に行くと英士が、何故かうちのクラスにいた結人と一緒に寄ってきた。 今日の遅刻は別に疲れてたとかそんなのではなく、ついうっかり寝坊してその上母さんが起こしてくれなかったせいなのだ。別に体は何ともない。 その日の帰りもいつものように英士と結人と一緒にクラブへ行った。 代表には俺たち3人、代わらずに名前を連ねてた。 そうでなくてもこれからの時期、プロを見据えるならどんな選考にも落ちるわけにはいかない。クラブ生の中で、このままプロに上がれるのはたぶん3・4人ってところだ。もちろん俺たちは少しも気を抜くことなくプロ目指して励んでる。 「一馬どうしたの?反応が遅いよ」 「ああ、ちょっと足重い」 「疲れてるの?」 「大丈夫、次はちゃんとやる」 いつものミニゲームで、何度かボールに追いつけずこぼしてしまうところが目立った。ヘンだな、いつもなら英士がパスしてくる前にどこへ走ればいいか分かるのに、今日はボールがよく見えない。 「一馬!」 「うわっ」 サイドから上がったボールを見上げてゴール前に走ると、ディフェンダーとぶつかった上に下敷きになった。俺が周りをよく見てなかったからだ。 「ってぇ・・・」 「一馬、大丈夫?」 「ああ平気。スンマセン、大丈夫っすか?」 「ああ」 倒してしまった先輩に謝るけど、むしろ自分の頭の中のほうがガンガンと響いてうるさかった。打ち所が悪かったか、痛みがひかない。 「一馬、血」 「え?」 英士に腕を引かれて立ち上がると、額から流れる血に気づいた。 地面にこすりつけたときに額が切れて、気付いてやっと痛みが帯びてきた。 すぐに手当てを受けたからすぐに血は止まったけど、その日はずっと頭に響く痛みが引かず、結局その後ゲームには参加できなかった。 「一馬大丈夫かー?」 「ああ、大した事ねーよ」 日暮れと共に練習が終わって、まだ額を冷やしていた俺のところに結人が駆け寄ってきた。練習が終わる頃にはもう痛みはなかったし、傷もそうひどくないと思う。でもやっぱり妙な頭痛は続いていた。 「大丈夫か真田、キレイな顔に傷ついちゃったな」 結人のうしろからさっきぶつかってしまった人が声をかけてきた。 「べつに顔なんてどうでもいいっすよ」 「良くないだろー、ファンが泣くぞ?」 「そんなの、どうだっていい」 その人はほんの冗談で言ったんだろうけど、ついムカッときてしまった俺がノリ悪く答えたものだから、相手も機嫌を損ねてしまった。結人に、あんなのさらっと流しときゃいーのにと駄目だしされる。全くその通りだ。 「全員集合しろー。今度のレギュラーを発表するぞ」 練習上がりに近くに控えたクラブ大会の先発メンバーが発表されていく。 当たり前のように結人も英士も名前が上げられていって、俺たちは顔を見合わせた。 「フォワードは高木・橋本。以上」 「え・・・」 「え、ちょっと監督、真田は!」 一瞬戸惑った俺より早くに、結人が監督に問いかけた。 「真田は控えだ。これはあくまで緒戦のレギュラーだから、全員気を抜くなよ」 「・・・」 先発メンバーを外された。 控え始まりはないわけじゃないけど、大会第一戦目の試合にメンバーを外されるなんて・・・ 「仕方ないよ、真ん中と違ってトップは上の人多いし。俺らよりプロ行きがかかってるからさ」 「お、おお。気にすんな一馬。すぐ出番くるって」 「ああ、分かってるよ、大丈夫」 大丈夫だ、すぐに出番は回ってくる。 今までちゃんと実績残してきたし、最近は疲れがたたって調子悪かっただけ。 大丈夫だ。英士たちにもそう繰り返して、自分にも言い聞かせた。 「一馬、そろそろ上がろうよ」 「もう少しやってくから、先あがれよ」 練習が終わって誰もいなくなったグラウンドで、俺たちは残って練習をしていた。 俺が少し残ってやってくといっただけなんだけど、英士と結人も付き合ってくれて、全員でやる練習以上に充実出来た気がする。 「でもお前、ちゃんち行くんだろ?もう9時回ってるぜ?」 「あっ・・・」 もう真っ暗な中、結人に言われてようやく思い出した。 すっかり忘れていた。 俺はそれからすぐに練習は切り上げて、英士と結人に礼を言って急いでの家に向かった。いつもよりだいぶと送れてしまって、息を切らしたままの家のインターホンを鳴らした。するとパッと玄関の明かりがついて、中からがすぐに出てきた。 「、悪い。ちょっと遅れた」 俺はそう笑ったけど、はなんだか必死な顔で俺を見上げていた。 何か心配させてしまったのか、はみるみる目に涙をためて、俺にぎゅと抱きつくと小さく泣き出してしまった。 「、ごめん、つい練習に没頭しちゃって。ほら、寒いから中入ろうぜ」 「・・・」 「ごめんって、、泣くな・・・」 は何も言わず、俺から離れず、ただ痛いほどにずっと抱きついていた。 笑顔が戻ったといっても、すっかり心まで元通りになったわけじゃないんだと、 改めて気付かされた。 |