春の新学期が始まったばかりは、まだ授業もなくて昼前には学校が終わる。
しかも今日はクラブもなく、バカな森野がゆーとゆーとと騒ぐので仕方なく遊びに行くことになった。せっかくだからと英士も誘って、断るだろうなと思っていたけど以外にも英士が行くと言い、俺たち3人とと森野の5人で街へ繰り出すこととなった。


「じゃーんけーんほい」
「げ、すでに負けそーなメンバー」
「なんだとう?」
「やったぁー若菜君といっしょー!」


結人と森野はカラオケに行こうと大騒ぎだったけど、まぁもちろん、英士は全力で嫌がり、じゃあ何がいいのかと聞いたら英士はビリヤードがやってみたいと言い出した。


「一馬、せめて当てろよー」
「うるさい、邪魔するな」


同じ球技とはいえ、これはサッカーとはまったくかけ離れたところにあると思う。足先じゃなく指先に神経を集中させて静かに狙いを定める。俺はビリヤードなんて1・2回しかやった事なく、決してうまいとは言えないキューさばきでボールを弾いた。しかし手玉に球に当たりはしたものの、それは狙い玉ではなくあっさり交代となった。


「ヘタクソ」
「うるせー」
「あーあ、また英士に入れられる」


結人がボヤいた通り、持ち球をポケット前の狙い玉手前に置く英士はコツッときれいに当てて球をポケットに入れた。一度やってみたかったというからには初心者のはずなのに、英士は器用にキューを扱いゲームを進めていく。まったく英士の不可解さは底が知れない。


「あーまた入んなかった!」
「俺たち1個も入れられないんじゃないだろうな・・・」
「だいじょーぶ俺がいるから!」
「結人だってさっきから全然当たってねーじゃん」
「だいじょーぶ!だって俺ミラクルさんだもーん」


結人は全然打てないクセに、9だけちゃっかり持っていくタイプだ。
昔から結人は何故だか運に恵まれている。3人で買ったアイスで当たるのはだいたい結人だし、落ちてる100円玉を拾う確率も結人がはるかに高い。一緒に店に入って結人が○人目のお客さんだからとサービスを受けたこともあった。
そういう実績があるだけに結人はまったく自分で入れられなくても自信満々に「せいぜいいっぱい落としたまえ!」と高笑いするのだった。

しかし、着実に玉を落としていく英士とに比べて、俺たちのなんとレベルの低いこと。罵り合いながら慰めあいながら騒ぐ俺たちをよそに、細かく角度や強さや打ち方の相談し決めていく英士とは妙なチームワークを見せていた。

そんな風に、流れは完璧に英士とにあった。
にもかかわらず、予想通り肝心のラストボールをインしたのは、結人だったのだ。


「いっえーい!だーから言ったっしょー?俺のミラクルっぷりを見たか!」
「うわー、ありえない」
「俺ファンタ〜」
「あたし午後ティ〜」


勝利にふんぞり返る結人と森野の隣で、は本気で悔しがっていた。
は遊び遊びと言っておきながらいつも熱くなるタチなのだ。
ゲームの中でいつの間にか決まっていた「負けチームはジュースの驕り」というルールを提示されて、英士とは納得できない顔のままジュースを買いに出ていった。


「俺、一馬と結人の分出すよ」
「あー悔しい、なんで英士君と組んで負けるかなぁー」
「7で確実に決めとくべきだったね。あそこで譲っちゃったから一馬がヘマして9がさらに狙いにくい位置に飛んでったし、5を落とした時もマグレだけどあれで感覚得ただろうし」
「すべては一馬のせいな気がしてきた」
「一馬のせいだね」
「でも英士君て良く見てるね。展開全部覚えてそう」
「まぁだいたい覚えてるよ」
「実はあたしより悔しがってたり」
「悔しいよ、何が悲しくてあの結人にオゴらなきゃいけないの。あの妙な運の良ささがハラ立つ。それを自分で分かってる結人がもっとハラ立つ」
「あはっ」


自販機で俺たちのジュースを買う英士の横で、は森野が希望した紅茶がなくて別の場所へ探しに行った。でもやっぱりなくて、仕方なく売店のカップの紅茶を買おうと歩いていき紅茶をふたつ注文した。


「ねぇ、ひとり?」


注文した紅茶を待っていたに、数人の男がぞろぞろと声をかけた。


「あ、いいえ」
「友達?女の子?じゃーいっしょに遊ばない?」
「女の子だけじゃないので」
「ホントに?ひょっとしてなんか警戒してない?俺ら全然危なくないからー」
「カラオケ行こうよ、オゴるからさ」
「無理です、ごめんなさい」
「ええー、じゃあ今度遊ぼ!ケー番教えてー?」


離れたくても紅茶を待っているはそこから動けず、断り続けても引かない男たちに囲まれては困り果てた。


ちゃん」


そんな男たちのうしろから、英士がを呼んだ。


「どうしたの?」


英士はその男たちを見る。きっと英士は何を思うでもなくただ見ただけだろうけど、英士の無表情さはその男たちを黙らせるには十分だったようだ。英士はやっと出てきた紅茶を持って、と男たちの中から歩き出し俺たちの元へ戻っていった。


「あーゆーの、断れない?」
「前に一回、逆にキレられたことあって、なかなか言えずに・・・」
「そうなんだ、そういうこともあるよね」
「あの、英士君、一馬にさっきの事、言わないでくれる?」
「・・いいけど、なんで?」
「一馬、ああいうの良く思わないから」
「なんで?声かけられただけなら不可抗力じゃない」
「そうなんだけど、ああいうの、すごく不機嫌になっちゃうんだよね」


仕方のないやつだね。
そう言う英士に、はくすりと笑った。


「やっぱり英士君が最強な気がする」
「まさか。ケンカになったらまず勝てないよ、俺」


あはは、と軽く笑うふたりが俺たちのいるところまで戻ってきて、その笑い声に気づいた俺は、3人分の缶を持つ英士の手からジュースを取った。


「何笑ってんの?」
「ん?なんでもないよ」
「なんだよ」
「お、さんきゅー!遅かったな、どこまで行ってたの?」
「紅茶がなくて、売店まで行ってた」
「はぁーあ、森野のせいだ」
「何だと真田!」
「っぶねーな!棒で指すな!」
「よーし、2回戦目するぞー。じゃーんけーんほい」


そうして俺たちはそのまま遊び倒して、気がつかずに外は真っ暗になっていた。
明日は土曜日で、朝からクラブの練習がある。俺はそのまま結人の家に泊まりにいくことにして、たちと駅で分かれたのだ。


「あれー、今日はちゃんちじゃなくていーのかなぁ?」
「そう毎日一緒にいるかよ」
「やりたいときは引っ付いてくクセにー」
「やかまし」
「一馬、ちょっと彼女に甘えすぎじゃない?」
「え?」


目の前をガタンガタンと電車が走っていくホームで、英士が唐突にそんなことを言った。それは思わず聞き逃しそうなくらい小さく自然な声だったから、一度言葉の意味を頭の中で繰り返して、だけどやっぱり分からなかった。


「甘えすぎって、どこが?」
「彼女が何歩か譲ってるからうまくまとまってるってとこあるでしょ」
「あー確かに、ちゃんは一馬たててるって感じはするな」
「えー、そうかぁ?」


結人まで賛同するそれに、俺はやっぱり意味がわからなかった。
俺はむしろ、を守ってるくらいの気持ちでいるのに。


「それでうまくいってるうちは良いけど、彼女がもういいやってなったら崩れるかもしれないよ」
「崩れる、って」
「彼女、重みを掛けられて支える事は出来ても、吸収は出来ないと思うよ。寄りかかりすぎるとそのうち負担に感じるんじゃないかな」
「・・・」
「まぁーまぁ、一馬たちには一馬たちのかたちってもんがあるんだしな!今までそんなこんなでやってきてるんだし、今更ちゃんだってそんな事思わないって!俺らだって世話やけるんだからーとか思っても、もう知らん!とか思わないしさぁ」
「友達と彼女じゃ違うんじゃない」
「お前、人のフォローを打ち崩すなって」
「・・・」
「ほらぁ!一馬ってば真に受けちゃってんじゃーん!だいじょーぶだって一馬!」
「・・・」


昔から、英士の言葉ってひどく響く。
それに俺は助けられて、慰められて、でも、打ちのめされることもある。

俺がに甘えすぎてる・・・

そっか、そう見えるのか・・・









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