「はっやいなー、この間入学したばっかな気すんのにもー3年だよ」 「あと1年で卒業だもんな」 「留年しなきゃね」 「うーん、それは誰に言ってんのかなー英士」 「他にいるか?」 「いい点取らなくてもいいから最低でも卒業してよね」 「お前らなぁー」 桜舞い散る春空の下、高校生活も3年目を迎えた俺たちは、新学期1日目を終えて下駄箱を出ていった。見慣れない顔の新入生がやけに若く見えるのは、俺たちも知らぬ間に成長していたということなのか。そう言う俺に隣の結人が笑って「一馬は老けたんじゃねー?」なんて言った。 「英士、お前もうオファー来たって?」 「一応ね」 「やっぱなー、絶対お前が一番に決めると思ったよ。卒業したら本気で離れ離れだなー」 「考えてみりゃ人生の半分くらい一緒にいるもんな」 「なに、一馬サミシーのー?」 「んー、まーなぁ」 「アラ素直」 「大人になったね」 「お前らな・・・」 俺たちは小学校の時に入ったサッカークラブで出会い、同じチームで競い合うように成長して、中学に入る頃には代表に選抜にとどんどん幅を広げていくことで3人で絆を深めてきた。 3人一緒に受けた高校も、もう3年目。 確実にプロになる覚悟がなければ、門の狭いプロなんてなれるはずがない。 「今日の練習、直接行く?」 「荷物持ってきてないから一度帰る」 「俺も。行く前にちょっとと約束してるし」 「そっか、北高も今日からか。俺北高の制服好きだなー、白で清楚っぽくてさー。俺も行ってい?制服見に」 「来なくていい。わざわざ見に行くほどのもんじゃないだろ」 「いーじゃんかよ、さては会うのはちゃんじゃなくて他の女だな?」 「そんなわけないじゃん。誰に言ってんの」 「だよなー。一馬ってばこの前のバレンタインも片っ端からつき返しちゃってさ、悪いけど俺彼女いるからそーゆーの困る・・・だって、かぁっこいー」 「彼女いるといいよね、断る理由があって」 「理由なくても付き返してたの誰だよ」 他の同じ学校の生徒たちと同じように駅に入っていく俺たちは、毎日同じ道を歩いて同じように電車に乗って、同じようなことで盛り上がって笑い合って。今まで何年も俺たち3人でいたのに、なんでこんなにも飽きないものかと思う。 「それを言うなら一馬とちゃんも長いよなー。中3の夏からだからもーすぐ3年じゃん」 「途中ブランク空いたけどね」 「そこ突くなよ」 「親も公認だしもう何の障害もないよなー。で、どーなの?あっちのほーは・・・」 電車に乗って奥のドアの前に立つ俺の後ろから、結人は俺の肩に腕を回して顔を近づけてくる。昔からこんな話題をする時の、結人の顔。 「やっぱ家とか、ちゃんちでやってんの?親に見られたことないの?」 「もーいーって、お前は」 「だって3年て言ったらやっぱもうけっこー慣れたもんじゃん?こーいろいろやり方変えたりさ、四十八手制覇とか!」 「結人って性癖悪そうだよね」 「そしてお前はサラッと性癖とかゆーな。なぁ一馬ぁー」 「うるさい」 ガタガタ揺れる電車の中で楽しそうな結人を蹴り追っ払う。 するとカバンのポケットの中でケータイが鳴った。メールを開くとの名前が出て、いまどこ?と聞いてきたから、電車に乗った事を返信した。するとまたすぐ返事が来て 「あ、次の駅にいるって、と森野」 「おー、赤い糸じゃーん?」 そんな返事が来て、動きを止めようとする電車の窓から駅のホームを覗き込んだ。ホームには白いジャケットの北高の生徒が大勢いて、ただでさえ学生で溢れてる電車がまたさらに重くなった。 「キャー!わっかなくーん久しぶり!もーちょっと見ない間にまたカッコよくなっちゃって!」 「お久しぶりぶりー!ちーちゃんもますますかわいくなっちゃってー」 「えーマジ?彼女にしてくれる?」 「またそーゆーことゆー」 「お前は相変わらずバカだな」 「お前は黙ってろバカ真田」 「毎回いー態度だな、お前は」 開口一番お決まりのように結人に突進する森野は、俺への態度も相変わらずだ。こいつばっかりは本気で、のダチじゃなけりゃ一生関わらないだろうタイプの女だ。 そんな俺たちのうしろで、と英士はふと目を合わせていた。 「お久しぶりです」 「どうも」 「あ、プロ行き決まったそうで、おめでとうございます」 「なんで敬語なの」 「やっぱり英士君にはこう、オーラが・・・」 「なにそれ」 揺れる電車の中じゃあまりにささやかすぎると英士は二人で小さく笑っていて、それが視界に入ってやっと二人が喋ってるのに俺は気づいた。 「何笑ってんの」 「ん、べつに」 「なんだよ、俺に言えないの?」 「ただ挨拶しただけだよ」 「俺にヤキモチ焼く?普通」 「べっつに、ヤキモチなんて焼いてないよ」 「いやーこの顔はチョー嫉妬してる顔〜」 「うわー真田ダッサー」 「うるさい!」 嫉妬なんて。まさか英士相手にそんなのする必要なんてない。 からかってくる結人と森野を蹴散らしているとすぐに降りる駅について、英士と結人と一度別れた俺たちは、ホームに降り電車を乗り換えていった。 乗り換えた電車でまた駅につくと、森野とも別れて俺たちはの家に歩いていった。俺たちはどこかに遊びに行く日以外はの家にいることが多い。が外より家が好きってこともあるし、俺もの部屋が好きだから。 「英士君てどこに決まったんだっけ」 「広島。やっぱ一番に決めやがった。しかも広島って遠すぎ」 「広島かぁ、遠いね。一馬と結人君も早く決まったらいいのにね」 「すいませんね、遅くて」 「うわ、偏屈」 の部屋はあったくていい匂いがする。 ベッドはフカフカしてて、一度寝転がるとすぐさま寝落ちてしまうくらい。 部屋の隅には整然とした本棚と勉強机があって、反対側にはピアノがあって、部屋中に俺が誕生日やクリスマスに買ったクッションやらぬいぐるみやらが転がってて、この部屋全部がを表している空間になっている。 「一馬、今日練習なんでしょ?」 ベッドに寝転がりながらそんな部屋にいる、着替えるの背中を見てる。 春の陽気が窓から差して、うとうとと寝落ちそうになり目を閉じると、その俺に気づいたがベッド脇まで来て俺に声をかけた。時計がじきに12時を差すところで、そろそろ家に帰らないといけない。 「荷物取りに戻るんでしょ?」 「んー・・・」 目を閉じる俺の前で、おそらく俺のすぐ目の前で顔を覗かせてるんだろうに手を伸ばす。俺の手はすぐにを探り当てて、そのまま抱き寄せた。 ああもう何度目になるだろう。俺たち数え切れないくらいのキスをしている。 触れる程度のキスも、惜しむようなキスも、息もつけないようなキスも、全部としてきた。抱きしめる手に力を込めるとの味と匂いに酔いしれるようで。 夢の中みたいにふわふわと不確かな浮遊感。 どこまでも堕ちていけるような深い安心感。 「一馬、時間」 「ん、大丈夫」 「大丈夫じゃないよ」 「大丈夫だって」 「そんな適当なこと言ってないで・・、わっ」 俺と鼻先が触れるほどの距離にいながら時計を見上げようと目線を上げたをぐいとベッドに引き上げて、ベッドの奥へと寝転がって俺を見上げる瞳を見下げた。 乱れ散らばるの髪先が唇に張り付く。それを取って、少し乾いた白い頬に手のひらを当てるとの目が春の陽光を吸いこんできらりと揺れた。そんなの瞳にまた沈んでいって、目を閉じて、口先の感覚だけでを辿った。 深いキスの合間にの息がこぼれる。 撫でながら体の凹凸を辿っていくと、胸あたりでの手が俺を止めた。 「ほんとに遅刻するよ」 「いーよ」 「よくないよ・・」 まだそんなこと言うの言葉を鵜呑みにして服の下へ手を差し込むと、ピリッと感じた反応を見せるが吐息と同時に小さな声を出した。 そうそう、俺が欲しいのは時間を気にする冷静な言葉じゃなくて、そんな、他のこと全部を手放して俺を求めてしまうような、感情。 もう何も考えられないくらい、俺でいっぱいになってしまえばいい。 彷徨う意識の中で、迷えるその腕を俺に回してくれればいい。 「あっつ・・・」 締め切られた部屋の温度は上昇していって、あたたかいというより熱いくらい。もちろんこの熱は春の陽気のせいだけじゃないけど、中途半端に残っていたシャツを脱ぎ棄て流れ落ちる汗を拭った。 苦しげに眉をひそめるその表情を見てると、心が沸騰して平穏を保てない。 堪えようとする口を開けて、もっともっと大げさに俺を求めて。 「もーいれていい?」 「ん・・つけないの?」 「あ、持ってない」 「私も持ってないよ」 「こないだ置いてったじゃん」 「全部なくなったじゃん」 しまった。確かに前に使い果たして、買っとかなきゃって思ったまま忘れてた。 「えー、マジでー・・・」 「どう、しよ」 「あー・・・、どうしよ」 に縋りつくように抱きついて、でもその間も一向に冷める気配はない。 どうしよう、なんて、形だけの言葉だったと思う。 だって無理だよこれ、ここで止めるなんて、絶対に無理。 「・・ダメ?」 「だめでしょ」 「中で出さないから」 「だめだったら」 「ええー・・・」 がダメだという事はしたくないけど、それは普通のときで。 今は普通じゃ、ない。 「じゃあ、口で」 「ええ」 「なにそのイヤそうな顔」 「ヤだ」 「はっきりゆーな」 「ヤだもん」 「俺がこのまま苦しくてもいーの?」 「そーゆーこと言わない」 「いーんだ」 「もー・・・」 が諦めてため息をついて、折れてくれた。 俺はパッと満面に笑みを浮かべ喜んでキスをする。 俺たちはそんな感じで、付けたり付けなかったり。 付けずにしようとすると必ずは止めるけど、結局俺が押し切ってしまう。 大事に思ってないわけじゃないんだけど、でもこういうときに後先を考えられないっていうか、で頭がいっぱいになるっていうか。 好きだよ・・・ 恥ずかしげもなくそんなことを言えるのって、この時くらいじゃないかなと思う。俺がそう言うとは目を潤ませて、それを隠そうと目を伏せるのがまたかわいくて、俺は何度でも繰り返してしまうんだ。 折れそうなくらいきつく抱きしめて、痛くても、離したくない。 その後はいよいよ時間がヤバくて、急いで片付けて服を着ての部屋から駆け出ていった。今更ながら余韻も情緒もなく、やるだけやった感がしてかなり情けないけど、遅刻するとかなりヤバイのはもわかってくれてるから急いで家から追い出された。 練習開始ギリギリに着いて、急いで着替えてストレッチをする俺に結人がもてあそぶような目つきで絡んできたけど、その時の俺にはそんなことで目くじら立てるような心の狭さはなく、余裕の笑顔で返していたら結人にも分かったようで無意味に殴られた。英士は騒ぐ俺たちから静かに離れていった。 この1年でプロを決めなきゃいけないって言うこと以外、順風満帆な毎日だった。 今の俺に足りないものなんて何もないと、思っていた。 |