学校の周りを囲む桜の樹から、ピンクの花びらが散り始めた頃。


「・・はっ?」


学校の昼休み。から届いたメールを見て思わず声を上げた。
今日はクラブの練習がないからどっか行こうと約束していたのに、突然今日になっていきなりのキャンセルメール。何かあったのかとメールを打ち返しながら、でももうメンドくなって俺は教室から出ての電話番号を出した。


「あ、真田くーん」


発信ボタンを押そうとしたその時、廊下の奥から俺を呼ぶ声がして振り返った。
駆け寄ってきたのは結人と同じクラスの女子たちで、目の前まで駆けこんできた二人に俺は少し身を引いた。


「今日サッカーないんでしょ?結人たちとカラオケ行こーって言ってるんだけど、真田君も一緒に行かない?」
「でも、D組のヤツばっかだろ?」
「いーじゃん行こーよ。来にくかったらB組の子も誘えばいいし」
「うーん、や、ごめん。今日はやめとく」


まだ誘おうとしてる空気を感じて、俺は断わってすぐにそのまま奥へ歩いていった。悪いけど、今はそれどころではないのだ。俺はやっとケータイ画面のの名前を見て発信ボタンを当てた。小さく鳴り始めた呼び出し音はしばらくして途切れ、俺はすぐ口を開いたんだけど、


『もっしー?』
「・・・」
『カズマぁー?何よもー、昼休みにまで電話かけてきて、そんなにあたしに恋してるわけー?』
「・・テメェに名前呼ばれるといよーにムカつく」
『ひっどぉい!いつも呼んでるじゃなぁい!』
「殴るぞ」
『やれるモンならやってみな』


急にトーンを変える電話の声は、間違うはずもなく森野だ。


『なによ、デートキャンセルされたからって怒りの電話?心の狭い男ねっ』
「うっせぇな、とかわれよ」
『最初っからそんなキレてる人にはかわれませーん』
「テメーがキレさせてんだよ!」


ケータイに向かってつい声を張り上げると、ここは廊下だった事に気づいてすぐ口を閉じた。廊下にいた生徒たちが俺に注目していて、恥ずかしくなって俺は静かに廊下のさらに奥へ逃げた。


「お前はいっつもいっつも、邪魔なんだよ!昔っからその無駄に高いテンションがムカつく!」
『はぁ、ゴメン』
「な、っ?いや、違う、今のは森野に!」


急に電話をかわっていたの声が急激に俺の気を冷ます。
電波の向こうでが「分かってるよ」と笑ったのを聞いて、俺はだんだん気持ちが元に戻っていく。廊下の最奥の壁に背をつけて、ずるずるとしゃがみこんだ。


「今日、どうしたの?」
『うん、ごめん。ちょっと、体調悪くて』
「え、なんで?」
『わかんないけど、ちょっとダルいんだ。熱っぽいし』
「そっか・・・。あ、じゃあ家行ってもいい?寝てていいから」
『うーん・・・、でもせっかく練習ないんだから、遊んでおいでよ』
「行っちゃ駄目なの?」
『ゴメン、ほんとダルくてさ』
「だ・・・」


だからなんもしなくていいって言ってんじゃん。
そう言おうとして思いとどまった。こんなこと言ったら、また甘えてるとか言われそう。


「ん、・・・わかった」
『ゴメンね』
「うん・・・」
『・・・』
「・・・」
『一馬?』
「ん?」
『ごめんてば』
「ん・・・」


うん、と言いながら納得しきれていない間を、電話越しに出していた。
が「来て」と言うのを待っていたのかもしれない。


『一馬・・』
の看病はあたしがするのー。アンタはお呼びじゃありまっせーん』


が俺を呼びかけて、俺は顔を上げたけど、その電話はまた森野に奪われたらしく電話口からムカつく声が飛んできてしかもそのまま切れた。空しく通話が切れた音が反響する。

お呼びじゃねーのはテメーなんだよ!
森野の暴挙にまたキレて、廊下の壁をガンガン蹴った。


「なーにキレてんの一馬ぁー」


廊下の隅でひとり騒がしい俺の、うしろからがばっと背中にのしかかってきた結人が顔を覗かせた。


ちゃんがどーしたよ」
「それがあいつ・・・」


俺がこんな廊下の隅で電話をする相手なんてしかいない、と分かってる結人はいきなりそう聞いてきて、俺は一連の事情を結人にグチろうかとしたが、そのうしろには英士もいて、俺はなんとなく口を閉じた。


ちゃんがなに?」
「・・ああ、なんか体調悪いんだってさ。だから今日はナシ。俺も帰って寝る」
「えーどうしたんだよ。見舞いにでも行けば?」
「いいよべつに。そんな重そうじゃなかったし」
「でも心配だなー。5月といえばなんだ?ウツか?」


病気と無縁な結人は、症状よりも季節がらで病気をみる。
そんなことをいいながら、じゃあ一緒にカラオケ行くか?と誘ってきた。
カラオケ・・・、そんな気分じゃない。


「カラオケよりお見舞いに行きたいって顔だね」
「は・・、そんな顔してねー!」
「・・・」
「な、なんだよ・・・」
「・・・」


じっと見つめてくる英士はその後はぁとため息をついた。


「い、行こーかなカラオケ!たまにはな!」
「よーしよーしそうこなくっちゃな!英士も行く?」
「冗談」
「いーじゃん一回くらいカラオケー。行ってみたらたのしーかもよ?新しい自分発見☆みたいな」
「今日は本屋に行くから」
「本屋くらいいつでも行けるだろうに」
「まぁ予定なくても行かないけど」
「お前というヤツは・・・」


相変わらず自分のテリトリーから出ようとしない英士がさっさと廊下を引き返していった。結人はあーあとため息つきながら笑う。そういう英士を分かってて試みるんだから、結人も飽きないやつだ。





「はい真田くん、なんか歌って!」
「え、いきなり?」
「あーダメダメ。一馬はトップバッターはムリー」
「なんでー?」
「テレやさんだからー。な、一馬!」


結局俺は放課後、結人に引っ張られて一緒にカラオケに行くことになった。
着いて早々マイクを渡されるけど、結人が俺の肩に手を回しながらからかってきてジロリと睨んだ。けど、ここで言い返そうものなら本気でトップバッターを任されるから何も言い返さずにいた。


「じゃーご期待にお応えしまして、結人アンド一馬でキンキいっきまーす!一馬のテーマソング、硝子の少年!」
「いつからだ!」


さっそくマイクを握る結人に壇上へ引っ張り込まれてマイクを渡される。結人はひとり大張り切りで踊り出し、みんなの大笑いを引き出し室内は大盛り上がりだった。

結人は何事も盛り上げなければ気が済まなく、こういう場には欠かせない人間なのだ。昔から変わらないこういうところはホント尊敬する。


「さぁー次!一馬のテーマソング第2弾、愛されるより愛したい☆」
「マイクを離せ!!」


まぁやっぱり人に気を使ってるわけじゃなく、ただ自分が盛りあがりたいだけなんだけど。

室内は絶えず歌と笑い声が響いて、あっという間に時間が過ぎていった。
そんな中、俺はケータイを持って席を立つ。部屋から出てケータイを開き、に「気分どう?」とメールと打ったけど、トイレから戻ってきてもからの返信はなかった。

まぁいいか、とポケットにケータイを押し込んで部屋に戻ろうとしたところに、同じくトイレに来たんだろう、一緒にここに来た結人のクラスの女子と会った。
田村は確か、1年の時に同じクラスだった。
義理だかなんだか、その時からバレンタインにはチョコをくれる。


「真田くん歌うまいね、結人よりうまいよー」
「や、そんなことないよ」
「電話してたの?」
「え?」


田村は、俺がポケットに入れようと握ったままだったケータイを指差した。


「ああ・・、いや、メールしてた」
「あ、彼女でしょー」
「まぁ」
「長いねー、中学からでしょ?もう3年か、スゴイよねー」
「すごい?」


それは、よく言われる。
ずっと付き合ってるってことが、そんなにスゴイことなのかな。


「そっかぁ、1年の時に聞いた子とずっと付き合ってるんだ」
「え?」
「1年の時のバレンタインに真田君言ってたじゃん。チョコ渡しにくる女の子みんなに、俺彼女いるからもらえないーって」
「ああ・・」
「ノリでもらってくれればいーのにさ、丁寧に彼女いるからって、それって本気で真田君のこと好きな子には結構つらかったんだから。私も、あの時はショックだったなぁ」
「え?」


あまりに自然に、田村は言った。
田村の顔を見る限り冗談でも間違いでもなさそう。


「そんなに驚くこと?結構意思表示してたんですけどー」
「そー、だっけ」
「全く気づいてなかったんだ!うわショックー」
「や、ごめん」
「べつにあやまることないけどさ」


高校に上がってからも、告白される事は、まぁたまにあった。
けど長年同じ学校にいれば、俺に彼女がいることはみんなに知れ渡り、特に同じ学年からの告白はだんだん無くなっていった。いちいち彼女がいると宣言するのもおかしな話だけど、俺はむしろ、知ってもらっといたほうが何かと楽だしそのほうが誤解もないから便利だと思ってた。


「真田君てあんまり騒がないじゃん。まぁ郭君ほどじゃないけど!でもケータイ見てる時の真田君はすごく顔が違う。彼女だなーってすぐわかる」
「え、そう?」
「分かるよ、普段の顔と彼女に見せてる顔は全然違うんだろーなって感じ。彼女うらやましーな」


傍からそんな風に見られていたとは露知らず、俺はそんな恥じを晒していたのかと落ち着かない気分になった。田村は笑いながら話すけど、うらやましいと一瞬曇らせる表情が、ただ単純にうらやましいと言ってるわけじゃないとわかった。


「えっとー、じゃあ、なんか、食べない?」
「え?」
「毎年チョコくれてたし、なんか奢る。好きなもん頼んで」
「わー。そこまで覚えててあたしが真田君好きだって気づかなかったの?」
「だって、スゲーノリ軽かったし」
「そりゃあ貰ってもらうのに必死だったもん。本気だってわかったら貰ってくれなかったでしょ?本気チョコは断られるのは有名だからね、ギリにしてたの」
「ああ・・・」
「ありがとう。真田君てほんといい人だね」
「んなことねーよ」
「あるよー、結人だったら絶対笑い飛ばしてる。そーだっけ?ゴッメーンとか言って」
「ああ、言うな。あいつは」
「だよねー。何気に失礼だよね、あいつ」


的を射ている田村の洞察力には笑った。確かに結人はちょっとというかかなり無神経なところがある。人のことには敏感なのに自分の言動には鈍感で、無意識のうちに傷つけるような事をさらっとしてしまう悪いクセがある。

田村はそのまま、トイレに行くはずだったことを思い出し走って行った。
俺が今まで、そのほうが楽だと思って言ってきたことが、ああして誰かを傷つけていたっていうことが分かって、俺も結人と同じだったかなと、ちょっと心に残った。


「コラ遅いぞかずまぁー!ウ○コかーっ?」
「・・・」


部屋に入るとバカ結人がマイクで言った。
ここまで尊敬と馬鹿を兼ね備えているヤツもめずらしいんじゃないか。(バカが9割を占めてるけど)

始終騒がしい部屋の中で、俺だけ微妙に落ち着かない空気を感じていた。
戻ってきた田村はもう全然普通だったけど。

そのまま暗くなるまで歌いきって、外に出た頃にはもうネオンが辺りを包んでいた。何人かはそのままメシに行ったけど、俺は家も遠い事だし、みんなと別れて駅に向かった。


途中、思い出してケータイを開いたけどからの返事は届いてなく、時間も経ってるし、再び電話しようとの番号を出した。ケータイを耳に当て呼び出し音を聞きながら駅に入っていくと、電車の発車音が聞こえてきた。


「くそ、でねー・・・」


呼び出し音はいつまでも途切れなかった。寝てるんだろうか。


「・・・あれ?」


呼び出し音を止めてまたメールを打とうとした時、目の前にいた電車が駅を出ていって目の前の視界が晴れた。そして反対側のホームの人だかりの奥にいた、英士に気づいたんだ。

確か、本屋に行くって言ってたっけ。ずいぶん長い間いたんだな。帰宅途中の学生やサラリーマンが多くいる反対側のホームで、制服のままの英士がベンチに座っていた。

俺は英士に電話しようと思って英士の番号を探した。英士がいるホームにも電車が来るアナウンスが響いて、ホームの人々が白線に移動していく中で英士がよりはっきりと見えていった。

すると、俺から見える英士の周りには人がいなくなって、英士が隣にいた誰かに手を差し出したのが見えた。

その手の先を見て、俺はケータイの発信ボタンを押す前に指を止めた。


「・・・・・・」


英士の差しだした手の先に、がいた。
その手に誘われて、ベンチから立ち上がったのは間違えるはずもなくだった。

どういうことだ?
は体調が悪いって家にいるはずで・・・
もちろん偶然会うことはあっても、ベンチから立ち上がるのに手なんて差し出すはずはなくて・・・

いろんな考えが頭の中をぐるぐる回るうちに、手から力が抜けてケータイが地面に音をたてて落ちていった。そうしてすぐに向こう側のホームに電車が走りこんできて、英士もも、いなくなった。

ケータイが落ちたのにも気づかずに、俺はその場にずっと立ちつくした。













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