手を伸ばせば、届くものと
手を伸ばしても、届かないものがあると知った










十六ラブレター













この頭には幾つもの言葉が詰まっていて、気分や感情を表す言葉は幾つも知っているのに、今のこの、俺のもどかしい心の痛みを表す言葉は、どれだかわからなくて、見つからなかった。
それでも、俺の心からこぼれる未熟で稚拙であやふやな言葉を、二人はちゃんと拾って、受け止めてくれた。


「そりゃあまた、急だなぁ」
「遠くって、引っ越すの?」
「わかんない、何も答えてくれなかったから」
「でも引っ越すったってそんな突然決まるわけじゃないだろ?じゃあ何?最初からわかってて告白してきたわけ?」
「・・・どうだろ」


離れてしまうこと、最初から知っていたのかな。
叶わぬ想いだということ、最初からわかっていたのかな。


「で、お前はどうしたいの?」
「え?」


二人がじっと、俺を見る。

どう・・・どうって・・・


「俺としてはちゃんと事情を説明しろって思う!急にいなくなるなんてズルイ!」
「ズルイって・・・」
「だってこのままじゃスッキリしないしさ、これじゃまるで英士がもてあそばれたみたいじゃんかよっ」
「そんな人じゃないよ、彼女は」


むしろだまされやすいタイプ。誰かと一緒で単純で一直線でお人よしだから。


「あららかばっちゃって。だまされた男はねぇ、みーんなそう言うんだぞ?やーっぱ惚れたほーが弱いんだよなぁ」
「こいつ絞め殺していい?」
「落ち着け、調子乗ってるだけだから」


毎度毎度、このすぐ調子に乗る性格には、苦労したりありがたく思ったり。


「よし英士!探しに行くぞ、響子ちゃん!」
「え?」


空がうっすらと赤く染まる夕暮れ、その空に向かって伸びていくように結人が立ち上がった。


「ちゃんと話聞いて、それからどーするか考えればいーじゃん。とにかく今は急にいなくなった理由がひっかかってんだろ?」
「・・・ん」
「だったらそれ聞きに行こうぜ!」


ぐいっと俺を引っ張って立たせ、結人と一馬はバッグを背負いなおして歩き出す。

でも、もう会わないと言い出したのは彼女のほうで、そんな彼女をその瞬間に引き止めることが出来なかったのに、今更彼女に何を伝えればいいの。


「えーし!」


歩き出せずにいた俺に二人は振り返って、俺を待った。
笑顔を向ける二人を信じて、言い聞かすように、一歩踏み出した。


「てかさ、探すってどこ探すの」
「あそっか、連絡先とかなんもわかんないんだっけ。お前らホントそれでよくいつも会えてたな」


俺たちが毎日会えていたのは、全部彼女が俺に会いに来てたからだ。
出会いも約束も、別れさえも、全部彼女が作り上げたもの。


「でもさ、西中なのは確かなんだから、西中行けばいるんじゃん?」
「学校まで乗り込む気かよ」
「どーしても会いたいならそんくらいするのが男なのよ〜ん」
「ちょっと、冗談でしょ?」
「マジもマジ、お〜マジ」


レッツゴー!と結人は、練習後の夕暮れの道を彼女の学校に向かって歩き出す。
でも、いくらなんでも学校は、どうなんだろう。


「待てって結人、そんないきなりさ」
「なんだよ、善は急げってゆーじゃん」
「少しは英士のテンポも考えてやれって。なぁ英士、他にないの?いそうなとこ」
「会うのはいつも駅だけど」
「じゃあ駅行こうよ」
「ええ〜?もー会わないって言ったのに普通に駅にいたりするかな〜」
「行ってみなきゃわかんないじゃん」
「ローラー作戦しよーぜローラー作戦!」


完璧楽しんでるな、こいつ。

そうして駅に向かった俺たちだけど、やっぱり彼女を見つけることは出来なかった。こんな状況でなくても偶然に会うなんて、まずないに等しい。結人が言ったとおり、今ならなおさらだ。ちょうど練習が終わった後の今の時間に、彼女がいるはずがなかった。


「ほーらな?やっぱ学校だよ」
「でも学校行ってんのかな。遠くに行くって言ったんだろ?もしもう東京にいないんだったら探しようもないんじゃないの?」
「うーん・・・」


どんどん、日は落ちていっていた。その代わりに明るさを増す街の明かりと、姿をはっきりと現し始める満月。どうしようかと俺たちは駅の前で考え込んでしまった。

その俺たちの後ろを、軽い笑い声を弾ませながらあの、彼女と同じ学校の制服を着た女生徒が二人通り過ぎていった。


「そーだ、聞いてみよーぜ。おんなじ学年だったら名前くらい知ってるだろ」
「待てよ結人、そんな適当に聞いてどーすんだよ」
「もーお前らホントに探す気あんの?なんでもやってみなきゃ始まんないの!」


そう言い切って、結人は女の子たちを追いかけていった。
結人の言うことはもちろんその通りだと思うけど、あの行動力はさすがに、尊敬する。きっと俺と一馬だけだったらそこまで出来ないだろう。


「すんませーん、ちょっといいですか?」


結人は改札を通ろうとしていた二人に声をかけて引き止めた。突然声をかけられた二人はもちろん驚いている。(うわ、ナンパみたい)


「つかぬ事を聞きますけど、何年生っすか?」
「あたしたち?3年だけど」
「3年・・・。あー、そー・・・」


外れた・・・。と結人はガクッと肩を落とした。


「結人、彼女も3年だよ」
「なに?!そーなの?!」
「うん」


そういえば、言ってなかった気がする。
そーならそーと先に言えよ!と結人は憤慨するけど結人が聞かなかった。


「まーいーや。じゃああの、伊咲響子って子知ってる?」
「え・・」
「西中の3年だと思うんだけど、知らない?」
「・・・」


その質問に、その子達は互いに目を合わせた。


「知ってるけど」
「ほんと?!もしかして友達?!」
「うん、まぁ」


やっりぃ!と結人はこぶしを握ってみせるけど、女の子たちの空気が明らかに不自然だった。


「あのさ、俺らその人に会いたいんだけど、どこに行けば会えるかな。学校?」
「や、今は、いないよ」
「いないって、やっぱ引っ越したとか?」
「ううん、そうじゃなくて・・・」


また顔を見合わせる女の子たちに結人は首をかしげた。
そうして俺たちは、耳を疑うような事実を、知ることとなる。


「響子もう、死んじゃ、ったから・・・」
「え・・・」


しんだ・・・


「うそ、なんで?」
「事故だよ、交通事故」


事故・・・


「英士・・」
「・・・」


隣の一馬がそっと声をかけた。
でも俺にはその声も、周りの雑踏も、眩しい月明かりも、入ってこなかった。


彼女が、死んだ?
何言ってんの?
そんなことあるわけ・・・
だって、事故なんて、あの日彼女は俺に笑って、さよならって言って、


・・・死んだ・・・?


「いつ?」


俺は一歩、女の子たちに近づいた。

信じられなかった。
信じろっていうほうが無理があった。


「えっと、夏休み前だから、7月の頭くらいかな」
「えっ、7月?!」


どういうこと・・・?
だって、彼女はついこの間まで俺の前にいて、隣を歩いて、いろんな話をして


「え?ちょっと、意味わかんない。どーゆーこと?」
「死んだ人が、なんで・・・」
「もしかして、幽霊・・・とか?」
「・・・そんな」


ありえない、と思いつつどこかで疑って、俺たちはお互いに目を合わせた。


だって、そうだろ?
幽霊という存在を、信じてないわけじゃないけど、でもいくらなんでもそんなことって・・・

俺の家には確かに、彼女からもらったあの手紙がある。
美術館に行った時の半券も持ってる。

涙をためて笑い倒したことも、笑ってるみたいだねと三日月を見上げたのも、恥ずかしさを紛らわせてそわそわアイスを食べたのも、土にまみれて一緒に猫を埋めたのも、雨の中で手を合わせたのも、

薄い満月の下でさよならを言ったことも

すべてははっきりと俺の中に息づいた、確かな現実なのに




―貴方が好きだということを、現実にしたかった・・・




そう、つぶやいた彼女

伊咲響子は


「しんだ・・・」


夏が訪れた季節に、もういなかった。














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