手を伸ばせば、届くものと 手を伸ばしても、届かないものがあると知った 十六夜ラブレター この頭には幾つもの言葉が詰まっていて、気分や感情を表す言葉は幾つも知っているのに、今のこの、俺のもどかしい心の痛みを表す言葉は、どれだかわからなくて、見つからなかった。 それでも、俺の心からこぼれる未熟で稚拙であやふやな言葉を、二人はちゃんと拾って、受け止めてくれた。 「そりゃあまた、急だなぁ」 「遠くって、引っ越すの?」 「わかんない、何も答えてくれなかったから」 「でも引っ越すったってそんな突然決まるわけじゃないだろ?じゃあ何?最初からわかってて告白してきたわけ?」 「・・・どうだろ」 離れてしまうこと、最初から知っていたのかな。 叶わぬ想いだということ、最初からわかっていたのかな。 「で、お前はどうしたいの?」 「え?」 二人がじっと、俺を見る。 どう・・・どうって・・・ 「俺としてはちゃんと事情を説明しろって思う!急にいなくなるなんてズルイ!」 「ズルイって・・・」 「だってこのままじゃスッキリしないしさ、これじゃまるで英士がもてあそばれたみたいじゃんかよっ」 「そんな人じゃないよ、彼女は」 むしろだまされやすいタイプ。誰かと一緒で単純で一直線でお人よしだから。 「あららかばっちゃって。だまされた男はねぇ、みーんなそう言うんだぞ?やーっぱ惚れたほーが弱いんだよなぁ」 「こいつ絞め殺していい?」 「落ち着け、調子乗ってるだけだから」 毎度毎度、このすぐ調子に乗る性格には、苦労したりありがたく思ったり。 「よし英士!探しに行くぞ、響子ちゃん!」 「え?」 空がうっすらと赤く染まる夕暮れ、その空に向かって伸びていくように結人が立ち上がった。 「ちゃんと話聞いて、それからどーするか考えればいーじゃん。とにかく今は急にいなくなった理由がひっかかってんだろ?」 「・・・ん」 「だったらそれ聞きに行こうぜ!」 ぐいっと俺を引っ張って立たせ、結人と一馬はバッグを背負いなおして歩き出す。 でも、もう会わないと言い出したのは彼女のほうで、そんな彼女をその瞬間に引き止めることが出来なかったのに、今更彼女に何を伝えればいいの。 「えーし!」 歩き出せずにいた俺に二人は振り返って、俺を待った。 笑顔を向ける二人を信じて、言い聞かすように、一歩踏み出した。 「てかさ、探すってどこ探すの」 「あそっか、連絡先とかなんもわかんないんだっけ。お前らホントそれでよくいつも会えてたな」 俺たちが毎日会えていたのは、全部彼女が俺に会いに来てたからだ。 出会いも約束も、別れさえも、全部彼女が作り上げたもの。 「でもさ、西中なのは確かなんだから、西中行けばいるんじゃん?」 「学校まで乗り込む気かよ」 「どーしても会いたいならそんくらいするのが男なのよ〜ん」 「ちょっと、冗談でしょ?」 「マジもマジ、お〜マジ」 レッツゴー!と結人は、練習後の夕暮れの道を彼女の学校に向かって歩き出す。 でも、いくらなんでも学校は、どうなんだろう。 「待てって結人、そんないきなりさ」 「なんだよ、善は急げってゆーじゃん」 「少しは英士のテンポも考えてやれって。なぁ英士、他にないの?いそうなとこ」 「会うのはいつも駅だけど」 「じゃあ駅行こうよ」 「ええ〜?もー会わないって言ったのに普通に駅にいたりするかな〜」 「行ってみなきゃわかんないじゃん」 「ローラー作戦しよーぜローラー作戦!」 完璧楽しんでるな、こいつ。 そうして駅に向かった俺たちだけど、やっぱり彼女を見つけることは出来なかった。こんな状況でなくても偶然に会うなんて、まずないに等しい。結人が言ったとおり、今ならなおさらだ。ちょうど練習が終わった後の今の時間に、彼女がいるはずがなかった。 「ほーらな?やっぱ学校だよ」 「でも学校行ってんのかな。遠くに行くって言ったんだろ?もしもう東京にいないんだったら探しようもないんじゃないの?」 「うーん・・・」 どんどん、日は落ちていっていた。その代わりに明るさを増す街の明かりと、姿をはっきりと現し始める満月。どうしようかと俺たちは駅の前で考え込んでしまった。 その俺たちの後ろを、軽い笑い声を弾ませながらあの、彼女と同じ学校の制服を着た女生徒が二人通り過ぎていった。 「そーだ、聞いてみよーぜ。おんなじ学年だったら名前くらい知ってるだろ」 「待てよ結人、そんな適当に聞いてどーすんだよ」 「もーお前らホントに探す気あんの?なんでもやってみなきゃ始まんないの!」 そう言い切って、結人は女の子たちを追いかけていった。 結人の言うことはもちろんその通りだと思うけど、あの行動力はさすがに、尊敬する。きっと俺と一馬だけだったらそこまで出来ないだろう。 「すんませーん、ちょっといいですか?」 結人は改札を通ろうとしていた二人に声をかけて引き止めた。突然声をかけられた二人はもちろん驚いている。(うわ、ナンパみたい) 「つかぬ事を聞きますけど、何年生っすか?」 「あたしたち?3年だけど」 「3年・・・。あー、そー・・・」 外れた・・・。と結人はガクッと肩を落とした。 「結人、彼女も3年だよ」 「なに?!そーなの?!」 「うん」 そういえば、言ってなかった気がする。 そーならそーと先に言えよ!と結人は憤慨するけど結人が聞かなかった。 「まーいーや。じゃああの、伊咲響子って子知ってる?」 「え・・」 「西中の3年だと思うんだけど、知らない?」 「・・・」 その質問に、その子達は互いに目を合わせた。 「知ってるけど」 「ほんと?!もしかして友達?!」 「うん、まぁ」 やっりぃ!と結人はこぶしを握ってみせるけど、女の子たちの空気が明らかに不自然だった。 「あのさ、俺らその人に会いたいんだけど、どこに行けば会えるかな。学校?」 「や、今は、いないよ」 「いないって、やっぱ引っ越したとか?」 「ううん、そうじゃなくて・・・」 また顔を見合わせる女の子たちに結人は首をかしげた。 そうして俺たちは、耳を疑うような事実を、知ることとなる。 「響子もう、死んじゃ、ったから・・・」 「え・・・」 しんだ・・・ 「うそ、なんで?」 「事故だよ、交通事故」 事故・・・ 「英士・・」 「・・・」 隣の一馬がそっと声をかけた。 でも俺にはその声も、周りの雑踏も、眩しい月明かりも、入ってこなかった。 彼女が、死んだ? 何言ってんの? そんなことあるわけ・・・ だって、事故なんて、あの日彼女は俺に笑って、さよならって言って、 ・・・死んだ・・・? 「いつ?」 俺は一歩、女の子たちに近づいた。 信じられなかった。 信じろっていうほうが無理があった。 「えっと、夏休み前だから、7月の頭くらいかな」 「えっ、7月?!」 どういうこと・・・? だって、彼女はついこの間まで俺の前にいて、隣を歩いて、いろんな話をして 「え?ちょっと、意味わかんない。どーゆーこと?」 「死んだ人が、なんで・・・」 「もしかして、幽霊・・・とか?」 「・・・そんな」 ありえない、と思いつつどこかで疑って、俺たちはお互いに目を合わせた。 だって、そうだろ? 幽霊という存在を、信じてないわけじゃないけど、でもいくらなんでもそんなことって・・・ 俺の家には確かに、彼女からもらったあの手紙がある。 美術館に行った時の半券も持ってる。 涙をためて笑い倒したことも、笑ってるみたいだねと三日月を見上げたのも、恥ずかしさを紛らわせてそわそわアイスを食べたのも、土にまみれて一緒に猫を埋めたのも、雨の中で手を合わせたのも、 薄い満月の下でさよならを言ったことも すべてははっきりと俺の中に息づいた、確かな現実なのに ―貴方が好きだということを、現実にしたかった・・・ そう、つぶやいた彼女 伊咲響子は 「しんだ・・・」 夏が訪れた季節に、もういなかった。 |