今年は何故だか、異常に雪が降る。
まるで天にまで天変地異だ、と言われているような気になった。










十六ラブレター

番外編・1












「は?誰って?」
「・・・だから、」


真ん丸く目を大きくさせて、前を歩いていた二人が足を止めて俺に振り返り、問いてきた。雪が降る下で傘を肩にかけて、滑る足元を注意深く見てるような振りして俯いていた。


。あの、夏に会った・・・」
「・・・ああ!あの!」
「え、マジで?どこで?」
「・・・駅」


韓国遠征を目前に控え、2月に入って更に寒さが増した日の練習帰り。
今年の俺の誕生日にあの、と再会したことを、俺は今までなんとなく二人にも言わなかった。わざわざ言うことではないと思っていたからだけど、誕生日の練習帰りに俺が二人と別れて一人どこかへ行ってしまったことを今更思い出した結人が「そういやあの後どこ行ってたんだ?」と聞いてきたのだ。それで俺は、わざわざ言うことでもないけど、隠すことでもないと思って、その名を口をした。


「うっそあの子?会ったの?」
「うん」
「で?なんか話したの?」
「まぁ、少し」
「何を?」
「・・・べつに」
「べつにってなんだよ!」


・・・隠すことではないけど、まさか包み隠さずすべてをなんて、言えない。俺の中であの日は、決して消えて欲しくはないけど、消してしまいたいくらい恥ずかしい思い出なんだ。まさか二人に、いや、二人だからこそ余計に、言えない。
そんな口ごもる俺に、やっぱり結人は身を乗り出すように興味津々で聞いてくる。そんな結人をいつもなら一馬は止めるけど、止めないところを見る限り、一馬も気になっているんだろう。


「で?で?どうなったの?」
「どうって、べつに」
「べつにべつにって、全然わかんねーよ!洗いざらい話せコラ!」
「結人、」


傘を手放して俺に詰め寄る結人を、今度こそ一馬が止めた。もっと落ち着いて聞けよ、と結人の傘を拾って結人に持たせ、俺たちはまた薄い雪道を歩き出す。


「一馬がそう英士を甘やかすからコイツはいつまで経っても秘密主義なんだよ!」
「べつに甘やかしてないし。英士には英士のテンポがあるんだから、お前のノリに巻き込むなっての」
「それが甘やかしてんだよ!英士の誕生日だぞ?もう半月前だぞ?今までコイツはそんな大事なこと黙ってたんだぞ?それが許されてたまるか!」
「だからー・・」


・・・確かに、洗いざらいすべてを曝け出すことが友情だなんてまさか思わないけど、この件に関しては結人も一馬もまったく無関係、というわけではない気がする。どうなったかはべつとしても、会ったことくらいはすぐに話しても良かったかとも、思う。


「で、会って、ちょっとは喋ったんだろ?」
「うん」


結人が聞きたい気持ちも分かる。だから一馬もこうしてそっと、聞いてくれている。その後ろで結人はまた「何を?何を?」と目を大きくさせて催促するのだけど。


「まぁ、連絡先くらいは、聞いたけど」
「え?それって何、付き合うってこと?!」
「・・・」
「マジでー!そんなことになってたのか!なのにお前はそれを今まで隠してたんだなこいつめ!」
「・・・」
「えーしに彼女!えーしに彼女!!どーりで最近異常に雪降ると思ったよ!!」
「いやそれ関係ねぇ」


人が言いにくくて避けている単語を次々と連発する結人。だから言いたくなかったんだ。もうこの話題から去りたい。俺は足早に雪道を進み傘をぐっと下げ、マフラーに顔をうずめ歩いた。そんな俺の後を追いかけてくる結人はさっきよりずっと目を輝かせてる。


「で、で、会ったりしてんの?」
「全然」
「なんで!彼女だろ?」
「・・・。向こうも受験生だしね、もうすぐ試験だし」
「そーか、3年だったっけ。そりゃ今は大変だな」
「でも電話くらいしてんだろ?」
「してないよ」
「なんでだよ、じゃあちっとも付き合ってるっぽくないじゃん!」
「あっちは受験勉強で大変な時期だろうし、邪魔しちゃ悪いでしょ」
「邪魔ぁ?何言ってんだよ、そーゆー時こそ支えてやるのが男ってもんだろ!あの人はなぁ、どー見ても勉強得意ですって感じの人じゃなかったぞ?俺とおんなじ匂いがした!」
「お前がそれ言うなよ・・・」
「電話してやれよー。向こうだってしにくいって思ってるかもしんないじゃん。いやきっとあっちのがしにくいって思ってるよ絶対」
「・・・電話して、何話せって言うの」
「そんなの、勉強どーおとか、がんばってねーとか」
「追い込まれてる時にそんなこと言われたいかな」
「励まされたら嬉しいだろ、誰だって」


そうかな。俺だったら何ヶ月も勉強漬けになってる時に勉強がんばれなんて、言われたくない。同じ受験生ならまだしも、まだ受験なんて味わったことないヤツにならなおさら。そう思ってずっとしなかった。

・・・でも、その彼女の事情がなかったところで、彼女に電話ができてたかっていうと、たぶん出来てない。言い訳にしてるだけだ、彼女の受験を。


「じゃあ今度の韓国遠征のこと言ったら?」


結人とは逆隣からサラリと一馬が言った。


「そーだよ、それいーじゃん。ナイス話題!」
「勉強から離れた話題のほうが気が楽かもしれないしな」
「さっすが一馬!追い込まれてる人間の気持ちがよく分かってる!」
「・・・どーゆー意味だよ」


俺を挟んで二人がぎゃあぎゃあ騒ぐ。
一馬の提案は俺にもポロリと鱗が落ちたような感覚になった。

そうか、彼女のことを思うあまり彼女の事情ばかりに頭がいっていたけど、それはいい話題かもしれない。自分のことを話す、のはあまり得意じゃないけど、きっと彼女は、喜んでくれる。がんばれがんばれって、自分の現状も忘れて言いそうだ。

かけて、みようかな。


「じゃー今日は英士の電話を見守る会ってことで、英士んち泊まりに行ってもいー?」
「は?嫌だよ、絶対嫌」
「照れるな照れるな彼氏〜!」


冗談じゃないよ、周りに誰かいたら電話なんか出来るわけないじゃん。
やっぱり楽しんでるだけだ、結人は。


「あっはは!英士顔真っ赤〜!」
「!」
「天変地異だ〜!」


隠したつもりが思いっきり見られてて、すぐマフラーで隠したけど時すでに遅し。それでも結人は愉快そうに、回りこんでまで覗き込んで。一馬までそんな俺たちに笑ってて。3人でちょっと騒がしくなりながら、雪道を踏みつけて足早に歩いていった。

季節はすべてを冷やす、冷たい冬。

なんだかとっても、異常気象。














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