タタンタタンと電車に揺られ、1ヶ月振りの君と肩を並べる。
顔には出さないにしろ多少なりとも緊張してる、んだけど、隣に座る彼女は・・・








十六ラブレター

番外編・2










「眠いの?」
「・・・いいえ、大丈夫です」
「顔が眠いって言ってるよ」


一定のリズムで揺られる体に襲い来る眠気。それでも下がってくる瞼と格闘する彼女はごしごし目を擦った。電車の中では暖房が働いて外とは別に心地よい暖かさになっているから、余計に眠気が増してるようだ。

寝れば?着いたら起こすし。
ううん、大丈夫。

そう言いつつも彼女は少し間を置けばコクリコクリ、今にも寝落ちそうだ。その度にハッと目を覚ましてはフルフルと頭を振って目をゴシゴシ、疲れた体に鞭を打つ。


「勉強がんばってる?」
「ええ、まぁ、人並みに・・・」


余計なことを思い出させてしまったのか、彼女はどんよりした重い空気を肩に背負ってうな垂れた。そう、3年の彼女は今まさに受験真っ只中。それどころか本番まで半月あまり、一番追い込みの時期。そのせいもあってあの日、俺の誕生日に再会した日から、ちょうど1ヶ月振りに会ったのだ。きっと今日が終わればまた、彼女の受験が終わるまで会うことはないだろう。


「あ、韓国、どうだった?」
「引き分けた」
「へぇ、試合出たの?」
「まぁね」


眠気を誤魔化すように、彼女はポッと思い出したような話題を口にした。今日会うことになったキッカケというのが、俺の韓国行きを知らせるため初めて彼女に電話をしたことにある。
互いの連絡先くらいは交換したのだけど、なかなかかけるタイミングが分からなかったところを結人に無理やり後押しされかけたところ、彼女はやっぱり楽しく話を聞いて、がんばってねと自分の立場も忘れて励ました。励まされたら嬉しいだろ、といった結人の言葉もまんざらではないと思った。


「でもすごいよね、海外とか行っちゃうんだもんね」
「日本のサッカーは世界に比べればまだ全然レベル低いからね。俺たちくらいの年齢からそういう世界レベルを味わったほうが将来的にもいいんだ」
「はぁー」
「勉強にもなったけど思い知らされるばかりだったね、色々。まぁ最初のほうは自滅してた感が否めないけど。仲間に足引っ張られるなんて馬鹿馬鹿しいよね」
「ふーん。・・・やっぱり君は涼しい顔して熱いよね」


そういう彼女はやっぱり、話を理解しているのかいないのかな生返事をして、ポンと、あんまり話を聞いてなかったような答えを返す。


「最後のほうはいい空気だったと思うけど、最後の最後で勝ってた試合をドローにされた。そういうところが甘いんだよ、日本人は」
「日本人はって、君も日本人じゃん」
「別に俺は例外だなんて思ってないよ。これはもう個人の意識というより日本っていう国の風潮なんだよ。甘いんだ、考え方が」
「どうして?」
「韓国みたいに何が何でも勝ってやろうって気概が薄い。闘争心が薄いんだ。戦争が終わってひたすら平和平和にしてきた日本人の平和ボケだよ、これは」
「おお、サッカーの話から国民情勢にまで発展したね」
「・・・」


彼女の少し気の抜けた返答を聞いて、軽く外されたような気になった。
あれだけの試合をして、韓国から帰ってきて2日経っているというのにどうもあの試合の感覚が頭から抜けることはなくて、いまだ俺の頭の中ではあの試合のシュミレーションばかりされている。そこまでサッカーに興味ない彼女からしたらこんな話、ふぅんとしか言えなくて当然だ。


「ごめん」
「え?何が?」
「余計な話ばっかりした」
「全然余計じゃないよ、いい話だよ。勉強になるしね。サッカーから日本のお国柄まで」
「・・・」
「楽しいよ。はい続けて続けて」


・・・たぶん、俺と彼女が二人きりなら、彼女が多く話してくれて俺たちの間は持っていくんだろう。でも彼女は今はどうも疲れがたまっているらしく、口数もそう多くなかった。
だからというわけではないけど今日は何故か俺ばかりが話していて、でも俺が話すとサッカーの話しかならなくて。それ以外に話題が思いつかない。それでも彼女は頷き感心しながら、彼女なりに理解しようと俺の話をちゃんと聞いていた。


「ふーん。つまり、得るものはたくさんあったけど、悔しかったってこと?」
「・・・」
「あれ、違う?」
「まぁ、そうだけど」
「ああ、落ち込んでるんだ。だからそんな口数多いんだ?」
「・・・」


ほんとに分かっているのかこの人は。推論や思考をあれだけ並べ立てたのに、彼女のしめた言葉があまりにあっけない言葉で力が抜ける。落ち込んでるんだとか、真正面から言わないで欲しい。


「・・・何?」


そんな俺に向かって突然彼女は、自分の肩をポンポンと叩いて満面に笑顔を浮かべた。


「落ち込んでるときは素直に落ち込むのが一番だよ。肩を貸してあげよう、1回100円」
「・・・お金取るんだ」


まったく、ため息の一つもつきたくなる。


「そっちこそどうなの、勉強。もうすぐ試験でしょ」
「うっ、そこを突くのかい」
「俺よりそっちのほうが差し迫ってるんだから、俺のこと気にしてる場合じゃないでしょ」
「いいの。今日は勉強も試験も忘れるって決めたんだもん」
「試験前に何甘えたこと言ってんの、帰ったらちゃんと勉強しなよ」
「ち、オニっ」


ちって、今舌打ちしたよこの人。(女の子の舌打ちなんて初めて聞いたよ)でもそんな、俺のことをあまり気にしない態度こそが、俺も落ち着けてるのかもしれない。会うことも話すことも久しぶりすぎて、彼女と笑って話してた頃なんて遠い思い出すぎて、今日こうして会うことだって、結構勇気がいった。

韓国に行く前に彼女に電話して、帰ってきてからまた電話して、そして今日会う約束をした。
二人で駅で待ち合わせて、電車に乗って、少し遠くまで行く。
彼女の友達、伊咲響子さんの、お墓参りだ。


「花とかどうするの?」
「ん、大丈夫。お墓の前にお花屋さんあるから」
「商売上手な店だね」
「ははっ」


二人で出かけるなんてどこへ行こうか、と迷っていた俺に、彼女はあっけなくそれを提案した。やっぱり彼女の中からあの子が消えることはないんだな、と、微笑ましく思った。

電車に揺られ揺られ、幾つも駅を飛び越えてまったく知らない土地まできていた。窓の外は風が強そうで、遠くに見える山はまっ白に着飾っている。そんな外の空気を感じるのはドアが開く少しの間だけで、車内は暖房に守られて暖かく、となりで彼女はまた小さくコクリ、と頭を揺らした。


「眠いなら寝れば?」
「んー大丈夫・・・」
「寝たほうがいいよ、帰ったらまた夜までずっと勉強だから」
「ほんっと意地悪いよ君は」


小さく悪態ついて呟く彼女に、笑った。


「でもね、ほんとに、どれだけやっても全然自信ない。悪いほうにしか頭いかない」
「うん?」
「英士君はすごいよね。強いよ」
「そうでもないよ」
「ううん、すごいよ。目の前のことにいっぱいいっぱいにならないしさ、ずっと上まで見てるしさ」


やっぱりものすごく疲れがたまっていたんだろう彼女は、俯き加減に今にも寝落ちそうな口調でポツポツ、弱音を吐き始めた。余計なことまで考える気力を無くして、初めて本当の気持ちが毀れ出た感じだ。きっと誰にも言えなかったんだろう。周りは同じ受験生ばっかりだ。


「疲れてる?」
「・・・疲れてません」
「ああ、落ち込んでるんだ」
「・・・」


自分の覚束なさに。自信のなさに。


「肩でも貸そうか?1回100円」


元気のない彼女に、ほんの冗談のつもりだった。
彼女は強がって、落ち込んでないよ!とか、言いはるんだ。

・・・と思っていたけど、彼女はポケットの中にごそごそ手を入れて、その手を俺の前に持ってきて、俺の手の上にコロンと100円玉を落とした。そして俺の肩に、頭を倒した。


「・・・」


彼女の頭がそこにあった。サラリと俺の肩に彼女の長い髪が流れて、その息遣いすら聞こえそうな距離に彼女はいた。


「・・・」


俺は出来る限り息を潜めて、早まってる動悸に気づかれないよう、身動きもとらずにじっとしていた。タタンタタンと揺れる電車のリズムに負けじと騒ぐ胸の内を抑えてた。今の自分の顔は、絶対誰にも見られたくない。


・・・ふと、正面の窓の向こうに、白い月が見えた。
冬の白けた空に溶けるようで、きっと誰も気づかなさそうな月だった。


「・・・ねぇ」


会うことよりも、話すことよりも、言い出せなかったことがある。


「・・・
「・・・」


ふわりと肩から重みがなくなって、彼女はそっと俺に目を合わせた。


「・・・何?」
「・・・月が見える」
「・・・あ、本当だ」


静かに驚いてるような、でも感激しているような、少しぼんやりしてるような顔で、彼女はゆっくり俺と同じ窓の外を見て、あの月を見つけた。


真っ白く今すぐにでも消えそうな真昼の月を見てるは、きゅ、と唇を噛み締めるように口に力を込めた。きっと、今の顔は誰にも見られたくないって思ってる。


また雪でも降りそうな寒さだった。

遠くの月は、手の中の100円玉とおんなじ形をしてた。














----------------------------------------
Request thanks!
十六夜ラブレターを愛してくれた皆様ありがとう。
1