夏の終わりに、突然降ってきたように出会った彼女。

俺一人のものだった筈の世界が、少しずつ、そうでなくなってゆく。










十六ラブレター












練習後の熱を持った芝生に散水をして、光に反射する緑はキラキラとフィールドを輝かせていた。


「来週の緒戦の先発メンバーを発表するぞ。トップは真田、加藤。中盤は郭、中村、志賀。バックに若菜と荒木。ディフェンダー・・」


クラブチームの大会が近づき、組み合わせで緒戦はジュビロユースに当たった。もちろん先発で出場する俺たちは、互いに顔を見合わせて笑った。


「ジュビロかー、まぁ負ける気はしねーな。なんてったって俺ら東京選抜だしぃー」
「ジュビロっていや、あいつも選抜来てるだろーな」
「あいつって?」
「あのミッドフィルダーのさ、最近すげー騒がれてる奴」
「あーあ、・・・誰だっけ」
「忘れたのかよ・・・」
「ははっ。ジュビロってさ、どこ選抜になるの?」
「えーと、静岡だから・・・」
「東海」
「ふーん」


暑さと走りこみで上がりきった体温は、体からにじみ出る汗となって外へ出ていく。見上げた太陽は白く光って、眩しく目を刺した。


「英士、大丈夫か?」
「ん?うん」


えーしは冬生まれだからなーと、水道で結人が口に含んだ水を吐き出した。生まれた季節が関係あるのか知らないけど、夏は苦手だ。暑さにはそんなに強くない。


「俺は寒いのよりは暑いほうがマシだな」
「俺もだな。寒いとさー、体動かないもんな」
「って言っても暑いのもイヤなんだけど〜」


ケラケラ笑いながら結人は、もうすでに練習着を脱ぎ始めていた。汗の染み付いたユニフォームをくるくる振り回しながら更衣室に入っていく。


「なー今からアイス食いにいこーぜ」
「いーね、どこの?」
「駅前にあんじゃん」
「あー、あるある」


駅前の、アイス屋。


「英士は?」
「・・・いや、俺は」
「いーじゃん英士、付き合えって!なんなら一馬が奢ってやるからさー」
「なんで俺なんだよ」
「だって俺金なき子だもーん」


練習後にもかかわらず元気な結人は、一馬の着替えを邪魔しながらじゃれつく。


「な、英士、行くだろ?」
「俺はいいよ」
「いーから付き合うんだってば〜」


・・・だったら聞かなきゃいいのに。

結局押し切る結人は、着替えてる俺の後ろで俺の荷物を纏めだす。


「ん?何これ」


俺のタオルをカバンに押し込んだ結人は、カバンの中に入っていたものを手にとった。


「美術館?」


その声に振り返った俺は、結人の手の中のものを見てすぐさま取り上げた。水彩の花が描かれた、おとつい行った美術館の半券。


「なにそれ」
「なんでもないよ」
「なんでもないってなによ〜」
「なんでもないものはなんでもないよ」


半券をポケットにしまいながら結人からカバンを奪い返した。でも結人はそんな俺を怪しがり、尚の事興味を持ってまとわりついてくる。


「なーに隠してんの?」
「何も隠してないよ」
「ウソつけ。英士が急に不機嫌になるのは隠し事してるから!」
「ほっといてよ」
「だぁーれと行ったのー?」
「誰って、・・・どうでもいいでしょ」


ロッカーを閉めて、更衣室を出ていった。もちろん、そんなことで諦めてくれる結人なら苦労はしない。俺も一馬も。


「なぁなぁ、誰と行ったの」
「誰でもないよ」
「じゃーなんでそんな半券まだ持ってんのー?」
「出しそびれただけだよ」
「練習帰りに行ったの?」
「・・・」


しまった。
バカなくせに、変なとこ勘がいいというか、鋭いというか。


「も・し・か・し・て〜」
「・・・」
「こないだ練習見に来てた子?」


肩に腕を回して顔を近づけてくる結人から顔を離した。


「もぉーなんだよ英士〜、俺らの仲で秘密はナッスィング!英士の喜びは俺らの喜び!英士の幸せは、俺らのハッピ〜」
「そんな事言って、結人は面白がってるだけじゃん」
「そーんなことナッスィングー!!」


あ あ ム カ つ く。


「そーかー、英士に春がきたか〜」
「秋だよ」
「だってお前、なんとも思ってない奴と美術館なんて絶対行かないじゃん」
「絵を見に行ったの」
「へ〜え?」
「・・・なに」
「ふふふふふ」
「・・・」


ニヤニヤニヤニヤ。
今なら俺、結人を絞め殺せるかも。


「で?名前なんてゆーの?」
「・・・」
「西中だっけ、駅で告ってきた子だろ?あー顔覚えてねー」
「ああ、あの手紙貰ったっていう?え、なに、結局付き合うとか、なったの?」
「マジでマジでマジで?!返事したの?!英士に彼女?!キセキだー!!」
「違う」
「何が、何が決め手になったんですか!ラブレターですか?!それともデートでですかぁ!?」


存在しないマイクを握って俺に向けてくるうるさい結人をギッと睨む。
なのにこいつはちっともひるまない。


「ねーえ、なんで付き合うことになったの」
「付き合ってないよ」
「ああ、お友達からはじめましょう。だ?」
「そんなんじゃないってば」
「んー、じゃあ、なんで美術館行ってもいいなって思ったの」
「・・・」


なんで?
なんでって・・・

なんでだ?

なんでだろう・・・


「実は最初っから一目ぼれしてたんじゃなーいのー?」
「それはない」
「はっきり言うね」
「だって一目ぼれとか、絶対ありえないし」
「なんでよ。俺はいつでも電撃よ?一目見たときからドキューン!よ?」
「俺は絶対ありえない、それ」
「ふーん、慎重なんだね」


慎重・・・
そうなんだろうか。

タイプだとか、かわいいだとか、そういうものはわかるし思うときもある。でもそれが付き合うだとか、関わりたいだとかには、ならない。誰かを好きになるとか、一瞬で思える筈がない。


「でもさぁ」


騒ぐ結人の向こう側から一馬が口を開いた。


「感じるだけが、好きになるって事じゃない、よな?」
「ん?どゆこと?」
「好きだって言われたから気になり始めるとかさ、あるんじゃない?」
「ああ、なるほどね。それはあるかも、目が合うと気になっちゃうとかな!」


好きだと言われたから気になってる?
そう、なのかな。でもそれって・・・


「それって単純じゃない?」


俺の言葉に、からかってた結人と一馬が振り返った。


好きだって言われたから気になるなんて、単純。好きだとわかった上でしか進めないなんて、かっこ悪い。・・・でも俺には結人みたく一瞬で人を好きになることも、一馬みたく自分の思ってることを素直に言葉を発することも、出来ない気がする。

いや、出来ない。


「いいんじゃないの、単純で」


バカだなー。まるで軽く結人が言った。


「だって、俺らなんて単純な生きモンじゃん?寝る・食う・遊ぶ!!」
「英士はすぐ考えこんじゃうんだから、そのくらいがちょうどいいんじゃないの?」
「そーそ、お前はもっと冒険しろー」
「・・・」


冒険・・・


「はい!アイス食う人〜」


駅前のアイスクリーム屋に着くと、結人が中へ走ってアイスの並んだケースを覗きこんだ。店の中は女の子やカップルだらけ。それでも結人はお構いナシでどれにしよっかな〜と悩んで幾つもアイスを積み上げる。いつか見た風景だ。


「えーしー、お前何がいーの?」
「俺はいいから、早くしてよ」


それよりも早く、この女の子だらけの店の前から立ち去りたい。いつかのように、中にいる女の子たちがこっちをチラチラみてくる。どうやらそんな視線が苦手なのは、俺も一馬も一緒のようだけど、相変わらず結人だけはノンキに鼻歌まじり。

そんな店の中は、彼女と同じ学校の制服を着た子ばかりだった。どうやら、彼女の学校の生徒のたまり場と化しているらしい。
俺はちらり、店の中を見渡してみた。もしかしたら彼女がいるかも、もしいたら、俺を見つけたら声をかけてくるだろう。

でも、彼女はいなかった。


「・・・」


・・・ああ、当たり前だ。


今日は日曜日だ。















 

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