しとしと、しとしと、雨は降り続いて

でもこの雨が止んだ時には、きっと見えるだろう










十六ラブレター














天気予報では連日雨マークが続き、空は重苦しい雨雲に埋め尽くされていた。


「あ〜雨うっとーしー!!」


そのあやふやさを切り裂くように、結人の叫び声が雨の間を縫うようにして突き刺さった。この雨でろくな練習もできずに、それでもあさってには大会緒戦を控えていて、結人のやり場のない苛立ちはピークに達しているようだった。


「キレるなキレるな。怒鳴ったって雨は止まない」
「むーかーつーくー!!雨のバカー!!」


水溜りを踏みつけながら発狂して、結人のジャージの裾はびしょ濡れ。
ていうか、振り回すから傘の雫がこっちまで飛んでるんだけど・・・。傘を差しているようで差していない結人はすでに頭は濡らしているけど、周りまで巻き込まないで欲しい。


「やっぱ雨かな、日曜」
「・・・日曜には晴れると思うけど」
「マジで?天気予報じゃ微妙な感じだったけど」
「お?英士お得意の天気予報か?ってか英士が言うと天気もそーなっちゃう気がするんだよなー。さてはお前雷様だな?」
「・・・」


笑って欲しそうな結人の前を素通りする。
うしろで結人が無視するな!と怒っても無視する。


「そーいや英士、今日は響子ちゃん来なかったな」
「・・・」


ばしゃばしゃうしろから聞こえる結人の足音に混ざって、素通りできない名前を吐いた。
ていうか、その呼び方は何。


「そう毎日来るわけないでしょ」
「もっかいマリオ対決しよーと思ったのになぁ。英士、響子ちゃん呼べ!」
「呼べって・・・無理」
「電話番号とか知らないの?」
「知らないよ」
「それでお前らよく毎日会えるな」
「別に毎日会ってないよ」


ただ、ほとんど会ってるというだけ。珍しく今日は現れなかったし。


「お前なんだかんだで響子ちゃん好きになってんじゃないのー?こないだもさー、お前らほとんど付き合ってるよーなもんだったじゃん。そもそもお前興味ない子にあそこまでしないだろー」
「あ、俺もそれ思った。結構普通にしゃべってるなって」
「だろー?俺らとしゃべってるときと一緒だったぜ?」
「・・・」


そりゃあ、あれだけ会ったり喋ったりしてればそれなりに仲良くもなる。でもそれが好き、とかいうことかどうかは、・・・わからない。

「好き」って、どういうことなんだろう。いつからそう固定されるものなんだろう。思い込んでしまえばそれでいいのかな。気になる程度でもそう言えるのかな。
でも、そうはっきり言い切れないということは、それだけの想いだということになるんじゃないのかな。

きっと俺は、明日突然に彼女と会わなくなったとしても、何もしないだろう。そしてそのまま記憶の片隅へと追いやられて、いつか消え去って、ただの思い出となるのだろう。

今までも何かと、そうだったように。


「ていうかさ、英士と響子ちゃんってよーするにどーゆー関係なわけ?」
「どういう?」
「響子ちゃんは英士が好きで、英士はそれを知ってるんだから、よーするに英士の返事待ちってこと?」
「・・・いや、俺最初に付き合う気はないって彼女に言ってるから」
「え!言ったの?!」
「うん」
「フラレたのにあれだけガンガン会いにくるんだ。それはそれですげーな」
「あっちはもう諦めてるの?」
「しつこくしたいわけじゃないとかは言ってたけど」
「ナゾ〜!」


そういえば俺は最初に彼女をふったっけ。ということは、彼女はもう俺には何も求めてないのか?

確かに彼女は俺に何かを求めてるようには見えない。いつも何気に寄ってきては喋って笑い倒して去っていく、という感じだ。でも彼女の一瞬の表情とかを見る限り、今でも俺を想っていそうな感じもする。


「でも響子ちゃんは英士のこと好きなんだろ?だったらお前が一言付き合ってもいーよーとか言えば丸く収まるんじゃないの?」
「丸く収まるってなに。別にこじれてないんだけど」
「告白するくらい好きな奴のことそうそう諦められないって!絶対お前の言葉待ってるって」
「・・・」
「というか、英士は好きなの?あの人」
「・・・」


重苦しい空を見上げた。

・・・わからない。


「英士は絶対響子ちゃんのこと好きになってるって!」
「好きとか、わからないけど・・・あの人の距離のとり方が、嫌じゃないんだよ」
「なんじゃそりゃ」


駅が見えてきて、彼女行きつけのアイス屋も通り過ぎて、電車の音が近くなってきた。


「いきなり気持ち押し付けられるとか生活かき乱されるとか、そういうの好きじゃないから、彼女がそんなだったら今でも会ってることはないと思うんだけど、あの人は会ってもすぐに離れてくし、毎日会うけどほんの何分かだけだし」
「んーつまり・・・どういうこと?」
「一緒にいるのが自然になってきたってこと?」
「そんな、感じかな」


それに、俺と喋っていながらもふと、別のことを考えているような顔をする。俺が女の子に囲まれてもそれを見てケラケラ笑ってるし、俺を好きだと言いながら俺の名前は忘れるし。

・・・あれ?


「英士?何首かしげてんの?」
「・・・べつに」


なんか、彼女俺のことそんなに好きじゃない気がしてきた。
彼女との今までを思い出していると、またわからなくなってきた。


そんな時だった。


「もう離してよっ」


駅前の広場に入っていくと、何やら騒ぎ声が聞こえてきて俺たちは一斉に振り返った。

広場の噴水前で、傘を差した二人。
学ランを着た男に腕を掴まれているのは、彼女だった。


「あ!あれ響子ちゃんじゃん!」


俺も「あ」と口を開こうとした瞬間に、結人がその方向に指を差して言った。


「なになに、ナンパ?絡まれてんの?英士、助けに行ってやれよ」
「え?」


掴まれた手を離そうとして、彼女は傘を持った手もおろそかになって、肩下ほどの髪は雨で濡れていた。
そんな彼女に向かって結人に背中を押され、仕方なく、彼女に近づいていった。


でも、近づくにつれて見えた彼女の顔と聞こえる端々の会話は、ナンパとか、そういうものではないような感じだった。


「どうしたんだよ、お前。変だぞあれから」
「ほっといてってば、あたしに構わないで」
「みんな言ってるぞ、お前の様子おかしいって、何してるんだよ」
「どうでもいいでしょ、遼平には関係ない」


雨の中でもみ合う二人は周りからも視線を集めていたけど、それにも気づいてないようだった。
だからもちろん、俺がここにいることも彼女は気づいてないだろう。


「離してってば!」


掴まれていた腕を振り払って彼女は男から離れた。そうすると、ちょうど男の後ろにいた俺と、その男の肩越しに目を合わせた。驚いたように少し目を大きくさせて、罰が悪そうに目を逸らす。その彼女の様子を見て相手の男も俺に振り返る。

それを見て彼女は、俺を見る男を引っ張って俺から目を離させた。


「もう帰ってよ」
「なに、あれ誰」
「どうでもいいでしょ、帰ってってば!」


彼女は急いで相手の男を駅のほうへ押し出し、男は納得できないように一度振り返るけど、仕方なく駅に入っていった。


「・・・」
「・・・」


彼女はゆっくり俺に目を戻して小さく俺を見る。傘の下から覗かせる彼女の目はろくに俺を捕らえずに、うろうろ、居心地悪そうに移ろう。


「・・・あの」
「・・・」
「練習、終わったの?雨なのに大変だね」


まるで取り繕うように、彼女は濡れた髪を整えて笑みを作った。

その顔があまりに嘘臭くて、いや、彼女が話を逸らそうとしているのがよくわかって、俺の中でさーっと、水が引いていくような感覚がした。
俺は彼女から眼を離して、駅に歩いていった。


「英士君」


後ろから彼女の声と、水溜りを踏みしめる音が聞こえた。


「英士君、待って」


そう俺の腕を掴んで、俺の足を止めさせる。


「何」
「あの、怒ってるの?」
「何が」


ぱらぱら、ぱらぱら、俺と彼女の間に雨が降る。
袖にぽつぽつとしみを作る。


「関係ないよ。君が何しても、俺には関係ない」
「・・・」


はらり、
彼女の指から俺の袖は解かれた。

頬を差す程度じゃなく、心臓をぎゅっと掴まれた様に、彼女の目はこの雨の世界と同じようにぐらり揺れた。そんな傷ついたような顔をする彼女の瞳に、ほんの少しだけ俺の心臓はきゅっと痛んだのだけど、それでも俺は彼女から目を離した。

それは俺の悪い癖だったのだ。
でもそのときの俺はそんな俺自身の悪癖を理解していても、それに抗うだけの、素直さを、素直に出すことができなかった。


空から落ちて地面にたまる雨のように、彼女の目の中に映る俺は波状を描いて、消えた。


彼女の前から消えた。













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