ロングラブレター




Lが、帰ってきません。
あの人は、気の赴くままに事件を追いかけるので普段から所在の掴みにくい人ではあったのだけど、それでも定期的に連絡はしてきたし、パソコンに今いるんだろう場所の風景の写真を送ってきたりしてたのだ。なのに、この間送られてきた一番新しいメールからそろそろ3ヶ月が経とうとしている。
そもそも連絡をこまめにとる人ではないから、彼は私を安心させるためがんばってしてくれていたのだと思う。そのたび私は「無理しちゃって」と思っていたのだけど、確かに安心はするし思われてる実感もあって嬉しかった。

彼をこんなにもマメにさせてしまったのは私のせいだ。
いつだったか、彼は私を”厄介”だと言った。
それは、数回前の私の誕生日のこと、彼に祝いとして花束を貰った時。かなり豪華で高そうで、花束なんてそうそう貰わない私は単純に嬉しかったのだけど、渡す時の彼の台詞がいけなかった。
女性は花束を貰うのが嬉しいんですよね。
その言葉をただ、私を喜ばそうとしている、と純粋に受け止めれば良かったのだけど、その時の私はこう返してしまった。

「女性への贈り物じゃなく、私への贈り物を考えて頂戴」

そう花束をつき返された時の、彼の顔は忘れられない。彼らしくもなく頭の上に10個はハテナが浮かんでいたように思う。
彼氏が彼女を喜ばす贈り物、では嫌なのだ。世の女性が欲しそうなもの、では嫌なのだ。
他に類を見ない貴方が、世界でたった一人の私のために考えて考えて選んだものが欲しかった。
そう言う私に向かって、彼は私に返したのだ。

「貴方は厄介な人ですね」

と。

しかし、それ以来だと思う。あの人が私自身をよく観察するようになったのは。
この世に幾万とある例題を参考に結果を出すのではなく、私の性格・行動・思考を思索して、全て私用のものを作ってくれた。

そんな彼は、去年のクリスマスに、何も贈り物をよこさなかったのだ。まさか、たかが世界の時差くらいで私の住む土地が今日クリスマスだということを忘れているのではあるまいなと思った。けど、ここのところ忙しいと言っていたから、今年のクリスマスは何もなしで我慢するか、と一人淋しく小さなケーキをつついた。
すると、どうしたことか。夜中にチャイムの音がなり、吹雪ともいえる雪の中から頭に雪を積もらせた彼が現れたのだ。驚いてぱっくり口を開ける私の前で彼は「入れてください」と震える口で言い、急いで中に入れて暖めて「どうして?」と聞くと彼は、

「貴方が一番欲しいのは私でしょう」

そう言ってのけた。
クリスマスが終わる数時間後にやっぱりいなくなってしまった彼だけど、
その時私はこれ以上に、貴方以上に、人を好きになることはないと思った。

好きだと思えば思うほど、貴方がいない時間が全くの虚無だ。
貴方に触れられない自分の存在すら、意味を見出せない。
私はあの時のクリスマスで貴方に一生分の愛を貰った気でいるから、何も会いにこいなんて、思わないよ。ただせめて、声だけでも、それが駄目なら言葉だけでも、欲しい。
現れるのは突然で、去るのは自然で。
そんな貴方との拙い関わりまで取られてしまっては、闇ほどに深い不安がどうしようもなく襲ってくるのだ。

定期的に私の元へ帰ってきていた彼の心が、こない。

たった1秒分の針が動くことすら大きな不安をかきたてる。
貴方に触れたい、顔が見たい、声が聞きたい、言葉が欲しい、
それが駄目ならせめて、生きているかだけでも、教えてくれないと、・・・
返しても届かないと言われたメールを打っても返ってこず、かけてはいけないと言われた番号に電話しても繋がらず、思いつく限りの場所に赴いても見つからず、待っても待っても連絡はなく、消息すら分からない。

どこにいるの?

L


Lが現れそうな場所といえば、自分の家しか分からなかった。
だから私はただひたすら、毎日毎日家で彼を待ち続けた。
またあの時のように、ひょこりと現れてくれるかもしれない、なんて、遠すぎる思いを引きずって。

そうしていると、ふと、彼がここを出て行くときに置いていったある箱を思い出した。
その時彼は何度も何度も、それはしつこく「開けてはいけません」と私に言って聞かせた。
貴方はすぐ約束を破るけど、他のどの約束を破ろうともこれだけは絶対に守ってください。と、いつになく念を押されたのだ。

そんなに言われると逆に開けたくなる。見られたくないなら私に見せずに隠せばいいのだ。
貴方なら私が一生かかっても見つからないような場所に、それは神隠しのごとく隠すことが出来るだろうに。
そう思いながら私は、あまりに真剣に強く言う彼の言葉を守って、その箱を棚の奥にそっと置いておいた。
今それを思い出したのは、その箱にふと、呼ばれたような気がしたからだ。

どこだったっけ、と少し探して、見つけた箱の埃を払った。
多少、迷った。彼があんなにも強く開けるなといったものだ。
それこそあのパンドラの箱のように、神の意向に逆らって蓋を開けた途端絶望に世界を覆われるかもしれない。
それでも、彼のいない世界など、もうすでに望みなど絶えている。

私は絶望も覚悟でその箱を開けた。
持っている時から軽いと思っていたけど、中には案の定、カードが一枚入っているだけだった。
そこに書きつけられた、たった一文に、視界が滲んで世界が揺れた。





来世で逢いましょう





ロングラブレター



カードの上に、コロン、と指輪が堕ちてきた。
蓋の裏に貼り付けてあったようだ。