それは世界が閉じた音に似て




咥えた煙草に火をつけて、耳と肩で挟んでる電話から聞こえる小さな呼び出し音を聞いていた。
その簡素な音はなかなか途切れずに、煙草の先が焦げて息を吸い込むと赤く燃えて、肺に煙が注入されて、細く長く天井に向けて吹き出すと空気にもあっと白が混ざった。
でもこのただ同じ音程をループする音はまだ途切れない。口から煙草を取って、もう片方の手で肩に挟んでいた電話を持つとやっとガチャンと音が途切れ、受話器が外された音の後にようやく、その声は遠い空の下から俺の部屋へとやってきた。

『もしもし?』
「もしもーし」
『・・・もしもし?』
「もっしもーし」
『・・・』

聞こえた声は昔となんら変わらず、すぐにだと分かった。
だからこそこんな間の抜けたやり取りを交わせるのだ。

『マット?』
「そう。なに、すぐ俺って分かんねぇの?」
『・・・だって、声違うから。少し声低くなったね』
「そーお?」

お年頃だからね。なんて軽く言ってやると電話の向こうでは「馬鹿」と昔と変わらず罵った。ああ、それそれ。その冷めた声が俺チョー好きなんだよね。

『どこからかけてるの?』
「んー、そりゃヒ・ミ・ツ」
『・・・。何か用?』
「あ、怒った?ごめんなさい怒んないで」
『もう、今何してるのよ。どこにいるの?連絡先くらい教えてよね』
「あーこの前電話壊しちゃってさ。ダンプに轢かれたの、ぐあー!っとペチャンコに」
『それは災難ね』
「うん。でも俺の代わりに轢かれてくれたんだなと思って、感謝して捨てた」
『あそう』

耳につけてる穴の中から、ふと小さくため息の音が聞こえた。きっと俺がふざけつつもそれとなく会話を逸らしているのがには分かるんだろう。頭のいい子だから、君は。

『で、今の連絡先は教えてもらえないの?』
「んー、じゃあこれからは俺が週1でかけます」
『信じられないわね』
「信じてチョーダイ」

今度は盛大に深いため息が聞こえた。かなりわざとらしく。俺に分からせるように。

『ちゃんと暮らしてるの?また馬鹿なことに首つっこんでないでしょうね』
「馬鹿なことって?」
『細々と非合法な物を売って暮らしてるって風の噂で聞きましたけど?』
「どっからそんな風が吹いてくんだよ」
『じゃあただの噂で信じていいのね?』
「あ、聞いたか?アイリーンがついに映画デビューするってよ」
『さようなら』
「あーゴメンゴメン!」

冷たく電話を切ろうとするを必死に繋ぎ止めると、また受話器の向こうで大きなため息が聞こえた。まったく、この広い地球で対極ともいえる場所に住んでるにどうして自分の悪行が届くんだか。施設の人間ってゆーのはあそこを出た後も妙につながりが強くて困る。

『なんなのよ。久しぶりに電話してきて、何か言いたいことがあるからかけてきたんじゃないの?』
「声が聞きたかっただけだよ」
『・・・。そういう台詞は真面目に言われない限り聞き流すことにしてるの』
「うん、まぁそれもいいよ」
『・・・』

本当にただ、久しぶりに声が聞きたかっただけなんだ。その声でなんでもない話をしたり怒られたり、あしらわれたり相槌打ってもらいたかっただけなんだ。

『ねぇマット、本当に今どこにいるの?何してるの?』
「それも本気で言わなきゃ聞き流す?」
『信じるわよ、マットが言う事なら』
「うわ」

まさかそんな言葉まで聞けるとは、思ってなかったよ。
それだけでもう、今日電話をかけた甲斐があったというもの。

『ねぇ、どうして急にいなくなったりするの。どうしていつもそう道を外れちゃうのよ。仕事だってちゃんとうまくやれてたんでしょ?何も問題なんてなかったでしょ?』
「ないよ。何も」
『じゃあどうしてよ。どうして普通に生きられないの?』
「だってつまんねぇんだもん」
『つまらないじゃないよ。ねぇお願いよマット、せめて居場所くらい教えてよ。変な噂ばかり流れてきて、もう心配でたまらないんだからね?電話じゃなくて会いに来てよ、顔を見せてよ』

うん、本当はね、声だけじゃなくて顔を見に行きたいよ俺だって。
その声を肌で感じたいし、その髪に触れたいし、抱きしめたい。

「実は今、メロと一緒にいる」
『え、メロ?メロ、もうハウスを出たの?』
「うん、それで、これからはたぶんメロとずっと一緒にいる」
『メロと一緒って・・・でもメロは、え?』
「・・・」

俺たちがハウスにいる頃からニアとメロがLに一番近い存在だということは決まっていた。いつもニアに勝てないメロをよく俺たち二人でからかって遊んだものだ。
だからもう、はきっと分かってる。君は頭のいい子だから。

『マット、もしかしてキラ事件に関わってるの?』
「・・・」
『ねぇマット、そうなの?』
「・・・、本気で言うから聞き流さないでくれよな」
『・・・』

受話器の向こうで、が住んでいる世界の物音が聞こえていた。
電車の通る音とか、誰かの話し声とか、がいつもいるんだろう世界の物音。
どうかその世界が、いつまでも穏やかにを包んでいますように。

「メロってば昔っから何も変わらずおかっぱでやんの」
『・・・』

バカ! 大きな声で罵って、電話はガチャンと音を立てて切れてしまった。
キーンと耳に怒鳴り声が突き刺さる。はは、また怒らせちゃった。

ツーツーツー・・・
電波で繋がっていた遠い空の下とはばっさり世界を切られてしまって、ここは元通り俺だけがいる部屋になる。一人でいても、この小さな機械がどこへでも世界を繋げてくれている間は、寂しさも孤独も感じない。でもその反面、切られてしまった後は、どうしようもない一人だけの世界に気づかされるんだ。

ツーツーツー・・・
もう電話は切れているのに、その電話が切れた音すら、自分で切ることが出来なかった。
きっとは後悔してる。自分から電話を切ってしまったこと。
でも絶対にそんな弱みは見せない。君は強い子だから。
俺も見習うよ。孤独なんてものにはさっさと慣れないとな。

ツーツーツー・・・
それは世界が閉じた音に似て、無機質でちっぽけな無限のループ。
終わりなど無い。始まりすら無かったんだから。元々何も無かったんだから。

とりあえず、まずはそんな機械音から、慣れようと思う。





それは世界が閉じた音に似て

マットはメロより少し年上で、メロより先に施設を出ていた。
というのが私的ワイミーズ設定だったのに、13巻であえなく撃沈しました。