涙姫と不幸王子の行く末いずこ




外は眩しくて空は爽快なまでに晴れ渡っているのに、の心と瞳はずぶ濡れだった。

「はい」
「ずっ・・・ありがとう・・・」

左手にティッシュ箱を抱えて一枚引き抜きに差し出す。は俺の差し出したティッシュを受け取るとまたぐずぐずと出る涙と鼻水をそれに吸い込ませた。手に持ったティッシュはもうすっかり水分で重たくなっていて、紙というよりひとつの塊になっている。

「もう一枚いる?」
「ん・・・」

涙と連動する鼻水がしきりに流れてくる。化粧なんてもうはげ切っていて、目の下は涙で滲み崩れたマスカラで黒い点々がついている。それを教えてやるとは、俺から受け取った何枚目かのティッシュで目の下も拭った。

「まだ悲しいの?」
「・・・ううん」
「でも涙止まらないし」
「・・・大丈夫。悲しいっていうか、きっとショックなだけだから」

思い出すようにまたポタポタ頬を濡らすの涙を見て、俺の心臓はぎゅっと締まるんだ。
誰も、好きな女の涙なんて見たくないだろう?大事な人には、いつだって笑ってて欲しいだろう?
なのには部屋の中も心の中も涙色に染めるんだ。俺はその隣でティッシュを差し出すだけさ。
強がりを言う君に、慰めの言葉も癒しの言葉も浮かばずにただ、しゅ、とティッシュを抜くだけなんだ。

「もー・・・ごめんねマット、いつもいつも・・」
「いや」
「なんかあたし、マットには嫌なところばっかり見られてるね」
「そんなことないよ」
「もう、ごめんねー・・・」

そんな揺れた声で、俺にゴメンなんて言わないで欲しい。だって、まるで俺が泣かせてるみたいに見えてくる。
はいつも悲しさのあまり自虐的になって、何でもかんでも自分が悪いと思ってしまうんだ。

確かに俺は、何故かよくの泣いているところに遭遇する。
前は確か、の働く店にを食事に誘おうとしつこくする客がいて、それをが何度も断るものだから、へそを曲げたその客が店にイチャモン付け出しては不条理に店長にこっぴどく叱られた。それで泣いて帰ってきたところに俺が偶然通りがかったものだからその事情を聞いて、元気出せよ、とだけ言った。
うん・・・。と言いつつ沈んだの顔は変わらなかった。そりゃそうだ。俺で少し鬱憤を晴らしたところできっと明日も来るだろうその客の誘いを、また断れば店長に怒られ、かといって付き合えばまた次次と話を持ってくるに違いない。
もうヤダ。仕事行きたくないよ。と泣き続けるを前に俺は、やっぱりティッシュを引き抜いて渡してた。

・・・その翌日。は隣の俺の部屋をノックしてきて、俺が出るとパッと明るい笑顔を見せた。
今日ね、そのお客さん来なかったの。店長もきつく言ってゴメンって謝ってくれたのよ。
そう、はきのうの涙なんてすっかり忘れて笑う。なんてかわいいのだろうと思った。
一通り喋ったは落ち着いた後、俺の右手の指にまとめて巻いてた包帯に目を留めて「それどうしたの?」と聞いた。
俺はなんでもない、とだけ答えた。

「ねぇ、私の何が悪かったのかなぁ、なんで急にフラれちゃったのかなぁ」
「ん・・・、は、悪くないと思うよ」
「じゃ、なんでなの?」
「んー・・・、気持ちが冷めたとか」
「うー・・・」
「あ、いや、」

もう駄目だよー・・・。は泣くとものすごく後ろ向きになって毎度毎度しっかり絶望する。
ぐすぐす泣き続けて目も鼻も真っ赤だ。それはそれでかわいい気もするけど、やっぱり二人きりで泣かれると俺が泣かしてるように見える。でも俺は、慰めどころかうまいジョークも浮かびやしない。

あれはそう、3ヶ月くらい前の冬の日。
やっぱり涙に暮れるが木枯らしの中頼りなくコートを握り締め歩いていて、仕事帰りの俺はそのを見つけてどうした?と聞いたところ、友達とケンカした、と涙も凍る冬空の下でボロボロ泣き続けた。
謝れば?と言ったら電話に出てくれないと返され、家まで行ってみれば?と言ったら怖くて出来ないと返された。
ポケットの中に押し込んであったポケットティッシュを(ぐしゃぐしゃになってるのを伸ばしてから)に差し出して、泣くを部屋に送り届けて俺はまたアパートを出ていった。

その日の夜遅く、が隣の家の俺の部屋のドアをノックして、泣きはらした目をそれでも輝かせて「電話が来たの、もう怒ってないって言ってたわ」と笑顔を見せた。俺は寝てたところを起こされて少し寝ぼけた顔での前に立っていただろうけど、が暗闇でも輝いて笑うから、もうそれで良かった。
冬の夜に3時間外で立ち尽くしたせいか、頭が痛くて体がダルイ。発熱してる俺を見上げてが「風邪?」と聞いた。
俺は大したことない、とだけ答えた。

ティッシュを握ったまま泣きつかれて眠ったの横にティッシュ箱を置いて、家を出た。

「な、なんだよお前っ」
「うるせーよ、黙って殴られろ」
「はぁ?!」

実は2・3日前に階段を踏み外して足をくじいたんだ。シップを貼るけど日に日に腫れがひどくなってしまっている。
そんな足で逃げようとする男に蹴りを入れてしまったからきっと俺はこのクソヤロウよりも痛みを覚えただろうけど、根性で耐えた。

「ったく、なんでこんなヤローがいいかねぇ」
「離せよ、誰なんだよお前っ」
「名乗るほどの者では。言わせて貰うなら、涙脆い姫から目が離せない報われない王子かねぇ」
「はっ?ワケわかん・・うわー!!」

いたたたた、手までいっちゃった。もっと拳鍛えないとなぁ。
まぁとりあえず、が「連絡がないの」と落ち込み続けた2週間分くらいの痛みは分かっただろう。

「気失ってるとこワリーけど、もっぱつ入れるよー」

・・・とどめに入れた蹴りで、おそらく明日は歩けまい。
これは俺の痛み分。足の一本くらい折れたまま放置されたって死にやしないだろう。今は刺すような冬でもないんだし。

やれやれ、と引きずる足で家路につく俺って、なんてけな気で優しくてカッコ良くて素敵なのだろう。
はもっとそれに気づくべきなんだ。足どうしたの?なんて聞かなくていいから、マットって私のこと好きなの?って聞けばいいんだ。そしたら俺はようやく、ひとつ頷けるんだ。
頷くか、首を振るか、なんでもないと強がるか、俺のへの行動パターンはそれしかないんだから。

そんな潤んだ目でいつまでも隣にいると、そろそろ我慢も限界に近いよ。
泣いてるのもかわいいと思うけど、やっぱり笑ってるとこが一番かわいいんだよ、は。
だからほら、俺の差し出すティッシュで涙を拭って、目の前に誰がいるのかしっかり見て。

「マット、足どうしたの?引きずって」
「・・・」
「ケガしたの?駄目じゃない、シップ・・・ううん、病院行きましょ」
「・・・なんでもないよ、このくらい」

いくら俺の演技が上手すぎるからって、それは酷い。騙されすぎだよ
こんなにも傷ついて苦しんで、それでも君の涙を晴らそうとする俺の、この深い深い愛を君は感じないのかい?
俺のしてきたこと、1から100まで教えてやりたいよ、ほんと。

「ありがとうマット。マットってほんといい人ね」
「・・・」

はぁ・・・。





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