今度はスーパーヒーロー




となりの席の三井くんは、ヤンキーです。
今どきヤンキーなんて言葉もどうかと思うけど、誰が見ても不良です。
授業なんてちっとも出ない。そもそもなぜ進級できたのか疑問で仕方ない。
教科書を開いてるところも見ない。朝から席に座ってるとこすら見たことない。
昼近くなってようやくのそのそ現れたかと思えば、不必要にでかいお友達と一緒でよく私の席のイスを使ってるから授業開始まで座れないこともしばしば。しかも近づくと煙くさい。そんな匂いをプンプンさせて学校に来て、教室の片隅を我が物顔で占拠するのだ。私のイスを返せ。

「ああ?」

まさか、心の声が聞こえたわけじゃないだろうけど、太い眉毛と据わった目で見上げられて私はビクリと肩をすくめた。

「やめろ徳男、ほらどいてやれよ」
「あ?なんだよみっちゃん」
「ここはちゃんの席なんだよ」
?あーあ、・・・」

私に振り返り睨んだ堀田くんを止め、さらに私の席を空けさせてくれたのは、三井くん。他にも私の机に腰かけてる人にもどけと声をかけてくれて、私の席は空いた。

「座れよちゃん」
「はぁ・・・」
「おい、みっちゃんが座れってんだからさっさと座れよ」
「は、はい」
「徳男、ビビらすんじゃねーよ」
「なんもしてねーだろ」
「お前のそのツラがこえーんだって、ちゃんは清らかなんだからよー」
「ああ?」
「い、言ってません、私はそんなこと、ひとことも!」
「ははっ、ほらちゃん、座れよ」
「ど、どうも・・・」

座ろうにも、私の机とイスに座っていた人たちが立ちあがったおかげで、私がその席に座るとまるで取り囲まれてるような構図が出来上がるのだ。私はビビりながらイスを元の場所までズルズル引きずり小さくストンと座るけど、左半身だけダラダラ冷や汗が流れて流れて仕方ない。

クラスの子たちがヒソヒソそんな私の状況を覗きこんでいる。それをまたこの人たちは、見てんじゃねーよ!とか怒鳴るから、クラスのみんなはさっと目をそらして他人の顔をする。わ、わたしも他人になりたい、なりたいのだけど・・・!

ちゃん、今日空いてねーの?遊びにいかねー?」
「は、いえ、私は・・・」
「テメェみっちゃんが誘ってんだろ、なに断ってんだよ」
「えっ!だけど、今日は部活が・・・」
「んなもん言い訳になるかよ」
「やめろって徳男、ちゃんはマジメなんだからよ」

ニヤニヤ笑って私を見てくる三井くんは、完ぺき私で遊んでいるようだ。
けど周りの人たちの目はちっとも笑っていない。それどころか本当に今すぐにでも殺されてしまいそうなくらいの目で見下ろしてきて、私はまるでご機嫌とりのような笑顔を下げられないまま体を硬直させてこの悲しい席に座り続けるしかなかった。なんで私、こんな席になっちゃったの・・・

今まで、三井くんはもちろん、この怖そうなグループの誰にだって目を付けられたことなんてない、この人たちと私は関わりなんて一切ない距離だったのだ。いつもケンカしただのタバコがバレただのと先生に怒鳴られてる彼らを、私は遠目で友だちと怖いねーなんて言ってるだけの、別世界の住人だったのだ。
なのに、今年になって同じクラスになり、席がとなりになってからというもの三井くんがなぜか私の名前を覚えてしまい、やたらと連呼してくるようになった。そしたらこの周りの人たちもだんだん私の顔を覚えてしまったみたいで、三井くんのそばを通る時に声をかけないと怒られるし、三井くんの誘いをこんな風に断るとすごい顔ですごんでくる。
おかげで私の周りの友だちも怖いと離れていく始末。
前なんて、中学の同級生とバッタリ会ってひさしぶりーと騒いでいたら、そこに偶然三井くんたちが通りかかって私に気付き寄ってきたものだから、友だちは全力疾走で離れていってしまったのだ。本来なら友だちが増えていくはずの学校生活で、最上級生になった私の周りはがぜん人気が引いてしまっている。

いったいどうして、私は三井くんに気に入られてしまっているのだ?
それとも三井くんのとなりになった子はみんな、こんな思いをしてるのか?

ちゃん、それなに聞いてんの?」
「え?えーと、ブルハ・・・」
「へーブルハなんて聞くんだ。貸して」
「おら、みっちゃんが貸せってよ」
「は、はい!」

三井くんが私の机の横にかけられたカバンのポケットに入ったMDウォークマンを指差したから、私はすぐさまそれを取り三井くんに献上した。イヤホンを耳につける三井くんがMDプレーヤーの再生ボタンを押して、そのときチャイムが鳴ったものだから堀田くんたちが教室を出ていった。私のうしろの席や、三井くんの前の席だった子たちが恐る恐る自分の席に座る。クラスのみんなも堀田くんたちが出ていってホッとしたようだった。私もホッとする。

「こん中でどれが好きなの」
「えーと、ラブレターとか」
「ふーん」
「三井くんもブルハ聞くの?」
「まー」
「好きなのある?」
「んー」

三井くんは左耳にイヤホンをつけて、右側の私の話を聞く。
ざわざわした教室で「チェインギャング」とボソリ答える三井くんの声は、小さく目立たない。
堀田くんたちと一緒にいるときの三井くんは、なんていうか、ギラギラしてて怖いけど、こうやってひとりでいるときは、こんな風にそっと、ひとりの男の子になる。周りのみんなは当たり前に三井くんから視線をはずして、もちろん私も怖いけど、今までほどじゃない。

「三井くん、先生きたから外したほうがいいよ」
「ああ」

教室に先生が入ってきてざわついていたクラスも静かになって、けど三井くんは返事しつつもイヤホンを外さず、MDプレーヤーは静かに動き続けていた。
そうか。三井くんもブルハが好きな人なのか。

「三井、授業中になにを聞いてるんだ」

授業が始まり先生が教科書を読み始めた時、三井くんの机の上に堂々と置かれたMDプレーヤーが先生の目にとまった。長い髪の下で頬杖ついている三井くんは、その先生の声が聞こえていないみたいでまったく反応を見せない。すると先生が教壇から下りて、三井くんに近づいてきた。

「み、三井くん」
「ん?」

三井くんは私の声を聞きつけ顔を上げ、そこに視界を遮って現れた先生にやっと気付いて先生を見上げた。だけど時すでに遅し、先生は机の上のMDプレーヤーを取った。

「何すんだよ」
「ちゃんと授業を聞け、これはあずかっておく」
「あ?」

三井くんが立ちあがって、悠々と先生の背丈を越す。
その三井くんに、教室中がピリッと空気を張りつめた。

「触んなよ」
「座れ、放課後とりに来い」

ガターンッ!・・・
静かな三井くんの声とは裏腹に、三井くんに蹴り飛ばされた机は大きな音を立てて転がった。私も、近くの席のみんなも驚き怖がって席を立って、サラリと髪を揺らす三井くんに睨み下ろされてる先生も少し後ずさって。

「返せっつってんだよ」

三井くんは先生の腕をつかみ上げて、痛がる先生の手からMDプレーヤーを取り返した。
そのまま三井くんは先生の言葉を無視して、教室を出ていってしまう。
瞬間的に凍りついていた空気は誰かの安堵の息で解かれ、ざわつく教室に先生の静かにしなさい!という恥ずかしまぎれの声が響いた。

私はドキドキなり続けてる心臓を押さえ、席に戻ろうとして、けどそれより先に蹴り倒された三井くんの机が目に留まってそれを元に戻した。
先生は前に戻ってまた授業を進めようとするんだけど、クラスのみんなはいつまでもざわざわと囁き合っていた。だけどしばらくすれば元通り静かになって、ひとりいなくなった教室だけど何も変わりなく、授業は進んでいった。


「もうマジ最悪じゃない?去年は誰もうちのクラスにいなかったから関わりなかったけどさ、今年は三井がいるんだもん、クラスの雰囲気最悪だよ」
「ほんと、自分が悪いクセにさ、いちいち授業中にキレたりしないでほしいよね」
もさ、いちいちアイツの机もどしたりしなくていいよ!」
「いや、でも、どうせ誰かがやることだし、ねぇ」

放課後になって、ひとりずつ教室から人がいなくなっていく。
私も友だちと一緒に教室を出て、部活に向かった。
結局三井くんは、そのときの授業が終わっても、昼休みになっても、放課後になっても、教室に戻ってくることはなかった。

「どこかにいるのかなぁ。あ、職員室に行ってるのか」
「なわけないじゃん、どーせ帰ったんだって」
「そーそ、大人しく説教聞きに職員室なんて行くわけないじゃん。私だってわざわざアイツの説教聞きに職員室なんて行きたくないわー。想像つくよねー、ギャンギャン叫んでる図がさ!」
「あははっ」
「でも先生に取られなくてよかった、MD。あの先生なかなか返してくれなさそう」
「没収されたって仕方ないじゃん、自業自得でしょ」
「没収は嫌だなぁ、アレ私のだし・・・」
「はあ?アレのなの!?なにそれ最悪じゃん!」
「そーだよ!結局アイツ持ってっちゃったんでしょ?取られたんじゃん!」
「え?あ、取られた、のか」
「もーにぶすぎ!先生に言って取り返してもらいなよー」
「うーん・・・」

てっきり私は、アレは私のだから三井くんは守ってくれたんだと思っていた。
たしかに三井くんは私のMDを持ったまま結局行方知れずだけど、私はそのうち返ってくるだろうと思っていた。
けど三井くんは次の日も学校に来なくて、結局私のMDは帰ってこないままだった。
さよなら、私のかわいいMDプレーヤー。(次は長時間再生のヤツ買おっと)

そのまま、次の日も、その次の日も三井くんは学校に来なくなった。
私はMDよりも、こんなに何日もこなくなった三井くんがどうしたんだろうと思っていた。
三井くんがいないまま、それでも何も変わらない学校がくり返された。
三井くんだけじゃなく、堀田くんたちまで見かけなくなって、なんだかみんなが生き生きしてるような気がした。

「アイツらいないとマジ学校が明るくない?」
「そーそ、このまま消えてくれりゃいーのにな」

廊下でバタバタ暴れる男の子たちも、教室でキャッキャ騒ぐ女の子たちも、みんな伸び伸びしていた。いつもどこか抑圧されてるような怖い人たちがいなくなって、本当に教室や廊下がいつもより明るく見えた。

「堀田たちって、いま謹慎くらってんだろ?」
「あー、なんか1年とやりあったとか?」
「違うよ、1年のヤツひきつれてバスケ部襲ったらしーんだよ。バスケ部のヤツ見てみろよ、全員顔ボコボコだぜ」
「うっそ、マジで?こえー」

時間が経つにつれ、いろんな噂が飛び交うようになっていた。
それはどんどん尾ひれがついて、もうどれが本当か、わからないくらい。
三井くんも、謹慎中、なのかなぁ。
私のMDと一緒に・・・。



ざわざわした朝の廊下で、ふと声をかけられ振り返った。
振り返ったけど、返事は出なかった。

「・・・」
「よお」
「・・・」
「あ、あのよ、コレ・・・」
「・・・」

私はすぐそこに立っていた男の子を見つめた。
だけどすぐに誰かわからず、返事が出来ないでいた。
するとその人が、バツが悪そうに私に手を差し出し、その手にMDが握られていたから

「三井くんッ?」
「・・・おお、たり前だろ」

恥ずかしそうに目を反らす、いつもならサラリと揺れながら顔を隠していた長い髪が短くバッサリ切られた、三井くんがそこに立っていた。
みんな驚いている。目を丸くして三井くんを見てる。

「悪いな、借りたままでよ」
「えええええ、どうしたの、その頭」
「まー、なんつーか・・・、うっとーしーから」
「あ、前歯も生えてる」
「いや生えねーよ、差し歯だっつーの」
「ええー、どうしたのー?あは、あはは」
「笑うな」

そうは言われても、まったく見慣れない三井くんの突然の変異に、私の笑いは止まらなかった。横を通り過ぎていく人たちも物珍しげに三井くんを見てくるから、三井くんは少し頬を赤らめて見てんじゃねぇよって怒鳴るんだけど、その姿は今までみたいにギラギラしたものじゃなくて、とにかく恥ずかしそうだった。
笑う私にMDを押しつけ返す三井くんは、人目の集まる廊下を歩いていく。
私は数日ぶりに帰ってきたMDをなんだか懐かしげに見下ろした。
おかえり、私のかわいいMDプレーヤー。(ちゃんと壊れるまで使い続けるよ)

「ねぇ、何があったの?」
「あー?なんもねぇよ」
「不良卒業?マジメになるの?」
「うっせぇ!」

ほんのり照れてる顔がよく見えるようになった三井くんは、本当に別の人みたい。
いつもニヤニヤからかうようだった顔もどこかへ消えて、私を「ちゃん」とも呼ばなくなった。
教室に入るとやっぱりみんなの好奇の目が三井くんへ集まってくる。
恥ずかしそうな三井くんは、だけど何も言わずに自分の席に堂々と座った。
こうして背中からあの頭を見てると、健全なスポーツマンのようだ。


「ん?」
「その・・・悪かったな、今までよ」

背筋をピンとまっすぐ前を向いてる三井くんが、ちっとも私のほうを見ずに私に謝る。
堂々としてるのか、逃げ腰なのか、ちっともわからない。
でもやっぱりその表情はよく見えるのだ。今まで隠れるようだった三井くんの顔。

「うん、え?なにが?」
「・・・・・・いや、いいならいーんだけどよ、べつに」

意味が分からず首をかしげる私に、三井君はなんだか呆れてるような目をよこすけど、またそっと目を反らしてしまった。三井君がいったい何を謝りたいのかは分からないけど、私はとにかく三井君の変身が面白くて面白くて、しつこく笑い続けてしまった。

いったい三井くんに何が起きたのか、三井くんは話してくれない。
今度はそれが聞きたくて、私が三井くん三井くんと寄っていってしまうかもしれない。





今度はスーパーヒーロー

BLUE HEARTS:チェインギャング(三井ソング)