今度はスーパーヒーロー




生まれ変わったからには一応これからはマジメにせねばと思い立ち、授業もサボることはやめ、だけど今さら教師の言うことに耳を傾けたってサッパリわからねぇから結局寝たりして、今のところ俺の授業中の態度は、変わっていない。

、今日部活?」
「うん」
「なーんだ、みんなでカラオケいこーって言ってたのにさ」
「えーそーなのー?行きたいなぁー」
「じゃ終わったらおいでよ、駅前んとこだからさ」
「うん行く行くー」

今日も授業が終わった、放課後。
クラスメートたちがそれぞれの時間を過ごしに教室を出ていく。
俺だってもうなんの予定もないヒマ人とは違うから、1日中睡眠でたくわえた力をようやく発揮しようと体育館に向かう。カバンを担ぐ手にも席から立ち上がる足にもおのずと気合いが入る。じゃーな、ってとなりのアイツに言い置いて、颯爽と教室を出ていくのだ。

「割引券とか持ってる?」
「あーない、こないだ使っちゃったよー」
「じゃあやっぱこっちのが安いんじゃない?ほら、今日学割きくし」
「じゃそっちにしよっか」
「えーコレどこ?場所わかんないよ」

・・・しかし、机を囲んできゃいきゃい騒いでる女の集団の中に、俺がじゃーなと口をはさむ隙間などなく、は友だちとしゃべりながらカバンを持って教室を出ていった。俺はここに残ってる理由なんて何ひとつないのに、堂々と席に座ったまま、立つタイミングを失っていた。

ダメだ、ここ数日、になんと声をかけていいのかちっともわからない。
ちょっと前まではちゃーんとか遊びいこーぜーとか冗談交じりに声を掛けていたのに、今は名前すら気軽に呼べないし話しかける内容もさっぱり思いつかないのだ。なんだか一言一言がぜんぶマジな気がして、ぜんぜん面と向かえないでいた。

「・・・あ」

何を言ってんだ俺はとため息交じりに立ちあがったとき、床に白いイヤホンが落ちてるのを見つけた。拾ってみると、それは間違いなくのMDウォークマンについてたイヤホンだった。アイツいつもカバンのポケットにMD入れてるから、イヤホンだけ落としていったしまったらしい。
教室を出て廊下の先を見やったけど、一足先に教室を出ていったがまだいるはずもなかった。ないことに気づいて取りに来るかもしれないし、机にでも置いておくべきか?

「おう、みっちゃん」
「徳男、来てたのか」
「ああ、謹慎解けたからな。て言っても来たの昼だけどよ」

俺と同じように顔を傷でボロボロにした徳男たちと、あの日体育館でやりあって以来に会った。こいつらはバスケ部に余計な責任を負わせないため、それに、俺にバスケをさせるために、自分たちだけ責任をかぶり処分を買って出てくれた。正直、どのツラ下げて会えばいいのかわかんなかったけど、こいつらは今でもこうやって普通に俺を呼んでくれる。
バスケから目を背け逃げてきた時間は無駄でしかないけど、こいつらとつるんでた時間は無駄とは言えない。虚しさや不満足さ、やり場のない持て余した力は、俺もこいつらも変わりなかった。

「バスケ、どうだよ」
「ぜんぜんだ、やっぱ2年はでけぇよ」
「そーか。でもやってくんだろ」
「まぁな、てかやるしかねぇよ」

今さら今までを悔やんでるヒマなんてない。俺に残された時間は限りなく短い。
今から急ピッチで体力と技術を取り戻そうとしたって、これから始まる大会に間に合うかどうかだ。

「みっちゃんならできるさ」
「なんだよ、気持ちわりーな」
「みっちゃんはケンカもうまかったからな、もともと筋がいーんだよ」
「ケンカとバスケはちげーよ」
「あるんだよ、どっか通じるもんがよ。ダメなヤツは何させたってダメなもんだ。それがもともと使われるはずだったバスケに使われるんだから、うまくいかねーはずがねぇよ」
「・・・だから、気持ち悪いんだよ」

誤魔化すように小さく笑う徳男はじゃあなと、目障りな他の生徒たちを蹴散らすようにして廊下のど真ん中を歩いていった。俺も下駄箱に向かうんだから一緒の方向へ行くんだけど、たぶんあいつはもう、あんまり俺と一緒に歩こうとはしないだろう。じゃないと、ケンカの言い訳が成り立たなくなっちまう。

ボリボリと、慣れない短い髪の頭を掻いて、俺もいい加減廊下を歩きだす。
俺には感傷に浸ってる時間すらない。ガラでもないしな。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると、眩しいくらいの青空が広がっていた。
だんだんと温度を上げてる世界はそのまま夏を連れてくる。
ここ2年は「夏」という季節にさえ胸くそ悪さを感じていたのに、今はまるで夏休み前の小学生のガキみたいにワクワクしてしまっているんだから、現金なものだ。
吸い込む太陽の匂いにすら清々しさを感じる、放課後。
やってやる。もう四の五の言わず、やるしかねぇ。

「あ、三井くん」
「・・・、おお」

思い切り気合いを入れて足を踏み出した正面から、走って近づいてきたが俺の前で足を止めた。

「あ、お前イヤホン落としてったろ」
「え!そーなの、どこかに落ちてた?」
「机の下に落ちてたよ」
「あーありがとー!」

俺はそういえばずっと持ってたの白いイヤホンを差し出した。
は無くしたことに気づいて、探しに戻ってきたんだそうだ。
俺の差し出すそれに、はうれしそーに手のひらを差し出す。
そのの手のひらの、まん中に、少し色が白くなった部分があった。

「・・・お前、それ」
「え?」
「手」
「手?」

イヤホンを受け取りまたありがとうと言うの手のひらを、俺はもう一度見せるように言った。そうしてまた開いて見せたの、手のひらのまん中に、小さく白くなった部分。

「え?なに?」
「・・・」

訳も分からず手のひらを見せてるの、その小さな傷跡は、俺がつけたようなものだった。
俺たちはまだ2年で、のことなんて名前も顔も知らなかったころ。
俺は徳男たちとグラウンド脇の校舎の影で授業サボって、グラウンドで体育をしてたどっかのクラスの女子をエサにタバコをふかしていた。といっても俺はどうしてもタバコを吸うことはできず、徳男たちから少し離れたところで寝転がっていたんだけど。

そんな俺たちのところに、ソフトボールの球がコロコロと転がってきた。
それを取りに来たのがで、なんとも不運なはタバコを吸っていた徳男たちをまんまと目撃してしまったのだ。タバコを土に押しつける徳男たちはもちろん、に誰にも言うなよとすごんだ。完全にビビってるを俺は寝転がってる横目で見た。

そこへ、を救うかのように偶然通りかかった教師が俺たちに近づいてきた。
徳男たちはヤベェとすぐに逃げ、けど寝転がってた俺はすぐに状況をつかめずに逃げ遅れ、まんまと教師につかまってしまった。
そのときはまだ授業をサボってる俺たちに教師は怒っていたが、徳男たちがいたところには完全に消えずに煙を上げてるタバコの吸い殻が土からはみ出ていて、匂いだって残ってるしおそらく見つかるのは時間の問題で、俺は吸ってはいないけどこれは謹慎確実だなとすぐに諦めた。

そしたらまだそこに残ってたが、教師の足元で煙を上げてるタバコの吸い殻をパッと取ったのだ。なんだ?と振り返る教師になんでもないと首振って、背中に手を隠していた。
その後教師は俺のポケットにタバコがないことを確認して、授業に出ろよと言い残して去っていった。ホッと息ついただけど、直後に思いだしたように熱い!と叫んでタバコを離し手をブンブン振った。
バカやろ、煙出てんだからまだ火ついてんだよ、熱いに決まってんだろ!
怒鳴る俺にビビってるのか、まだ手が熱いのか分からないはとにかく涙ぐんでて、仕方がないから俺はを水道まで連れていき手のひらを冷やさせた。

何やってんだコイツって思った。
不運にも喫煙現場を目撃し、さらに誰にも言うなと脅されたクセに、まだ火のついたタバコを握りしめて教師から隠したのだ。ぜったいにバカだと思った。

「・・・お前、なんであの時俺のことかばったんだよ」
「え?あの時って?」
「その火傷した日、べつにかばうことなかっただろ、俺なんか」
「・・・」

そりゃ、こんな傷まったく人目にはつかないし、小さいもんだよ。
けど、女にこんな傷つけさせて、知らん顔できるほど、俺は・・・

「え?あの時の人って、三井くんだったの?」
「・・・」
「えー知らなかった、私ずっとあの時の3年生だと思ってた。あはは」
「・・・へぇ」

俺を、かばったわけでは、なかった・・・。
べつに理由なんてないよー、咄嗟にしちゃっただけだから。とはさらに軽く言う。
なんだか、思いつめてた自分がとても恥ずかしくなってきた。
あれしきのことでお前にホレてしまった俺は、どうなるんだ。

「でももうタバコなんて吸っちゃ駄目だよ」
「吸ってねぇよ、今まで一度も」
「あ、そうなの?それってバスケットのため?」
「そーだよッ」

なんとなくキレ気味に答え、その直後にハタと気がついた。

「なんでお前、バスケのこと知ってんだよ」
「えー?だってみんな噂してるし、それに私バレー部だよ?きのうだって三井くんがバスケ部にいるの、反対側のコートで見てたよ?知らなかった?」
「・・・(しらなかった)」
「三井くんすごくうまいよね、シュートなんて全部決まっちゃうしさ。なんで今までしなかったの?もったいないなー」
「ああ、まったくだな」
「ねぇねぇなんで?なんで急にバスケしたくなったの?」
「その話はまた今度な」
「ええー、今知りたい!」
「俺のふかーい歴史はそんな一言で片づけられるほどちっせぇもんじゃねーんだよ」
「あはは、深いんだ」
「深いんだよ、さかのぼること3年前、俺が中学3年の夏に・・・」
「あはっ、しゃべるんだ!」
「・・・」

チャラチャラやってた時は、自慢話も大げさな冗談もなんでも言えたのに。
今は何もかもがかっこ悪くて、なんも言えやしない。
あーあ、ラクだったよな、あの頃は。なんでもテキトーでいられて。

「これから部活?」
「おお、俺のヒーローぶりをとくと見ろ」
「あはは、ヒーロー?」

ヤンキーだろうが腐ってようが、復活しようがスターだろうが。
腹くくった今、どうなるかはすべて俺次第だ。

だったら、やっぱヒーローがいーじゃねーか。





今度はスーパーヒーロー