問題提起をする私、模範解答を寄こす彼




窓の向こうは真っ白で日の光でキラキラ反射する。いわゆる、白銀の世界。庭の芝生も赤い屋根も細い木もみんな雪をかぶって、なんて静かで冷えた世界。そんな外の雪は、ふわっとはねて目の前でチラチラ揺れているこの髪と、同じ色をしてた。

「ねぇニア」
「・・・」
「ニア」
「・・・なに」

私の背に手を回して、外れたボタンの隙間に口を寄せてるニアが少し頭を上げて、答えた。いつものニアの声と違う、と思った。いつものニアはもっと落ち着いた声で、的確ながら少し未熟な敬語を模っていたはず。

「見て、また雪が降ってきた」
「・・・」
「また積もりそうだね。明日外出れるかなぁ」
「・・・

その声もまた、いつもと違った。いつも生意気なほどに模範的回答を寄こすニアがこんな呆れたような返答を返すとは。やわらかいニアの体をきゅっと抱きしめたまま、ニアの耳元で「なに?」と言ってみた。言いたいことは大よそ検討ついていたけど。

「随分と余裕ですね」
「そうでもないんだけど。ねぇニア、寒くない?」
「私は平気です。寒いですか?」
「大丈夫。でもほら、窓も真っ白だよ」
「部屋の中があったかいからでしょう」
「うん。あ、ストーブの灯油切れそう」
「・・・」

これは会話、というのだろうか。いや、会話に、私がしている。ニアは自分の言葉を喋り終えると私にその口を近づけてキスしようとする。でも私がすぐに次の問いをかけるから仕方なくニアは答える。それでようやく、まるで別々なような私たちの言葉が立派な会話となるのだ。

「ねぇニア、きのうはどんな夢を見た?」
「夢、ですか」
「うん」

プチプチとニアの細い指で白い小さなボタンは外されていくけど、ニアの頭の中はきのう見た夢を思い出そうとフル活動しているようだ。おのずとその指の動きもゆっくりになる。

「思い出せません」
「夢見たの?」
「何か見た気はしますけど、思い出せません」
「なーんだ」

ひたすら話題を考えてニアにかける。でも絶対にテキストや本に載ってることを問いかけてはならない。なぜってもちろん、そんな話題はニアにすぐに答えられてしまう上に逆に問題をふっかけられかねないから。私が答える側に回ってしまっては駄目なんだ。あくまで私は問題を提起する側。ニアは解答する側でなければ。

「じゃあニア、きのうジャンが言ってたんだけど・・」

「ん?」
は私が嫌いですか」
「・・・」

すぐ目の前から覗き込むようにしてニアの大きな目が私を問い詰めた。

「え?どうして?」
「聞いてるのは私です」
「嫌いって、嫌いなわけないじゃない」
「じゃあ好きですか」
「・・・」

好き、・・・ですとも。
だからこそこうしておとなしく貴方の腕の中にいて、貴方の行為を許して、受け入れている。

「好きだよ」
「どのくらい好きですか」
「どのくらい?えーっと・・・」

難しい。どれだけ大きな表現でこのくらいだと示して見せてもニアは納得しなさそうだ。かといって宇宙規模の数字を出したところで適格でない、実感がないとか言いそうだ。難しい・・・

うんうん唸るように考えていると、気がつけばニアの手と口は私の胸ですっかり一人遊びをしていて、ちくっと脳を刺激した。

「えと、とにかくいっぱい好き」
「あやふやですね」
「じゃ、じゃあニアは答えられるの?」
「聞きたいですか?」

ええ、是非とも。
きっとニアなら驚くべき模範解答が出るんだろう。

が私を好きだという大きさより少し大きいくらいです」
「・・・それだってそんなはっきりした答えじゃ・・」
がちゃんとした答えを示せばおのずと私の答えも出てきます」
「・・・ずる!」

私の肌に顔をうずめてニアがらしくもなく笑った。
その背中がいつまでも揺れていて、何がそんなに愉快なのか、と思った。

「ニアは、私が好き?」
「ええ、好きですよ。だからもう先に進ませてください」
「・・・」

右も左も古書に囲まれている私たちの隣で、しゅんしゅんとストーブが音をたてる。
そのストーブの奮闘のおかげで、この部屋は外の寒さをものともしない温度を保っている。
それともこれは、ニアが私の熱を上げるせいだろうか。
それとも私が勝手にニアに焦がれているせいだろうか。

問題はいくつもいくつも湧き上がり、それこそ答えはここのどの本にも載っていない。
でも今、ニアは本にも載ってないことですら模範的回答が出来るんだと知った。
たまには、不安ともいえる問題を提起し続ける私に、模範ばかりでない回答を寄こしてもらいたい。





問題提起をする私、模範解答を寄こす彼