計画的な猫




分厚い本を両手で持って、落とさないようにページをめくる。
その重量から、ずっと持ったまま本を読んでいるのはなかなか疲れるのだ。床に座り込んだままだと足も腰も痛くなってくるけど、下手に動けない。そんなの苦労も知らずに、すやすやと膝の上に頭をおいて気持ちよさそうに眠る、ニア。

おなかの前にある頭はふわふわしていて毛先がはねて、常温でぬくぬく育ったような鈍色。すーすーとたてる寝息は普段の警戒心などまったく抜け落ちて、彼らしからぬ無防備。後ろの暖炉では炎がごおっと音を立てているだけで静かな部屋は、彼を緊張させるものなど何もなかった。

「おとと、危ない危ない・・・」

また本のページをめくったはその重みを支えきれずに本を落としそうになり焦った。ここでまさかこの分厚い本を落としたとなれば、ニアの頭の上にクリーンヒットだ。寝起きが最悪なニアに向かってそんな最悪な起こし方をしてしまった日には、1週間は逆恨みされそうだ。日ごろ物事に無関心な彼も、そういう自分事に関しては酷い執念深さを持っていることをは十分良く理解していた。運良く本は滑りはしたもののすぐに受け止めて、そんな恐ろしい恨みを買うことは免れた。

ー!」

そんな穏やかだった世界はドアが開くと同時に現実へと戻ってきた。みんなの声と足音がドタバタと部屋に入ってくると、はシーと口の前に指を立てる。

「なに、ニア寝てるの?」
「うん。何か用?」
「外で遊ぼうよ、また雪降ってきたよ」
「あ、ほんとだ」

ふと窓の外を見ると、きのうから降り続けて降り積もっている庭の雪の上に、また新たなぼたん雪が重なり始めていた。本を持つ手を下げてそんな雪を見つめるは、きのうもみんなと雪で遊んだのがとても楽しかったから、どうしようかなぁ、と小さくつぶやく。でもニアはこの騒音の中でも一向に起きる気配がない。ニアが起きてくれたら行けるのに。

「!・・・あ、、僕たち先に行ってるから、また後でおいでよ」
「え?」
「ね!じゃあ、後でね!」
「?」

誘いに来てくれたはずの子たちが、の返事を聞く前に引き返していってしまった。行きたかったのに。そう、再び静かになった部屋の中では少しだけ残念に思った。まぁいいか、と本にまた目を戻すとまた遠くから足音が聞こえてきて、ーとまた部屋のドアが開かれた。

、本棚の整理するって言ったのに早く来いよー」
「あ!ごめん忘れてた!」

パタッと本を閉じて、すっかり忘れていたことを思い出した。もたれていたソファから背を離して体を起こそうとするけど、膝の上のニアは体勢を崩すどころかしっかりとに掴まって動こうともしない。

早く!」
「ちょっと待ってー。ニア?ねぇニア」

ゆさゆさ、ニアの背中を揺すってみるけどニアはまったく目を覚まさなかった。その顔を覗き込んでみても、長いまつげがゆらゆら揺れるばかりでその目は開かれない。

「!」
「ニアー、ニアってば」
「あの、!」
「え?」
「いいよ、俺やっとくから。はここにいて」
「え?いいよ、あたしも行くよー」
「いいから!じゃあね!」
「えー?」

なんでなんで?
さっきからみんな、自分に用があって来てくれるのにさっさといなくなってしまう。

「ニアったら、起きてよ」

無理やりニアの体を起こそうとその肩を掴んで力をこめるけど、ニアは眠たげにその手を振り払ってさらにぎゅううっとの腰に抱きついてきた。

なんだってこんな昼間からここまで寝れるんだろう。夜もちゃんといつも同じ時間に部屋に入って同じだけ睡眠時間を取っているはずなのに。
結局起きないニアを膝の上にふぅとため息をつくは、暖かい部屋の中とは別世界の、しんしんと降り積もる雪をぼんやり見つめた。

外ではみんなが走り回って楽しそうに雪を投げ合っている姿が見える。
きゃあきゃあ、短い休憩時間を惜しむように笑い合って楽しんでる。

「いいなぁー・・」

思わずぽっとつぶやいて、膝の上のニアを恨めしく見下ろした。そんなの気持ちも知らずに、お構いナシにすやすや心地よさそうに眠る、ニア。すーすー・・・。小さく寝息を立てて、暖を取るように小さく体を丸めるニアは、本当に猫みたいだ。あまりに気持ちよさそうなその寝息。膨らんでは元に戻っていく体にシンクロして猫毛の髪が揺れる。柔らかそうなその髪を撫ぜると、本当に柔らかかった。まるで窓の外にふわふわと落ちている、雪のよう。

そんなことを思ってると、またドアがガチャリと開いた。

「あ、メロ」
「さっきロイがお前探してたぞ」
「あーうん、本棚の整理するはずだったの忘れててさ。さっき呼びに来てくれたんだけどニアが起きてくれなくて」
「・・・」
「みんなも遊ぼうって来てくれたのにさ、ニアが全然起きてくれないもんだからみんなにほってかれちゃったのよ?」
「・・・ふーん」

メロはそれだけ言って、すぐにまた部屋を出て行こうとした。

「待ってよメロ、つまんないの、話相手してよー」
「嫌だ」
「なんでよー」
「ニアが睨むから」
「・・・」

パタンとドアを閉めてメロが出てってしまうと、部屋はまた暖炉の薪が焼ける音だけがした。

「ニア?!」
「・・・」
「ちょっと何よ!いつから起きてたのよ!」
「・・・」
「ヒドイ!最初っから起きてたのね!みんなが出てっちゃったのもニアのせいなんでしょ!」
「・・・」
「ニアってばコラー!」

服を引っ張って、耳元で叫んで、ゆさゆさと体を揺さぶって。そこまでしなくてもこの神経質なニアが目を覚まさないことなどあるはずがなかったのだ。きっとどんなに夜更けだろうと、些細な音がするだけで目を覚ますだろう。
そんなこと、分かっていたはずなのに。

でもニアは狸寝入りだとバレても絶対に、起き上がるどころか目すら開けない。
ぎゅっとの腰に腕を回して、意地でも膝の上からどこうとしない。

散々騒いだ後で、ああ、この子は猫じゃなくて狸だったんだ、と、
は深い深いため息と共に思い知った。





計画的な猫