ニアが本を読んでいる。
休憩時間はとにかくパズルを作ったり(壊したり)オモチャを組み立てたり(壊したり)してるニアが膝を抱えて体との間に本を挟んで頬杖ついて、何やら熱心に読みふけっている。
貴方それ以上知識を得てどうするのよ。
愚問ですね。必要なものとは時事的に変わるものです。
頭の中で私がかけそうでニアが答えそうな会話をしてみた。だって彼は熱心に読書をしている。邪魔してはならない。そう思って今は声をかけないでおこうと思った。
やさしさと思いやりだ、これは。ニアの邪魔はしたくないしニアに鬱陶しがられたくないが故の。
隣の部屋からはみんなの楽しそうな声が聞こえてくる。あっちに遊びに行こうか。
「どこへ行くんですか、」
脱いでいた靴を履いてソファから立ち上がると、ニアが振り向いた。
どんなに集中してても振り返るんだから、敏感だなぁ。
「隣の部屋よ」
「そうですか」
「何かある?」
「いえ」
何故かニアはジーッと見つめてきて、そのまま本に目を戻した。私がこの部屋から出ていったらニアは一人になってしまう。寂しいのかな。そんなことをふと考えたけど、次の瞬間に「そんなことはないな」と結論を得た。
また読書に耽るニアを置いてドアのほうへかけていき、最後にもう一度ニアに振り返って、ドアを開けようとして、寸前でその手を止めた。
「・・・」
ぱちくり、という擬音がピタっとはまった。瞬きを繰り返して、ニアの足と胸の間に挟まっている本に目を凝らした。ニアの体で見えづらく、猫背のせいでさらに見えにくくあるその、本の端だけが見えている状態だけど、そのブックカバーの色は・・・見覚えがあるぞ?
じゅうたんの上をヒタヒタ、窓辺に向かってニアの背中に近づいていった。ニアのやわらかい髪が、開いた窓から吹き込む風に揺れている。そんなニアの背中からニアが熱心に見つめている本をひょこりと覗き込んだ。ニアがその雰囲気を悟ったのか、静かに振り返る。
「・・・・・・あー!!」
すぐ近くで張り上げられた大声に、ニアは迷惑そうな顔で耳を遠ざけた。ニアが熱心に眺めていたのは本ではなくノートだ。そのノートをニアからふんだくってさらによく見るけど、確かめずとも見間違うはずもないそれは紛れもなく、
「なっ、何してんの!?これあたしの日記じゃないのよー!」
「そうですよ」
「そうですよじゃなーいっ!!」
それが何か?
とでも言わんばかりのニアがけろっと悪びれもなく見上げてくる。
慌てるニアなんて想像つかないけど落ち着いてるからさらに腹が立つ。
「なんで読んでんの?!ていうかなんで持ってんのよ!」
「が机の上に置きっぱなしにしてたんですよ」
「だから何!普通読まないよ!それ以前に持っていかないよ!」
ヤダもー!
日記なんて間違っても誰の目にも触れられたくないものナンバー1じゃないか!
それを何をこの子は堂々とそして飄々と熱心に読みふけってるのー?!
「大変参考になりました」
「なっ・・・。ど、どれだけ読んだの?どこ読んだの?」
「新しいところからさかのぼって」
「ひっ」
何書いた?私きのう何書いた?!
半分パニックに陥った状態で一番新しいページをめくって何を書いたか確かめた。
「自分で書いたこと覚えてないんですか?」
「大体は覚えてるけど、全部は覚えてないよ、だから日記つけてるんじゃない」
「ちなみに先週火曜日のところに書いてあったタイムマシーンについての創造理論は穴だらけです。液体窒素で瞬間的に生物を凍らせても解凍時に生きている可能性はないに等しい。それが出来れば凍土から発見されたマンモスが・・」
「説明しなくていい!」
どうせバカな夢ばっかり書いてあるよちきしょう!だからこそニアにだけは絶対に読まれたくないのに!あーもー恥ずかしい!
「あのねニア、人の日記は読んじゃ駄目なの。これはマナー以前にモラルの問題よ」
「ええ、もちろんわかっています」
「わかってるならっ・・・」
日記を両手で胸に抱き、がくぅっとうな垂れた。駄目です。この子には何を言っても通じません。すべてを理解した上で罪をしでかすタイプです。
「じゃあこれからは日記に書くのではなくすべて私に聞かせてください」
「・・・何故?」
「すべてを知りたいと思うのは不自然なことですか?無駄な悩みもなくなりますよ」
「無駄な悩み?」
「今週の木曜日の日記に書いてあることです」
「・・・」
バッと私はニアに背を向け、またノートを覗き見た。
ニアが言う今週の木曜日。その日はニアと些細なことで少し言い合いをしてしまって、私は一人で怒ってしまって。案の定日記には「ニアの考えてることが全然わからない」と愚痴のような文章がつらつらと書かれていた。
・・・ひぃっ!
「に、ニアに聞けないから書いてるのに、直接言えるわけないじゃない!」
「直接言えばいいんです。何も考える必要も悩む必要もない問題ばかりです。
そこに書いて私の気持ちが分かるようになるんですか?多少のストレスが解消される程度でしょう」
「そういう、単純なことじゃないの!言えないの!」
「単純ですよ。聞けばいいだけです。そしたら私は答えます」
「だから・・」
「は書くだけ書いて解消されれば楽になっていいですよ」
「は・・・?」
ニアはらしくもなく眉間にシワを寄せて、ふいっと顔を背けて黙ってしまった。
ニアが怒ってる。
「ニア?」
「・・・」
ニアはいつも平気そうな顔をして、私と言い合いをしてもさらりとしてて、私ばっかりが一生懸命みたいで嫌だ、そう、誰にも言えないことを書きなぐって気持ちを落ち着けてた。
ニアはいつも賢くて、それでもやっぱり、人の気持ちまではすべて分からなくて、どうして私が怒ってしまうのか、どうすれば機嫌が直るのか、分からない。
なのに私は勝手に機嫌が直ってる。
置いてきぼりのニアの心。
分からない分からない。どうすればいいのか、全然分からない。
ニアは、分かりたかったんだ。
私の思ってること願っていること、全部。
「・・・分かったよ、ニアに言うことはちゃんと言うよ」
「はい」
「ゴメン」
「はい」
「だからニアも謝って」
「何をですか?」
「日記読んだことよ!もうしないでよね!」
ニアに日記を突き出すと、ニアはポツリと小さく「はい」といった。
結局謝罪の言葉を聞けなかったのがなんてニアらしいのだろうと思った。これからは厳重に日記を隠しておかなくては。そう堅く誓った。
でも日記に書くよりずっとスッキリした気がするよ。ほんとだね。聞けば答えてくれる。きっとそれが一番心が近づく近道だね。これからは、ニアのことは日記じゃなく、ニアに聞こう。今日の日記にはそう書こう。
「じゃあニアも今日一日あったことは全部あたしに話してね?」
「・・・私は日記なんてつけていませんから」
「それでも話すのよ。私ばっかりが話すなんて不公平じゃない」
「・・・」
ニアは眉をひそめて見るからに メ ン ド ク サ イ という顔を満面に広げた。