エターナルストローク




たとえば、俺と御子柴なら断然俺のがモテる。また野球やり始めて試合も何度かあって、それがだんだん学校中の話題になっていくと女の子から声掛けられたりケータイ番号交換したり。でも御子柴は話す女といえば八木くらいで、女に囲まれるどころか声掛けられてるところすら見たことないんだ。

な?俺のが断然モテてる。
それって俺のがイケてて、俺のがミリョク的で、俺のが幸せってことじゃね?

「俺はヤッてないに500円」
「俺も、ヤッてないほーに300円」
「だーよなぁ、だって御子柴だぜ?ありえねーよ」

教室の窓から外を見てる俺たちは、窓の下にある中庭のベンチで仲良く並んで座って昼メシ食ってる御子柴とを見ながら、そんなカケをしてた。
たしか御子柴に女ができたのは、1年の冬だったと思う。それから約半年が経ってもまだ続いてるあいつらがもうヤッてるかどーか、なんて、下世話なカケ。若菜と桧山と湯舟は、あの御子柴に女とヤル甲斐性なんてあるわけないと笑い飛ばしてた。

「岡田、お前は?」
「俺ぇ?俺はー・・・」
「てかよ、あいつらチューすらしたことねーんじゃねーの?」
「だーよなぁー?あいつらがヤッてたらお前、・・・はは」
「あ、お前今なんかそーぞーしただろ!」
「してねーよ!」

ジュージューとパックジュースを吸ってると中身は底付いて、べこっとパックがへこんだ。
だってよく見てみろよ、あの季節はずれにも5月の風みたいなさわやかさ。御子柴もも中学生かってくらいハツラツと笑い合って、付き合って半年も経つのにふたりで仲良くサンドウィッチなんて食っちゃってさ。ヤッてたらあーはいかないだろ。他のいかにももうヤッちゃいましたなやつら見てみろよ。もっとベタベタしてコソコソしてドロドロしてる。

「俺は、ヤッてないほーに1000円!」
「お、でかく出たなー岡田、その根拠は?」
「御子柴だから!」
「ぎゃはは、だーよなぁ、御子柴だもんなぁーありえねぇよなぁ!」

だっはは!と教室の一番うしろから笑い声が広がる。

「あめぇーなぁーお前ら。俺はヤッてるほーに1000円賭けるね!」
「うお、なんだよ関川、その自信は」
「まだまだだなぁーお前ら、もっとちゃーんと見てみろよあのふたりを。あれはヤッてねーカップルが作れるよーな空気じゃねーんだよ」
「はあ?どこがだよ」
「わかったよーなこといってんじゃねーよ関川!ドーテーのくせしてよお!」
「うっせぇよお前らもだろ!」

やけに自信満々な関川に、みんながパンの袋やらジュースのパックやらを投げつけて笑い騒ぐとちょうど昼休みが終わるチャイムが鳴った。教室の生徒も中庭にいる生徒も片づけて授業の用意をしようとするけど俺らの周りはそんなのあるわけない。
それでも俺は授業が始まる前にトイレに行きたくなって、教室に入ってくるやつらに逆らって廊下に出た。授業開始のチャイムまであと5分。まぁ余裕だろう。
空になったジュースのパックをまだ吸い続けてると、その廊下の先に御子柴が見えた。中庭から戻ってきたらしい御子柴はとトイレの前で別れて、ひとりこっちに歩いてくると俺に目を留める。

「岡田、どこ行くの?まさか授業サボる気?」
「ちげーよ、トイレだよ」
「そっか」

ゴメンと笑って御子柴は俺の横を通り過ぎ教室に入っていった。トイレに行くだけであいつはサボりだと思い込むのか。チッと吐き捨ててトイレの前のごみ箱にジュースのパックを投げ捨てた。
するとパックは俺をバカにするかのようにごみ箱から外れた。
さらにイラッとするけど、その床に転げたパックを拾う、手。

「・・・あ」

パックを拾ったのは、だった。
はそれを拾い上げると俺を見て、目が合うと少しだけ笑った。それはただの挨拶程度の笑いだったんだろうけど、俺はなんとなく居心地悪くてさりげに目を逸らした。
はパックをゴミ箱に捨て、そのまま自分のクラスに入っていく。
その時、授業が始まるチャイムが学校中に鳴り響いた。

昼の授業が全部終わって学校の中から生徒がどんどん減っていく。部活に行くやつは部活に行って、家に帰るやつは帰っていく。俺はといえば実はあのままトイレに行ったら思いのほか時間が経ってしまって、途中から教室に入るのもメンドくて本当にサボってやった。そしたら授業が終わった後に呼び出されて今の今まで説教を聞かされたのだ。まぁちょっとした小言程度だったけど、職員室を出てドアを閉めるとどっと疲れて深い深いため息を吐きだした。

部活いかねーと。
あいつらもうグラウンド行ってるだろーな。

下駄箱まで歩いてきて靴を履き替える。
そのままグラウンドへ歩いて行くともうランニングを始めてるあいつらが見えた。早く着替えていかねーと。急いで部室に走り出すと、その先でグラウンドを遠くから見てるを見つけて、俺は足を止めた。
はここからじゃ豆粒程度にしか見えない野球部を、いや、おそらく御子柴を、なんだか楽しそうに見てた。聞こえてくる掛声や、時々走りながらふざけ合う仲間をたしなめる御子柴に笑って、それはなんだか、とてもうれしそうだ。

「・・・どーせならもっと近くで見りゃいーじゃん」

不意にそう声をかけると、は笑ってた口を閉ざしパッと振り返った。

「や、あんまり近くで見てたらジャマかなって」
「なんで。御子柴だったら逆に浮かれてはりきっちゃうんじゃねーの」
「でも、ね、気が散っちゃうだろうし。私ももう帰るし」
「・・・」

は、余所余所しくしゃべる。笑ってるけど、はっきり俺に目を合わせることはない。・・・もう、昔ほど気まずくはないけど、話すのは、2年ぶりだし。

「・・・こないだ、河埜に会ったよ」
「ああ、練習試合?勝ったんだよね」
「それは河埜情報?御子柴情報?」

ヘンに突っかかる俺に困ったように笑うは、御子柴からだと答えた。
が御子柴と付き合い出したのが冬だから、河埜とはそれ以前に別れてるんだろう。

は同じ中学だ。
でも別に仲良くもない、せいぜいクラスメートレベルしか話したこともない。

だけど俺は、なんでだか・・・、が好きで・・・

中3の夏に俺はに告った。
その時のの返事は、河埜と付き合ってる・・・だった。
あのあとすぐだっけ。 なんだか無性に変わりたくて、髪形変えて。
河埜と付き合ってることも知らずに告ったマヌケさも手伝って、中学を卒業するまでの間はずっと気まずかった。やっと卒業したのにまさか一緒だとは思ってなかった高校でまた顔を合わせることになって、まだこの気まずさを持って生きてかなきゃいけないのかと気が重かったんだけど、

俺とに、目こそ合えど会話なんてあるわけがなく、あんなに気まずくてしょうがないと思ってたのに、だんだんと通りすがりに目が合うこともなくなって、目が合ってもの反応はだんだん普通になっていって、だんだん、俺が言ったことなんて忘れてってるみたいで。

そしたら、今度は御子柴と付き合ってるだって。
なんだそれ。

「じゃ、部活がんばってね」

は自分の人生を歩いてて、いろんなことがあって、いろんな体験をして。
俺が告ったことなんて、遠い思い出にしか、もう。

「・・・さ、」
「え?」

歩き出し俺の横を通り過ぎようとしたが、足を止める。

「もう御子柴とヤッた?」

えっ?目を大きくして、は声を裏返して慌てた。

何言ってんだ俺、これじゃ完璧ヘンジンだ。
でも、があんまりにも普通で、御子柴なんか見つめて嬉しそうだから。
なんだよ、御子柴って。 河埜とぜんぜん違うじゃん。
あいつなんて補欠もいーとこだったんだぞ。
だいたいなんで1年の冬に付き合うんだよ、あの頃の俺らになんの魅力があったって言うんだよ。

なんで、・・・

「岡田ー!」

空気が止まってた俺らの間をすっと通り抜ける、御子柴の声がグラウンドのほうから届いた。ランニングも終わってキャッチボールをしようとしてた御子柴が俺に気づいて走ってくる。

「何してんの、早く着替えてこいよ。ていうかやっぱり授業サボっただろ」
「・・・ちげーよ。サボるつもりなんてなかったの」
「トイレ行くだけって言ったのに結局帰ってこなかったじゃないかよ」
「あーハイハイごめーんなさーい」

説教臭い御子柴が目の前にくる前に、歩きだして部室に向かった。

「どうしたの?」
「ううん、練習見てただけ。もう帰る」
「そ、じゃあ気をつけて」
「うん。がんばってね」

・・・嫌でも伝わる、そういう”空気”。
甘くて、やわらかくて、ふわふわたゆたうような。

河埜の時は、ちくしょう、ちくしょう、ばかりだった。
でも今は、なんで、なんでって、そればかりだ。

なんで、御子柴?
あいつの何がいいわけ?あいつのどこを好きになるわけ?
俺があいつのどこに劣るって・・・

暗い部室でロッカーにカバンを放り込んで、学ランを脱いで練習着を着る。
外からキャッチボールの音と掛け声が聞こえる。他の部活の声も。
御子柴の声も聞こえる。はもう、帰ったんだ。

「・・・くそ」

・・・なんだ、やっぱ、それなんだ。
結局誰だろうと、悔しいのは変わらない。
の横にいるやつは誰だろうと気に入らないんだ。

なんだ、俺って、まだ。

あいつが好きなままだ。





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