坂道くだる、一方通行




ガガガッと大げさな音を立てて、自転車は舗装されてない土の道を駆け下りる。
痛い痛い、おしり痛いですから!

「早い早い!もっとゆっくり走れないのっ?」
「こんなんで早いなんていってたらバイク乗れねーって」
「乗らないし!てか痛い!おしり痛い!」
「イエー!」

いえーじゃないっつーの!
人のおしり状況も無視してガタガタの坂道をハイスピードで落ちていく宮城の背中をぶっ叩いた。
こいつスピード狂だ!絶対スピード狂だ!
行き着いたコンビニに着いた時にはもう息切れる程に疲れゼェゼェと肩で息をした。
なのに宮城はあー楽しかったとピアスを光らせて笑う。

「なんでうしろ乗ってるだけのお前が息切れてんだよ」
「うしろだって、いろいろと疲れるんだよっ。落ちそうになるし!」
「しっかり掴まらねーからだろー?」
「アンタの運転が荒いからだ!」

キレギレに答える私にハイハイと聞く耳半分で店の中に入っていく宮城は、ほんとに気が効かないと思う。自分が楽しいことはみんなも楽しいはずとか思ってんじゃねーだろなコイツ!

、紙」
「あ、はい」

カゴを持つ宮城が振り返って私に手を差し出す。私はその手にポケットから出した小さい紙切れを乗せた。
学園祭の準備でクラスの出し物に居残ってた私たちは、ハラへったーという誰かの声から買出しジャンケンが始まり、結果見ての通りの醜態になったのだ。私はなんとなく負ける気がしてたけど、まさか宮城まで負けるとは思わなかった。なんか、ジャンケンとか強そうだ。無意味な根拠だけど。

そもそも宮城がクラス行事なんかに顔を出してること自体ヘンな感じだ。
どうせ彩子に来なさいよとか言われたんだろけど。弱いよなぁコイツ。彩子に。
それでジャンケン負けてパシらされてりゃ世話ないわ。
・・・あたしは、負けてよかったと思ってるけど。

「はは、誰だよ。エロ本とか書いたヤツ」
「はあ?最悪。てかあたしひとりだったらどーすればいいの」
「マジで買ってったろか」
「やめてよバカ」

アホなこと言い出して本のコーナーに座り込んだ宮城のTシャツの後ろを引っ張って、ペットボトルが並ぶ冷蔵庫を開けた。宮城の手の中にある買い物リストを見ながらカゴに物をぼんぼん入れてる姿は、傍から見れば普通にカップルに見えるかもしれない。きっとこんな奇跡的機会でなけりゃ、宮城とコンビニぶらつくことなんてもう二度とないだろう。

「うわ重・・」
「ペットボトル10本はさすがに重ーな。自転車乗るかな」
「ねーコレってもしかして私が持つのー?」
「じゃあお前がこぐ?」
「・・・やだ」
「じゃ仕方ねーじゃん。早く帰るぞー、俺もう部活行きたいし。アヤちゃんも待ってるし」
「待ってないよ」
「うるせーよ」

ジュースやらおかしやらで二人とも両手に大きな袋をぶら下げて店を出る。一人じゃなくてマジでよかった。
自転車の両ハンドルに袋をぶら下げて、なるべく軽い袋を私が両手に持って、バランス悪い自転車をまた宮城が私を乗せてこぐ。残ってたクラスメートの中に自転車で学校来てるやつが一人しかいなかったなんて、なんて不幸で、・・・なんて幸せか。

夏が過ぎた水色の空の下を、宮城はさっきよりもずっと重くなったペダルを気合を込めて踏み込みだす。ちっさいクセして馬力だけはやけにある。体力だけならやたらあるんだろーな。ケンカ強いとか聞いたことあるし(そして得意技は足らしいし)、身体は結構しっかりしてるし、バスケしてるときはほんと、ほんと、カッコいいと思うし。

でも、好きにはなりたくないって思ってた。だって、この人わかりやすすぎるんだもん。
好きな人がいる人好きになるなんて、不毛すぎるでしょ?

「うがーっ、なんで上りばっかなんだよっ」
「あはは、だって行き下りばっかだったじゃん」
「重いっ、テメー歩け!」
「いーやー。ほらがんばれー、カッコいいぞー宮城リョータ」
「うるせ!」

軽く腰を浮かせて死に物狂いでペダルを踏み込む宮城の背中は汗で濡れてきた。
そんな背中を、ケタケタ笑いながら見る。

二人乗りって、いいよね。
どんなに見てても、悪くないよね。間違いじゃないよね。怒られないよね。
ゼェゼェと高鳴ってるその背中の奥の心臓には悪いけど、私、結構楽しいよ。
しあわせかもしんない。

「あーダメだ!ちょっと休憩」
「だらしないなー。じゃあ10分休憩」
「おう。ジュースくれ、さっきの」
「はい」

結局ペダルから一度足を下ろした宮城がぐったりとハンドルにうなだれて、後ろ向きに手を伸ばす。私は袋の中から宮城が選んだジュースを一本とって、その手にパシンと置いた。
おお、なんかいい感じだ。今の。
ちょっと、分かり合ってるっぽい。恋人っぽい。なりたかったマネージャーっぽい。

そう、宮城がバスケ部だと知って、一度は考えた。
宮城はバスケに一生懸命だったから、マネージャーになろうかなって。近づけるかなって。
でもやめた。もうなりたくない。なれないよ。苦しくなるだけだとわかった。
宮城がバカすぎるから。バカ正直に、好きなものに一直線すぎるから、もうなりたくない。

彩子と同じには、なりたくないよ。
同じじゃ絶対に勝てない。その目には映れない。絶対に、こっちを見てはくれない。

「宮城って、バカだよねー」
「ああ?」
「単純ってゆーか、素直ってゆーか、疎いってゆーか」
「意味わかんね」
「好き好き光線ばっかだしてないではっきり好きだって言っちゃえばいいのに」
「んあっ?」

ぐりんと勢いよく宮城が振り返った。
そんな驚きの目をしなくても。私だけじゃなくみーんな知ってるよ、君の気持ちなんて。

「ねぇなんで好きって言わないの?」
「な、誰にだよ」
「彩子」
「だからなんで知ってんだって」
「あんたバカ正直だから見てりゃわかる」

機嫌を損ねたのか、照れ隠しなのか、宮城はペットボトルに口をつけて前を向き直した。

「ねーなんで好きって言わないのー?」
「うるせーなほっとけ」
「ねーなんでなんでー?」
「しつけーな」

動かない自転車の上、なんでなんでってそれはしつこく繰り返したら、怒るのも疲れたのか汗をかく宮城がしばらく黙った後で、遠くを見ながら、口を開いた。

「今言っても仕方ねーんだよ」
「なんで?」
「アヤちゃんの視界に俺はまだいねーから」
「・・・」

だから宮城は、彼女の好きなバスケで、一生懸命がんばるんだそうだ。
彼女が振り向くようなプレーを見せて、思わず惚れてしまうような選手になって、それから言いたいんだそうだ。

・・・ああ、それはなんて、純粋なことだろう。
単純で、浅はかで、尊い、まっすぐな愛情表現。

「じゃあもし、逆にアンタのこと好きだって子が、アンタに告ってきたら?」
「あー?」

いるか?そんなの。
振り返った宮城が少し笑ってそういった後、青い空を見ながらうーんと考えて、また少し私に振り返って、

「それはそれで考える」
「・・・なんだそりゃ。アンタほんとに彩子のこと好きなんか?」
「べつに付き合うとかじゃねーけど、告られたらそりゃ少しは考えるだろ!」

なんか、ありがてーし。
呟くようにオマケみたく最後の一言を吐くと、宮城はペットボトルの蓋を閉めてペダルに足を置きなおした。
10分なんてとっくに過ぎてた。

持ってて、と宮城が後ろ手に、ペットボトルを差し出す。
それを受け取る私はまた宮城のマネージャーになった気分で、隠れて笑った。

動き出す自転車に掴まって、でも最初からずっと宮城には掴まれなくて。

ほんとはこのまま坂道が続いてもよかった。
帰れなくてもよかった。
宮城のだらしなく緩んだあの顔をまた見なきゃいけなくなるくらいなら、このままどこかへ迷ってしまいたかった。
不毛だ。不毛すぎる。この恋は。

・・・でも宮城は、少しは考えてくれるそうだ。

でも、喉の奥でぐっと我慢して、飲み込んだ。
まだ言わない。言えない。

君の視界に入る努力を、もう少ししようと思う。





坂道くだる、一方通行