Don't cry baby!




恋の終わりとは、こんなにもあっけないものなのだろうか。
たとえばいつかのドラマにあったような、お互い涙を浮かべても相手を思って笑って別れたり、友達の話にあったような散々わめいて泣きついてドロドロに終結したりだとか、そういう、大きな何かがあって終わるものではないのか?
そう、間違っても、俺ら別れよっか。なんて、たった2秒で纏まりついてしまうような、そんな簡単なものじゃないはず。

「うぁああぁん!」

決してかわいらしくない、のどかに青空の下でお弁当を食べる子たちの目もはばからずに響く私の泣き声はかすれてむせて、それはそれは醜いものだった。もう16にもなるというのにこの子供じみた泣き方。

「あんた、もっとかわいく泣けないの?」
「うっ、なにそれ、そんなの習ってないも・・・うぁあーんっ」
「あーはいはい、好きに泣いてよもう」
「うぁああん、圭吾のバカぁああ!」

学校の屋上から見えるは絵の具より青い蒼。
グラウンドに豆粒みたいに散らばる人の影と、遠くまで流れていく大きな川と電車。
全部全部、涙の海に沈んでいく。
沈んで溺れて苦しいのに、ちっとも泡になって消えてはくれない。

少し大人になったような高校の制服に身を包み、桜の花と一緒にやってきた新しい恋は、毎日を煌めかせて、未来を輝かせて、甘いお菓子のように私を満たしていたのに、季節が変わり燃え上がった夏の花火のようにあっけなく弾けて消え去っていってしまった。

「だって、だってひどいじゃん、嫌いじゃないけど好きじゃなくなったってなにぃい!」
「まぁ、心変わりってやつかな・・」
「なにそれぇ、うぁああー」
「だからその泣き方・・・」

少しずつ落ち着きを見せていく太陽が次の季節を運んできたのに、私の心は今もまだ真夏の太陽の下に置き去りにされている。お気に入りのワンピース着てデートに行ったのに、新しい水着を買って海にも行ったのに、初めて彼氏がいる夏休みを満喫していたのに。これからやってくる文化祭だってクリスマスだって一緒に過ごすはずだったのに。

ぐずぐず涙と鼻水にまみれる私の汚い顔を、隣のみっちゃんが幼稚園児の子供をあやすお母さんみたいにハイハイとティッシュで拭う。だけどポケットティッシュじゃ私の涙を吸い取りきることはできず、爽快に晴れ渡る空とは裏腹に私はずっとわんわん泣き続けた。

「だから終わったことなんてさっさと忘れちゃいなって。新しい男見つけて遊びにいこーよ。なんなら今日探しに行く?」
「終わったとか言わないでよぉ・・ううっ」
「大丈夫大丈夫、間違ってもあの人よりいい男なんていないなんてことぜぇったいないから。すぐ次見つかるから。別れたとなったらもうすぐに誰か食いついてくるって、あんた人気あるから」
「な、ないよそんなの・・・、ぅええっ」

いまだぐずぐず引きずって、だけどつい今昼休み終了のチャイムが大きく鳴り響いたから私たちは屋上を下りていくほかなかった。いくらこんな気分のときでも、教室でまで泣きわめくわけにはいかない。みんなの前で目を腫らすわけにもいかない。鼻水を噛みながらも何食わぬ顔で午後の授業に出なきゃいけない。

「よし、じゃあ今日カラオケ行こう。彼氏に学校の友達連れてきてもらうから」
「そんな気分になれないもん・・」
「気晴らしだと思えばいいの!それとも先輩がいい?」
「ううっ・・テニス部と3年生はイヤ・・・」
「こりゃ完璧トラウマだな・・・」

とぼとぼと階段を歩いて、でも教室に戻るのは気乗りしなくてのろのろと歩いていく。授業が始まろうとする廊下はもう誰もいない。

・・・なのに、ひとつ階段を下りきった廊下でキャアと悲鳴にも似た騒ぎ声が聞こえてきて、私は涙を抑えながらそのほうを見た。そこは3年生のクラスが並ぶ廊下で、奥のほうに人だかりができている。

「なにあれ、ケンカ?」
「かなぁ」

多くの生徒が集まってキャアキャアと騒いでて、その向こう側では誰かの怒鳴り声も聞こえてる。誰かが殴り合ってるのか、怒り叫ぶ声とそのケンカを止めようとする声が入り混じって殺伐とした空気になっていた。だけど私たちはやだねーなんて言いながら先を歩いていこうとして、・・・そんな中で、私は周りにたかる生徒たちよりもひとつポンと飛びぬけて大きな、金色の髪を見つけてしまったのだ。

「えっ、アレ、慶だ!」
「は?新庄?なんで新庄がこんなとこでケンカしてんの?てかまぁ、野球部がどこでケンカしててもおかしくはないけど」

その人ごみの中心に見えたのは確かに慶だった。
よくよく見てみれば慶の周りには同じ1年の野球部がたくさんいる。
なんで3年生の教室の前でケンカなんてしてるのっ?

「もうそのへんで許してやれって、な!新庄!」
「るせぇ!テメェ逃げてんじゃねェぞコラァ!」
「だっからいい加減ヤバいって、しんじょー!」

ドアや窓をだんだん叩いて蹴って酷く血相を変えた慶が、止めようと押さえつける他の野球部の人たちをも押しのけて怒鳴っている。どんどん騒ぎも人だかりも大きくなって、授業開始のチャイムも鳴り出して、そろそろ誰かが先生を連れてきてしまうんじゃないだろうか・・・。

「ねぇ、
「え?なにみっちゃん」

ハラハラと遠巻きに人ごみを見やっていると、いつも落ち着いてるみっちゃんが隣で笑った頬を引きずらせながら私を呼んだ。

「アレってもしかして・・・」
「え?アレって?」

そしてみっちゃんがゆっくり人ごみの中を指さす。
私は人だかりの上から出てる慶の頭にしか目がいってなかったけど、みっちゃんは人ごみの足もとから見えてる、床のほうを見て指さしていた。

目の色を変える慶が誰かを突き飛ばし、さらに突っかかって胸倉を掴むと周りの人たちがキャアと後ずさり離れて、その時私にもようやくみっちゃんが言いたかったことがわかった。

「え、えっ?わ!」

慶に掴まれて今にも乱闘にならんとしているのは、紛れもなく、ついこないだあっさりと別れを告げられた元・彼氏だった。

「なに、なに、なんで?なんで慶と圭吾がケンカしてるのっ?」
「なんでってそりゃあアンタ。てか3年だろうと関係なくいくねぇ野球部は」
「そんな問題じゃないよ!うわーもう!」

私は遠巻きに見ていた人ごみへ駆けて行き、集まってる人たちの間をかき分けて中心へ向かっていった。だけどその間に頭に血を上らせてるらしい慶は拳を握って、止めようとする野球部の人たちも振り離す勢いで、見慣れたあの顔を痛々しい音をたてて殴りつけてしまった。

「キャア!な、なにしてるのっ?」
「あーちゃん、危ないから近寄んないほうがいいよ」
「あ、安仁屋く・・、なんなのこれ、早く止めてよー!」
「ムリムリムリ」

そんな中でひとりその場にいながらも止めに入らない安仁屋君がひょうひょうと私の腕を引き喧噪から引き離す。他の野球部の人たちは力の強い慶を必死に止めようと体を張って、だけど目を血走らせる慶は怒りをむき出しにしてまだ殴ろうと掴みかかって、

「テメェ泣かしてんじゃねぇぞコラぁッ!」

普段静かな慶の声が静かな廊下に響き渡った。

「けい・・・」
「ムリだろアレは。俺でも止めらんね」

後ろで安仁屋君が笑ってた。
なおも殴りかかろうとする慶。
いい加減ヤバいと床から慶を引き離す野球部の人たちと、だんだん人が増えていく3年生の廊下。

そこにあるもの全部、だんだん私には見えなくなっていって・・・

「ぅー・・・っ」

今日一番溢れだす涙が全部を溺れさせて、力いっぱい抑えつけた口の中からまた私はかわいくない下手くそな泣き声をこぼした。
でもその涙はさっきまでみたいに、全然苦しくなかった。

その声が聞こえてやっと私に気づいた慶は振り返って、
つり上げてた目を丸くして、握りしめてた手の力を自然と抜いて、

「こんなヤローのせーで泣いてんじゃねーよ!」

私に怒鳴った。
泣かせてんのはお前だバカ、と安仁屋君がまた笑った。

「こら、またお前らか!何騒いでるんだ!」
「うお来た!おい逃げんぞ!」

人だかりの向こう側から団体でやってきた先生たちから逃げようと安仁屋君が私を引っ張って走り出し、野球部の人たちは慶を押し出して廊下の果てへと駈け出す。授業が始まって静かなはずの廊下を複数の荒々しい足音が駆け抜けていった。

「も、なにしてんの、センパイ殴っちゃって・・バカっ」
「るせぇな、お前のためじゃねーよっ」
「殴ったらいたいのに・・また謹慎なっちゃう・・ううっ」
「知るかよっ、どーでもいーけど泣くなっ!」
「うぁあん!」
「お前らだまって走れっつーの!」

バタバタ駆け抜けて、踊るように逃げ回って走り抜けて。
青空が見えるところまで。

だけど今日の私は、晴れることを望まない。





Don't cry baby!