つれづれ、つれづれ、思いの丈に。
「ねぇ、なんか広がってない?」
「目の数間違えたんじゃないの?」
「うそー」
腕を伸ばして目の前に広げてみると、やっぱり広がり狭まっている。
「ほら、ここから増えてる」
「どうしたらいいの?」
「ちゃんとしたけりゃ編みなおす」
「え〜〜〜」
うんざり顔をしつつも解きだすあたり、彼女は愛のために毛糸を紡いでいる。窓すら白くなる寒さ。茶色い机の上につらつら、つらつら、毛糸がくねる。
「なんでそんなきれいに編めるの?」
「なんか勝手に手が動いてんだよね。特に何も考えてないんだけど」
「ねぇ、ここどうやって編むの?」
「どれ?」
教室の端で固まって、冬休みまでの残り日数を数えながら網目を数える。
「ねぇ、あと5日で出来ると思う?」
「そのくらい1日で編めるけど?」
「アンタならね・・・」
初めて編み棒を持ったのは、ほんの2年前。お母さんに習って、最初は一本の棒から始まり、今は二本。毛糸も100均の3つセットから、デザインチックなひとつ450円へ。
「ー、この飾りどうやって作るのー?」
「あー、これちょっと難しいよ」
この時期、誰かが教室で毛糸を紡ぐと、みんながこぞって真似をする。
興味本位とか、彼氏のためとか。でも私にはこの季節の癖のようなもので、ただ立派な完成品が出来ては家族にあげ友達にあげ自分で巻き・・・
「なーにやってんのー?」
そんな女子だけの聖域とも言うべき円に、お構いナシにズカズカと顔を出したは、隣の席の藤代誠二。
「マフラーねぇ。男にプレゼント?」
「何その言い方ー。文句あるわけー?」
「いやいや、文句はないっス」
「アンタバカにしてんでしょ!」
藤代誠二は、女の子たちにせっつかれても飄々としてるつわもの。怒られていてもすぐに許される、人気者。ほら、中には頬を染めて編んでいたものを隠す子も。
「ねぇ、色変えるのってどうすればいいの?」
「そのまま編み込めばいいんだよ」
「へー、うまいんだ」
私の横にガガーッと椅子を引いて近づいてきて、その距離に私は少し身を引く。
「うん、確かに他のヤツらのよりうまいな」
「ちょっと藤代、ケンカ売ってんの?」
「あ、バレたー?」
「シネ!」
編み棒で突かれる藤代はわはは、と笑う。
藤代の笑顔は、こんな真冬でもあったかそうだ。
北風に吹かれながらコートをきつく握るような、白い息を吐きながらマフラーに顔をうずめるような。弱い弱い冬の太陽なんかより、ずっと。
授業開始のチャイムに邪魔されて編み物教室は中断、毛糸を片付け席に戻っていくみんなに、私と藤代だけがそこに取り残された。隣の席だからそこにいるのは当たり前だけど、周りにいたみんながいなくなってもこの距離にいる藤代は、いつもより、近い気がする。
「は誰にあげんの?」
「べつに、あげるために編んでるんじゃないよ」
「じゃあなんで編んでんの?」
「ただ、好きで」
私と藤代の距離は、いつでも1メートル。隣の席から「けしごむ貸してー」とか、「4問目の答えなにー?」とか、他愛のないもの。特に話すこともなくて、藤代がクラスのみんなと大声で喋ってるのを隣で聞いてるだけ。隣にいる私より、楽しそうにしゃべってるずっと遠い席の子のほうが近くにいる感じがするほど。
だから、今隣に居るのは、いつに無い距離。
みんな相手でも、ひとり相手でも、藤代の笑顔は変わらないんだなぁ。
「赤と緑、クリスマスカラーだな。それ巻くの?」
「んーん、部屋に飾ろうと思って」
「なるほど、それならかわいいな」
藤代は私の机に頬杖付いて、私の手先から延びるマフラーを眺めていた。
赤と緑が交互に連なる毛糸の帯。クリスマスだからこそ胸を張れる取り合わせ。巻くのはちょっと、気が引ける。
「俺も時々もらうけどさ、正直ちょっと困るんだよな」
「・・・へぇ」
貰うんだ。さすが人気者。
「だって彼女ならともかく、そうじゃない子にそれ貰っても巻けないじゃん?巻くってことはイコール付き合うってことになっちゃうし」
「そうだね」
そんな事みんなの前で言ったらきっと、突かれる程度じゃすまなかっただろう。確かに、この時期よくテレビでやってる「貰って困るプレゼント」の中では手作りマフラーが必ず入ってる。しかもこれが堂々の上位で。
藤代がかける会話に単発でしか言葉を返せない私は、それでも意識はちゃんと藤代の声のほうにあって、でもそれにうまく返せないから、ひたすらひたすらしゃしゃと編む。そうして伸び続けたマフラーの先を辿って、藤代が紙袋からマフラーを取り出した。
「うわ、ながー」
「なんか、無心で編んでたらこんな長さに」
「はは、夢中になると止まらないタイプ?俺も俺もー」
気がつけば長々と出来上がっていた毛糸のクリスマスカラー。藤代が腕を伸ばして広げたのを見て、私がちょっと驚いた。いつの間にこんな長さに・・・
「これだけ編んだのに誰にもあげないの?もったいねー」
「こんな長いの、もう誰にもあげれもしないよ」
「そんな事ないだろ、今長いのハヤリじゃん」
「限度があるって」
「あげたいやつくらいいないの?」
「・・・や、べつに」
「あ!いま間があった!誰かいるんだろー」
「いません。ほら、先生来たよ」
「わかった。ふたりで巻けばいいんだ、カップル巻き!」
「サムい」
「出来るって!ちょっと貸してみなー?」
先生が来て授業が始まろうというのに、そんなこと気にも留めずに藤代は私からマフラーを奪い自分の首にくるりと巻きつけた。そしてこともあろうに、その先を私に伸ばし、近づいてくる。
「ちょっ、無理だって!」
「出来るって絶対。このために出来たと言っても過言じゃない」
「だからってあたしで試すな!」
「テレるなテレるな〜」
うわー!!
「こら藤代〜、何騒いでんだ」
「いや、ちょっとカップル巻きに挑戦を」
「バカなことしてないで席戻れ」
先生に怒られて、藤代はちぇ、と未完成のマフラーを巻いたまま1メートル隣に戻っていく。
もう、何考えてんだこの男、クラス中から刺さる視線など全く気にしない。
同じクラスにも、先輩にも後輩にも藤代のファンはいっぱいいるのに、自覚がないのか。カップル巻きなんて、冗談でもよくしようと言えるな!
心の中で隣の彼に叫び、でもそんなの口には出ずにいる私の隣で、編み棒をぶら下げたままのマフラーを巻いてる藤代は、平然と授業を受けている。
もうすぐクリスマスのこの時期、男の子も女の子もどこかそわそわしてるようだけど、藤代は年中ウキウキしてるような人だから、たいしてクリスマスなんて楽しみじゃないのかもしれない。だってこの人は、理由なんてなくてもちゃんと毎日を楽しめる、人生を彩る方法を知ってるような人だから。
クリスマスは、何してるんだろう。
やっぱり部活かな。忙しいもんな、サッカー部。
でもちょっとくらいは、楽しんだりするのかな。
あんな楽しそうに赤と緑のマフラー、巻いちゃってるし。
「ねーこれ俺にちょうだい?」
「は?」
「部屋飾るだけなんだろ?」
「・・・だって、」
貰って、どうする。困るって、言ったのはあなたじゃないの。
しかもそんな、見るからにクリスマスカラーを。
「寮で毎年クリスマスパーティーやるからさ、ちょーどいいや」
「・・・。そりゃちょうどいいね。そんなのなかなか売ってないし」
「だろ?だからちょーだい」
「ヤダよ、藤代なんかに貰われたらすぐゴミ箱行きになるのが目に見えてるもん」
「だいじょうぶ。他のヤツには触らせないし、大事に使うから」
そういうことを、簡単に言う・・・。
「使うたってクリスマス限定だよ」
「赤と緑だから意味あるんじゃん。クリスマスだよ?ああでも、も1本編んでくれない?その緑の毛糸でいーからさ」
「はい?」
「コートが緑だから緑で揃えよーかなって」
「いや、だからなんで?」
「寒いからに決まってるじゃん。マフラー巻くのなんて」
「・・・だって、」
藤代のマフラーを、私が編むの?
君いま、手編みのマフラーを巻くってことは、付き合うことだって、言ったじゃない。
なんでよ、と、私は平静を装って言い捨てようとしたのだけど、それより先に藤代が、きょとんと大きな目で私を見つめて、そしてはは!と笑って、
「もクリスマスカラーだ!」
藤代は私の赤い頬と、制服のグリーンを交互に指差した。
「バカ言ってないでそれ返してよ、ほどけちゃうじゃん!」
「君ならすぐに直せるさ〜」
「返して!」
「どーぞ?」
そう、藤代はちょっと意地悪な笑顔で、巻いたマフラーの先を差し出す。
「・・・だから、」
「ん?」
そんな、笑顔で・・・
「・・・藤代にはマフラー必要ないよ」
「走り回ってたってなぁ、俺だって寒いもんは寒い!」
「・・・なんとかは風邪引かないって言うし」
「なんとかって?」
「・・・(やっぱバカ)」
「じゃあま、新しいのが出来るまではこれで寒さをしのぐか」
「ありえない。バカっぽいよそんなの巻いてたら」
「そーお?ホラ、俺って何でも似合っちゃうから〜」
「・・・」
確かに・・・。
「編んでね、出来るだけ早く頼む」
「・・・藤代は、青のが似合う気がする」
「青?ああ、青かー、いいな。じゃあ青で!」
「・・・うん」
「ヤリィ!」
くるくる、くるくる、中途半端で長すぎる赤と緑を巻いて、藤代の目はキラキラ、もうクリスマスを見てるよう。
長めにしてね長め。細めにさ、あ、ぼんぼんつけてもいーよ。
新しく編む羽目になった青いマフラーも、もう夢見てるよう。
「ではカップル巻きをするにはどれだけの長さがいるかを検証・・」
「するな!」
赤と緑のじゅんばんこ。
いつか君へと、思いを込めて。
クリスマス企画2005作品