ホワイトクリスマス




降り積もった雪の表面を風が流れて、粉雪が舞う。
白く重たい雪雲に包まれたこの世界は、見渡す限りの銀世界。


ー」


ドアをギィッと開けて顔を覗かせると、中にいたは振り向いてきょとんとした。そして次の瞬間、ヤダ光っくん〜と腹を抱えて笑った。
よっしゃ!つかみはおっけぃ。
俺は鼻めがねと白ヒゲをつけたままあったかい部屋の中に入っていった。


「さーさーお嬢様、プレゼントですよ〜」
「なになにー?」
「ふっふっふ、なんでしょー」


ベッドの上から目をキラキラさせるの前で、俺は勿体つけて背中にしょってた袋の中に手をつっこんで中のものをジャジャーン、と掲げる。


「キャー」
「かわいーだろー」
「かわいいーっ」


袋の中から出したくまのぬいぐるみをはすぐに俺の手からそれを取って抱きしめた。抱きしめるにはちょうどいい大きさのぬいぐるみに顔を押し付けて、とろけそうな顔して微笑む。


「ありがとう光っくん」
「なんのなんの。でコレはオマケ〜」


そう言ってもうひとつに差し出したのは同じくくまのネックレス。それを見てはまた目を輝かせてはじけんばかりに笑った。こんな笑顔を見れただけでもプレゼントを用意した甲斐があるというもの。


「あとでケーキも食べような。今日はすしもあるしケンタッキーもあるし、ご馳走だぞ?」
「やったね。あたしクリスマスが一番好き」
「一番?誕生日よりも?」
「誕生日も好きだけど、クリスマスはみんな楽しいでしょ?だからクリスマスの方が好きかなー」
「俺さー、こないだ誕生日だったじゃん?だから絶対毎年クリスマスと兼用されんの!アレって損だと思わない?」
「あはは、損かも〜」
「だろー?」


喜んでるせいか、部屋があったかいせいか、の頬は赤みが差していい感じ。
病は気からというしな!気力だ気力!


「つけてやろっか?」
「うん」


がネックレスを首につけようとしていて、でもなかなかつけられないようで、腕をうしろに回してアレ?アレ?と変な顔をしてたから、俺はベッドに腰掛けてをうしろ向かせて、ネックレスをつけてやった。
出来た!との頭をぽんと叩くと、は首もとのくまを手にとって俺に振り返り、ふふっと含み笑いをした。

うん、カワイイカワイイ。


「光っくん手冷たい」
「え?あー、さっきまで外いたからだろ」
「駄目だよ、ストーブであったまんな?」
「っくしょーい!!」
「ほらぁ、鼻水出てるしー」


突然零下の世界からあったかいとこに来たもんだから温度調節が狂い気味。ずずっと鼻水をすすりあげると、は俺にティッシュとほっかいろを差し出した。


「それよりさ、実はも一個プレゼントがあんのー」
「えー、まだあるの?」
「見たい?見たい?」
「見たい!」


期待通りの反応を示してくれるにちょっと誇らしげに笑い、のベッドを回って窓のカーテンを開けた。を手招いて、窓の下を一緒に見下げると、そこにはさっきここに来るまでに作り上げた、木の実やらツリーの飾りやらがついた雪だるまがあって、はまたわぁっと歓声を上げた。


「スノーマン・クリスマスバージョンだ!」
「カワイー!一人で作ったの?」
「もちもち。2時間半の力作だぜ!」
「だからそんな体冷たいんだ、風邪引くよー?」
「毎日鍛えてるもんにはそんなもん怖くないのだ!」


はっはっはと高々と笑うと、隣ではまたキラキラと微笑む。
折角のクリスマスだから盛大に祝ってやるのだ。ここまで思い通りに事が運ぶと俺も大満足だ。


「ねぇ、近くで見たい」
「え?外行くの?」
「うん」
「えー、でもなぁ、」
「行きたいよ」
「うーん・・・」


ストーブの焚かれた部屋の中こそあったかいけど、一歩外に出ればマイナスの世界が広がっている。そうでなくてもは雪が降り始めた10月から外に出たことはないし、俺はちょっと悩んだ。
でもはすぐ隣ですがるように俺を見上げる。

うーん、心配だけど、この顔に負けた!


「じゃあ看護婦さんに言う?」
「絶対駄目だって言われる」
「ナイショで行くの?」
「うん」
「うーん・・・」


まぁ、病院のすぐ前だし、の体が冷える前にすぐに戻ってくれば大丈夫かな。


「じゃあちょっとだけだぞ?」
「うん!」


はパッと喜んで、部屋の隅のロッカーから、まだ今年一度も袖を通した事の無いコートを取り出した。確か、去年お母さんに買ってもらったとか喜んでたやつだ。俺もまた上着を着て、そっとドアの外に顔を出す。
幸い病院の人は誰も見えなくて、にフードを被せて一気に廊下を走り出た。の手を引いて、でもちょっとゆっくり目に走って、エレベーターに乗り込んで2人で病院を抜け出た。


「大丈夫か?寒くないか?」
「うん、平気」


雪で埋もれる道の中をざくざくと進んで、病院の裏の、ちょうどの病室の下まで来ると、は雪だるまに向かってキャーと叫んで走っていった。


「こら!走るな!」


そう言ってもは上機嫌で止まらなくて、雪だるままで一気に走っていくと抱きついた。その反動で雪だるまの頭に乗せていたバケツが落ちてくる。


「あ!お前俺の力作を!」
「あはは、ごめん」
「コレ乗せるのにどれだけ苦労したと思ってんだよー」


雪だるまは俺の身長以上のでかさで、飾り付けるのもかなり苦労したのだ。


「よし、お前が乗せろ」
「どうやって?」
「肩車してやる」
「えー!」


はちょっと恥ずかしがっていたけど、それでも目はどこか楽しそうだ。しゃがんで「ホラ」と急かし、を肩車して雪だるまの帽子を乗せ直す。


「たかーい」
「こら、暴れんな!」
「あはは、おもしろーい」
!」


見たこともない高い視界にテンションを上げるは足をバタバタと降って重心を狂わせる。そうなると、俺の力では支えきれなくなって、俺はバランスを崩して倒れてしまった。俺たちは雪の中にぼすっと倒れこんで、自分が痛いよりも先に、俺は慌ててを見た。


、大丈夫か!?」
「あはははは!だいじょーぶー!」


は痛いよりも楽しそうで、いつになく笑いたくってて、俺はふぅとため息をもらした。


「ほら立って。体冷たくなるぞ」
「うん」


を引っ張り起こして、背中一面についた雪をぽんぽん払う。その間もは頬を緩ませて楽しかったねーと笑う。俺はかなり焦って楽しいどころではなかったのだけど、が笑うから、やっぱり笑ってしまった。


「すごいね光っくん、こんな大きいの作れちゃうんだもんね」
も出来るよ。今度は一緒に作ろうな」
「ホント?」
「ほんとほんと。雪なら飽きるほどあるからな」
「絶対だよ?約束ね?」
「うん」


が俺に右手の小指を差し出す。
こういうとこ、子供っぽいんだよなぁ。
普通14の女の子が指きりなんてするかな。

でもは生活のほとんどを病院で過ごしてるし、学校も過ごしやすい春とか秋はじめしか来ないしで、成長もゆっくりしてるのかもしれない。はまるでこの世界を覆いつくす雪のように真っ白で、どんなものも大きくやわらかく包んでしまうんだ。

俺たちは冷たい小指を絡ませて、ずっと雪だるまを見上げた。


「あのね、あたしも光っくんにプレゼントあるんだよ」
「え、マジ?なになに?」
「あのね、お母さんに教えてもらってマフラー作ってるの」
「マジ?俺にっ?なんでくれないの!」
「だってまだ出来てないんだもん。もう少し長くしたいの」
「え〜、でも早く欲しい〜!」
「もうちょっと待ってて、今年中には絶対完成させるから」
「え〜、わかった」


が俺にマフラーを編んでくれていたなんて、なんて喜ばしいことだろう。
どんなのかな、あったかいんだろうな。
ドキドキして気が逸って、頬が緩んだ。


「ねぇ、ホワイトクリスマスってどんなのかな」
「どんなのって、雪が降ったらホワイトクリスマスだろ?ここは毎年ホワイトクリスマスじゃん」
「でもさぁ、ホワイトクリスマスってもっとこう、雪もちょっとしか降らなくてさ、うっすら積もってるくらいが雰囲気あるじゃない?こんなに積もってたらもうなんだかよくわかんないじゃん」
「それもそーだな」
「一回でいいからホワイトクリスマスを切望してみたいよね」
「はは、じゃあサンタさんにはそれを頼んでおこう」
「クリスマスまで雪を降らさないでくださいって?あはは」
「天変地異だ〜って大騒ぎになるな」


寒い寒いこの土地は、毎年早くに雪が降り始める。だからクリスマスを迎える頃にはもう一面雪だらけで、雪をジャマにこそ思えど切望する事なんてまずない。そういや東京にいた頃は、ホワイトクリスマスにならないかな〜なんて、みんな言ってたっけ。


「じゃあ来年はどっかあったかいところでクリスマスやってさ、ホワイトクリスマスになれ〜って言おうよ」
「うん、言う!」
「言おう言おう」


俺たちは、約束が多かったように思う。
咳が出なくなったら、雨がやんだら、涼しくなったら、春が来たら・・・
俺からしたら何でも無い約束ばかりなんだけど、にとったらそれは簡単なことじゃなくて、そうやってどんどん約束だけが増えていって、俺たちの未来は大忙しだ。

ひとつひとつ、叶えてやりたい。
俺に出来る事ならなんでもしてやりたいし、二人で叶えていきたい。
きっとそう遠くない未来に、必ず。
そう誓って、の手とほっかいろをポケットの中で握った。











「光っくん、じゃがりこ食うー?」
「あー、あんがと」


バスの座席のうしろから雄大君がお菓子を差し出しながら顔を出す。


「光っくん、いつまでマフラーしてんの?」
「あーコレ?これお気に入りなんだよ」
「でも暑いべ。こっちは北に比べたら夏みたいなもんやし」
「そーだな」
「あっちはまだ雪2mくらい積もってるしなー」
「俺うち帰ったら絶対雪かきさせられんもん!」
「俺も俺も!」


選抜の合宿で来たところには雪は降るどころか積もってもいなくて、同じ日本でもこんなに違うかと改めて思う。


「こっちは住みやすいべなー」
「雪はちゃんと冬に降るもんやろうしな」
「ヘタしたら一年の半分は雪で埋もってるなんてないんだろーなー。雪かきに縁が無いなんて羨ましい!」


みんなバスの窓から外を見て笑う。同じ北国の人間、思うことは皆同じだ。ほんと、3月でこんなにあったかいんならもうコートもマフラーも要らないんじゃないだろうか。俺は窓の外を見ながらマフラーに顔をうずめてちょっと笑う。

こんなとこに住んでいたのなら、きっとクリスマスの前日に必死で雪が降ることを願うんだろう。朝起きたらうっすらと表面だけ積もった雪にパッと喜んで、キラキラと笑うんだ

そんな些細な願いくらい、一緒に見せてくれても良かったのに。

はあまりにもろく、あっけなく、

重い重い雪が溶けるのも待たずに、いなくなってしまった。


俺の元に残ったのは、叶えることが出来なかった約束たちと、が必死に編んでくれたマフラー。何一つ叶えてやれなかった俺に、が叶えてくれた約束。

が持っていったのは、ふたつのくまと、クリスマスの切望。


ほんとはあんな約束、叶えられなくても良かったんだ。
叶わない願いばかりでも、一緒に夢見ていられるならそっちの方がよかった。

大人になんてならなくていい。春なんて来なくていい。
時間が止まってしまってもいいよ。
まだ雪だるまを作る雪は残ってるよ。

寒くても、同じ世界にいたかった。


がいなきゃ、楽しい事も辛い事も、ただ虚しいだけだ。
クリスマスに雪が降ったって、ただ寒いだけだよ。

だから、・・・



「あ、雪!」
「お、ほんとだ。やっぱ寒けりゃ降るんだなー」



曇った窓の外の空から、ほんのささやかな雪がちらちらと降ってきた。


「・・・」


、弱気な俺に怒ってるの?
病は気からっていうもんな。

もう、悲しみすぎて、あの世界を包んでいた一面の雪でさえ涙で溶かしてしまえそうだったんだ。
涙が落ちるたびに雪がじわっと溶けて、でもやっぱり雪は強すぎて、俺の涙すら凍らせてしまった。


泣いても泣いても、溶けてなくなってくれないんだよ。


きっと今年も雪が降る。
冬を待たずにしんしんと。

そして雪に埋もれて冬をすごし、一度でいいからホワイトクリスマスを、と、願うんだよね。

それが、俺たちのクリスマスだったよね。


、そこは、あたたかい?

そっちでも雪は降るの?


だったら次こそはきっと、ホワイトクリスマスだね。











ホワイトクリスマス

クリスマス企画2005作品