何年か昔の話。
クリスマスってなんなの?なんでキリストの誕生日を祝わなきゃならないわけ?しかもケーキ食べたりツリー飾ったり、関係ないじゃん
って言ったら、お隣の彼はさらりとこう言った。
そういうこと言う人って、人並みにクリスマスを楽しめてないから言うんだよね。
・・・アイタタタ
なんだか、最近体が重いなぁとかノドが痛いなぁとか思ってたら、どうやら風邪を引いていたらしく、それでもめげずに学校に行き続けていたら、とうとう倒れて早退→病院→帰宅→ベッドの経緯を辿る。
でもその一連の作業を一人でこなすって、どうですか。
ごはん作る気にもならなくて、毎日適当におかゆとかパンとか食べて、薬箱にあったいつのか分からない風邪薬も熱さましも頭痛薬も2日でなくなって。
部屋の中は乾燥して、鼻の中は汚濁して、頭の中はヒートアップアップ。
あまりに熱が上がると、もしかしたらこのまま死ぬのかもなぁなんて気になる。風邪で死んだらお笑い種だ、このご時勢に。
もう日が落ちた窓の外を見ると、電線が上下に大振りしている。風が強いらしい。窓から伝ってくる冷気でふとんの外は寒い。ふとんの中はあったかいけど、体の中は熱くて、ボーっとしてくるなぁ・・・。
ピンポーン・・・
遠くで、インターホンがボンヤリ聞こえた。誰か来たようだけど、ここ数日も誰か来ても一度も出てない。どうせ新聞の勧誘とか宗教の勧誘とかだろう。そんなに誘わないでくれ。
あの音がまた鳴った。2度なるということは郵便屋さんか、宅急便か、出たほうがいいことかもしれない。でも病で動けない体に鞭打ってまで出なきゃいけないことなど何もない。
チャイムの音は2度だけで終わった。ゴメンなさい、起き上がる気力が出来た頃に来るか、お母さんが帰ってくる明け方にでも来てください。
プルルルル、プルルルル、
「・・・」
今度は電話が鳴っている。ナゼこの世は病人一人おとなしく寝かせてくれないのか。まぁ、例によってここ数日電話にも出ていないので、ほっておくことにした。
ちょっとしたようなら10回くらいで切れる。重要な用でも30回くらいで切れる。ゴメンなさい。起き上がる(以下同文)。
プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、・・・
なんだ、しつこいな。かれこれ3分は鳴り続けている。
そこまで重要な用なのか?
あ、お母さんかも。出て行く前に部屋覗いてったから。
寝たふりしたけど。
プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、・・・
しかししつこい。ここまで鳴り続けると、よっぽどな用事だろうか。
まさか、お母さんに何かあったかも。この前も過労で倒れたし。
・・・ああ、なんか心配になってきた。
1階の廊下にある電話までの道のりは心臓破りのようだけど、ふとんから出て上着を羽織って下りていった。
電話に出る前に一度咳払いをしてノドを慣らしたけど、もしもしといった自分の声が酷くかすれていて、自分で自分の声を疑った。
『あ、出たね。ヒドイ声だね』
「・・・英士?」
『うん』
なんだよ、お母さんじゃなかったよ。お隣さんだ。
『今家行ったんだけど』
「出なかった」
『だろうね。今は電話のとこ?』
「うん」
『じゃあまた行くから玄関開けてくれる?』
「・・・」
なんで?と言おうと思ったけど、脳で言葉を作ってそれを口に伝達するのがしんどくて、出来なかった。
そしたら英士は電話を切ったから、私はよろよろと洗面所で顔を洗ってウガイして髪をといた。でもくしゃみをしたら鼻水が出て全部台無しになった。
もういいや、と廊下に戻ると、玄関が鍵がかかったままでガチャっという音がした。玄関の鍵を開けてドアを開けると、冷たい風が入ってきて、その向こうに涼しい顔した英士が立っていた。
「元気?」
「・・・」
「じゃないよね、熱は?」
「・・・」
「ありそうだね」
今はきっと頭の回りが人の半分くらいで、人の倍早く頭が回っていそうな英士の問いかけに答えるのには無理があった。そんな私の状態を十分に理解して英士は勝手に会話を進める。
「ごはんは?これ母さんが。サラダとスープと魚」
「ありがとう」
英士は手に持っていたスーパーの袋の中を見せた。食事を持ってきてくれたらしい。うちはお母さんと2人だけだから、お隣さんには前から何かとお世話になっている。私が英士と同じ年だから余計に近いのかもしれない。
「おなか空いてる?」
「・・・うーん・・・」
「まぁ用意しとくから、食べれるなら食べなよ」
英士はそう言って、じっと何かを待った。
私はまだよく理解しきれてない頭で、ああ、と思って、一歩下がり道を空け英士を中に入れた。お邪魔しますと家に上がる英士は熟知してる我が家をまっすぐキッチンに向かっていく。
「寝てな。部屋持ってくから」
戸棚を開け皿を出す英士のうしろでボーっとしてたらそう言われて、またボーっと階段を上がっていった。
なんだかよくわからんが、英士だし、いいか。
再び部屋に戻りふとんに入って、ふーっと長い息を吐いた。
久しぶりに部屋から出た。久しぶりに世間と交流(?)した。
外の風に当たったらちょっと気が紛れた。風邪とはいえ、ちょっとは動いた方がいいのかもしれない。
しばらくするとドアが開いて、英士がお盆にごはんを乗せてやってきた。
持っていたお盆をベッド脇に置いて、ペットボトルのポカリも開けくれる。
「飲む?」
「うん」
「薬は?」
「なくなった」
「じゃあ買ってくるから、食べれるだけ食べな。あと一度着替えな」
「・・・」
英士はテキパキと私に指示を施して、また部屋を出ていった。
さっきよりは回りが早くなった頭で、言われた事を行動に移そうとベッドから起き上がった。確かにちょっと汗臭い。気づかれたかな。(イヤだなそれ)
重かった体は、ちょっと気分を入れ替えたせいか少し軽くなって、着替えついでにシャワーも浴びた。実は部屋にあるストーブをつけて、英士があたためてくれたごはんをちょっと食べて、英士が開けていってくれたポカリも飲んだ。
そうやって新しいものが体の中に入ることで、頭は少しずつはっきりとしていくし、体もちょっと動くようになった。
ああ、いいヤツだなあいつ。(ホロ)
しばらくして帰ってきた英士は減っているお皿を見て「結構食べたね」といつもと変わらない顔と声で言った。
「おなか空いてた」
「ちゃんと食べてたの?寝てばっかじゃ治らないよ」
「だって作るのメンドかったんだもん」
ベッドに背もたれて座る私に英士は薬の箱を放り投げる。おお、ちゃんと食後のやつだ。そして錠剤だ。さすが英士、分かってる。
さっきよりまた一段と動けるようになった私は、薬を飲みベッドに戻った。
「ちょっと寒いけど、窓開けるよ」
「うん」
からりと窓を開けて、英士は部屋中の風邪菌を外へ追い出す。英士はこんな真冬でもサッカーサッカーの毎日で、風邪うつしたら大変だ。
「気分どう」
「よくなった気がする」
ベッドの横から私を見下す英士は、良かったねと人ごとのようにいって(人ごとだけど)私の部屋を見渡した。そして本棚から一冊本を抜いて、これ借りるよと私の勉強机の椅子に座る。
あれ、まだいるの。
「英士はごはん食べたの?」
「うん」
「おばさん、様子見てこいって?」
「うん」
「・・・本、楽しい?」
「まだ最初」
「・・・・・・」
「喋べりたいの?」
「・・・うん」
やっぱり気が滅入っていたのか、そこに人がいるということ、人と喋っているということが、心地よかった。でも英士は机に頬杖ついてずっと本に目を落としてて、しばらくしてやっぱり寒くなってきたのか、ぱたんと窓を閉める。
ゆっくり目が文字を追って動いて、一枚ページをめくる時に私に目をやって、また目を動かして、めくる時またこっちを見た。
「寝れない?」
「うん」
「電気まぶしい?」
「ううん」
ずっと英士を見ている私にやっと口を開いた。ここのところ日にちも日没・夜明けも関係なく寝続けて、熱はあれど今は少し元気で、テンション上がってるのかも。
「西野さんが明日のパーティー、来れそうだったらおいでって言ってた」
「パーティー?」
「クラスでやるんだって。クリスマスパーティー」
「・・・あ!」
ガバッと枕から頭を上げて声を張り上げると、頭の中がぐらぁっと揺れて目の前がぐるぐるしてまた枕に頭が沈んだ。
そうだ、クリスマスだ、今日は。
冬休みに入る前から学校を休んで寝続けてたからすっかり忘れてた。
あーショックだ。せっかく12月に入ったときからみんなでパーティーしようって計画してたのに。今年は結構クラスが仲良いから楽しそうだって意気込んでたのに。
「あーそうだったー・・・」
なんてタイミングで風邪を引くんだ、と自分自身にノックアウトされて、枕の中でうーうー唸った。
「行こうかな、あした」
「何バカ言ってんの」
「だってもう元気になりそうだし」
「風邪引いた人に来られる方が迷惑」
「・・・」
それも、そうだ。と今度は英士にノックアウトされて、やっぱりうーうー唸った。
「めずらしいじゃん、クリスマスを楽しみにしてるなんて」
「は?」
「昔はよく言ってたのに。クリスマスの意味がわかんないって」
「・・・だって、みんなでやるなら楽しいじゃん」
「小さい頃はクリスマスといえばホームパティーだったもんね」
「・・・」
そうなのだ。昔はクリスマスといえばホームパーティーで、誰も遊んでくれなかった。ケーキが食べれるプレゼントが貰えるとみんな楽しそうにわくわく、足早に家に帰っていく。
うちは、そういうイベントの日ほどお母さんは仕事でいなくて。
でも今くらいの年になれば、クリスマスは友達と騒ぐ日になり、今年こそはクリスマスらしく楽しめるんだと期待していた。
なのに!
「あーあ、やっぱりクリスマスなんて嫌いだ。キリストなんか生まれてこなきゃ良かったんだ」
「どうでもいいけど、クリスマスはキリストの誕生日じゃなくてキリストの誕生を祝う日だから、その日はキリストの誕生日なわけじゃないんだよ」
「・・・ほんとどうでもいいよ、それ」
本に目を落としながら英士はくすくす笑ってた。
「いーなぁ、みんなでパーティー・・・。英士、あたしの分のケーキちゃんと貰ってきてね」
「俺も行かないよ」
「は?なんで?」
「行かないよ」
「だからなんで」
あたしたちが計画したパーティーに何か文句でも?と英士に顔を上げた。
机に頬杖ついてしつこく本を読んでいた英士は、すと本から目を離し私を見て、行かないよと、笑った。
英士は、昔からそういう人付き合いは苦手だったし、みんなで騒ぐって言うのも苦手だったし、改めてなんで?ってこともなかった。だから、そう、と納得してまた枕に頭を倒した。
「・・・」
英士はまた本に目を戻して、文字を追う。
行かないよと笑った英士が、まるで私をなぐさめているようで、ちょっと、涙が出た。
ああ、弱ってる。絶対。
「あ、代わりと言ったらなんだけど、冷蔵庫にケーキ入れといたから。元気になったら食べな」
「ケーキ?」
そのフレーズに涙も引っ込んでまた顔を上げた。
「食べる。今食べる」
「今?」
「英士のことだからふたつ買ってきたでしょ。一緒に食べよう」
「おばさんの分なんだけど」
「いーのいーの。どうせお店で散々飲み食いしてるって。食べよー」
英士は少し考えて、それでも部屋を出てってケーキを取りに行った。
やったやった、ケーキだ!
せめてものクリスマス気分を味わえるケーキだ。さすが英士!
ケーキをふたつ持ってきた英士はベッドの脇に座って、私にどっちがいい?とケーキの箱を見せた。
サンタが乗ったイチゴのショートケーキと、メリークリスマスと書かれた板チョコが乗ったチョコレートケーキ。
どっちもクリスマスらしくて迷った。
「えーと、うーんと、・・・」
「食べれるならどっちも食べていいよ」
「えー、そういうこと言う?」
「どっちも食べちゃいそうだね」
「じゃあ英士にはこのサンタあげる」
「要らないよ」
色鮮やかな砂糖の塊サンタクロースに、英士はうげと顔をゆがめた。
味覚の無い口には甘さはイマイチ伝わってこなかったけど、食感とふんわり香る甘さがおいしくて堪らず、一口一口噛み締めて食べた。病人のクセにパクパク食べる私の合間に英士はたまに一口手を出すだけで、ほとんど私がたいらげた。
「じゃあ今頃世間はクリスマスなんだね」
「街中電球と飾りばっかりだよ」
「あー、見たーい」
「治ったらね」
「治る頃にはもう終わってるじゃん」
「じゃあ来年まで待ちな」
「えー、1年後?遠すぎだよ」
ケーキだけでクリスマス気分を味わうにはやはり物足りなかったか、クリスマスカラーでいっぱいだろう外の景色が見たくてウズウズした。
「やっぱクリスマスはみんなで騒いで楽しむものなんだよ。もうホームパーティーなんて時代じゃないんだよ」
「時代錯誤なうちは今まさにやってるけど?」
「えっ、そうなの?ちょっと、何してんの、帰りなよ」
「だってもうホームパーティーって時代でもないしね」
「パーティーしてるのに参加しないなんてあんたおかしいよ。ケーキとかプレゼントとかご馳走とかあるんでしょ?」
「ていうか毎年うちでやってるんだから来ればいいのに」
「いやぁ、だってホームパティーはやっぱ、家族のものだし」
所詮私は隣人ですし。
「ねぇ、早く帰りなよ。おばさんたち待ってるんじゃないの?」
「べつに待ってないよ」
「ダメダメ!帰りなって。キリストの誕生日祝っておいで!」
「いいんだよ、キリストの教えは守ってるから」
「教え?」
「汝隣人を愛せよ」
英士は笑って私を見上げ、ぱくりとクリームの上のイチゴを食べた。
「なんなんじりん?」
「知らないの?」
「知らない。もっかい言って?」
「嫌」
「なんで、っていうかイチゴ食べた!」
「いいじゃん、いっこくらい」
「イチゴがメインなのに!」
「また来年買ってきてあげるよ」
「また1年後ー!?」
あったかい部屋の中で、風邪っぴきな私と、元気な英士。
気がつけば真っ暗な外には、ちょっと首を伸ばせばどっかの家のイルミネーションが見えた事。
ふわりと雪が降っていた事。
元気でも回りの遅い頭が、5分くらいかけてようやくキリストの教えを理解した事。
いろんなことがこの小さな部屋に宿っていた。
今年のちいさなクリスマス。
イチゴの無いケーキと、隣人様の愛。
クリスマス企画2005作品