我が山口家と、隣の家は、もう十数年来の友好関係にある。
この、(少し行けば)海が見える街、というあおりを売り文句にしている団地に引っ越してきたのは、俺が幼稚園年長さんの時。そして小学校に上がる少し前にうちの隣に引っ越してきたのが、家である。
引越して来たばかりで不安もある中、同じ年頃の子供を持つ母親同士。一家の大黒柱で、サッカーと言う同じシュミを持つ父親同士。年も近い両家の親が仲が良ければ、必然的に家族ぐるみの付き合いとなるもの。誕生日・クリスマス・初詣と、何かにつけて両家は行動を共にするようになっていた。
「・・・」
そんな山口家長男、俺。
「・・・」
姉と兄に次いで、家末っ子、。
「行こうよ」
「やだ」
「お願い」
「しつこい」
・・・ここは、家のリビングルーム。暖房にコタツと温かい部屋の中で、ココートにマフラー、帽子に厚手の靴下と完全防備な俺は、セーターにはんてんを着た思いっきり部屋着でコタツに入っているの隣で正座していた。
この態勢について早15分。同じコタツには家の主人であるパパと、年末年始特集雑誌に目を落としている兄・りっくんが、15分前から変わらない俺たちの押し問答を聞いていることだろう。
「ほら、キレーな景色がテレビに映ってるよ。満足でしょ?」
「ライブで見たいんですけど」
「3丁目に電球じゃらじゃらつけた家あったよ」
「じゃあそれでいいから見に行こう」
「いや」
季節は冬。寒い寒い夜空にはちらちらと雪まで降る。
家の中でも暖房とコタツは外せない必須アイテムで、あとみかんと熱々のお茶と、ああ、肉まんでもあれば最高だな。
「肉まん買ってやるから」
「あ、いーね。買ってきて」
「・・・いや、ね、違うでしょ」
コタツに体の半分を突っ込んで、はんてんを着込む寒がりのはテレビのチャンネルをコロコロ変える。そろそろ年の瀬も近づき、毎年恒例の歌番組も大賑わいになってる頃だ。
「あ、ストップ。今あやや出てた」
「あややもそろそろ限界っしょ」
「あややは永遠だ」
「ロリコン」
「おない年だっつーの」
りっくんとテレビのリモコンを取り合い、負けたは不機嫌に口を尖らせて、さらにコタツに埋もれていく。ああもうりっくんてば、さらにが埋もれちゃったじゃないかよ!
「ケースケ、ついでにビール買ってきてくれ」
「おじさん、この寒いのにビール飲むの?」
「あったかい部屋でコタツに入りながら冷たいビール飲むのがいいんだろ」
「俺が行ったって売ってくれないよ。うちきのうケース買いしてたから、うち行ってもらっといでよ」
「それは明日のパーティー用だろ。いくらなんでもそれはなぁ」
「父さんもう飲んでたよ」
「なに、そら行かねば」
パパはコタツから出ると「上着上着」とソファの上のジャンバーを着て部屋を出て行こうとした。でもキッチンのママにやめなさいよ怒られて、ぶーたれてまたコタツに戻ってくる。
「ケースケ君、ココアと甘酒どっちがいい?」
「あ、甘酒!」
「はい」
お盆を持ってキッチンからやってきた姉・チホちゃんが、湯気の立った白濁色の液体が入ったカップを俺にくれた。
「あー、あたしも甘酒がいいー」
「ココアしか残ってない」
「えー!ちょっとケースケ、なんであんたが飲んでんのさ!」
「じゃあこれあげるから一緒に」
「よこせ!」
は俺の話も聞かずに俺の手から甘酒のカップをぶんどる。俺の願いは聞き入れないクセに、自分のわがままは貫き通すなんてわが道を突っ走るヤツか。
「、ケースケ君と一緒に行っておいでよ」
のうしろで、俺を不憫に思ったんだろうチホちゃんが俺の救済に乗り出してくれた。さすがチホちゃん!大人の女は違うぜ!
「寒いからイヤだって言ってんじゃん」
ただ、チホちゃんはやさしすぎて、にはあんまり効果が無いんだ。
「あのなぁ。世間の若い女の子はこんな寒空でも喜んで外へ出てくもんだぞ?見てみろ、雪降ってんのにあの短いスカート!とーさんはブーツより網タイツだな。網タイツ買ってやろーか、クリスマスプレゼント」
「いらない」
テレビの中のギャルを見て、今度はパパが助け船を出してくれた。
でも話がずれてるよパパ・・・
「うるせーから出てけよ」
「あたしのせいじゃない」
「お前が出てけばいーんだよ」
「いやだ」
りっくんとがコタツの中で足を蹴り合い、おじさんの晩酌がこぼれて怒られる。
それでもはムキになるばかりで、俺のお願いなんてもう、忘れてそうだ。
「なぁ、3丁目でもスーパーのツリーでもいいからさ。見にいこーよ」
「アンタんちでっかいツリーあんじゃんよ」
「・・・」
違うよちゃん。
ふたりになりたいって言ってるんだよ、ボクは。
ほーら周りを見てごらん?君以外はみーんな分かってるよ?
「お願いします。お付き合いください」
に頭を下げて頼む。
ああ、なんて情けない。(しかも座ってるからこれは俗に言う土下座というものだ)
でもは足をコタツに入れたまま、上半身だけ俺に向いて頭を下げる。
「クソ寒いからイヤです」
・・・・・・・・・ちゃーん・・・。
「、バンザーイ」
「は?」
頭を下げたまま起き上がる気力を無くした俺の頭の上で、ママの声がした。は無理やり両手を挙げさせられ、着ていたあったかいはんてんと部屋着仕様のセーターを脱がされた。
「何すんの、さーむーいー!」
「はいはい、毛糸の靴下も脱いで脱いで」
「やーめーろー!」
ママに体を引っ張られて、コタツから引きずり出されたはじたばたと暴れる。そこへすかさずチホちゃんがの服とコートとマフラーを持ってきてに被せ始めた。の対・冷気用、室内完全装備は次々剥がされて、どんどん外出仕様にリメイクされてゆく。
さすがママ!
チホちゃんでも、りっくんでも、パパでも動かす事の出来なかったを(無理やり)コタツから出すなんて、一家の母は強いネ!
「いってきまーす!!」
家御一同に見送られ、ようやく俺とは一定温度のリビングから出ていった。(今まで以上に口を尖らすはかなり不機嫌だけどネ!)
ありがとうパパママ、姉に兄!
は俺が責任持って、ちゃんと持って帰ってくるからね!
「ほら、キレーだろ!」
「寒い」
「お、スッゲー!見てよあれ、屋根の上にサンタがいるよー」
「死ぬ」
「なはは、あそこドラえもんがいるよ!」
「・・・」
この大きくも小さくもない団地にも、家中に電球を張り巡らせて、クリスマス気分を味わう家々が結構ある。色とりどりの電球でサンタやトナカイが作られて、真っ暗な夜にチカチカと、きれいなイルミネーション。ちらほらとカップルの姿も見受けられるし、ムード満点だね。
うんいいね!
これぞクリスマスだね!
「ー、もーちょっと楽しもうよ。せっかく来たんだし」
「冬の夜に外に出たがるなんてアンタの神経が分からない」
「だってキレーだろ?クリスマスにしか見れないんだよ?」
「寒い中の電球とあったかい中の何もなしだったら迷わず後者を選ぶ」
「もーお前は、も少し気分っつーか、ムードを味わおうと思わないの?」
「あたしはコタツと甘酒でいい」
「甘酒って、せめてシャンパンとか言おうよ」
女の子はムードに弱いとかロマンチックだと言うけれど、生まれてこのかたにロマンを見たことは一度もない。むしろ、俺のほうが断然ロマンチックだ。そもそも男は夢を追う生き物である。夢があれば生きてゆける。案外世の中、男の方がムードに弱かったり乙女チックだったりするのかもしれない。
だってほら、冬の夜空の下で寄り添うカップルはあんなにも幸せそうで、チラチラ降っている雪は冷たいのにあったかく見えて、暗闇に光るイルミネーションに包まれたこの雰囲気なら、言えてしまえそうだ。
「・・・ー」
「は?」
全身をガタガタと揺らしてジッとしていられないは、雪にいくつも足跡を残す。
マフラーに顔をうずめて、くぐもった声で、まだ不機嫌そう。
ああ、そんな昔から変わらないお前が、俺は、
「来年も、一緒に見にくる?」
白い息と一緒に、ぽつぽつと点滅する電球を見上げながら、にだけ聞こえるくぐもった声でつぶやいた。
実は心の中じゃ、今日で一番ドキドキいいながら。
「そんなの、来年にならないとわかんない」
「・・・」
の中で、一年後の俺は、確実なものじゃないんだな。
ただ、家族同士が仲がいいだけ。
ただ、家が隣同士なだけ。
ただそれだけ、か。
「俺は、来年も一緒に見に来たいと思ってるよ」
来年どころか、再来年のクリスマスも、その次のクリスマスも、そのまた次のクリスマスも、一緒にいたいと、思ってんだけどなぁ。
「だから、わかんないってば」
俺だけ、ですか。
そうだよなぁ。
今だって来たくて来たわけじゃないんだし。
「あー寒い、もういい?帰るよ」
「おー」
「肉まん買ってくれるんだよね」
「はいはい」
こんな聖なる夜でもがんばってるコンビニエンスストアに入って、ほかほかの肉まんをふたつ買う。はやっとポケットから手を出して、熱々の肉まんに初めて笑顔を見せた。
「あー、できるならこの肉まんの中に入りたい」
「ほんと寒がりだね、君は」
「寒がりとかの域じゃないよ。この寒さは誰だって寒いって。アンタ寒くないわけ?」
「寒いけどさ、」
心ん中は、あったかいっすよ。
「あー寒い寒い寒い〜」
「飲みモンのほーが良かった?」
「んー、いや、肉まんのほうがいい」
「あそ」
肉まんのぬくもりを噛み締めるように、はゆっくりと肉まんを食べる。でもそのあったかい湯気も、この寒空の中ではハイスピードで溶けてゆくんだ。
「っくしょん!!」
「あーあ、ほら、手袋貸してやるよ」
「いーよ、手袋ってそんなあったかくないもん」
「そーか?ないよりマシじゃん」
「いらない」
肉まんを持つ凍えた手で、は鼻をすする。
の手は、鼻や頬は、冷たい空気にさらされみるみる白くなっていく。
俺はに手を出した。
「ん」
「ん?」
「手」
バァカ、とか、言われるかもって思った。
でもは、肉まんを持つ手と反対の手をポケットから出して、俺の手袋の手に合わせた。
「・・・」
ひやりと冷たい、細っこいの手をギュと握って、雪を踏み歩いた。
「寒い」
「いやぁ、あったかいよー」
「寒いよ」
「いやいや、あったかいっすよー」
チラチラ降ってる雪の上には、キラキラと星が輝いていて、まるで俺たちを彩るイルミネーションみたいだ。
なんて言ったら、今度こそはバァカって言うだろうから、黙っておいた。
「来年も買ってやるからな肉まん」
「ほんとだな?忘れんなよ」
「任せなさい」
やっぱりコイツには、イルミネーションよりもそっちのほうが利くらしい。
そんなの、分かりきっていた事だけど。
クリスマス企画2005作品