クリスマスの呪い




・・・簡単だ。
下駄箱で靴を履き替える彼女の隣に立って、おはようと言う。きっと彼女もおはよう、って言ってくれる。
そんで、寒いなとか言って会話すればそのまま隣を歩ける。きっと彼女も寒いよねー、とか言ってくれるから、そしたら数学の宿題やった?とか次の話題に運べばいい。
やったよーって、きっと彼女は言うから、6問目わかった?って、ひとつだけ飛ばした問題の話を持ち上げて、きっと彼女は出来てるよって言うから、そしたら教えてくれない?って、一緒に教室に入ればいい。(6問目だろうと9問目だろうと何でも良かった上にわざわざどれが一番質的に難しそうかまで分かっているなんて、間違っても言わない)(だって全然簡単な問題を聞いて、こんな問題も出来ないのかと思われるのは絶対に駄目だ。許せない)


「はるかおはよー」
「おはよー、寒いねー」


2人で話せる時間さえ作れば、本題に入れる。クリスマス、何してる?って、聞けばいい。空いてるって言ったらその時は、一緒にツリー見に行こうって、誘うんだ。彼女は、愛想が良くて、やさしくて、気配り上手で、やさしいから、(あれ?2回言った?)視界にさえ入ればきっと、きっと彼女から声をかけてくれるんだ。

おはよう、それだけだ。


「はるか宿題やったー?」
「うん、やったよ」


おはよう、と・・・


「6問目わかった?あれだけ解けなかったんだー」
「出来たよ、見せたげる」
「マジ?あんがとー」


おは、よう・・・


「ってかどうせ寒いならいっそ雪降れってのねー」
「だよねー、クリスマスまでには降ってほしいよねー」


お・・・


「・・・・・・」


・・・行っちゃったー。


ああ、また声すらかけれなかった。なんでたったこれだけが出来ないんだ、なんでおはようの一言が出ないんだ。ただ、それだけなのに。


「おーっす一馬、何固まってんの?」
「・・・」
「立ちながら寝るなんて器用だね。いつの間にそんな技覚えたの?」
「んなわけあるか馬鹿」
「バカぁ?バカって言う方がバカなんだ!」
「・・・」


バカなを無視して靴を履き替えた。


「あ、無視した!このあたしを無視するなんて何様よ!」
「・・・」


俺は今、毎朝乗り越える事の出来ない重大な試練に四苦八苦してるところなんだ。こんなバカ、相手にしてる場合じゃない。


「はーん?このあたしにそーゆー態度取るんだー。それは挑戦と受け取って良いわけね?あたしを怒らせて良いわけね?」
「・・・」


俺はちょっと不安になって、ゆっくりとうしろのに振り返る。


「真田一馬は小1までおねしょしてましたー!小3の時なんて女の子とケンカして泣かされて帰ってきましたー!」
「バッ、!」
「ボールは友達!なんて言ってるけど、悲しい事にボールしか友達がいませぇーん!」
!!」


昇降口で大声を張り上げるの口を塞いで、さっさと人ごみの中から逃げ去る。

彼女がさっさと行ってしまった後で良かった!ほんとーに良かった!!(今だけは心底喜ぶよ!)


!お前な!」
「なーあにぃー?」
「あんな人前で何言い出すんだよ!俺を笑い者にする気か!」
「笑いモンになればいいと思う」
「だいたいお前は小2までおねしょしてただろ!」
「あ!それは二度と言わないって約束でしょー?泣かされて帰ってきたとき誰が仕返しに行ってあげたと思ってんのー?」
「昔の事掘り出すなよ!忘れたよそんな事!」
「うっわ薄情もーん。一馬サイッテー。そんなヤツは死んでしまえばいいと思う」


そう言いながらは、カバンを俺の頭にぶつけて、何食わぬ顔で階段を上がっていった。
何か堅いものが後頭部にあたって(たぶん弁当だと思われる)、くぅ〜と痛んだ頭を押さえた。幼馴染の相変わらずの傍若無人さに、涙を噛み締める。

なんっなんだあいつは!ガキの頃からまるで成長もしてない、というかむしろパワーアップしてるぞ!泣きながら帰ってきたって、むしろお前に泣かされた記憶の方が数倍多いっつーの!ただでさえ傷ついてる俺の心に、土足で無作法にズカズカと入っては嵐のように去っていく。あんなヤツがあの彼女と同じ年で同じ性別だなんて、軽い犯罪にすら思えるぞ!


「真田君、どうしたの?頭押さえて」
「・・・え、」


怒りを抑えながら教室に入って自分の席に行くと、近くにいた彼女、高崎はるかがずっと押さえていた俺の頭を気にして声をかけてくれた。

うわ、うっわ、・・・


「さっきちょっと、ぶつけて」
「えーどこで?大丈夫?」
「ああ、全然大丈夫。軽く打っただけだから」



・・・たぶん、動揺は悟られてないだろう。
やっぱり彼女はやさしい。心配そうに覗き込んでは大丈夫?と何回も繰り返して聞いてくれる。やっぱり女の子はこうでなくちゃいけない。間違ってもあんな、・・・


「かーずまー、数学の宿題見せておくれー」
「・・・」


待て!後で見せてやるから今は引っ込んでろ!


「あれー、6問目抜けてんじゃんよー。アンタ数学得意じゃなかったのー?使えなーい」
「あ、あたし出来てるよ。見る?」
「マジー?さっすがはるか、いい女!!」
「なにそれー」


は、勝手に俺のカバンから数学のノートを抜きさって、しかもポイッと放り投げてくすくすと彼女のかわいい笑顔を、連れ去っていった。

ー!頼むよー!!


「ねぇ、クリスマスって何してるの?」
「クリスマス?何?なんかあんの?」
「うん。みんなでパーティーしようって言ってるんだけど来ない?」
「マジで?ってかはるかクリスマスだよー?誰かに誘われてないわけー?」
「えー、ないない。そんなのありえないしー」
「うっそぉー、はるか誘わないで他の誰誘うのよ。世の男は見る目ないねー」

「・・・」


遠くの方で高崎の数学のノートに集まっている女子の集団から、そんな会話をキャッチした。
誰にも誘われてない、確かにそう言った。
ナイス!!


「んー、でも無理かもー。うちはクリスマスは毎年ホームパーティーなんだー」
「へー、アットホームなんだね、んち」
「そーなの。うちのおとーさんとお隣のおとーさんがキリシタンでさー、こればっかりは毎年恒例の絶対行事なの。すっぽかすと後がうるさいんだこれがー」
「ふーん。うちも夜は家族でだけど、ケーキ食べるくらいで特に何もしないけどなぁ」
「ごめんよ。ちろっと顔出すくらいなら行くよん」
「うん、おいでよ。昼間だから」


地獄に仏とはこのことか。直接聞きにくかった彼女のクリスマスの予定を偶然ゲットした。昼間は友達とパーティー。夜は家族でパーティー。しかもあの調子だと、少しくらいなら誘い出せるかもしれない。

いける。きっと誘える。


「一馬ぁ、きょうさぁ、お母さんがケーキ注文してこいって言ってたんだけど、アンタも付き合ってよー」
「・・・はい?」

遠くから大声で、周りの目も気にせずに言う。周りの女子も、クラスメートも、彼女も俺を見る。
わー、高崎が俺を見てる。

じゃなくて!


「なんで、俺が・・・」
「アンタも食べるんだからいいじゃん。あと酒屋で注文した酒貰って来いって言うのー。ひとりじゃ重いし」
「・・・俺は、今日はちょっと、」
「なによ、サッカーないでしょ。あんたのサッカー予定はばっちり把握してるんだよっ」
「サッカーはないけど、」
「サッカー以外にアンタに何の用事があんのさ」
「・・・」


それじゃあお前、俺が寂しい子みたいじゃねーかよ。


「あ、そっか。んち真田君の隣だもんね。お隣のおとーさんて真田君のお父さんか」


うわ、ヤベ!


「そーだよ?うちとお隣は毎年飽きもせず合同クリパなのよー」
「えー、いいなぁ、楽しそう」


待て!それ以上言うな!


「でもさすがにこの年になって二家族揃ってきよしこの夜の合唱はどうかと思うのー」
「あはは、合唱するのー?」
「するするー。パパりんのへったくそなピアノでねー、お母さんなんてソプラノ歌手バリでさー」


・・・・・・ああ、呪われてる。俺は呪われてる。
そんな話の後で、どの顔下げて誘えるって言うんだ。こんなアットホームな話の後で、俺が家族パーティーほったらかしで彼女を誘ったら、薄情者は俺じゃないか。


「ってなわけで、付き合え、一馬」
「・・・」


俺のクリスマスは、呪われている・・・








「ったく、どこだよあいつ」


放課後、結局彼女は誘えないまま、心空しくに付き合わされることとなってしまった。放課後の掃除が終わったら下駄箱で待ってろと言ったのはあいつの方なのに、来てみれば案の定いない。そもそもあいつは約束を守ったためしがない。待ち合わせをしても大抵ふらふら違うとこにいるし、俺にはなんでもかんでも頼むくせに、俺の頼みは10年に一度くらいしか聞かない。

生まれた時から家が隣で、親同士も仲がよく、同じようにして成長してきた。思えば俺の呪いは生まれた時からはじまっていたのかもしれない・・・


「俺って不幸だ・・・」


いつだったか英士が、蟻地獄だと言っていた。
一生抜け出せない気がする、と。
今になって英士の言った意味がわかった気がする・・・。

そんな不幸に背筋をぞっとさせながらを探して歩いた。すると、廊下の先から話し声が聞こえてきた。っぽい声がしたものだから寄っていき、廊下の角から顔を出す。


「家族でパーティーなんだって?それは聞いた」
「うん、そうなんだー」


そこにはやっぱりと、同じクラスのやつがいた。まぁあいつは誰とでも仲良くなれる得な性分をしてるから、べつに大したことじゃない。


「でもさ、ちょっとだけでも無理?駅前にでっかいツリー出来たじゃん?あれ見に行くだけでも」
「あー・・・」


・・・あれ、もしかしてあいつ、誘われてんのか?しかも駅前のツリーって、俺が高崎と行こうとしてたやつじゃん。めっちゃでかくて、キラキラしてて、あたり一面イルミネーションで、カップルだらけで、すげぇいい雰囲気だから、そんな中なら俺も勇気を出せると思ったとこだ。

あれは、友達同士で行くようなとこじゃないぞ。あいつ気は確かか?あのだぞ?雰囲気もへったくれも持ってないぞあいつは。いや、むしろあいつならそんないいムードもぶち壊すくらいの破天荒な事をしでかすかもしれない。あのてっぺんの星が欲しい!とか、寒いギャグを飛ばしたり・・・。


「ごめん。ちょっと、無理っぽいや」
「絶対駄目?もう分かってると思うけど、俺、お前の事好きなんだよね。だからさ、クリスマス、一緒にしたいんだけど」
「あ〜・・・」


うわ、マジかよ。
マジで告白?あのに?
あんながさつな女のどこがいーんだ?

でも意外に、今のはいつもの大柄な態度も見せずに、普通の女みたいに、ちゃんとまっすぐ立っていた。


「ゴメン」
「・・・そっか。やっぱ、真田が好きなの?」
「え?」


・・・は!?
何を言い出すんだあいつは、ありえねぇだろ!アイツの態度のどこを見て俺を好きなように見えるよ!

いっつも自分勝手に振り回して、俺を召し使いかなんかと勘違いしてるようなヤツだぞ。昔っからワガママで、そのとばっちりや代償は全部俺に降りかかって、それでも文句あるわけ?ってにらみきかすようなヤツだぞ!絶対にありえない!!


「や、ごめん、かんべんして」
「・・・」


俺からは見えなかったけど、の声は、まるでじゃなかった。なんか、しおらしくて、小さめで、あいつこんな声出せるんだってくらい。この十数年一緒に生きてきた中で、初めて聞いたかもしれない。

でなくて、でもこれはで。

なんだこれ。なんだこの感覚。
こんな、知らない。






「おっまたー」
「・・・」


下駄箱の前で座ってると、うしろからが俺の頭にカバンをぶつけてうしろに立った。振り返ると、はワリーワリーと、大きな口を開けて笑ってた。今までイヤと言うほど、恨みすら覚えるほど見慣れた顔だ。


「どこ行ってたんだよ」


立ち上がって靴を履き替えながらさりげなく聞いてみた。
こいつの事だから、告白されたんだぞ!すごいだろ!とか言ってデリカシーの欠片もな自慢するかも。


「アンタが遅いから悪いんだよ。用事全部押し付けて帰ろうかと思ったっつーの」
「・・・」
「寒いよー、鼻水出てきたよ。風邪引いたら一馬のせーだから。冬休みの宿題全部一馬ね」
「・・・大丈夫だ。バカは風邪ひかない」


は事もあろうに、靴を履き替えてる途中に、寒さで鳥肌の立った足で俺の背中を蹴り押した。いってぇな!と前によろめきながら振り返ると、は靴をとんとん、と履いて、さっさと昇降口を出ていった。

・・・さっきのことは、触れもしなかった。


「ねぇ、一馬は何ケーキがいいー?」
「チョコレート」
「えー、あたしあの木のやつがいいー。木が横たわってる感じのやつ」
「じゃあそれのチョコレート味にすりゃいーじゃん」
「でもイチゴも欲しくない?やっぱケーキと言えばイチゴのケーキじゃん?ふたつまでって言ってたからイチゴと木のヤツにしよう」
「じゃあ俺に意見求めんなよ」
「一応聞いてあげたんじゃーん」
「聞き入れなきゃ意味ねーだろ」


なのにこいつは、必ず俺の意見は一応聞くんだ。聞き入れたためしがないけど。


「しょーがないなぁ、じゃあチョコのサンタさんでも買ってあげるよ。一馬は昔っから拗ねると自分の殻に塞ぎこむからさー。覚えてる?小5の時のクリスマスに、プレゼントが欲しいやつじゃなくて部屋に閉じこもっておじさんたち困らせたの。あん時はパーティーも中断してご馳走も食べれずにあたしずっと腹鳴らしてたんだから」
「ああ、それでお前キレて、俺の部屋のドア蹴って穴開けたんだよな」
「そーそー、アレお母さんに怒られてさー」
「今度はお前が拗ねて部屋から出てこなくなってな」
「そしたら一馬が出てこいよってドアの前にずっといてね。逆になってるしー」
「俺はドア蹴って穴開けたりしない」
「あれは若気の至りだってー」


たぶん、ケーキはイチゴと木のヤツで確定だ。シャンパンや親たちのビールも、俺が全部持たされる。そして、冬休みの宿題に一切手をつけずに、俺が出来上がった頃にズカズカと部屋にやってくるだろう。俺の部屋の穴の空いたドアを足で開けて、風邪ひいたから見せろって、元気な声で言うんだろう。

俺の気分や気持ちなんてお構いナシに、ズカズカと、横柄な態度で荒らしていくんだ。

どうやら生まれた時からの俺の不幸は、切っても切れない呪いとなり、おそらく向こう100年、付いて回る。


「・・・べつにいーか」
「はぁ?なにが?」


そんな風に思うなんて、やっぱ呪われてんのか、俺。


「ねぇ一馬、駅前にさぁ、でっかいツリーあるじゃん?あれ見に行こうよ」
「はぁ?今から?」
「うん。今から」
「今見てどーすんだよ、クリスマスに見るもんだろあれは」
「べつにいつ見ても一緒じゃん?」
「ムードねーなぇ」
「一馬は夢見すぎー」
「どーせお前あのツリーの星がほしーとか言うんだろ」
「ぶは!なにそれ、アンタそれシャレのつもり?サッムー!!」
「しっかりウケてんじゃんかよ」


ああ、やっぱクリスマスは駄目だ。
俺ってホラ、ムードに弱いから。

クリスマスの呪いで、こんながさつな女が可愛く見えてしまっては、大変だ。





クリスマスの呪い

クリスマス企画2005作品