たとえば真夏にクーラーガンガンでふとんにくるまるとか、真冬にコタツの中でアイスを食べるとか、ひたすらよくばりなこと。
「」
「・・・。あ、カッちゃんだ」
「それはやめてくれって」
「だってそう呼ばれてたじゃん、お母さんに」
冬休みに入って静かな学校。みんな家に帰ってるから寮も人はまばらで、静かで冷たい。冬休みに入る直前にあった三者面談で、しっかり者の元・サッカー部キャプテンがお母さんにカッちゃんと呼ばれてたのをからかうくらいしか楽しみが無い。
だからちょっと寂しくて、心がぽかんとしてきたから外に出て、こんな寒空でも練習に励むサッカー部でも見て心あっためようかなぁって思って。
「ねぇ、なんで藤代君が新キャプテンじゃないの?」
「あいつはキャプテンてガラじゃないからな。チームを背負わすよりもっとあいつ自身伸ばしてやりたかったんだ」
「ふーん、エース気質ってやつですか」
「そんなとこかな」
夏が終わって3年は引退したはずなのに、グラウンドにはもう新チームが組まれて新しく動き出そうとしてるのに、元キャプテンの心配性はいまだ衰える事を知らず、こうやって寮に残ってまでチームに顔を出している。
「寒くないのか?鼻赤いぞ?」
「アンタのが寒そうだよ、そんな薄着で」
「俺はさっきまで走ってたし、そうでもないさ」
「アンタもう引退したんでしょー?いつまでサッカーやってるの?」
「部活は引退でも選抜があるしな。それに高等部行ったらまた部活も再開だし、怠けてられないよ」
「ご立派です事」
拍手してやると、渋沢は私の隣に立って一緒にグラウンドを見渡した。ただでさえデカイんだから、座ってる私の隣に立っちゃったらもはや人だかなんだかもわかんないよ。
「家帰らないのか?もう寮も誰も残ってないだろ」
「いない。だから静かで寒くってさー。サッカー部はいっぱいいて楽しそうでいーね」
「ああ騒がしいよ。今日はクリスマスパーティーするらしいよ、良かったら来れば?」
「マジ?あはは、楽しそー。でも一人もセツナイから遠慮しとく」
「来ればいいのに。三上はいないぞ?」
「うわ、そーゆー事いう?」
隣にあった渋沢の足をバシッと殴っても渋沢は微動だにしなかった。
いたらいたでムカつくけど、いないならいないでハラたつな。
「・・・三上は、家帰ったの?」
「ああ。正月明けに戻ってくるって」
「あっそ。彼女とデートかねー、クリスマスだもんねー」
「だろうな。何買わされることやらって嘆いてたよ」
「そんな文句言ってもちゃんと聞いてるあたり弱いよねー」
「三上らしいだろ?」
「三上らしいね」
文句言うクセにちゃんと面倒みちゃって、怒るクセにちゃんと話聞いちゃって、嫌がるクセにちゃんと願い叶えちゃって。
もう付き合いきれねぇ、ほとほとアイソ尽きた、マジうざい!
口ばっかり。
「イヤなら別れちまえっつーの」
「あ、本音が出た」
ポツリとつぶやいた言葉を、渋沢は几帳面に拾い上げた。ここで涙でも浮かべようものなら、たぶん渋沢は慰める。それはダメだ。
「一人で部屋にいても思いつめるだけだろ、気晴らしにでも来いよ。一応ご馳走でるらしいぞ」
「ケーキも出る?」
「出るんじゃないか?」
「サッカー部だけ待遇いいなぁ!」
「サッカー部だからな」
「さらっと言う嫌味も渋沢に言わせるとちっとも嫌味に聞こえないね」
「それを得と言うか、損と言うかな」
「は?」
高い渋沢の顔を見上げた。まるで雲の上を見上げた気分になった。
「周りに言わせれば得だし、俺に言わせれば損かもしれない」
「・・・。どーゆーこと?」
「ちっとも嫌味に聞こえないのは、いいことだと思う?」
「いいんじゃないの?アンタの人徳じゃん」
「おかげで言いたいことがちっとも伝わらない」
「何が言いたいのか全然わからん」
「うーん・・・」
渋沢は高いところで目の上をぽりぽりと掻いた。
「つまり、白状すると、なぜ三上じゃないと駄目なんだって事だな」
「・・・」
驚いた。
渋沢は、私が三上三上言ってる間はこういうことを言わないと思っていた。
「その様子だと、気づいてたみたいだな」
わかるよ。私と渋沢は同じようなんだから。だから、三上のことで渋沢に励まされたり慰められたりするのはやめようって思ったんだから。
でも、聞きたくなかった。渋沢にはそこにいて欲しかった。始まりと終わりのある関係じゃなくて、ただいつでもそこにいる人であって欲しかった。
もう、イヤになったんだ、渋沢は。私から三上の話を聞く事が。そりゃそうだ、私だって三上に彼女の話を聞くたび、こいつ殺してやろうかって何度も思った。三上も彼女も。
「黙るなよ」
「・・・」
答えを出さなきゃいけないんだ。答えを求めているんだ。
自分を選ばないなら、もうお前のためには動かない。そう言ってるんだ。
いつでもそうやって笑顔を浮かべて、その裏で、
「渋沢も、私を殺してやりたいって思った?」
「・・・。まさか、そんな怖いこと思わないよ。相変わらずぶっ飛んだ事言うなぁ」
私と渋沢は根本的に違うんだ。そもそも男と女である時点で違うか。
ごめん、
こんなにも大事にしてくれる渋沢より、あの殺してやりたいあいつのほうが頭の中にいて
こんな事を言ってくれてる今も、頭の中はあいつのほうが占めてる。
「ごめん・・・」
「それは何に対する謝罪?」
「え?」
「三上が好きだから俺の気持ちには答えられない、だからごめんっていう事?」
「・・・うん」
私だってやめたいんだよ。あんなヤツ、こんな恋。
いっそ本気で殺してしまおうか。
「じゃあ納得できないな」
「・・・は?」
「もし三上とが付き合うことになってずっと仲良くやってけるっていうなら引く気もするけど、残念ながら三上はああ見えてしつこいやつだし、彼女と別れるとも思わないし。そもそも三上はには合わないからな」
「・・・」
これだけ言われても嫌味に聞こえないコイツのこの威力はなんなんだ?
「べつに今すぐ答えが欲しかったわけじゃないんだ。ただちょっと、世間のノリに乗ってみただけ」
「ノリ?」
「クリスマスだろ?今日は」
「・・・あんたがそういうことするとは神様でも思わないよ」
高い位置でははっと笑う渋沢は、ひょっとしたら雲の上にいるんじゃないだろうか。コイツの精神力は神の域に達している気がする。
「無理に考えなくていい。気は長い方だから。幸か不幸か、俺はそれなりに忙しいし」
「へぇー」
ご立派だこと、とまた拍手してやった。すると渋沢は、グラウンドの方から呼ばれた声に笑って一歩踏み出した。高すぎた渋沢の顔が、私から離れる事によって目線まで下がってきた。
「アンタ本当にそれで満足なの?」
歩いていく渋沢が振り返った。
どうして、そんなに強いの。
「ああ。待てるよ。ただし、100年後のクリスマスまでな」
「・・・」
渋沢はいつもどおりにフと笑ってグラウンドに入っていった。その背中は、ちょっと楽しそうに見えた。
「100年後って、100年生きる気かアンタ。気ぃ長すぎ」
でも確かにこの捻くれていて諦めの悪い根性は、100年くらい経たないと折れないかもしれない。なんて思いつつ渋沢の背中を見てたら、笑えた。
渋沢は、思う存分私に三上を好きでいることを許した。
ほんと、ヘンなヤツだ。
100年後のクリスマス・・・、生きてるかなあたし。
100年なんてほんの言葉のあやだろうけど、あいつなら待ちそうだ。せめて死ぬ直前のクリスマスまでには、答えてやりたいと思った。
「ラストクリスマス・・・」
までには、
クリスマス企画2005作品