サンタなんて




この国はどうも、救い様の無いくらいの祭り好きらしい。
12月になると、街中もテレビの中もクリスマス一色。一歩外を歩けばゴチャゴチャ電飾した家や庭が見えたり、ふと店に入ればケーキだチキンだ赤だ緑だサンタクロースだって、”クリスマスバーゲン!常夏のオーストラリア4万5千円!”って、クリスマス関係ないだろっ。

元々の理由やしきたりなんて関係なし、とにかく騒げて楽しければそれでいい、なんて、バカ騒ぎもいい加減にして欲しい。こっちは受験やら選抜やらでそれどころじゃないというのに。

なのに玲ってば、


「24日は練習ないわよ。クリスマスだものね、みんな楽しみたいでしょ?」


クリスマスは25日だっつーの!なのにあいつらときたら、ヤッター!なんて、特に予定も無いくせに喜んで、ほんっとバカばっかりだ。

学校行ったら行ったで、


「翼くーん、24日のクリスマスパーティー来られるー?」


お前ら受験生の自覚あるのかって言いたい。どいつもこいつも、無意味に浮かれまくって恥ずかしいったらありゃしない。


「その日は空いてない」


思わず言葉も無愛想になる。


「えー、翼君が来なきゃ意味ないじゃーん!なんでー?なんで来れないのー?」
「だから予定あるんだって」
「予定?クリスマスなのに?もしかして・・・」


こいつらが何を考えてるのか大体分かる。でもそこはあえて否定しないでやろう。
だから、俺を誘うな!


「まったく、なにがクリスマスパーティーだ」
「何キレてんねん翼」
「てかなんでお前クリスマス空いてねーの?」


ため息混じりに席につくと、うしろにいた直樹と五助が当たり前のように俺の席の周りに集まってきた。


「べつに予定なんかないよ。だからってなんでわざわざ冬休みにまでクラスの連中のおもちゃにされなきゃならないんだよ。絶対にゴメンだね」
「なんや、予定ないんかいな」
「なんだよ、お前だってないだろ」
「わいらが予定無いのとお前が無いのとじゃ重みがちゃうわ。俺らが予定無くてもやっぱな〜やけど、お前が予定無いんはあれれ〜?って感じやろ」
「なんでだよっ」


ここ1・2年、ずっとお前らと一緒にサッカー三昧だったのに、俺とお前らで何が違う事も無いだろ。


「予定ないならパーティーくらい出たればえーのに。断っといて実は家にずっといました、なんてバレたらカッコ悪いわ〜」
「そんなもんに行くくらいなら家で寝てたほうがマシだね、バカバカしい。お前らこそそんな浮かれてるヒマがあるならもっと勉強しろよ。期末もあんな成績でどこの高校行く気だよ。お前らが俺と同じ高校行くならもっとずーっと前から勉強しないと無理なんだよ。S高のレベル分かってんの?お前らレベルが入れるとこじゃないんだよっ」
「あ、耳イタ!」
「何機嫌悪ぅなってんねん」


俺だって、たかがクリスマスが近いだけで、こんなに機嫌悪くなってるわけじゃないんだ。これでも人生15年分繰り返してきたこんなイベントに、今更疑問を抱いてるわけじゃない。


「おはよー、アンタはどーする?クリスマスパーティー」
「えー?なにそれー」


そんな声が聞こえて教室の入り口を振り返った。
寒い中から来ました、と言わんばかりの厚手のコートとマフラーを解いて、が例のクリスマスパーティーの幹事に俺と同じ質問をされている。


「パーティーかぁ。ごめん、ちょっと無理かも」
「なんで?予定あるの?」
「うん、ちょっとねー」
「何よ、まさか男っ?」
「うーん、そこはご想像にお任せしまーす」


は含み笑いをしてパーティーの誘いを断った。
俺はそれを遠くで聞いて、目をぱちくりさせる。

そのままごめーんと軽く謝って、は自分の席へ、俺のほうへ歩いてくる。
は俺のひとつ前の席だから。


「・・・おはよ、


前の席にカバンを置いたにやっと聞こえる音量で挨拶した。は特に不機嫌でも上機嫌でもない顔、むしろ眠そうな顔でおはよー、と間延びした声で返し、俺に背を向けて(前の席だから当たり前だけど)椅子に座る。


「なぁ翼、やったらお前んちでまた騒ごや。去年みたいに」
「だから勉強しろって言ってんだろ」
「えーやんクリスマスくらい勉強せんでも〜」
「そんな事言ってお前らいつ勉強してるんだよ」
「ってかお前がもっとレベル落とせばえーねん!なんやねんS高って、イジメか!」
「俺のレベルに合わせられないならついてこなくて良し!」
「あ!イタ!」


うなだれるこいつらをばっさり切り捨ててやると、チャイムが鳴って2人は教室を出ていった。ふんと息を吐いて、窓の外を見やる。

教室の中はざわざわとうるさくて、チャイムが鳴ったからってみんな席にも着かずにあの会話。

パーティー行く?
でもクリスマスにクラスでパーティーってどーなの?
翼君も来ないらしーし。


「・・・」


俺は目だけを、前にある背中と長い髪に向けた。



「ん?」


小さく呼びかけた声をちゃんと拾って、は俺に振り返る。


「クラスのパーティー、行かないんだって?」
「あー、翼は行くの?」
「行かないよ」
「え?なんで?」
「興味ないよ、そんなモン」
「うわ」


しょうがないな、と言うようには眉毛を下げて笑った。

こんな会話は前から同じ。やわらかな言葉も、相手に気を使わせないような喋り方も、いくらか引いた態度も、ずっと同じ。同じクラスになって、喋るようになって、名前で呼び合うようになって、気を許していた

でも、夏くらいからは、俺に少し距離を置くようになった。

授業中ですら無駄話をするヤツだったのに、休み時間でもあまり俺に寄ってこなくなったり。課後はたまにサッカー見に来たりしてたのに、学校終わったらすぐに帰ってしまったり。

なんだよ急に。なんて苛立っていたら、そんなときに限って席がバッチリ前うしろ。


”何よ、まさか男ー?”


・・・そんなの、聞いてないんだけど。


「みんな浮かれちゃって、受験生って自覚がまるでないな」
「んー、でもたまの息抜きくらいさー」
「もう3ヶ月も無いって言うのにノンキなもんだよ。頭悪いやつほど特にね。後で泣き見るのが目に見えてるよ」
「きついなぁ」
「現実見ろってゆーの。どうせクリスマスが終わったってまた正月だバレンタインだって浮かれるんだよ、あーゆー連中は」
「翼の言う事はもっともだけど厳しいの。あんな言い方したら井上たちだってかわいそうだよ」


どうやらさっきの会話を聞いていたらしい。


「俺にレベル下げろって?仲良しこよしじゃないんだよ、足引っ張られるなんてゴメンだね」
「どうしたの?機嫌悪いね」
「そんなことないよ」
「だって、他の誰に毒吐いても、井上たちにはそんな言い方しないのに」
「・・・」


自分でも、わかる。イライラしてるなって
だって、無性に腹が立つんだ。


「クリスマスだなんだってはしゃぎすぎなんだよ。サンタクロース?っは、笑っちゃうね」
「翼って小さい頃でもサンタとか信じてなかったでしょ」
「ないよ、あるわけないじゃん。サンタだよ?いるとでも持ってんの?」
「いるかもよー」
「サンタなんて大人の子供だまし。バカ騒ぎに便乗した虚像でしかないんだよ」
「そう邪険にしないで、楽しくやってるなーって見てればいいじゃない」
「・・・そうだね、は今年は楽しいクリスマスなんだもんね」
「は?」


どうやら、男が出来たらしいし?
そりゃあ世の中の浮かれ具合もときめいて見えるだろうよ。
シャンシャンうるさいベルの音も祝いの鐘に聞こえるだろうよ。


「楽しいわけないじゃん。苦しみ真っ只中の受験戦争中よー?」
「・・・」


あれ?


「デートじゃないの?」
「デート?誰と」
「だってさっき、男出来たって」
「あーアレ?嘘だよ嘘。デートどころか地獄の冬ゼミだよー」
「じゃあなんで、さっき」
「だって、みんなが楽しく騒ごうって言ってる時に、ひとり勉強するから行きませんなんて、気分悪いじゃん。みんな受験でどっかカリカリしてるし、パーティーしよーって言ってても、やっぱちょっとは探り合いってゆーの?してるじゃん」
「・・・」


嘘だったんだ。

確かに受験が近づけば近づくほど、今までただのクラスメートだった奴らが、突然敵同士のような探り合いをする。勉強してる?なんてお伺いをたてては、全然してないーなんておべんちゃらを並べる。だったらその目の下のくまはなんなんだって話。

けっこう、周り見てるんだな。


「じゃあ、彼氏もいないんだ。寂しいクリスマスなんだ」
「寂しいにプラス苦しいクリスマスだ〜。今ならクリスマスのバカヤローって言えるね。サンタなんているかー!って」
「単純」
「なにさ、翼がそんなもんいないって言ったんじゃない」
「さぁ、いるかもよ?」
「なにそれ!さっきまであんなに否定してたくせに」
「クリスマスも楽しめないなんてカワイソーだなーと思って」


は怒ってマフラーを巻いた手で殴りかかってきて、でもそんなもの、軽々と避けた。悠々と、笑いながら。


「ひょっとして夏からずっと勉強してんの?だからたまに練習試合とか誘っても来なかったとか?」
「受験生ですから」
「マジメじゃん。そんな勉強しなきゃ受かんないとこ受けるわけ?」
「教えない」


は怒ってぷいっと前を向いた。
そのの背中を見ながら、俺は声を殺して笑った。

なんだ、そんなこと。
ご丁寧に受験生らしく、はしゃぎたい夏休みも年頃のクリスマスも目もくれずに勉強してたんだ。

なーんだ。


いつの間にか先生が来てHRがはじまっていて、2学期最後の今日の日程を黒板に書いていた。終業式のためにみんなが体育館へと立ち上がり、俺の前でも立ち上がる。


「ねぇ、高校どこ行くのさ」
「お・し・え・な・い!」


隣を歩くは機嫌を損ねてスタスタ歩いていく。
まったく、ガキ丸出し。


「いーから教えなよ。なんなら俺が勉強教えてやろうか?」
「けっこうです!」
「どこ行くんだってば」
「しつっこいなぁ」


当たり前じゃん。
この俺をイライラさせたからには、答える責任はあると思うけど?


「中学最後のクリスマスだよ?一生に一度だよ?」
「誘惑するな!」
「じゃあツリーもイルミネーションもケーキもおあずけ?サミシー」
「うるっさいなぁ、いーの」
「サンタクロースが泣いてるぞー」
「サンタなんているかそんなもん」
「駄目だよそんな事言っちゃ。サンタは夢見て信じてる素直でかわいー子のとこにしか来ないんだから」
「アンタに言われたくないっつの」
「俺はけっこう信じてるよ?」
「嘘付け!」
「ほんとほんと」


そりゃトナカイのソリに乗ってえんとつから入ってくるとか、朝起きたら靴下の中にプレゼントがあるとかそんなもの俺だって信じちゃいないけどさ。


「あ〜カワイソ。はひとりで寂しいクリスマスを過ごすんだね。ひとりぼっちで教科書とお見合いして、あ〜カワイソー」
「・・・」


階段を下りていくの背中に嫌味満面でかけてやると、はついに怒髪天ついたのか、振り返ってギッとにらんだ。
あれ、怒っちゃったかな?


「アンタがS高なんか選ぶからだ!!」
「・・・は?」


周りの人の波も忘れて俺にそう言い切ると、は口を開いたままのマヌケな顔をして、しばらく俺を見つめた。自分で何を言ったのかを落ち着いて思い返して、しまった、と言うように顔をゆがめて目を逸らし、前を向き直してまた階段を下りていった。

俺がS高選んだから?だから同じ学校行こうとしてこんな、勉強漬けな毎日を送ってるって言うの?俺と同じ高校に行きたいから、俺と喋るのも我慢してたって言うの?俺とまた3年間を過ごすため、クリスマスも目を瞑ってたって言うの?


「・・・うわ、」


なにそれ、ちょっと、嬉しいんだけど。



「・・・」
、」


恥ずかしさからかスタスタと歩いていくに追いついた。どうしても笑ってしまう顔を、出来るだけキュッと引き締めて。


「クリスマスが駄目なら、今日一緒に帰ろうか」
「・・・」


は歩く速度を緩めて振り向き、少し充血して赤い目を見開いた。
ああ、寝不足だ。うさぎみたいだよ?かわいいなぁ。


「っていうか、ゼミなんかよりうちおいで。俺が教えてやるから」
「え、だっ・・・、え?」
「ゼミなんかよりもっと厳しいだろうけどね」
「えっ・・・」


赤くなったり青くなったり、忙しいの顔にプッと吹き出した。

だって、受かってもらわなきゃ困るもん。でも俺って欲張りだから、今日の放課後も、クリスマスも、高校の3年間も全部貰っちゃうよ。だから受験までは覚悟しなよ?

でも、クリスマスくらいは息抜きにケーキを食べたり、ちょっと部屋を抜け出してイルミネーションを見るくらいは、させてあげるよ。

ねぇ俺って、サンタなんかよりずっと幸せを運んでくると思わない?


サンタなんか、メじゃないっつーの。





サンタなんて

クリスマス企画2005作品