「えーっっぐし!!」
被ったフードの下であまりに豪快なくしゃみをしたもんだから、通り過ぎるカップルがみんな振り返った。俺を見てクスクス笑って、かわいそうな目で前を通り過ぎていく。
なんだよ、こんな日に、こんなとこで一人ぼっちで入る俺はそんなにカワイソウか?そんな惨めかよ!
息も凍りそうな寒空の下、ジャンバーのポケットの中のほっかいろを握る。その場でひょこひょこ足踏みしてないとホント凍っちゃいそうだ。パラパラ降ってるのは情緒溢れる雪ではなく、冷たいだけの雨。くしゃみと同時に飛び出た鼻水をずずっとすすって鼻をこする。空気が冷たすぎて顔の肌がピリピリする。
さっきそこの自販機で買った熱々のココアも飲み干して、足元のコンクリートに置いてその上に乗ったりして。お、結構頑丈じゃん、さすがはスチール。
・・・じゃなくてさ。
「あーっ、さみーっ」
チカチカ電飾された樹の前で、口から大事な熱気をもあっと出した。遠くに見えるショッピングモールの大時計が10時を示して音楽が鳴る。通り過ぎるカップルは一つの傘で幸せそうに寄り添ってあんなにあったかそうなのに、俺の周りだけ冷凍庫か?氷河期か?
どっかの店からクリスマスソングが聞こえてくる。周りはリースやらもみの木やら赤いリボンやら。七色の電球、サンタにトナカイ、クリスマスケーキ半額!残り3つ!なんつって、売れ残ってんじゃんかよバァカ!
「あーもー、マジ凍えるっ・・・」
鼻も耳も、冷たい風が刺さって痛い。そりゃ涙も凍るって。
体も心もさみぃし・・・、なんてむなしいクリスマスイヴなんだ。
俺の脳内予定では、今頃アイツと一緒に、あのでっかいクリスマスツリー見てるはずだったのに。寒い寒い言いながら、手とかつないだりして、この電飾の並木道を一緒に歩くはずだったのに。・・・なんで俺、ひとりなんだよー。
・・・冬休みに入る前に、24日はみんなでパーティーするから来いよって声かけたんだ。だってキッカケがあったほうが言い出しやすいしあいつも気軽に来てくれるじゃん。いきなり2人で誘って、告る前に断られたらマジ立ち直れないし。
クラス全員に声かけて、そしたらちゃんとあいつも来てて、カラオケ行ったりメシ食ったりして、よっしゃ予定通り!とか思ってて、・・・でもあいつ、ずっと友達と一緒にいて全然こっち来なくて、告るどころか話すら一言もしゃべってない。話なんて、出来る距離じゃなくて。
そしたらあいつがトイレに立って、よっしゃチャンス!と俺も部屋出てトイレの前でこっそりアイツ待った。出てきたあいつに偶然装ってメリクリー!って声かけて、楽しんでる?って適当に話題振って、ようやく話が出来る時間を作った。いつもの学校指定とは全然違う服と髪型がマジかわいくて、心の中でビバクリスマス!って叫んだ。
で、言葉に詰まりながらも本題を切り出そうと、思い切って口を開こうとした、ら、あいつが、若菜はこういうとこスゴイよね。みんな集めて楽しい事して、若菜がみんなに声かけてくれたからみんな集まったと思うし、みんなホント楽しんでるし、若菜のそういうとこスゴクえらいと思う。とか言われちゃって。
そんな事言われちゃったらもう俺有頂天で、いや〜とか、
照れてる場合じゃねーし!!
そんな事言われたら俺、今日のコレは自分のために計画したんだとか言えねーじゃん!ここで告って、もちろんアイツはオーケーして、ふたりで抜け出してクリスマスツリー見に行こうとか言えねーじゃん!!
すっかりタイミング逸らされちゃって、でもニコニコ笑うあいつ見てたら俺も笑うしかなくて、ダシにしたはずのクラスのやつらに飲まれて時間はどんどん過ぎてくし、あいつは相変わらず友達の輪から出てこねーし、時間はどんどん過ぎてくし・・・。そしたら「そろそろ帰らなきゃ〜」とか言うヤツが出てきて、そしたらみんなもじゃあそろそろとか言い出して、
え、え、ちょっと待ってよ!
今日のメインイベントがまだだから!
俺の内なる気持ちなんかお構いナシにみんな部屋出てって、店出たところでじゃあ今日の幹事にシメてもらいましょーとか言われて、テキトーにみんな楽しかったー?とか言ってみたんだけど、俺の頭ん中はパニくってて、テンパってて、それしかなくて。
頭ガシガシ掻きながら唸ってたら、どう見てもおかしな俺に周りの奴らがどーしたんだよーって笑ってきて、みんないるって、みんな見てるって分かってたんだけど、それでも俺の頭ん中はそれしかなくなってて、気がついたら、
『!』
叫んでた。
『俺、お前が好きだ!』
みんな俺の突然の行動に驚いて場は一瞬にしてシンと静まって、周りの奴ら以上にあいつもビックリして目見開いてた。何より俺が一番驚いた。
『なんだよ結人〜、今日のコレはそのために計画してたのかよー』
しばらくしてわっとみんなが笑い出して、みんなの好奇の目にさらされた。あいつも顔真赤にして、早く答えてやれよーって前に出されて、あいつ、すげー恥かしがって、嫌がって、
『いきなり何言ってんの?なんなの、やめてよ、バカじゃないのっ?』
あいつの性格からして、こんなみんなの前で大注目されたら恥ずかしくてたまんなかったんだろうけど、・・・バカは無くないか?人の一世一代の告白に対して、バカだぞ?バカ!
極めつけにアイツは「バカ若菜!」とか言い残して走っていってしまった。俺はそんなあいつ全力で追いかけて、捕まえて、最後の頼みの綱みたいな感じで、言った。
『駅前のイルミネーションとこ、あそこで待ってるから、10時、絶対来いよ!』
俺の掴む手を振り払って、真っ赤な顔したアイツはバス停の方に走っていった。あいつの友達も追いかけてって、そこに残された俺はひとりクラスのやつらのいいエサで、フラれた〜と決め付けからかわれて、まだわかんねーよ!とか言いながらも、・・・心ん中じゃさめざめ泣いた。
散々シュミレーションして、なんて言おうか紙に書いてまで考えてたのに、あんな告白になってしまったことに心底泣いた。
「俺って、バカかもしんない・・・」
いっそ雪に埋もれて死んでしまおうか。時間が経つに連れてさらに冷え込んできて、座り込んでうずくまっていたら身動き一つ取れなくなってきた。
「ぶぁっくしょんっ!・・・」
こんな時でも、ちゃんと人間らしい自分が誇らしいよ、まったく・・・。
駅前の、大きな時計を見上げた。すると、いつの間にかパラパラ降っていた雨は細かい雪に変わっていて、俺のフードの上に、体に、うっすらと積もっていた。
道行くカップルたちは、傘をたたんで雪を見上げる。
笑いあって、肩寄せ合って、手繋いだりして、
くそ・・・いいなぁー!
サイアクだ、俺のクリスマスイヴ・・・。
こんな、どっかの歌にありそうなくらいいい雰囲気なのに、東京じゃなかなかならないホワイトクリスマスだってのに、大時計はもう10時20分を回って、雪は凶器のように俺の肌を刺す。まだ雨の方が柔らかかったっつの・・・。
「いてっ・・・」
上を向いてたら雪が目に入って、痛みと冷たさでじわっと涙が滲んだ。睫が濡れて、目が腫れて。心も体も冷え切ってるってのに、涙はあったかいなんて、皮肉ってもんだよな。
帰ればいいのに。
もう20分過ぎてるんだ、来るわけないじゃん。みんなの前であんな恥ずかしい思いさせてさ、バカとか言われて、あんなに嫌そうな顔されて。
なんで俺まだ待ってんの。何期待してんの。
ほんと、バカみたいだ。
「好きなんだよ、悪ぃかっ・・・」
ここでずっと待ってたら来てくれるんだってんなら俺、いつまでだって待つ。このイルミネーションが全部消えても、いつまでも待てるよ。
「頼むー・・・、来てよー・・・」
骨の髄からガタガタ震えてても
足の先手の先が冷たくて痛くても
この雪に埋もれて凍ってしまっても
クリスマスイヴが終わっても
この雪の中、君が来てくれるなら、バカみたく待てる。
「・・・わ、わかな」
クリスマス企画2005作品