テレビをつければクリスマスソング。
雑誌を開けばイルミネーション名所。
学校に行けば25日の予定の自慢し合いっこ。
この時期、世界はせわしない。
「どこ行くの?」
「んー、ベイサイトいって、観覧車乗る」
「うわ、完璧デートコースじゃん」
「だってデートだもん」
今日で、6回目。
廊下歩くたび誰かに捕まって、クリスマスはどこ行くのーと聞かれる。
そのたび私は控えた笑顔で同じ答えを返し、いいなぁーと羨ましがられたり密かに妬まれたり、それを私はすべて笑顔で返す。
「初めてだもんね、越野とクリスマス」
付き合おうと、越野が言って、初めて迎える恋人らしいイベント。
クリスマス。
盛り上がってく街の明かりや雰囲気と同じようにもちろん、恋人同士になった私たちも予定をたてる。どこ行きたい?なにしたい?雑誌片手にプランを練ってくれる越野は目をキラキラさせて、プレゼントを待ちわびる子供のようだった。
「でもバスケ部は相変わらず部活やってるんでしょ?クリスマスなんてお構いなしに」
「うん、大会あるしね」
世間は賑やかなクリスマスだろうと、大会のある期待のバスケ部はお構いなしに練習があるそうだ。いつもよりは早く終わるからと越野はなんだか必死に謝ってた。越野が謝ることじゃないと思うのだけど。
窓の外が真っ暗になる。
空は雲って星も見えないけど、代わりに眩しいくらいの電灯が夜を彩る。
明日にはあっという間になくなってしまうサンタクロースの形をした電球が気分を煽って今日という日を盛り上げる。
クリスマスだもん。
「じゃーね、楽しんでいってらっしゃーい」
「うん」
冬休みにも関わらず部活できてる生徒は少なくない。そんな中で、クリスマスだからと私服でちょっと着飾ってる自分はひとりだけ浮いて見えて仕方ない。
日が暮れて真っ暗に飲み込まれてく学校の中はしんと静か。
職員室と体育館だけぼんやり明かりがついてて、ここじゃちっともクリスマスの雰囲気は漂ってこなかった。それが余計に自分だけ、浮かれてるみたいでちょっと恥ずかしい。
12月の夜は恐ろしいほどに寒い。
さらけ出した足はがくがく震えて、指先に吹きかける息だってすぐに温度を奪われてしまって、こんなとこで待ちぼうけはアホだと私は体育館に向かうことにした。
近づいていくと、大きな体育館から明かりが漏れてる。静かな空気にあの、ボールの弾む音が響いてる。あの音は、好き。
ひょこり、ガラス戸のドアから中を覗くと、もうバスケ部も練習を終えそうな雰囲気だった。コートにマフラーにと着込んでても寒い私とは正反対に、みんなシャツ一枚でも汗だくで息が上がってて、そのハードさはすぐにわかる。
もちろんその中で越野も同じように、シャツ一枚で肩で息をしてる。
監督の話を聞くその顔は真剣で、今の越野の頭にクリスマスなんて、微塵もなさそうだ。
「?」
こっそりと見てるつもりだったけど、奥にいる越野を覗くように見てたらガラス戸を隔てて仙道とバチリと目が合ってしまい、私の前のドアが開けられた。
「もー練習終わったよ、入れば?」
「いや、もう終わるんならここで、」
「寒いだろ?入んなよ」
ほら、と開け放たれたドアに、入らないわけには行かずに中に入るとやっぱり注目を浴びてしまって、すると次の瞬間どっとバスケ部の笑い声が起こった。なんで笑いが起こるのか、わからない。
越野ー、来ちゃったぞー。
早くしてやれよー。
ゲラゲラ笑い声の向かう先で、越野は私に気づいてゴメンと手を合わせた。
他の部員たちは掃除と後片付けに入ってるのに、越野だけ体育館の端っこで行ったり来たり、何往復も走りこむ。
「あいつ時計ばっか気にしてたから監督に罰走くらったの」
笑いを引きずりながら、仙道がそう教えてくれた。
くたくたな体で必死に走る越野が哀れであり、可愛くも感じた。
「マジゴメン!」
「ううん」
「今から行ってもスゲー人だろうな、ああーくっそぉー」
監督のヤロー。いや、余所見してた俺が悪いんだけど・・・。
大急ぎで着替えながらぶつぶつと越野は文句をたらす。
よほど急いでるようで、時折何かにけつまずいてるのか、大きな音がして、いって!と越野の痛がる声も聞こえた。そんなに急がなくてもいいのに。
「ねぇ、越野」
「ってぇ〜・・、あー?」
「今日、行くのやめよっか」
ガタンッ!・・・
また何か蹴飛ばした音が聞こえて、その後バタンと勢いよく更衣室のドアが開いた。
「なに、なんで」
「だって、今行ってもたぶん人いっぱいで見れない気がする」
「行ってみなきゃわかんねーじゃん、ゴメンってば」
「いや、べつに越野が悪いとか言ってるわけじゃなくて」
この季節を取り巻く雰囲気に、煽られるようなみんなの声に、私はいまいち、乗り切れてない気がずっとしてた。越野が私のためにいろいろ考えてしてくれるのはすごくありがたいと思うのだけど、・・・それは、なんだか切なくて。
「越野はやさしすぎるんだよ」
「は?」
私にいろんなものをくれて、いろんな場所へ連れてってくれて。
ううん、私を好きだって言ってくれたことすら、やさしさで。
少し前までの私が、苦しい恋をしてたから、越野はそれを見てたから、越野は私にやさしくしなきゃって、義務みたく思ってるんだ。
「あたしべつに、何もなくていいよ」
「・・・でも、さぁ」
私の心は疲れ切ってて、忘れてしまってたんだと思う。
「越野がいればいい」
「・・・」
恋をするって、そういうこと。
君が好きって、そういうもの。
もう恋はしたくないと頑なになった私の心を、越野は簡単に解いてくれた。
まっすぐ好きだといってくれたその目に、ウソはないと。
もう一度、人を信じようと思わせてくれた。
私はまだ大丈夫。ちゃんと君が好きだと思える。
「ありがと」
いつもの学校で、クリスマスソングもイルミネーションもない寒い体育館で、それでも私は今のこの時間がいとおしいし、過ぎ去ってしまうのは寂しい。
それってクリスマスを楽しむより、ずっと幸せなことだと思うんだ。
「じゃ、じゃあ、これだけ」
ぽかんと口を開いたままだった越野が、何とか言葉を口にして更衣室に駆け込んでいった。ロッカーの前に出されたカバンを漁って、服やタオルを放り捨てて中から何かを見つけ、それを持ってまた中から出てくる。
メリークリスマス
走りこんだせいか、心拍数が高いせいか、頬を赤らめる越野がずいと私の前に手を差し出した。かわいくラッピングされた、小さな箱。
「これって、クリスマスプレゼント?」
「ん」
「うそ、あたし今日持ってこなかった、ゴメン」
「いい。いいから、いっこだけ・・・」
ぎこちなく人差し指を立てる越野は、小さい小さい声で、名前で呼んでと言った。
付き合ってすぐに私は「」から「」になったけど、私はいまだ、越野を名前で呼んだことがなかった。
「い、いきなり言われるとかなり照れるね」
「だって、お前ずっと越野じゃん。ずるいだろ、なんか、俺ばっか好・・・」
ピタリ、越野は口を止めたけど、その続きはなんとなくわかった。
この人はどうしようもなく、何度でも私を喜ばせる天才じゃないだろうか。
でも面と向かって呼ぶのはかなり照れるから、私は緩む口を隠すように越野のシャツをぐいと引き寄せて、その胸に額を押し付けて言った。
「宏明・・・」
顔を伏せてみてもかなり照れたけど、聞こえてくる越野の心臓のほうが騒がしかった。
不思議だ。
名前を呼んだだけなのに、この人が、この世で一番特別な人になった。
クリスマス企画2006